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【2 運命 (新田)】
しおりを挟むや、やばい……。
なんか、まだあのいい香りが残っている気がする。
思わず半そでを鼻に寄せた。
あ、あれが女の子の部屋かあ……。
白とか、ピンクとかベージュとか、なんだあれ?
マシュマロかなんかの中なのか?
男兄弟と男友達にしか縁のなかった俺には異世界空間の極みだった。
つうか、あんなふわふわした柔らかい人間に、渾身の力込めてボールをぶつけたのか……。
最低がすぎるだろ……。
八代は明るくて喋りもうまいから女子の扱いもうまい。
だが、俺はどうにもだめだ。
正直今まで女子に対してどう接していいのかわからなかった。
だけど……。
「御木野まこ……」
やべえ、い、今、口から洩れてた……!?
交換したばかりのラインの画面を見つめる。
メッセージはまだない。
スタンプひとつでも、たった一言でもいい。
御木野さんからの連絡を期待している自分がいる……。
なんでだ? メッセージが来ない……!
一日中落ち着かなくて、なんどもスマホをチェックしてしまくった。
ノートのコピーを間違えて昨日の分まで刷ってしまった。
余分なコピーをゴミ箱に突っ込んで、コンビニのお菓子の列に目を走らせた。
女子の好きそうなお菓子、お菓子……。
というか、よくわからないが、女子はよくお菓子を食べている気がする。
御木野さんはなにが好きなんだろう……。
丁度別の高校の女子が来て、新製品のグミキャンディを手に取ってレジに向かった。
すかさず便乗して、御木野さんの家を急いだ。
「こっ、こんにちは……っ」
「あら、今日はなにか急いでいるの? そんなに汗をかいて」
「い、いえ、その……。御木野まこさん、……げ、元気ですか?」
「え?」
「い、いえ、その、ラインを交換したんですけど、まだなにも連絡がなくて……。
まだ痛みもあるみたいだったし、その……」
「ああ……。今日はね、少し熱を出しているのよ。
実は子どものころ体が弱くって、しょっちゅう熱を出すような子だったの。
最近はよくなっていたんだけど、怪我をしてからときどき発熱がすることがあるのよ。
ちょっと無理したりするとね。体の防御反応なのかしらね」
そ、そうだったのか……。
お菓子じゃなくて、アイスにしておけばよかった……。
コピーとお菓子をわたして、すぐに失礼した。
ラインを立ち上げて、メッセージを打つ。
「大丈夫? 熱出てるんだって?」
すぐに返事が返ってきた。
「大丈夫。ありがとう。
新製品だね。食べたことなかったからうれしい」
よ、喜んでくれた!
御木野まこのリアクションに、急激に上がるテンション。
ポコン、という電子音とともにポップアップする、パステルカラーの仔犬のスタンプ。
帰り道、同じスタンプをダウンロードしてしまった。
絶対使わないのに。
自分でもちょっと舞い上がりすぎてると思う。
それからノートのコピーとアイスやお菓子を買って、毎日御木野さんの家を訪ねた。
部活を抜け、自転車で片道二十分を往復するのは正直きつい。
だが、夏休みに入ったおかげで、俺は御木野さんと長い時間を過ごせるようになっていた。
御木野さんと過ごすなんでもない時間、これが楽しい……。
しかも、毎日お菓子を持って行ったおかげなのか、御木野さんもおばさんも気を使っていろいろと準備をしてくれるようにもなった。
「新田くん、アイスティーでいいかしら?」
「すみません、あの、おかまいなく……」
「なに言ってるのよ。まこの遅れた勉強を見てもらえて助かっているわ。
来年は受験だもの。
それにしても、新田くんは運動もできる上に頭もいいのねぇ」
「八代ならともかく、俺の実力では推薦はもらえないかもしれないんで」
「まあ、しっかりしてるのねぇ」
「新田くんは本当にっかりしてるよね。憧れはH田K佑選手なんだって。
プレースタイルだけじゃなくて、ビジネスマンや活動家としても尊敬してるからって。ね?」
「ああ。選手としての人生も大事だけど、その後の人生のほうが長いことは抗いようがないからな」
「あらぁ、本当にしっかりしているのねぇ……」
「ごめん、新田くん、もういっかいここの方程式のここ、教えてもらえない?」
「ああ、ここは……」
隣り合わせで、数学の問題集に向き合う。
白くて薄いレースの半そで。
細かな花のついたそでの下から伸びる、全然日焼けしていない白い腕。
エアコンの風でさらさらと揺れる黒い髪。
かすかに香ってくる柑橘系のデオドラント。
桃みたいにほんのりと色づいている、やわらかそうな横顔。
パチッとカメラのピントがあったみたいに目が合った。
やばっ……!
「あっ、わかった! これであってる?」
「う、うん、あってる」
慌てて動揺を隠した。
見とれていたこと、気づかれてないよな……?
