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■第2章 冒険者の町の冒険者ギルド!

101 ここが冒険者ギルド

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「離してっ、はなしてよぅっ!」

 ならず者の仲間らしき狼男のような人種の脇に、荷物のように抱えられた美怜は、そのままエンファの町の門を潜り抜けていた。町に入ると列をなしていた人々と同じように、様々な人種や職業の人が入り乱れている。石畳に、井戸、立ち並ぶ商店。人々の明るい色の服、鮮やかで新鮮そうな野菜、漂うパンの香り。経済的にも住環境的にもかなり安定した町に見えた。それなのに、今美怜たちが受けているこの不条理は一体なんなのだろう。パニックになるのを必死で抑えて、逃れようと手足をばたつかせたが、狼男の腕はびくともしない。

(銀ちゃん、お願い、お願だから、生きていて……!)

 銀河のことを思うと涙が溢れて止まらない。まるでヤクザか戦国映画みたいな一場面。目の前で見た今も信じたくない。受け入れることが怖くて、頭のどこかが考えることを放棄したがっている。これが夢で、今すぐ目が覚めればいいのにと。

(だめ、だめ……っ、気を失っちゃダメ、意識をしっかり持って! 銀ちゃんの無事を確かめるまでは……っ)

「ぐふーっ、お前は俺の言うことが正しいと、ひとこといえばいい」
「くくっ……」
「キキッ……。それだけ言えばすぐに帰してやるさ」

 小太り、三白眼、痩せ男の声だ。この襲来の意図は銀河の予想通りに思われた。賞金を受け取るとために、彼らは美怜になんらかの嘘の証言をさせようというのだろう。こちらが力の弱い子どもで、ギルドに所属していない立場の弱い者だとわかっていてのこの強行。悪質で卑劣極まりないが、絶望的なまでに美怜には逆らう力がない。

「勝手に話しかけるな」

 美怜を担ぐ灰青色の狼男が三人に向かって言った。

「ああ、わかってるよ……。お前こそ、そいつをちゃんと捕まえておけよ」
「お前たちの命令を聞くつもりはない。俺はただギルマスの指示に従っているだけだ」

 仰ぎ見ると灰青狼の片目に傷跡がある。その声は低く、そっけなかったが、どこか芯のある響きに感じた。さっきの会話、どうも仲間とはいいきれない空気感だった。もしかすると、ギルドの中にも弱き者を助け悪を滅する正義をその胸に抱く人もいるのかもしれない。

(そ、そうよ……。流されちゃダメ、なにもしないうちにあきらめちゃダメ……)

 震える拳で自分の頬をつたう涙をぬぐった。
 大股で闊歩する男たちの一団は大きな建物の前にたどり着いた。担がれた格好でも、微かに見えた看板。そこにはクレアの見せてくれた紙に書かれていたものと同じと思われる文字の羅列と、盾をかたどったような図形が見えた。そのまま建物に入ると、銀行のように受付カウンターがいくつもあって、その空間には順番を待つ冒険者たちが各々好いたように待っていた。彼らの腰や肩にはもれなく剣や斧や弓があり、丈夫な革ブーツやグローブ、甲冑や籠手のような防具を身に着けていた。

 建物の構造はほぼ木造。ウェスタン映画さながらの造りと粗雑さだった。壁には手配書や依頼書のようなものが無数に張り出され、買取されたらしき薬草や魔石か山と入った木箱が奥へと運びこまれていく。灯り採りの小さめ窓がいくつかあったが、どれも薄汚れていて曇っており、掃除もされていない。そのせいなのかどうか、カウンターには明かりのついたランプが灯っていた。

(こ、ここが……冒険者ギルド……)

 カウンターの横を抜けて、廊下を曲がると、一団はひとつの扉の前で止まった。

「ギルマス、つれてきやしたぜ」
「入れ」
「おい、お前らはここまででいいだろ」

 小太りの言葉に美怜はぎくっとした。まさか、この三人と自分だけでこの部屋に入るのだろうか。どう考えても不利に不利な状況が重なるとしか思えない。他の人たちがその場を後にしていく中で、灰青狼だけが残った。

