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■第2章 冒険者の町の冒険者ギルド!

102 恐怖の圧迫リクルート

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 コリーナに連れられて、受付カウンターの奥のスペースの隅にある椅子に座らされる。カクラは美怜の隣に立った。その正面にコリーナが座り、手にはなにかメモを書きつけるらしきバインダーのようなものを持っている。

「たったひとりで、恐いおじさんばっかりに囲まれて大変だったわねぇ。なにかジュースでも飲む?」
「コリーナ嬢とまさかお茶ができるなんて役得ですな!」

 カクラが軽い調子で言う。コリーナがにこにこしながら、さらに奥の部屋からコップに氷入りのジュースを入れて持ってきてくれた。どうやら色や匂いからしてオレンジのようだ。

「すっかり可愛くなってしまったけれど、あなたはグレゴさんなんですって? とても信じられないわぁ」
「俺も、まさかこの姿になって冒険者ギルドの高嶺の花とこうして親しくできるなんて思わなかったですな~!」
「うふふ、今回はミレイちゃんのシリタグ登録がメインだから、グレゴさん、しばらくは、しーっ、ですよ」
「うへへっ、しーっ、ですな!」

 予想には難くないが、どうやらこの美貌の受付嬢は冒険者たちの人気者であるらしい。そしてイグアナ顔の女性が好きだと言っていたグレゴは、丸耳種の美人にも惹かれるようだ。いや、グレゴからしたらコリーナこそが理想的なイグアナ顔ということなのかもしれないが。ちなみにであるが、現在通訳の魔法は美怜にのみしかかかっていないので、カクラとコリーナの間では言葉は通じていない。

「えーと、それじゃあ、始めるわね。ミレイちゃんについて報告書は一応見せてもらったんだけど、私にはちょっとよくわからない事ばっかりで、ひとつずつ確認して聞いていくけどいいかしら? あ、どうぞ、ジュース飲んでね。うちの子も大好きなアボロジュースよ」
「うちの子?」
「そうなんですぜ! コリーナ嬢はこう見えて五児の母なんですぜぇ」
「えっ、ご、五人のお母さんなんですか……!?」
「うふふ、見えないってよく言われるのよ~」

 カクラと言葉は通じていなくとも、コリーナにとってこのくらいの会話はいつものことで、想定内らしく全く動じていない。さすがは海千山千の冒険者を相手にする受付嬢だ。にこっとほほ笑むコリーナの指には確かに結婚指輪と思しき指輪がある。だが、この若さと美貌で五人の母とは。これも異世界だからなのだろうか。ひょっとして、この世界にはとんでもない美容の魔法薬があるのかもしれない。美怜は不思議な思いで少し薄めだが、オレンジとほぼ同じ風味のジュースを一口飲んだ。

「えーと、まずはお名前がミレイ、歳は十歳でいいのかしら?」
「あれ……、報告書にはなんとありましたか?」
「んー、十歳くらいと思われるって書いてあったのよね。本人の記憶では、ショウガクサンネンセイの頃と自覚している模様って書かれていたんだけど、ショウガクサンネンセイっていうのはなんのことかしら?」
「小学三年生っていうのは、私の国の学校の学年のことです」
「あら、ミレイちゃんの国には学校があるのね。貴族学院のことなのかしら。えーと、出身国はニホン。これはどこにある国なの?」

 じっと、コリーナが見つめてくるのがわかった。やはり、別の世界から来たことを報告書で把握しているのだろう。銀河との約束では転生者であることは伏せておく方向だったが、真偽鑑定を受けてしまった今、もう隠し続けることは無理だ。美怜は息を吸った。

「はっきりしたことはわかりませんが、この世界ではないどこか別の世界だと思います」
「どうしてそう思うの?」
「私と銀ちゃん、今治療を受けている私の友人は、ある日突然、アプラスの森にいたんです。そのほんの一瞬前まで、私たちは日本という国にいました」
「えっ、お、お嬢、なにをいってるんで……?」
「グレゴさん、しーっ」