ひと段落すると、おばさんが手作りのアイスを振舞ってくれた。
アイスって家で作れるものなのかとびっくりしていたら、なんでもおばさんは出産するまでは幼稚園の栄養士をしていたらしい。
御木野さんの体が弱かったのでそのまま専業主婦になったが、料理は今も得意中の得意なのだそうだ。
「私もママと同じ栄養士の学校を受けるつもりなんだ。
ママみたいにおいしい料理を作れる人になりたいって子どものころから思ってたの」
頭の中に御木野さんがエプロンをしてキッチンに立っているイメージが浮かんだ。
自分の母親とは比べ物にならないくらいまぶしい。
自分のことながら、こんな願望があったなんて知らなかった……。
妄想に耽っていたら、御木野さんがいきなり言いだした。
「新田くん、もう家に来なくても大丈夫だよ」
「……えっ!?」
「だって、今はサッカーを頑張らないと。
インハイはだめだったけど、八代くんは強化選手に選ばれたし、冬の大会の予選もあるでしょ?」
い、いや、それはそうだけど……。
「大丈夫だよ。練習はしっかりやってるし、充実してるんだ」
「私のほうは心配いらないよ。
お医者さんも夏休み明けから学校に通うのに問題ないっていってくれてるし、熱を出しても一日寝てればすぐ良くなるし。
勉強もあとは自分でやれるから大丈夫。サッカーに集中して、八代くんと今度こそ全国に行って?」
そんな……。
今日までの日々で御木野さんと近づけたと思っていたのに。
怪我が良くなったから、もうお払い箱なのか……。
それでも食い下がった。
「いや、でも、俺まだ御木野さんになにもしてあげれてないよ」
「えー、してもらってるよ。毎日学校やサッカー部のこと聞かせてくれて、勉強を教えてくれて、ほんとうに助かってるよ?
正直、新田くんが本当に毎日欠かさず来てくれて、こっちが申し訳ないくらいだよ」
「えっ、もしかして、迷惑だったか……?」
「そうじゃないよ。でも、本当に私にもう気兼ねしないで?
私も夏休みが明けたら、サッカーの練習見れるの楽しみにしてるから」
「そうよ、新田くん。
君みたいな面倒見のいい責任感の強い子、私もめったにみたことないわ。
きっとチームの中でも大事な存在なんでしょう?
私たちはもう充分君の謝罪の気持ちを受け取ったから」
おばさんまで……。
うう……、これ以上食い下がったら変に思われるかもしれない……。
「わ、わかりました……」
「よかったぁ」
「……だ、だけどさ、御木野さん、一個ぐらいないの?」
「え?」
「俺なんでもするっていったじゃん。
だけど、御木野さんなにもいわないからさ。
なにかわがままでも、無理難題でも言って欲しいよ」
「え―……? うーん……」
御木野さんがしばらく黙った後、ぱっと目を見開いた。
「じゃあ、図書委員の夏休みの書架の整理。
明後日なんだけど……」
「わかった、行く」
別に用事はなんでもよかった。
御木野さんとまだつながれることがうれしい。
だけど、それがまさかあんなことになるなんて……。
部活の間を縫って、俺は図書室に入った。
既に図書委員のメンバーが集まっていて、本の整理をしていた。
「ああ、新田くん、こっちこっち」
御木野さんと同じ図書委員の吉木さんが手をこまねいた。
「まこから聞いてるよ。代理を引き受けたんだって?」
「ああ。それで、俺はなにしたらいいの?」
「このテーブルにあるのがうちのクラスの担当。パラパラめくって、ページが破れていたり汚れてたりしないか見るだけ。
終わったら、ワゴンに乗せて、元の場所に戻して終わりだよ」
思ったより簡単そうな仕事でほっとした。
頑張れば思ったより早く部活に戻れそうだ。
そのとき、少し離れたところから、きゃあっと黄色い声が上がった。
貸し出しカウンターのところにいる女子たちだった。
「あそこからサッカー部が見えるんだ。図書当番もないのにわざわざくる子もいるんだよ」
「へえ~……」
そうか……、御木野さんもあそこから俺達の練習を見てたのか。
吉木さんがこともなげにつぶやいた。
「まこも早く戻ってきたいんだろうけど……。なんてったって、八代が強化選手に選抜されたからね~……」
……え?
八代……?
そんなこと、御木野さん一度も……。
あ……。
唐突に、御木野さんの発した一言一言が結ばれて行く。
そうか、そうだったのか……。
御木野さん、だから八代のことをあんなに気にかけていたのか……。
それに、いつだったか、練習風景をラインで送ってくれって……。
あれは、八代の写真が欲しかったんだ……。
ズクン、と胸になにかが響いた。
*お知らせ*こちらもぜひお楽しみください!
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