「この少女を案内するのは俺の仕事だ」
「ちっ」 

 未だ担がれたままの美怜は、案内と言う言葉の意味をこの灰青狼に問いただしたかったが、そんなこと口にする勇気はとてもじゃないが出てこない。結局、ならず者三人と、担がれたままの美怜と灰青狼が部屋に入った。

 部屋の中は先ほどの受付ロビーに比べれば、堅実な執務室といった雰囲気だ。ギルドの利権の頂点だという話だったが、華美な印象は全くなく、鍵付きの本棚、コート掛け、執務机、ソファセットと、むしろ必要最低限のものしかないという感じに見える。唯一目を引くのは、部屋を入って真正面の壁上部にある木彫りの看板で、力強い筆致で掘り出されたなにかの言葉が、どうにも筋者臭い。なんと書いてあるかはわからないが、確実に言えるのは「Boys be ambitious少年よ 大志を抱け」とか「Honesty is always the best policy正直は常に最善の策である」といった清く明るい雰囲気ではなく、ヤクザの事務所にありそうな「任侠道」とか「食うか食われるか」みたいな、どうにもそんな感じが漂っていた。

 その雰囲気よろしく、人相の悪いグレイヘアのオールバックの男が机に肘をつき、顔の前で手を組んで座っていた。歳は四十か五十か。サングラスをかけ、手には革の手袋、がっちりした体は黒革のジャケットコートのような服で身を包んでいる。美怜に当然筋者の知り合いはいないが、棘のように発せられる威圧的な雰囲気は、まさに映画で見るような組長オヤブンそのものみたいだった。雰囲気だけで、もうだめかもしれない、と美怜は思った。

(こ、これが冒険者のトップ……? まるでマフィアの親玉だよ……。こんな人に話通じるの……?)

 今もなおがっしりと美怜をホールドしている灰青狼。動物の耳や鋭い牙や爪を持った人種に対して、美怜は怖いという気持ちがまだ多分にある。彼らはテーマパークのようにかわいくて楽しいだけのファンタジーな存在でないことがもうわかっているからだ。だが、相手が完全に地球と同じような丸耳であっても、やはり怖いものは怖い。
 三人が先を急ぐように言った。

「さあ、ギルマス、賞金を払ってもらいますぜ」
「こいつが証人でさぁ、くくっ」
「キキ……、ようやくうまい酒にありつけるぜ」

 ギルマス、すなわちギルドマスター。そう呼ばれた革張りの椅子に腰かけるこの男。名前をオージン・グレアムという。オージンは三人のEやF級の底辺冒険者の三人と、自分の息のかかったA級冒険者ロアンドを鋭く見た。

「ロアンド、それでその子どもはなんと言っている?」
「まだなにも」
「とりあえず、そこへなおらせて話を聞いてみろ。わかっていると思うが泣かせるなよ」
「は」

 ロアンドと呼ばれた灰青狼がようやく美怜を床に下した。美怜の怯えきった顔つきを見て、オージンはにわかに眉をひそめた。彼は、子どもが大嫌いだからだ。頭が悪いしうるさいし、品がない上に要領も悪く、受け答えも釈然としない。泣いてもうるさいし、笑ってもうるさい。巷で言う、子どもは風の子という言葉を聞くと、風邪をひいて死んでしまえと思うし、子どもは泣くのが当たり前と聞くと、冷たくなって泣かなくなった子供のほうがずっとましだと思うような男だった。子どもというのはどう向き合っても、相いれない生き物だと思っている。だから、この件もさっさと型をつけて終わらせたいと思っていた。
 命じられたロアンドが美怜を見下ろした。

