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■第1章 突然の異世界サバイバル!

018 エルフの風の弦(2)

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 たぶん、そうだ。いや間違いなくそうだ。肩越しにそっと振り向くと、木陰がカサカサと揺れていた。

「……えーと、これって、聞かなかったことにするのがマナー?」
「お嬢、マナーの問題じゃねぇですぜ」
「でも、ここで食事に誘うのもちょっと違う気が……。僕達警戒されてるわけだし」
「冒険者をやろうって人間が自分で食糧調達できないわけがありませんぜ」
「それもそうだな。僕らもお腹空いたしひとまず戻ろうか」
「そうだね」

 ――くぅうりゅるるるぅ~……。
 再び三人が歩き出そうとした途端の二発目。美怜が思わず、くすっ笑い声を立てていた。

「みれちゃん……」
「ごめん、だって、二回目の、めっちゃお腹空いてるときの音じゃなかった?」
「確かにですなぁ。まあ、害もなさそうですし、ここまで来たついでに恩でも売っておきますかい? 流れ者の冒険者相手には、売ったところでなにも返ってこないと思いますがね」

 カクラが肩をすくめ、銀河と美怜は顔を見合わせる。「まあそれなら」「話かけてみる?」と互いにうなづいてみた。そんなわけで、三人はもう一度木陰に顔を向ける。代表してカクラに話しかけてもらった。だが、反応はない。

「おかしいですなぁ。……あっ! そういえば俺は、使役魔法の影響でお頭と同じ言語になってたんでしたな」

 タカラコマになった時点で、カクラの言葉は日本語に変っている。当然、相手にはまったく聞きなじみのない言葉に聞こえているはずだった。

「お頭、どうしやす?」
「グレゴに戻れば通じるってことか?」
「そう思いやす」
「んー、ちょっと待って。私も話しかけてみるね?」

 なにか感じたのか、美怜が数歩前に出た。そして、お遊戯のように手振り身振りを踏まえて、声をかけ始めた。

「ぐうううう……、はむ、はむ、はむ、はむ……」

 お腹を押さえながら、ぐううと言い、はむはむと言いながら、なにかを食べるしぐさをしている。それを何度か繰り返した後、美怜が来た道のほうを指さした。それを終えると、ふたりのもとに美怜が戻ってきた。

「多分これで、食べたかったら来ると思うよ」
「ほ、ほんとに……?」
「お嬢は通訳スキルを持ってるんですな。その歳でたいしたもんです!」

 カクラは感心し、銀河は疑い半分だったが、美怜があまりに自信たっぷりだったので、その場をそれで戻ることにした。元の場所に戻る途中、念のためにレーダーを注視していた銀河が、しばらくして緑の点がこちらに向かって動き出すのを確認した。

「本当だ、僕達を追って来てる」
「じゃあ、ひとり分追加だね」
「お嬢は人がいいですなぁ。きっと育ちが違うんでしょうなぁ、うんうん」

 戻ってくるなり美怜はインベントリから魚を取り出して料理を再開した。スープが完成するまでの間、レーダー上の緑の点は少し離れたところでとどまり続けていた。そうっとその方角を見ると、茂みの中の青い頭がササッと物陰に隠れる。警戒は解いてないようだが、施しはもらうつもりのようだ。

「じゃあ、私渡してくるね」
「あっ、僕も行くよ!」
「んー、まだ怖がってるみたいだからひとりでいいかも。それに、せっかくご飯が食べれそうなのに、攻撃なんかして無にしたりしないと思うよ。それも仲間がこんなに側にいるところで」
「そ、そっか……」

 木のトレーをインベントリから取り出すと、美玲はできたばかりのスープとベリーとスプーンを乗せて茂みのほうへ歩いていった。それから間もなく、手ぶらの美怜が戻ってきた。

「どんな人だった?」
「物陰から出てこなかったから、トレーを置いてきただけだよ」
「なんだ……」
「銀ちゃん、そんなにあの美人のお姉さんが気になるんだ?」
「えっ!?」
「銀ちゃんはああいう人が好みなんだねぇ」
「あっあっ! それはちが……っ!」
「そんなに照れなくても。でも相手にしてもらえまでに、あと十年くらいはかかりそうだね」
「う、うぅ……」

 身から出た錆とはいえ、美怜にそう言われるとなにも言えない銀河だった。

 食事と片付けが済むとヒシャラとカクラは食休みし、銀河と美怜は収集の状況を確認した。

「そういえば、みれちゃんが僕に頼みたいことって?」
「ああ、あのね、インベントリの中で働いてくれるブーンズを作ってもらえないかなって」
「えっ、い、いいの!? うん、作る作る!」