 カクラが慌てて自分の口に手をやった。そのまま目だけ、きょろきょろとしている。

「来たというのは、ミレイちゃんとお友達のふたりだけ?」
「はい。周りには他に誰もいませんでした」
「なぜこの国に来たのか、この世界に来たのか、わかる?」
「まったくわかりません。だからはじめはとても混乱して、ふたりで森の中を生き抜くのに必死でした」
「まあ……大変だったわね。そうして森で過ごす内にグレゴさんや風耳種のユリアさんという人に出会ったのね。それでエンファまでたどり着いたと」
「はい。無事にたどり着いたとは言えませんでしたけど」

 そういうと、コリーナが肩を落として眉を下げた。

「災難だったわね、でもあんな低レベルの冒険者ばかりじゃないから、私たちのこと嫌いにならないでね。あなたのお友達、ギンチャン?」
「名前は銀河です」
「ギンガくんね。彼のことは今仲間たちが一生懸命治療しているから」
「はい……」

 コリーナは手元のバインダーになにかを書きつけた。美怜は当初からの疑問をぶつけてみた。

「これまでに、私たちと同じような人はいますか……?」
「いるにはいるみたいよ。異世界からこちらにやってきた人の真偽鑑定の大昔の記録が残っていたの。でも、その鑑定もミレイちゃんの鑑定も、とても不明瞭な部分が多いの。私たちがそもそも異世界を理解できないのか、単に情報が足りないのか。そういうせいもあると思うんだけれど、報告者によるとこちらに来ると前と後で、黒から白、青から橙色に変わるみたいに一気に雰囲気が変わって、ギルナスにも理解するのがとても難しいんですって。とにかく、報告書ではっきりわかっているのは、ミレイちゃんたちの世界にMPがないっていうこと。それは、正しい?」

 転生者は自分たちだけではない。それがわかっただけでも、かなり大きな前進だ。美怜すぐさま頷いた。

「その通りです。私たちの住んでいた場所に、魔法はありません」
「そう……。報告書ではミレイちゃんからはMPだけでなく、HPも検知できなかったとあるわ。でも、ミレイちゃんはこうして今確かに生きているわよね? そちらの世界の別の生命エネルギーで活動しているのかしら?」
「そうみたいです。私たちにはHPとMPはないけれど、LPとBPというのがあります。それと、カクラは今もともとグレゴが持っていたHPとMPと、銀ちゃんが与えたLPとBPの四つのエネルギーで活動しています」
「えっ、そ、そんなことになっているの……!?」

 コリーナの驚愕の眼差しを受けて、グレゴがふと気づいたように口から手を放した。

「そういや、この体になってから別の力が体を巡っているような気がしてたのは、なるほど、そういう理屈だったんですかい」
「まあ……、グレゴさんたら、今頃気づいたの?」
「いやぁ、面目ない……」
 
 なぜか嬉しそうに頭を掻くカクラだった。繰り返すが、コリーナにカクラの言葉は日本語未知の言語で聞こえている。グレゴの単純な思考を知っているコリーナにとって、美怜と同じとまで行かずとも、空気や意図を読むのは簡単なことだった。コリーナはまた手元でなにかを書きつけた。

「私たちの常識からすると、とっても驚きよ……。ええと、そうすると、HPの代わりがLP、MPの代わりがBPということになるのかしら? でも、今のグレゴさんの状態からすると……」
「カクラですぜ! 今はカクラと呼ばれているんですぜ!」
「カクラさんね、その状態もありうるから、確実に代替えエネルギーと言うわけではないのね?」
「でも、だいたいはそうなのかなって思っています。ただ、日本にいたとき、私たちは今BPでできるようなことはできなかったんです。だけど、この力がなかったらきっと私たちは生きていませんでした」
「具体的にどんな力なのか教えてもらえる?」

 口を開いた途中で、美怜は今言おうとした言葉を変えた。

「見せたほうがいいですか?」
「ええ、ぜひ」

 そう言われて、美鈴は手に持っていたジュース入りのコップをインベントリに入れた。一瞬で消えたジュースに、コリーナがまあ、と感嘆の声を上げる。

「驚いたわ、無詠唱なのね」
「はい、特に声掛けはいりません」

 美怜はごく基本と思われる収納スキルを披露した。自分の手の上に、無色の魔石を一山、ヒヨシ草を一山、そして手彫りで作ったお皿とスプーンを順番に出しては消し、出しては消していく。