「君は、この者たちが逃亡者グレゴを倒すところを見たか?」
「……」

 早々にバッズゥイールの指輪を使って言語を理解できるようになった銀河と違い、美怜は言語の響きで意図を理解しているわけではない。顔の表情や文脈、状況、その人となりを総合して感じ取っている。緊張や恐怖もあってか、初めて会ったばかりの不愛想な毛耳種の言っていることを正確に読み取れない。ただ、グレゴのことを聞かれているに違いないということだけはわかる。

「答えないか? 答えればすぐに帰れるのだぞ」
「……」
「あっ、思い出した! そいつは外国語しかしゃべれねぇ!」
「……おお、そういやそうだった! 喋れたのはもうひとりのほうか」
「なあおい、ロアンド、早いところ通訳の魔法をかけろよ。A級のあんたならできんだろぉ」

 ロアンドがちらりとオージンに目をやり、無言の頷きが返ってきた。ロアンドがすっと美怜に向かって手を掲げた。一瞬、ぎくりとした美怜だが、言葉のことを問題にされているのはわかった。綱渡りみたいで恐怖だが、美怜は泣きそうになりながらも唇を噛んで耐えた。

「エスピリト」

 それがロアンドの通訳魔法の呪文らしい。美怜が予想した通り、ふわっと光が立ち上ったかと思うと、音が一気にクリアになった。なんとなく雰囲気が感じてきた事柄が、言葉によって内容がはっきりと伝わってくる。

「これで言葉がわかるか?」
「はい……」

 美怜がそう答えるのとほぼ同時に小太りが言った。

「なあ、見たよなぁ? 俺達が倒したグレゴが大蛇に丸飲みにされちまったところをよ」
「間違いなく見てたはずだ」
「キキッ……」

 そろっと見やると三人が三様に美怜をねめつけて圧をかけていた。黙ってはいと言え、そうしなかったら、わかっているんだろうな。そうありありと顔に書いてある。ロアンドが先ほどからずっと変らない、安定した声色で美怜に尋ねた。

「この者たちの言うことは本当か?」

 このままはいと言うことは簡単だ。銀河の無事を確かめるためにも、いますぐはいと言ってしまいたい。理不尽な力に屈しても、今は銀河の元に帰りたい。気持ちがぐらつき、唇が震える。そのとき、美怜の頭の奥で、あの通知音が鳴った。

GBグレイテストブーンズアプリの使用許可の一部が銀河から美怜に与えられました。使用できるのはコール、セーブです」

 その瞬間、美怜の目にますます涙が溜まった。銀河が生きている。離れていても、繋がっている。地球ではいつも控えめで人見知りばかりする銀河が、初めて見せたあの怒りを思い出した。銀河だったらきっと立ち向かうだろう。美怜はここにはヒシャラとカクラを呼ぶことができる。そしてこれを見過ごせば、今後おんなじことをこの男たちは何度何度も繰り返すかもしれない。一時の感情に流されてはだめだ。泣き寝入りとあきらめるには早すぎる。まだ美怜はなにもしていない。

「おいっ、早く返事をしねぇか!」
 
 小太りの大声に、美怜はビクッと肩を揺らした。覚悟がいる。最悪を想像したら、本当に悲惨なことしか思い浮かばない。それでもできるかぎり良くなるように動くしかない。自分を助けるのは自分しかいない。美怜は涙を堪えてはっきりと口にした。

「真偽を判定する魔法を要求します」
「なっ!?」
「はあっ……?」
「お、お前っ!」

 オージンがピクリと眉を揺らし、ロアンドがにわかに目を見開いた。ならず者の三人は予想していなかった返答に一様に動揺している。美怜はぎゅっと拳を固く握りしめて、ヤクザの親玉……ではないが、そのくらいの覚悟で見据えた。怖がっているだけではだめだ。言葉を交わす前に、意志が通じないとあきらめていたら、なにも前に進まない。

