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【15 ベンチ (まこ)】
しおりを挟む「ママ、進学の相談したいんだけど……」
「あら、もう決まったの?」
アスリートのためのスポーツ栄養学を学べる大学のサイトを開いて、夕飯を作っているママにスマホの画面を見せた。
候補は三校。
管理栄養士と一緒に資格がとれるところで、できるだけ家に近いところから選んだ。
「いいんじゃない? 大学の資料を取り寄せて、キャンパスの見学に行ってらっしゃいよ」
「うん、ありがとう!」
「ありがとうはいいけど、頭のほうは足りるんでしょうね?
問題はそっちじゃないの?」
「う……、が、がんばるもん……」
「そうしなさい」
ママがお鍋の灰汁取りに戻っていった。
正直言うと、数学や化学より、早く栄養の勉強したいな……。
「……そういえば、灰汁って、なんで出てくるの?」
「灰汁は野菜に含まれている渋みやえぐみなのよ。
お肉や魚の場合は、血液やたんぱく質なんかが固まるとできるの。
一般的には灰汁をとることが多いけど、料理によってはとらないこともあるのよ」
「えっ、そうなの?」
「そう、灰汁っていうのは、雑味ともいうけれど、うまみや体にいい成分だったりもするからね。
味噌味やカレーみたいな味の濃い仕上がりになる料理の時はあえて残すこともあるのよ」
「へえ~」
「こないだの豚汁はそうやって作ったのよ。
味噌を入れてからしっかり煮込んであったでしょ?」
「……あっ、そういえば……! いつもの豚汁と違うと思った!
えっ、味噌って沸騰させちゃいけないんじゃないの?」
「味噌汁の基本の作り方ではそうよね。
でも、味噌は必ずしも沸騰させちゃいけないわけじゃないのよ。
モツ煮とか味噌煮込みうどんとか、味噌を煮込む料理があるでしょ?」
「あ、そっかあ……」
「それより、暇なら手伝ってくれない?」
「あっ、うん」
ママの手からお玉を受け取って、灰汁取りを代わった。
「それはそうと、新田くんにお弁当でも作らないの?」
「うーん……」
「プロテインなんかより、お弁当の方が喜ばれるでしょうに」
「うん……それはそうかもだけど……」
「そうよ。私はいつまこがお弁当作りたいっていうのか待っていたくらいなのよ」
「えっ、待ってたの?」
「だって、まこは栄養士になりたいんでしょ?」
「でも、まだ全然知識がないし……」
「あのねぇ、毎日のお弁当くらい普通でいいのよ。
ポイントさえ押さえておけば、まこのお弁当もスポーツ選手のお弁当も大して変わりないのよ」
「だって、ちゃんと勉強した方がいいってママが……」
「それは進路の話でしょ?」
「そうだったの? ……じゃあ、私もお弁当作りたい。新田くんに」
「そうこなくっちゃ。これからはまこが自分でお弁当を作ってくれると思うと、気が楽だわぁ」
「……なんか……、ママに乗せられた気がする……」
いざお弁当を作ろうと決めたはいいものの、なにを入れたらいいのか迷う……。
ママにお弁当に入れやすいものや入れてはいけないもの、スポーツ選手の練習や試合前に向くもの向かないものを教えてもらった。
新田くんは、ピザとウインナーが好きなんだよね。
絶対この二つは入れてあげたい。
「あら、ピザぁ? お弁当にはちょっと不向きねぇ。
ロールサンドイッチか、パニーニみたいなのにすればできなくもないけど……」
「わ、私なりに考えてみるから、ママはちょっとあっちいってて。
聞きたくなったらまた言うから」
「はいはい」
ママに料理の本を借り、ネットでお弁当の写真を検索しながら考える。
考え始めたら、あれもいい、これもいいかも、なんて思えてきて、なかなか考えがまとまらない。
ええ……。
ママは毎日お弁当作ってくれているけど、いつもこんなに悩んでたっけ……?