「あら、まあ……。こんなに素早いの。相当使いこなれているわね」
「ちなみになんですが、こういうものをギルドで買い取ってもらえると聞いたんですけど、このほかにもいく種類があるんですが、可能ですか?」
「ええ、素材買取ね。シリタグができれば、もちろんできるわよ。ただギルドメンバーになったほうが買取価格は高くなるけれど、どうする?」
「どのくらい変わりますか?」
「物にもよるけれど、一割弱から強かしら」

 一割といえばかなりの差だ。きっとこれは他のギルドでも同じで、メンバーかどうかで買取価格に差があるものと予想される。だが、ギルドに未加入でも売ること自体はできるとわかった。これは新しい情報だ。
 コリーナがじっと美怜を見つめている。

「ミレイちゃん、他にどんなことができるかしら? 例えば、今出したものを一度に出せる?」
「はい」

 美怜は木のトレーにトリミングで作ったふたつの木の皿。そのさらにそれぞれ魔石とヒヨシ草を載せた状態で出現させた。

「まあ、これも無詠唱で?」
「イメージするとイメージしたままに取り出せるんです」
「イメージのままに?」

 コリーナの目が一瞬輝いた。「ちょっと借りていい?」と言うと美怜のトレーを受け取る。そしてお皿から魔石とヒヨシ草をトレーの上に全て空けると、手で回しまぜた。目を見開いて美怜に尋ねる。

「この状態でアイテムボックスに入れて、仕分けをして取り出せたり、する?」
「はい」

 そう言われて美怜の頭に受付の風景が甦る。冒険者から買い取った素材の仕分け、考えてみるまでもないが、相当な手間に違いない。ピーズに代わってもらうまでに銀河と美怜が体験した苦労が甦る。一瞬でトレーの上のものが消え、次の瞬間、右には魔石、左にはヒヨシ草が固まって再出現した。美怜は自分が認識できる物ならば、インベントリでほぼ自動的に仕分けができる。ただし、美怜が知らない物や細かすぎて一見して認識できない物にはその力は働かず、その場合、判別できない物としてまとまって仕分けられるのだ。

「ミレイちゃん、すごいわっ! じゃあ、これは!? 一枚だけ破るわね? これはあとでちゃんと責任を持って精算するから、今回はこれだけ許してね?」

 コリーナがヒヨシ草を一枚とると、葉っぱの一部を破り取った。どうやら品質の仕分けができるかどうかを知りたいらしい。サバイバル生活の間、傷んだものや腐った水を摂らないように気を付けていた美怜に、この程度の仕分けは楽勝だ。コリーナがちぎれたヒヨシ草を草の山の中に押し込むようにして隠す。次の瞬間、美鈴は再びトレーのものをすべてインベントリに戻して、再びトレーの上に右にヒヨシ草の山と、左にちぎれたヒヨシ草を取り出して見せた。

「すっ、すごい……。完璧な収納スキルだわ!」

 コリーナが一瞬興奮を見せたかと、素早くにこっと普段の穏やかな顔に戻った。

「今ヒヨシ草の買取料金を持ってくるわね」

 奥に引っ込むと、間もなく戻ってきた。コリーナがポケットから銅貨を二枚と、白い油紙に包まれたなにかをいくつかを取り出した。

「はい、これがヒヨシ草の買取料金。普段は銅貨一枚だけど、こちらのわがままで使わせてもらっちゃったから、二倍を支払うわ。私はこれからシリタグの準備をしてくるから、これを食べて待っていてね。うちの子も大好きなパロメルとロンチョ。甘いお菓子よ。私の手作りなの。気に入ってくれたらうれしいわ。じゃあ、すぐ戻るから待っててね」

 コリーナがにこにことしながらその場を去っていった。コリーナの反応からすると、美怜のインベントリは今見せた一部だけで十分優れたスキルとして認識されるようだ。カクラやユリアが言っていたことは正しかった。隣のカクラを見ると、じっと美怜の手に握られた包みを見ていた。

「あ、そうだよね。カクラもヒシャラも昨日なにも食べてないんだったね」
「えっ、ああ、いや、別に……」
「ごめんね、あんまり人前でスキルを見せないほうがいいんじゃないかって銀ちゃんと話してて、落ち着いたらふたりのごはんを準備しようと思っていたんだけど。うーん、これを持ったまま瓢箪に戻れるのかな。そうならヒシャラにもごはん持って行ってもらえる?」
「い、いやいやいや! それはお嬢がコリーナ嬢に貰ったもんですし! 瓢箪の中にいる間はそれほど腹は減らないんですが、でも……」
 