 箱庭ゲームの都市に市民がいたように、インベントリの街の中にもなにかしらの生命体がいてもいいと思っていた銀河が目を輝かす。

「どんなのがいい!?」
「えっとね、今考えているのは、陶器のお皿の自動生産ができないかなって。その一連を管理するブーンズなんだけど……えーと、ちょっとタブレット借りていい?」
「うん」

 美怜がさらさらと描いていくのは、陶器製造における工程と空間を整理して図に表したもの。つまりオペレーションとレイアウトだ。材料を置く倉庫、貯水槽、土を作る部屋、釉を作る部屋、形成する部屋、乾燥させる部屋、釉を付ける部屋、さらに乾燥させる部屋、そして陶器窯、検品をする部屋、完成した陶器を保管する倉庫、廃棄物をためておく部屋、そしてそれらをつなぐ回廊。ざっくりとではあるが、陶器生産の一連がひとつの工場の配置図の中に納まっている。

「あれ、薪を置く倉庫はないの?」
「うん、不思議でしょ? 多分、私がイメージしたのが電気窯だから、薪がなくてもちゃんと焼き上がると思うの」
「へ~! つまり、この工場を管理するブーンズが必要なんだね」
「うん。自分ひとりで陶芸をやるだけなら工房がひとつあればそれでいいんだけど、木のお皿みたいにそれなりの数をとなると、こうやって生産工程をちゃんと部屋ごと分けて、それを一つにまとめた工場としてインベントリの中に作っていきたいと思うんだよね。これが成功したら、多分この先、ほとんどのことが自動化できるってことになるし」
「自動化か……。そうだよね、みれちゃんがこっちの街づくりやものづくりに手いっぱいになって、インベントリの中から出て来なくなっちゃったら、僕さみしいよ……」
「うん……。それに私もお金のために陶芸ばっかりしたくないな」
「だよね。でも、木や塩の時みたいにトリミングで一気にお皿にはできないんだね」

 材料さえ入れておけば、完成した製品の形で取り出せる様子を見ている銀河には、そのへんの違いがよくわからない。

「うん、もしかしたら銀ちゃんにならできるのかもしれないんだけど、私は陶芸教室で土を練るとか、何日乾燥させて、何度で焼くとか知っちゃってるから、多分ちゃんと工程を踏まないとできないんだと思う」
「はあ~、なるほど~!」

 つまり、銀河とは違った意味で美怜もセオリーに縛られているのだ。ものづくりの面白さや複雑さを知っているからこそ、ひとつひとつの工程を積み重ねていけば、つくりたいものが出来上がると知っている。必要な機能があり、そのための構造や図面があり、それらは機能装置となる。機能装置が冷蔵庫になり、規模を変えて工場へと拡大し、そんな工場が寄り集まって、工業都市が出来上がると信じることができるのだろう。銀河にどんなふうにインベントリを使いたいかと問われたとき、「街」と答えたのは美怜そういう思考と経験の基礎があったからなのだ。無論、地球のすべての技術や知識を網羅しているわけではないので、ゼロから地球と全く同じ冷蔵庫を作り出すことはできないだろうが、そのできない部分にBPが働くということのようだ。

「本当は、それよりも先にエコロの処理能力を使ってウォッシュルームとバスルームを作りたいんだけどね……」
「あ、そうだよね。あると便利だよね」

 川で体を洗うのも外で用を足すのもかなり慣れてきた銀河は、今ではもうそれほどの苦ではなくなっていた。だが、成人女性の嗜みを身に着けている美怜にとって、それはやはり心からの切なる願望だ。美怜もまた、見た目は子どもでも頭脳は大人。子どもらしく振舞うことで、ある程度は恥じらいを捨ててきたが、その実やっぱり無理をしていたのだ。

