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【7 交際宣言 (まこ)】
しおりを挟む「まさかとは思っていたけど、まこに彼氏がねぇ。
それもしっかり者のスポーツマン。
しかも、すっごく責任感の強いいい子なのよ。
あっ、しかもなかなか顔もいいのよ~」
「もう、ママ! 言いふらさないでよっ」
「言いふらさないでって、パパと話してるだけじゃないの」
ママは梅酒片手に、単身赴任中のパパとオンラインで飲んでいる。
画面越しにパパがうなっているのが聞こえた。
「ま、まこっ! お父さんは許可しないぞ!
男女交際はお父さんの目の届くところでしなさいと言っておいただろ」
「そんなこといったって、パパ北海道じゃん……」
「正志さん、きっと大丈夫よ。本当にまじめないい子。
まこがボールぶつけられたと聞いたときは、どんなやんちゃ小僧かと思ったんだけど、本当に年のわりにしっかりしてるのよ」
「お、俺は会ってみるまで承知せんからな!」
「でも、パパの好きなミッドフィルダーなんだよ」
「ポジションなんかどうでもいいんだ!」
パパをなだめるのはママに任せて私は二階に引き上げた。
スマホを開くと、新田くんからのメッセージが来ていた。
今なにしてる? だって。
ふふっ、すごい、本当に私たち付き合い始めたんだ……。
「パパと話してた。ママが新田くんのこともう話しちゃった」
すぐに返事が来た。
「マジか」
しばらく間を開けて、再びメッセージが来た。
「俺あいさつしといた方がいいよな」
「北海道に単身赴任中だから、大丈夫だよ」
「そっか、わかった」
そしたら、通知音とともに、私の好きなイラストレーターさんのスタンプが来た。
仔犬が、善処いたしますと敬礼ている。
なにこれ、かわいい……!
新田くんって、こんなおちゃめなところもあるんだ。
思わず、にやけてしまった。
そのとき、ノックがしてドアの隙間から顔を出した。
「まこ、ちょっといい?」
「うん、なに?」
ママが珍しく大事な話をするときの雰囲気を出した。
「ママもあんまり親にいろいろいわれるの嫌だったから、一個だけ」
「うん……」
「男女に限ったことじゃないけどね、人間関係って名前がついたらそういうものになるってもんじゃないのよね」
うん……。
それは多分そうだと思う……。
「付き合うことになったからって、いきなり本当の恋人になるわけじゃない。
結婚して夫婦になったって、本当の夫婦になるのは簡単じゃない。
まこは生まれたときからこの家の子だから、家族は初めからずうっと家族だったように思うかもしれないけど、まこと私だって初めからこんなふうに親子になれたわけじゃないのよ」
「えっと……う、うん……」
「せなちゃんと今のように打ち解け合えるまでにどれくらいかかった?」
「あ……。時間が必要っていうこと?」
「思いやりが必要っていうこと。お互いにね」
思いやり……。そっか……。
「お互いに、その関係を大事にしよう、育んでいこうっていう気持ちが必要なの。
自分が無理しても、相手に無理させてもそれは長続きしない。
お互いに様子を見たり話し合ったり、相談したり思いやったりして、まあ時には我慢してみたり努力してみたりもするけどね。
でも、それが自分か相手にとって辛すぎるだめなの。
たまには失敗するんだけど、お互いを思いやりながら、そのちょうどいい具合のところを見つけていくの。
それがお互いに心地いいと思えたら、その関係は良好ってわけ」
「うん、わかると思う……」
「ならいいの。でも、まこは一人っ子だし、友達もせなちゃんみたいに結構ぐいぐい来てくれる子でしょ?