 そういいながらカクラはもの欲しそうにじいっと包みを見ている。お腹が空いているのが先立つのか、それともコリーナの手作りお菓子だから欲しいのかはわからない。ただ、考えてみたらここでカクラを瓢箪に戻すのは逃がしたと勘違いされる可能性もありそうだ。

「カクラ、一個だけ食べる?」
「いっ、いいんですかい!? お、お嬢は……っ?」
「私は銀ちゃんとあとで一緒に食べる」
「……そ、そういうことなら、俺も後で……」

 ぎゅっと目をつぶり顔を背けたカクラを見て、美怜は少し笑った。
 美怜にお菓子を与えたあと、コリーナは速足に廊下の奥へ向かっていた。ノックはしたが、もはや返事を待たずに、オージンのいる部屋に駆けこんでいた。

「ギルマス、ミレイちゃんを今すぐ、ヘッドハンティングしてください!」
「なに……」

 コリーナは机越しに身を乗り出すと、にっこりと微笑みながらも絶対引かないという勢いに溢れている。オージンが小さく眉を上げた。

「報告書には収納スキルがあることは書かれていたが、それほどか?」
「それはもう! あれほどの有望人材、すぐにどこかの商団が囲ってしまうに違いありません。商人ギルドに確実に捕られてしまいます。あの年齢で中級程度のスキルなら、この先成長したらもっと高度なスキルを取得できることも期待できます」
「だが、MPは皆無だぞ。それになんの目的でこちらに来たのかがわからん。最悪を想定しろ。異世界からの侵略かも知れない」

 コリーナがにこっとしながら頭を傾げた。これはコリーナがイラッとしたときの仕草だった。

「幼い子どもがたったふたりでこの世界を侵略に来たと? 私が五人もの子どもを育てていることをご存じないのですか? 断言してもいいですが、ミレイちゃんはなんにもわからないまま、こちらの世界に来てしまったことに戸惑っているごく普通の女の子ですよ」
「君の目を疑っているわけではない」

 コリーナは首をかしげたまま、おっとりと、しかしイラついたまま続ける。

「昔の異世界人の真偽鑑定報告書にも目を通しましたが、その人物は冒険者としてこの世界に順応し、成功し、平和にその生涯を終えたとありました。しかも、本人にしかできない特殊なスキルをいくつも持っていたそうです。彼女をいえ、彼女たちを保護し、ギルドの管理下に置くことは有意義だと考えますわ」
「だが、報告書によれば彼女はあちらの世界で就労していたらしいとある。あれほど聡明なら、あの若さでも十分にあり得るだろう。つまり我々が予想するよりはるかに高い知能があり、我々を出し抜こうとしている、あるいは取り入って情報を得ようとしている、その可能性も否定できない」

 コリーナが首を逆に傾けて、姿勢を正した。顔だけは穏やかだが、上司であるオージンに向けた態度は明らかに「このわからずやが」だった。

「でしたらお聞きしますけど……。毎年のことですが、英雄大会を前に今年も何人もの職員があれこれ理由をつけてやめて行ってしまいました。ギルドは今たったの五名で、普段の三倍以上の仕事をこなしています。英雄大会期間、例年通りならいつもの五倍の来訪者がやってきますが、どのように対応するつもりですか? それとも、私たちがさんざんお願いしていた増員の当てがもうあると?」
「いや、それはまだない」

 冒険者の国と呼ばれるピダウル国に限らず、各地の冒険者ギルドでは定期的に大会や競技会などと称する各種イベントが開かれる。その期間内に使命や依頼を達成すると賞金が与えられ、上位入賞者は名誉を預かることになる。名誉を得れば当然ランクが上がったり、指名依頼も来るようになる。さらには、期間中は素材の買取価格がいつもよりも割増しになるといった嬉しいボーナスもあるのだ。このイベント目当てにやってくる冒険者は多い。
 だが、こうした催しは職員側より冒険者側に有利なことが多分にあり、冒険者ギルドはいつもこの大会期間になると人手が足りなくなる。普段は買取の手続きや素材仕分けをしているギルド職員も、このときばかりは自ら山河に出かけてめいっぱい素材をかき集め、元同僚たちを泣かせに来るのだ。

