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#10 ひと夏の終わり
しおりを挟むそれからしばらくして、警察の捜索隊が九尾仮島へやってきた。
幸いにも捜索届を出してくれた親族や医院のスタッフたちの働きで、青山一家は家に戻れることになったのだ。
「結局丸々一か月もお世話になってしまいましたね。まったくもって長い休暇だった。医院はどうなっているかなあ」
「またいつでも訪ねて来てくれ。私たちはいつでも私たちの友人を歓迎する」
ミノムシスタイルのマイナードと丈一郎はほほ笑みながら握手した。
ひんやりとしたマイナードの手の感触も、今ではもうすっかり慣れたものだ。
丈一郎はマイナードの耳に口元を寄せた。
「いいですか。ルーナから血をもらうのは十八歳まではひと月に五〇ccまでです。血を吸ったあとは、激しい運動などさせないようによく休ませて下さい。十八歳になったら月に一〇〇ccまでですよ。それ以上はルーナの体に負担をかけてしまいますからね。必ず守って下さいよ」
「うむ、約束する」
マイナードは生真面目に頷いた。
「エンゲルバードさん、私が教えたレシピ、ちゃんと作ってあげてね。それからここに、体の調子を崩したときの民間療法を書いておいたから、薬が届くまでになにかあったら、これでなんとかしのいでちょうだい。いいわね?」
「ありがとうございます」
「たまに抜き打ちでチェックしに来ますからね」
「ハイ、佐江様。ご指導ください」
エンゲルバードはその巨大な手で佐江から小さなメモを受取った。
昭太はルーナと握手をした。
「手紙書くよ、ルーナ」
「てがみ?」
「僕がルーナに元気ですかって書いた紙を送るから、ルーナ、返事を書いて送ってくれる?」
「げんきです、ってかけばいいの?」
「うん、そうだよ」
「うん、わかった」
ルーナは昭太に笑顔で約束し、二人は船の前でつないだ手を離した。
船に青山一家が乗り込んだ。
乗り込んでもなお丈一郎は続けた。
「エンゲルバードさん、近いうちに必ずインターネットを引いてください。そうしたら病気や怪我をした時もそうですし、ルーナの通信教育についてもいろいろと調べられますから。メールやSNSもやりとりもできるようになりますよ」
「ハイ。そういたします、丈一郎様」
佐江も船の上から呼びかけた。
「伯爵、大変だと思うけどルーナと野外で遊んでやってね。自然とのふれあいは、こどもの情操教育には大切なことよ」
「うむ、わかっている」
動き出した船から昭太が身を乗り出した。
「ルーナ!」
「しょうたー!」
徐々に離れて行く船に向かってルーナは叫んだ。
昭太も負けじと叫んだ。
「また、ぜったい来るからねー!」
「うんー、まってるー!」
船のエンジンの音は次第に離れて行って、ついに船のその姿も消えて行った。
青山一家を見送った三人は、浜辺を歩いた。
ザザンと寄せては返す波の音が繰り返している。
「さみしいな……」
ルーナはマイナードのそばにぴったりと寄り添った。
「そうだな」
マイナードはそう言いながらルーナの後ろ髪に手をやった。
昭太はルーナにとっては初めての友達だった。
マイナードにとっても青山一家は初めての友達だ。
共に、家族を愛する者同士、その大切さを理解しあえる友。
家族愛とおんなじで、その友情の温かさを知ったら、知らない前の暮らしはどんなさみしいものだったかと思うほどだ。
しかし、そのさみしさも寄り添える人がいれば半分になる。
家族がいれば心の負担はずっと軽くなるのだ。
「ルーナ、しばらくここで遊んでいこうか」
「いいのっ?」
ルーナの顔が、ぱっと明るくなった。
真っ黒ずくめのマイナードとルーナは、波間を追い駆けあって遊んだ。
しばらくすると、激しく息が切れしてマイナードは浜辺に座り込んだ。
「大丈夫ですか、旦那様」
「む、むうう……。か、体が焼けてしまいそうに熱い……」
「少し日陰に入られては?」
少し離れたところでルーナが呼んでいる。
「いや、なに、私はルーナに苦しみを半分肩代わりしてもらっているのだからな。私もこのくらい耐えなければ」
「ご立派です、旦那様」
「うむ」
マイナードは立ち上がり、ルーナのもとに向かって行った。
(了)
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