なんていうか、してもらうことに慣れっ子なのよ」
「えっ!? そ、そうかな、そんなことないと思うけど……」
「ほんとう~? ならいいけど~?」
「えっ、そ、……そこまで慣れっ子じゃないと思うけど……」
「まあ、新田くんが面倒見のいい子だから、まこと相性がいいのかもしれないけど。
でも、人間関係はお互いが思いやりを持ってお互いで築き上げていくものだってこと」
「そ、そんなのわかってるよ……」
「そうよね。一言のつもりが結構長くなっちゃったわ」
ママが軽く手を振って部屋を出て行った。
私は机の上に積んでおいた図書館の本を眺めた。
今日は勢いでH田K佑の本まであんなに借りちゃったけど、確かにそうかも……。
私が今知るべきことって、H田K佑のことより、新田くん自身のことだ。
それに、前よりずっと……。
新田くんのことが知りたくなってる……。
次の朝、私はまたせなちゃんに頼んで朝練を見に行った。
「ごめんね、せなちゃん、今日もまた無理いっちゃって」
「いいよ……。どうせ、書いてたらもう朝になってたし……」
将来はジャーナリストでなければ小説家になりたいというせなちゃん。
くまのついた目を擦りながらついてきてくれた。
「それでね、あのね……。せなちゃんには直接言おうと決めてたんだけど……」
「……ん……なに? まさか付きあうことにでもなった?」
「そうなんだ」
「えっ!?」
さっきまで薄目だったせなちゃんの目がぎょろっと見開かれた。
せ、せなちゃん……、目が血走ってて、怖いよ……!
「マ、マジで?」
「うん、昨日告白されて……」
「うわっ、わっ! 新田くん、やるじゃん!
てゆーか、やったじゃん、まこ!」
「うん、一晩たって、ライン見て夢じゃなかったって思った」
「うそーっ、うわあっ、一気に目覚めた! おめでとう!」
「ありがとう」
せなちゃんは自分のことのように喜んでくれた。
でもすぐに、まさかこれから毎日朝練に付き合わせるの? と疲れた顔に一瞬で戻った。
ごめん……。
やっぱり私、ママのいう通り、してもらうことに慣れっ子だったかも……。
グラウンドに着くと、もうチームでの練習が始まっていた。
昨日と同じ場所で見ていたら、新田くんはすぐに気がついて、こっちに手を振ってくれた。
ふふっ、うれしいな……。
休憩のホイッスルが鳴ると、新田くんはフェンスの前まで走ってきてくれた。
「おはよう、御木野さん!」
「おはよう、新田くん。練習どう?」
「うん、いい感じだよ」
「あらあら、初々しいねぇ」
せなちゃんがわざとどこかのおばさんみたいな言い方をしたので、私も新田くんもちょっと照れくさくって顔を見合わせた。
「よ、吉木さん、おはよう」
「おはよ。ふたりのことはもちろん応援したいけどさ、徹夜明けにこの炎天下はあたしには辛いわけよ。
これからは新田くんにまこを任せてもいいんだよね?」
「あ、ああ……。吉木さん、良く見たらくますごいな……」
「うん、でも大丈夫。クーラーの利いた部屋の中ならまだあと二日は余裕でいけるから」
「そ、そうなんだ……」
新田くんの言質を取ったところで、せなちゃんは校舎へ向かっていった。
その背中が少し丸まっていて、本当にちょっと年を取ったみたいに見えて、ちょっと心配……。
「吉木さんにはもう話したんだ?」
「うん、せなちゃんには、今朝直接伝えたんだ」
「そっか。俺も八代にはもう伝えた」
新田くんが後ろを振り返ると、気がついた八代くんが腕を挙げた。
おっすー御木野さん、という声が聞こえて、私も慌てて、おはようと答えた。
「あっ、本……」
私がつぶやくと、新田くんが声を上げてくれた。
「八代ーっ、本はー?」
「あっ、忘れてた」
八代くんが自分の荷物を探り、本を掴むとこっちへやってきた。
え……、でも、フェンス越しじゃ本が……。
「これでしょ、昨日落としたの」
「うん、そう。ありがとう、拾ってくれて」
「ほいよ」
そういうと、八代くんが新田くんに本を手渡した。
一瞬あっけにとられてしまった。
けど、すぐに新田くんが私にほほ笑みをかけてくれた。
「そっちに行くから待ってて」
「うん……!」
駆け出す新田くんの背を目で追いかける。
「御木野さん、昨日の本全部読むの?」
「えっ」
突然八代くんにいわれて、私はちょっとためらった。
「う、うん……。でも、少しずつにしよう思う。
私が今知りたいのはH田K佑より、新田くんのことだから」
八代くんがにやっと笑った。
えっ、なに……。
新田くんがやってきた。
「はい、御木野さん」
「ありがとう、新田くん」
本を受け取ると同時に、八代くんが語りだした。
「ちなみに俺の憧れの選手は誰だと思う?」
「え……。だれだろう……。マラDーナとか?」
「ブブーッ、O空翼でしたー」
「あっ、なんだ、漫画もありなの?」
新田くんが八代くんを見ながら付け加えた。
「八代は子どものときから言ってるよ。実際、ちょっと漫画みたいな神がかったようなプレイをすることもあるしな」
「そうだ、俺はプロになったら大空っていう名字の女子アナと結婚するつもりだ」
えっ、まさか……。
「それってまさか、養子に入って大空司になるため?」
「あたり」
うそでしょ!