「真実を見極める魔法や魔道具があるはずです。ピダウル国の首都エンファの冒険者ギルドに、まさかないとはいいませんよね?」
「てめぇ、いいかげんにしろよ!」
「MPなしが調子に乗るな!」
「さっさとうんと言やぁそれでいいんだよぉ!」

 弱い犬ほど良く吠えるというが、まさにそうだと思った。これに対してギルドマスターも灰青狼も全く動じていない。そして、カクラをここへ呼び出せる今、美怜はグレゴを呼び出せるのと同じなのだ。ジルドたちから預かった証拠もある。心さえ強く持ち続ければ、きっとこの三人を糾弾できるはずだ。

「君、名はなんと言う?」

 遥か低い所から聞こえてくる響きに、美怜はまた小さく震えた。ならず者たちにはない重さと迫力がある。オージンの型はまるで巨木のように、さっきから一ミリもぶれていない。美怜の頭の中になぜか「動かざること山のごとし」という言葉が勝手に浮かんだ。

「美怜です……」
「ミレイ、君が言うようにギルドにも真偽を判定できる者がいる。ただし、それは今回の件だけを都合よく見聞きするような魔法ではない。一度真偽鑑定に掛ければ、君はこれまで生きてきたすべてを洗いざらいさらけ出してしまうことになる。それでもかまわないか?」
「構いません」

 そう言ったあとで美怜は考えた。自分が生きてきたすべての中で人に見られたくない事、それはひとつふたつではない。だが、ここでためらう様子を見せれば、三人にプレッシャーをかけられない。それに、大して知りもしない異世界の強面おじさんに、地球で起こったそれを知られたところで、大した恥ではない気がした。三人は予想通り、顔色を変えあからさまにもたじろいだ。

「お、お前ぇ~……!」
「どういう立場かわかってんのか……」
「今なら許してやるから、撤回しな!」

 そう、真偽の魔法をかけられて困るのは確実に彼らのほうだ。そこから先、オージンの所作は早かった。

「ロアンド、ギルナスを呼んで来い」
「は」
「そっ、そんな、ギルマス……!」
「お前たち」

 オージンの重低音に三人がギクッと強張った。

「これ以上俺の手を煩わせるつもりか?」
「う……っ」
「くっ……」
「キィ……」

 三人が顔を見あわせ、顔をゆがめてみせた。

「……わかったよ、今回は手ぶらで帰ってやらぁ」
「ちっ……」
「ったくよぉ」

 三人が背を向け部屋を出ようとしていく。美怜はハッとした。恐らく、彼らはこうやって問題が起こるたびに何度も真偽の魔法を受けずにやり過ごしてきたに違いない。そしてギルドマスターはそんな彼らの処罰を下すことすら面倒くさがっている。これでは、意味がない。美怜は素早く言った。

「ギルドマスターに上告します。彼らの非道な行いについて、適切な調査と厳しい処罰を求めます。証拠もあります」
「はあっ、なんだとっ!?」
「こっ、こいつ……!」
「クキッ……!?」

 美怜は睨みつけてくる三人に構わず、オージンだけを見てすぐに言った。

「真偽鑑定の魔法を私にかけてください。すべてつまびらかにするために、証拠と共に私の記憶を提出します」

 その瞬間、隣からにわかにため息らしきものがこぼれた。見ると、ロアンドが物珍しそうなものを見るような視線をむけており、小さく口がゆがんでいるように見えた。

(笑ってる……?)