「でしたらいつ新しい職員の顔が見られますか? 人並みに仕事を覚えてもらうためにも来月上旬には顔合わせさせてもらいたいと思っているのですが、ちなみに今何人応募がありますか?」
「いや、まだない」

 にこぉ~とさらに笑みの深くなったコリーナに、さすがのオージンもフーとため息をついた。

「わかった、本人に意志だけは聞いてみよう……」
「百パーセント確実に取り込んで下さい」

 一方、そんなこととは知らない美怜はカウンターの奥から受付の様子を眺めていた。さっきからひっきりなしにカウンターには冒険者がやって来ては去っていく。先ほど支払いをしてくれたエルサ、鑑定をしてくれたギルナスが、話を聞き、素材を受け取り、銀貨や銅貨を支払っている。ふたりの後ろには、素材が入れられた箱いくつも並んでいる。

(こういう事務的なことをやってくれる魔法はないのかなぁ……)

 地球だったら物を入れた籠をかざすだけで瞬時に金額がわかるシステムや、タッチひとつで決済が完了するシステムもある。魔法がある世界だからと言って、なにもかもが便利だというわけでもないらしい。
 そのとき、にこにこしながらコリーナが戻ってきた。

「ミレイちゃ~ん、おまたせ~」
「あ、はい」
「じゃあ、準備ができたから、奥へお願いね」

 コリーナのあとに続いていくと、連れて来られたのは、またギルドマスターの部屋だった。

(えっ、またここ……!)

 あのやたらと重い空気を思い出して、美怜はわずかに奥歯を噛んだ。残念なことに、ちょうど罰金の集計ができたらしく、カクラは罪状の確認のためにエルサに呼ばれてしまったので、美怜はまたひとりであの重圧に耐えなくてはならないのだ。

「ギルマス、ミレイちゃんを連れて来ました」
「入れ」

 まるで彫像かというように、はじめと全く同じ場所、同じ格好でオージンが座っていた。ソファに案内されると、コリーナがなにかの道具を広げ、てきぱきと準備をする。

「これからシリタグの登録をするわね」
「はい」
「ミレイちゃん、まずはこのシリを持ってね」

 手袋をしたコリーナから渡されたのは、グレゴのものと似た五センチほどの長さの細長い水晶のような鉱物。持った重さもどこかしっとりとした感触もそのものに思えた。

「もう少し待ってね。シリが徐々にミレイちゃんを記憶するから」
「持っているだけで?」
「そう、シリは持っている人の識別や記録に役に立つのよ。すべてのシリがタグに使えるわけじゃなくて、この横溝がたくさんついている天然シリだけがタグに使えるの。もういいみたいね」

 そう言われて手元を見ると、いつの間にかシリの中にほんのりと青い光が灯っていた。

「それじゃあ、自分でそこの穴にチェーンを通して首から下げてみて」
「はい」
「オッケーよ。今日から明日のこの時間までは誰にも触らせないで、肌身離さず持っているの。そうしたら、そのタグはミレイちゃんのタグになるから」
「わかりました」

 なんとなく指紋や血液でも採取されるのかと思っていたが、予想以上に登録はあっけなかった。だが、これでひとまず町での活動は自由になった。美怜はすかさず立ち上がる。

「それじゃあ、私はこれで。銀ちゃんは今どこにいますか?」
「あっ、あ、ミレイちゃんちょっと待って? ギルマスからお話があるの」
「え……。ああ、謝罪ですか?」

 そういうとオージンの口元がわずかにへの字に歪んだ。コリーナはにっこりと笑みをオージンに向けた。

(正直、今は謝罪より銀ちゃんの様子が知りたいよ。どうせ再発防止策だって、本当にやってくれるかわからないし。できない言いわけとかいろいろ聞かされるだけなら、時間の無駄だもん。早くしてくれないかなぁ……)
 
 美怜が座り直すと、オージンが組んでいた手を解き、突如胸を張った。

「君の目的はなんだ?」
「え?」
「なんのために君は異世界からここへ来たのかを聞いている」
「え……、それはさっきコリーナさんにお話しましたけど……」
「ギルマス、報告しました通りですわ」

 コリーナがくきっと笑顔で首をかしげた。オージンは構わずに続ける。

「侵略が目的か? そのための偵察か? 次はいつ何人の異世界人が来るのだ?」
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