私は思わず声を上げて笑ってしまった。
「やだ、八代くん、面白すぎ……!
でも、惜しいね……! あと一文字になのに」
「それも考えてある。結婚と同時に改名する。これではれて俺は正真正銘のO空翼だ」
「あははは……っ!」
ちょっと、笑いすぎてお腹痛いよ……!
涙を拭きながら、私はなぜかすごく納得した気分になってしまった。
八代くんの明るさと強気なプレイ。
人を引き付ける魅力は確かに漫画キャラクターの主人公級だ。
「でも、なんか、八代くんなら本当にできそうな気がする」
「だろ~?」
三人で笑い合っていると、新田くんがこちらを向いた。
「キャPテン翼知ってるんだね、御木野さん」
「うん、お父さんがサッカー好きで。サッカー漫画も子どものころに買ったやつを大事に取ってあるの。
キャPテン翼は小学校の時、全部読んだよ。最近は読んでなかったけど、また読んでみたくなっちゃったかも」
「なんだ、御木野さん話せるじゃん!」
八代くんの言葉に、新田くんも楽しそうににうなづいた。
私は今まで誰にも話したことのないことを口にした。
「実をいうと、私勝手に八代くんを翼くん、新田くんを岬くんみたいだなぁって思ってた」
とたん、ふたりが爆笑した。
「いいね、いいよ、御木野さん!」
「だろ!? そうなんだよ、俺達ゴールデンコンビだから!」
えっ、そんなに笑うところ?
もしかして、サッカーあるあるなのかな。
その日、教室に入るといきなり友達に囲まれた。
「ねぇ、新田くんと付き合い始めたって本当!?」
「びっくりなんだけど!」
慌ててスマホを見ると、せなちゃんからラインが入っていた。
「ごめん、昨日の女子たちにさっき絡まれて、勢いで言っちゃった……。すまん!」
なんか気味の悪い動きをするスタンプが切腹してるけど!
せ、せなちゃん、なんてことを……!
冷たい視線にギクッとした。
新田くんファンを公言してきた女の子たちが、じっとこっちを見ていた。
今にも因縁をつけてきそうな雰囲気だ。
答えに困っていたら、部活を終えた新田くんが教室に入ってきた。
「うぉい、新田! 御木野と付き合い始めたってマジなのかよ!」
「はーい、これから新田と御木野が会見を行いまーすっ」
クラスのお調子者にはやし立てられて、新田君くんと私は取り囲まれてしまった。
ど、どうしよう……。
あ、新田くんにも迷惑が……。
「事実だ。つうか、お前ら調子に乗りすぎ」
えっ……。
余りにもあっさりと、しかもはっきりと声が響いたので、クラスのみんなが一瞬にして黙った。
しかも、新田くんはちょっとすごんで、お調子者のふたりに詰め寄った。
「あと、お前ら、さんをつけろ、さんを。
呼び捨てできるほど、御木野さんと親しくねーだろ」
「お、おう……」
「わ、わり……。御木野さん、ごめん、悪気はなかった」
私は無言でうなづく。
だ、だけど、新田くんすごい……。
さっきまで私を睨みつけていた子たちまで、一気に戦意を喪失してる。
見上げると、新田くんが小さく笑った。
「ごめんな、なんか」
「う、ううん」
やばい……。
新田くん……。
かっこよすぎるよ……。
*お知らせ*こちらもぜひお楽しみください!
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