「もう外観とか便器とか水洗機能やタンクや排水設備はできてるの。あとは汚水処理設備だけ。ここにエコロに入って働いてもらえれば、持ち運びできる仮設トイレが使えるの。仮設っていっても、中は広くて明るくて綺麗だよ。あと、お風呂ももう半分くらいできてるの。石造りの手足広々の浴槽に、御影石のタイル張りだよ」
「えっ……、もうそんなに進んでたの!?」
「うん、どうしても外でトイレが慣れなくて……。お風呂は給湯設備さえできたら外に出せるんだけど……。あ、浴槽だけ取り出してお湯を沸かせば、インベントリの外でもお風呂に入れるんだけど、でもそれだけの火を毎回焚くのって厳しいよね。だから給湯の自動化は絶対だと思っていて」
「そ、そんなに嫌だったんだね……。ごめん気づかなくて。エコロを分離させたあと、さらに複製で増やすよ! エコロがたくさんいればそのぶん処理量が増えるし。できるだけ早く使えるようにしよう」
「えっ、成長したブーンズを複製できるの!? それって最高! 銀ちゃんのユニークスキル、すごい進化だね!」
「そ、それを言ったら、みれちゃんこそ!」

 トイレと風呂はそれで話がまとまり、改めて陶器製造工場で働くブーンズに話が戻った。

「イメージとしては三体くらいは必要でね」
「うんうん」
「全体の制御をしてくれるロボットと、ドローンみたいに上から監視できるタイプと……」
「んっ、えっ、ロボット、ドローン!? 生き物じゃないの?」
「あ、だって、生き物だったらなんかかわいそうでしょ? 多分、ほとんどインベントリの中にいることになるし、作業は自動化した機械がするから、ブーンズたちが自ら手足を動かすことはほとんどほいはずだよ。そうすると、やっぱり生き物よりロボットなのかなって……」
「そうだけど……。あ、いや、そういうことか……。つまりオペレーターってことだね……」
「そう。生き物じゃないとダメ? ロボットは生き物じゃないからギブバースできないかな?」
「ちょっと、考えてみるよ……! 僕が全然予想していなかっただけだけど、言われてみれば確かに、みれちゃんのインベントリの街は人が住むための街じゃなくて、ものづくりや在庫を保有するのための街なんだよね。なんかスチームパンクみたいでカッコイイな! あっ、いやでも、蒸気で動くわけじゃないから、もっと現代に近い感じになるはずだよね。それで街はいわば、全体が自動ユニットっていうこと」
「うん、そう!」
「それならそれに相応しいブーンズじゃないと……!」


 銀河がタブレットを受け取り、新しいファイルを開いた。

「これから先もいろんな工場が増えていくときのことを考えると、汎用性があるほうが管理や指示をしやすいよね? まず、メインとなるブーンズがこんなかんじの人型ロボットだとして……」
「あ、ここらへんに、取り外しができるタッチパネルを付けて欲しいの」
「お腹らへん?」
「そう、この前の冷蔵庫みたいにタブレットで描いた図面を、タッチパネルにリンクさせてインベントリの中でも見れたり修正できるようにしたいな」
「なるほど! 他には?」
「工場の天井高は低くても五メートルはあるし、必ずしも平屋の工場ばかりじゃないだろうから、フロアを上り下りできる子も必要なの。自足でもいいけど、浮遊できるタイプでもいいかな」
「うんうん」
「あと、ちゃんとお掃除ができているか確認してくれる子もね。ものづくりってどうしても散らかっちゃうから」
「確かにね」
「わあ、なんか銀ちゃんの絵を見ていたら、すごくいいイメージわいてきたかも!」
「僕もブーンズは生き物だって言う固定概念みたいなのがあったけど、今はこのロボットたちも自分の子どもっていう気がするよ!」

 地球ではロボットがもう当たり前のものだから、デザインに役立ちそうなモデルがいくらでもある。もちろんSFサイエンス・フィクションにおいては、さらに夢のあるキャラクターたちが溢れている。異世界ファンタジーのトカゲ人間やエルフに匹敵する、魅力と多様な想像性と、そして夢があるのだ。

「言葉を話す設定でいいよね?」
「もちろん。でも、ピロッていう電子音だけでお話する子もいてもいいかな」
「いいね~! 大人っぽいAI口調でしゃべるやつと、アニメの声優さんみたいな親しみやすいのと両方いるっていうのはどう?」
「ふふっ、そのへんは銀ちゃんの好みに任せるよ」
「わー、やったね!」

 タブレットを前にふたりでわいわいとデザインを楽しく考えていると、食休みをしていたはずのヒシャラとカクラが、同時にパッと頭を上げた。それに気づいて銀河と美怜が振り向くと、そこには青い髪のエルフの女性が、トレーを持って立っていた。すらっとした体に流れるような青いワンショルダーワンピース。腰の革ベルトには横長の四角いポシェットやカバー付きの小刀が刺さっており、同じ質感と雰囲気を思わせる革ブーツを履いている。まさに銀河のイメージ通り。森の妖精エルフそのもののいで立ちだ。姿は見せたものの、おずおずとしているは、まだ警戒が解けていないのだろう。