 仏頂面で、人と違う顔立ちだし、表情が読みづらいと思っていた灰青狼だったが、美怜の目がようやく慣れてきたのかもしれない。そのとき、フーと長いため息がオージンから漏れて聞こえた。次に顔を上げたとき、鋭い眼光は三人を見据えていた。

「ロアンド、ギルナスはまだか」
「は、すぐに」
「ひっ……!」
「そ、そんなっ」
「キィ……ッ」

 それからすぐロアンドによって連れて来られたギルナスという男は、緑色のウェーブヘアで、垂れ目に下睫毛の若い男性だった。

「ギルナス、彼女が真偽鑑定対象だ。ミレイ、そこへ座りなさい」
「ええっ、子どもですか……」
「はい……」

 その様子を見た三人が我先にとドアに向かおうとしたが、ロアンドが素早く立ちはだかった。

「くそ……ッ」」
「くぅぅ」
「ヒイィ……」

 突然呼ばれて明らかに不機嫌そうなギルナスが、大きなため息を隠さずについた。

「なにしたんだよ、君……。鑑定魔法はものすごくMP消費するから負担なんだぞ……」
「……お手数おかけしますが、よろしくお願いします……」

 とまどいながらも頭を下げ、指示されるままに革張りの応接ソファに美怜が腰掛けると、ギルナスが隣にやってきて座った。

「じゃあそこに横になってくれ。目を閉じて、じっとしてて」
「はい……」

 言われた通りにすると、すぐに顔の前に手をかざされたのがわかった。間もなく温かいとも涼しいとも言えない風のようにものを感じる。

「レムリア」

 その響きと同時に追い風のようなものを感じて、額から風が抜けていくような感覚がした。初めての感覚にドキドキして目を開けたい気がしたが、なんとかそのままの状態でじっとこらえた。しばらくすると風が止み、「もういいよ」の声が聞こえた。そっと起き上がると、少し頭がくらくらする気がしたが、特別他に異常はないようだ。

「うーん、ああ、これですね……」

 ギルナスがこめかみをトントンしながら目を閉じている。

「ああ~、はいはい。ブルドン、エイト、ギリ、ロスホン。森でこの子たちを襲ってますね」
「それで?」

 オージンが続きを促す。

「四人はグレゴを追ってアプラスの森に入り、先にいたこの子たちを見つけたようですね。これは、この子の兄弟かな……連れには少年と、あと風耳種の女性が一人。この周りにいる見慣れないのは君たちの使い魔かな……。はあはあ、痛い目を見たくなければグレゴが死んだ証拠を渡せと。それで、グレゴの盗んだ魔法薬を脅し取った……」
「グレゴはどうした?」
「少年は大蛇に飲まれたと言ってますね。ふうん、それで証拠を奪い取って揚々とギルドへ戻ってきた。だがグレゴを倒したという証拠とするには不十分と言われたため、おやおや……、今度は闇討ちですね」
「闇討ち?」
「この子たちは町に入るための列に並んで隣になった家族と懇意にしていたようですが、ブルドン、エイト、ギリがこの子の鞄、アイテムボックスを奪ったようですね。証拠がまだここにあると思ったんでしょうか。あっ、うわぁ、家族の父親と娘が大変なことになりました」

 それを聞いた美怜が今だというように、背中から今隠し持っていたものを取り出したかのようにして、ジルドの服とネルの血の付いた布と、ダガーを出した。

「これがそのときの証拠です。こっちのダガーは私たちが森で襲われたときのものです」

 オージンがテーブルの上と美怜を交互に見た。

「そのふたりはどうなった?」
「少年のこれは……新たな使い魔ですかね、治療させています。ほう、ポーションで全回復させたようです。これで以上ですかね……」
「待ってください、そのあと……!」

 美怜が言うと、すぐさまロアンドが口を挟んだ。

「ブルドンらの申し開きによって証言者を迎えに行った際、ブルドン、エイト、ギリが少女の連れらしき少年に殴打、足撃をくらわしています」
「ロアンド、なぜ止めなかった」
「ブルドン達からは、彼らにグレゴ捕獲の邪魔をされたから、すこしばかり痛い目を見せてやるつもりだと聞いていました。それが本当なら俺に止める理由はありません。少しばかりというには少々やりすぎたように思いましたが、火急速やかに本件を解決せよというギルマスの命令を遵守しました」