それとも、私が知らなかっただけで、いつもこんなに考えてくれていたのかな。
結局、一晩考えても、私のお弁当の構想はまとまらなかった。
翌朝、ちょっと寝不足気味で朝練を見に行くと、すでに麻衣ちゃんが来ていた。
麻衣ちゃんの横には四人掛けの折り畳み式の青いべンチがあった。
スポーツ観戦やアウトドアなんかで使いそうなやつ。
麻衣ちゃんが持ってきたのかな。
「おはよう、麻衣ちゃん」
「あっ、まこ、来たね! これ、見て!」
麻衣ちゃんがぱっと手を広げてベンチを指した。
あっ……!
……MIKINO……!?
うそ、なにこれ……?
正面から見て右から三番目のベンチの背に白いローマ字で、私の苗字が書いてある。
麻衣ちゃんが明るい表情で教えてくれた。
「これ、新田くんがまこにだって!
まこ、めっちゃ愛されてんね!」
「えっ、うそ……?
こんな、高そうなもの……?」
「まあまあ、早く座ってみなよ!」
麻衣ちゃんに肩を押されて、私は苗字の書いてある所へ腰かけた。
この手の椅子に座ったのは初めてだけど、思ったよりしっかりしていて安定感がある。
それなのに、見た目よりはるかに軽い。
なんか、すごいんだぁ~。
あ、それより、こんな四人掛けのベンチを用意してくれるなんて、もしかして、日傘の時、せなちゃんに悪いと思ったから、今度は始めから四人掛けのにしてくれたの?
新田くん……。
思いやりがすぎるよ……。
ホイッスルが鳴ると、休憩の間を見て、新田くんがやってきた。
「おはよう、御木野さん!」
「おはよう! 新田くん、これ……」
「気に入った?」
「あの、うん、でも、こんな高そうなものもらえないよ」
「いや、でもプロテインとEAAとミサンガもらったし」
「そ、それは私からの感謝の気持ちとかで」
「じゃあ、俺も感謝の気持ち」
新田くんがそういうと、なんだか新田くんの周りがきらきら光って見える。
すてきすぎて、思わず言葉が出てこない。
麻衣ちゃんがぽんと私の背中を叩いた。
「いいじゃん、まこ! ありがたくもらっておきなよ!」
「あっ、置き場所はサッカー部の部室に確保したから。
御木野さんは持ち歩かなくても大丈夫だよ」
「う、うん……。ありがとう。でも、高かったでしょ? 名前まで入れてくれるなんて」
そのとき、にぎやかしにやってきた八代君が、新田くんに肩を掛けた。
「MIKINOじゃなくて、MAKOにしろって言ったのにさぁ、こいつ頑固なんだよ」
「それは、だって、まだミサンガ切れてないし……」
「真面目か。つうか、今日は吉木来てねぇの?」
「あ、せなちゃんは今日五日ぶりに熟睡してるの。……あ、ていうか、四人掛けにしてくれたの、せなちゃんや麻衣ちゃんのためだよね? ありがとう、新田くん」
新田くんがふっと笑った。
「うん。名前まで入れたらさすがに気の使い過ぎかと思って、それは入れなかった。
吉木さん、たまに今にも倒れそうなくらいふらふらしてるときあるから、気兼ねなく使ってもらえるとうれしいよ」
「ありがとう、せなちゃんにいっておくね」
「じゃあ、私も使っていいんだ! サンキュー、新田くん!
八代くん、私の名前はMAIKOで入れてくれていいからね!」
「おお、じゃあ黒ペンで今から書くか」
え、ええっ!
新田くんがせっかく買ってくれたのに、ペンで書くの!? ここに!?
「や、八代くん、それはちょっと!」
「冗談だって。御木野さん、必死じゃん」
あ、当たり前だよ~っ!
新田くんからもらったものは大事にしたい。
日傘も、ベンチも。
このあったかい気持ちも。
新田くんを見ると、光る汗を額に、にこっと笑い返してくれた。
すてきすぎる……。
この人が本当に私の彼氏なんて……。
なんだか、今、世界中の人に自慢したい気分だよ……!
*お知らせ*こちらもぜひお楽しみください!
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