「お姉さん、持ってきてくれたの? ありがとう」

 美玲がにこっと笑い、ゆっくりと手を差し出し、さらにゆっくりと側に寄っていくと、トレーを受け取った。お皿の中はきれいに空になっている。エルフが少し顔を緩めた。

「○▲×■……」
「本当? よかった~お口にあったみたいで」
「○▲×■、○▲×■……」
「ああ、狩りができなくて困ってた……。うんうん。そっか、道具がなかったんだね」

 美怜の万能コミュニケーションスキルのおかげか、エルフとそれなりに通じ合っているらしい。エルフが腰のポシェットの差込錠を開けると、なにかを取り出した。見たことのない銀貨だ。

「○▲×■、○▲×■」
「銀? こんなにいらないよ。だってお魚はそこの川でいっぱいとれるし、料理だってみんなのぶんと一緒に作ったから手間じゃないし。物価がよくわからないけど、たぶんもらいすぎになっちゃうと思うよ」
「お嬢、もらっておきやしょう。返してもらえる恩をわざわざ突き返すことないですぜ?」
「そうだよ、みれちゃん。僕達、お金のことも知りたいし。その銀貨よく見てみたいよ」
「うん……、じゃあ、お姉さん、ありがたくもらうね」
「○▲×■」

 美怜が銀貨を受け取り頭を下げると、エルフがはっとしたようにスカートをつまんで頭を下げた。どうやら言葉が通じなくても、礼の心は通じるようだ。

「でも、やっぱりきっともらいすぎのような気がするから、お姉さんにもう少しベリーと木の実をあげてもいいかな。銀ちゃん」
「そうだね。でも狩りの道具がなくて困っていたんなら、食べ物より道具のほうが喜ぶかも」
「あっ、そっか」

 美怜は銀貨を銀河に手渡すと、エルフに向かって手招きした。リュックのチャックを空けて手を入れると、インベントリから銛を出現させる。念の為、魔道具から出てきたように見せかけている。エルフが驚き声を上げた。

「○▲×■!?」
「これ、よかったらどうぞ」
「○▲×■、○▲×■……」
「うん、うん……。これ以外の? じゃあこっちにする?」

 美怜が銛を戻して、今度は槍を出す。美怜とエルフは同じやり取りを何度か繰り返した。言葉が通じなくてもなんら動じない美怜。銀河にとても頼もしく映ったが、次第にどうしても銀河はひとこと口を挟みたくなっていた。エルフが石製のクナイに続けて石製の手裏剣を見てまた首を横に振ったとき、ついに我慢できなくなっていた。

「みれちゃん、きっと弓だよ。エルフと言ったら、弓が得意なんだ」
「あっ、そうなんだ。けど、弓の本体は作ったんだけど、弦になるものがなくて完成してないんだけど……」

 そういいながら手裏剣に代わって弓幹ゆがらを出現させると、エルフが歓喜の声を上げた。美怜が弓幹を手にとって、両手で差し出すと、エルフが嬉しそうに受け取って腰を低くしながら頭を下げた。やっぱりだ、と銀河はわくわくしてそれを見つめる。森のエルフが弓を持っている姿が見られるなんて、やっぱりここは異世界だと再認識する。エルフがポシェットから取り出した重なった輪状のものを取り出す。

「あ、弦をもってるんだ! 張るところ見ててもいい?」
「○▲×■」

 いつの間にかエルフがすっかり美怜に気を許す顔つきになっていた。おもむろにエルフの手元を覗き込む美怜に、もはや緊張感を抱くこともなくすんなりと受け入れている。

(みれちゃんて、ほんとすごいな……。僕もあんなふうにエルフと仲良くなりたいな……)
「そりゃ、ひょっとすると風の弦じゃねぇかい? べそかきの低級冒険者にしちゃあ、どうみたっていいものすぎる。宝の持ち腐れじゃねぇですかねぇ?」
「風の弦って、珍しいアイテムなのか?」
「へえ、エルフの国で作られている上等な弦で、下手な奴でも二、三倍はゆうに飛距離が伸びるんですぜ」
「へ~!」