 それでこの灰青狼は止めなかったのかと今さらわかり、戒律とやらに縛られたギルドの組織の在り方に、美怜は再び唇を噛んだ。そのあとすぐに、黙っているべきじゃないとすぐに気付いた。

「たった今見ていただき、提出した証拠の通り、私たちは彼らによって、複数回にわたり多大な被害と損害を被っています。さらに、無関係の人たちまで傷つき苦しみました。これらについてギルドはどのように処するつもりなのか考えを聞かせてください。私たちの要求に応える準備はありますか?」

 再び、フーと長いため息が漏れた。サングラスをわずかに上げると、オージンが口を開く。

「状況はわかった。それで、君は我々になにを要求するつもりかね?」
「まずは謝罪です……。それから二度とこのような不条理なことが起こらないように、再発防止を求めます。そして、怪我を負った三名には心身に対する治療費と慰謝料を求めます。あと、私のリュックも返してください」
「それだけか?」

「再発防止は、私たちに対してだけでなく、MPを持たない人や低い人に対して全員に適用してください。彼らに対して暴力や脅しをおこなった冒険者は、格下げになるとか向こう十年活動禁止とか、冒険者ギルドの戒律は知りませんが、明らかにペナルティとなる処罰を厳密化して、平和な暮らしを求めている人の生活を脅かさないようにしてください。それと、当然ですが私たちや彼らに対する報復行為を禁止してください」

 さらに、フーとため息が聞こえた。気のせいかどうかわからないが、このため息が漏れるたびに部屋の中の空気が緊張に包まれているような気がする。

「グレゴの賞金については?」
「それについては求めません」
「彼らに対する処遇については?」
「先ほども言いましたが、私には冒険者ギルドの戒律がわかりませんし、私が口を出すことではないと思っています。ただ、このようなことが冒険者ギルドの名のもとにまかり通るならば、国が国民を守れないことを表すのであって、はっきりいってそれは国家の恥だと思います」
「国家の恥」

 またまた、フーと冷たい息が吐かれた。さすがに言いすぎかとも思ったが、もはや記憶を見られているのだから、いい繕ったって無駄だろう。これは美怜の本心だ。

「わかった。まずは、怪我を負った三名の治療費と慰謝料についてはギルドが支払おう。金額についてはこのあとすり合わせる。君のアイテムボックスだが、ブルドン、どこにある?」
「あ、あれは、アイテムボックスなんかじゃなかったぜ! ただの……」
「どこにある」

 どすの聞いた低音に、ブルドンがぐっと黙って、路地裏に捨てたとつぶやいた。

「ロアンド、ブルドンを連れて行って探して来い。他のふたりは地下牢だ。三人揃ったら見せしめに処刑する、明日決行だ」
「ぐふぇっ!」
「ひいっ!」
「キエッ!」
「アパルーサ」

 ロアンドの呪文と共に、光の茨が三人に瞬く間に絡まった。

「マルコに言って、門の外へ行き、ブルドンたちが怪我をさせたというミレイの連れと隣の家族というのを保護しろ。必要なら手当を」
「はっ」

 わあわあ騒ぎながらロアンドが三人が連れていった。それを見ながら、美怜は自分の血の気が引いていくのがわかった。見せしめに、処刑。処罰を望んだのは自分だとはいえ、まさかこんなにあっさりと決まってしまうとは思っていなかった。しかも処刑。これがこの世界では普通なのか、美怜に判断できるだけの情報はまだない。

「今さら怖くなったのか? でも君が気にすることじゃないよ。あいつらもとから評判が悪くてどうしようもなかったんだ。受付でもいつもごねるし、俺たちももうつき合いきれなくて。いい厄介払いさ。ですよね、ギルマス?」
「お前は早く鑑定結果をまとめて提出しろ。それともそんなに残業がしたいか、ギルナス」
「げっ、今日中ですか……」
「一時間以内だ」
「は、はいぃ……」
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