 エルフが手慣れたように弓幹のしなりを確かめ、弦の長さを計る。この弓幹は美怜が高校生のとき見た弓道部で使っていたおおよその記憶を元に作り出されている。形こそ和弓らしき姿をしているが、実際に美怜は弓を持ったことも触ったこともない。構造としては間違っていないはずと思っているが、正確な和弓と同じという自信はなく、弦を引っかける未弭うらはず本弭もとはずの部分の構造も鮮明ではない。エルフが自分の腰の小刀を取り、おさまりのいいように先端を加工を施していく。どうやらこの小刀はこうした細かな加工を専門とする刃物のようで、これで狩りをするのは困難だったようだ。美怜は初めて見るその作業を興味深そうにじっと見つめていた。

 加工が済むと、エルフは風の弦の端っこを小さく縛り弦輪を作る。これが未弭から抜けては当然だめなので、結び目が下になりすぎないよう調整しながらちょうどいい大きさにしている。長さを合わせた弦の両端に弦輪ができると、エルフは弓幹と弦を持ち、辺りを見渡した。そして、一本の木のそばまでくると、未弭に弦輪を引っかけて、幹と枝の間にあったくぼみに未弭を差し込み、弓幹を引きながらややたわませて、本弭に弦輪を引っかける。

 弦の張れた弓を掲げて、エルフは弓柄ゆづかを握り、弦を指で引き、ぱっと離すと、ビィィンとあたりの空気が震えた。彼女の明るい顔を見るに、どうやら充分使えそうであるらしい。【※72】
 
「○▲×■!」
「お姉さん、はい」
「○▲×■……!?」
「これでうまく使えるかどうか、試してみて?」

 いつの間にか美怜はリュックから矢を取り出している。エルフはその矢をまじまじと観察するとコクリとうなづいて受け取った。この矢は万が一のときのためにと作っておいたものではあるが、そもそも弦がなかったのでいままで一度も使われていない。銀河と美怜の持つ古代武器や弓道の矢のイメージを膨らませ、今ある素材で作ったもの。矢の軸であるはインベントリでトリミングした枝が使われているので、真っ直ぐで滑らかに整っている。石で作った鋭い矢尻が埋め込まれ、弦を挟む矢筈やはずもついている。とはいえ、本当にこれが使えるものなのかは、作った本人たちも正直見るまでは確信が持てなかった。

 エルフがキリッとした顔つきで、矢をつがえ弓を構えた。そのままじっと、銅像のように止まっている。まるでゲームのスチルのような美しい構図だ。銀河がうっとりしていたら、一瞬でエルフが体位を変え、左に九〇度、上に七〇度の位置で素早く矢を放った。一拍間があいて、空から、ギャアという声がした。その場にいたエルフ以外がその方位を見たときには、真っ逆さまに森に落ちていく黄色い鳥の姿があった。

「すっ、すご……っ! さすがだ!」
「こりゃたまげた! 初めて使った弓だというのに一発で仕留めるなんて、大した腕前だ!」
「ふ、ふえぇ~……」

 興奮の銀河、感心のカクラ、ほぼ静観のヒシャラ、そして唖然とする美怜。エルフは楽しそう笑って、ちょっと取り行って来るね、とばかりに足取り軽く森の中へ駆けて行った。しかも、足がめちゃくちゃ速かった。鳥の落ちた場所はかなり距離があったと思われたが、エルフは汗もかかず楽々と帰ってきた。今や、あのべそべそ顔は一体何だったのかと思うくらいの笑顔だ。

「○▲×■!」

 戻って来るなり、エルフは美怜の前に駆けてきて、お礼だというように、黄金色に輝く黄色い鳥を両手で差し出した。銀河はこの鳥が空を舞っているのを何度か見かけたことがあったが、間近で見るまで、艶やかな毛並みと黄金の羽根がこんなに色鮮やかとは知らなかった。しかもぷっくり丸々とした体つき。焼いて食べたら絶対美味しいに違いない。そう思った銀河だったが、突然、隣の美怜があおむけにパタンと倒れた。まるで風に吹かれた戸板のようだった。

「みれちゃん!?」
「お嬢!」
「○▲×■……?」

 輝かんばかりの金の鳥。撃たれて流れる赤い血に、首を折られて絞められて、血を口にしながら、ぐでんと垂れた首。立派な黄金のとさかの下には、無念に沈んた黒い目。間違いなくそこに移り込む自分を見て、美怜は気絶したのだった。



 下記について、イラスト付きの詳細情報がご覧いただけます! ブラウザご利用の場合は、フリースペースにある【※ 脚注 ※】からご覧いただけます。アプリをご利用の場合は、作者マイページに戻って「GREATEST BOONS+」からお楽しみください。
【※71】ペロミン …… ブーンズ104
【※72】弓矢の作り方 …… 情報622 

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