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■第1章 突然の異世界サバイバル!
016 素材を集めよう
しおりを挟む「まあ、ざっくり言うと、八つくらいの大陸や土地に分かれてるんですな。そのうちひとつは浮島で、もうひとつは海底都市です。残念ながら俺は海底都市に行ったことはねぇんですがね」
「浮島!?」
「海底都市!?」
森の野営地を出発して間もなく、カクラから新たな情報が得られた。やはり異世界。MPは人間社会にだけでなく、環境にも大きな影響を及ぼしているようだ。浮島も海底都市も地球では伝説や空想にすぎないが、この世界には本当に実在するらしい。銀河が目を輝かせた。
「カクラ、ちょっと世界地図を描いてみてくれないか?」
「いいすけど、絵は得意じゃねぇですぜ」
カクラがそばにあった枝を取ると、大地にぐりぐりと線を引いた。大小さまざまの八つの大陸と島らしきものが並んだ。その中のひとつを指して「ここがジャワイ島」という。興味深そうに美怜がのぞき込むと、他のブーンズもそれに倣った。【※63】
「ねぇカクラ、地図のどっちが北なの?」
「北は真ん中ですぜ」
「真ん中? ていうことは北極中心図ってこと? ……そうすると、赤道より南は描くことができないよね。南極中心図もあるの?」
「そのセキドウってのは知らねぇすけど、南はこの図の端っこの方ですぜ」
「それより僕は、浮島と海底都市の位置が知りたいよ!」
「浮島はここ。海底都市はこっちの大陸から通行手形が出てますぜ。場所はこのへんって話です」
ゲーム慣れしている銀河は地図の正確さよりも、わくわくするような情報を先に知りたがる。しかし現実的な美怜は地面を見つめて終始首を傾げた。
「ちょっと待って。この図が北極中心なら、南半球の地図がもう一枚あることになるんじゃない? カクラの知ってる地図って本当にこれだけ? 天体はこう球体だから、北側の地図がこれとして、南側から見たもう半分はどうなっているの?」
「へ? お嬢はなにを言ってるんすか? 球体ってなんのことです? 世界はこうして書いたとおり、端から端までずーっと先まで平面ですぜ」
「えっ……」
平面、という言葉に銀河と美怜が顔を見合わせた。地球から来た銀河と美怜は、当たり前のようにこの世界が地球と同じ球体であると想像していたが、かつての地球人類がそう信じていた時代があったように、この世界の人も世界は果てしない平面でできていると考えているらしい。いや、実際にこの不思議な異世界では実際、永遠にひたすら平面でできているのかもしれないが……。【※64】
「じゃあ、この世界の果ての果てまで、ずーっと先まで行ったら、そこはどうなっているの?」
「誰もたどり着くことができないほどずーっと先まで行ったところに、世界の果てがあるって話です。そこから先はだーれも見たことがないんで、これ以上は知りようがないですぜ」
「そ、そうなの……」
「お嬢はものを知らねぇですなぁ。でも情報の限られた田舎に暮らしてりゃあ、そんなこと気にする輩もいねぇですから、珍しくもないですぜ。俺も冒険者になってから、この世界は冥界という平面の上に俺達の住む地上があって、その平面の上に天界があるってことを知ったぐらいですから」
神妙な顔つきでうなづく美怜に、先達者として得意顔をするカクラ。
「掴まったとき取り上げられてなけりゃあ、お頭とお嬢にただで地図を譲ってもよかったんですがねぇ。あいにく描いて説明と言うのが苦手なんで、あとはエンファで地図が手に入ったら詳しく説明しますぜ」
「うん、頼むよ」
「ただ、地図はかなりの高額ですぜ。お頭、十分な蓄えはあるんですかい?」
「あ、いや正直全く……。でも、これまで手に入れた魔石や薬草を売ってお金にしようと思ってるよ」
「はあっ!? お頭、なに寝ぼけたことを言ってるんです? 地図はべらぼうに高い買い物ですぜ! この辺に転がっている魔石を一山持っていったくらいじゃ、一番小さな地図すら買えませんぜ!」
カクラによれば、地図こそが冒険者の飯の種であり、各国各地の状況情勢や交通、村町の規模や特産、そして地理や資源のありかなどは、ギルドで高値で売買いされる重要情報らしい。パーティを組んでいる仲間でさえも地図は共有しないのは当たり前で、普通は依頼を受け冒険しながら自分で情報を書き加えて情報を蓄えていくものが地図らしい。
「貴重な資源が豊富なダンジョンや、金になるモンスターの出現する場所や時間の情報なんかは、みんな独占したがるんですな。ギルドで情報を買うことはもちろんできますが、毎回毎回買ってたら手元になにも残りません。それと、巷では金で手に入る地図は八枚あるって言われてるんですが、どれも描かれた年代はおろか場所も、記号の書き方なんかも違うんで、一枚持ってりゃいいというもんでもないんですぜ」【※65】
銀河はにわかに顎に手をやった。物価や通貨についてちゃんと情報が必要だと思っていたが、この様子だとあまり楽観視はできそうにない。
「世界地図くらいすぐ手に入ると思っていたけど、高価と言う地図が八枚か。これは予想外だったな……」
「冒険者をやるにはまず、なにを置いても、自分の地図を持つこと、これは基本ですぜ! それと、この世に世界地図なんてものは恐らく存在していないと思いますぜ。全国各地の冒険者や国のお偉方を全員一か所に集めて、全員の地図を寄せ集めればできるかもしれませんが、そんなこと誰にもできませんから。それに自分の経験と血肉を注いだ地図を寄こせなんて言ったら、黙っている冒険者はひとりもいませんぜ」
言われてみれば、頷けなくもない。より広くより深く土地の情報を知っているほうが、他の冒険者より利益の高い依頼を受け、多くの資源を手にし、安全に完遂できるに違いない。ライバルより有利に動くために、出来る限り情報を手元に隠しておくのが当たり前なら、地図そのものや地理情報が安いわけがない。
「うーん、となるとエンファに着くまでに、出来るだけ多く町で売れる物を集める必要があるな。みれちゃん、大変だと思うけど、可能な限り食器やカトラリーを増やしてもらえるかな?」
「うん、それは構わないよ。トレーニングで他にも作れそうだから、いろいろやってみる」
「僕は収集系ブーンズを増やしてみるよ。魔石や薬草のほかにも価値の付くものがあるかどうか視野を広げないとだな。あと、ヒシャラにもお願いしたい。モンスターを見つけたら魔石収集のためにも協力してほしいんだ」
「フム」
「やっぱり、モンスター退治でお金稼ぎになっちゃうね……。モンスターだって命に変わりないのに……」
美怜が肩を落とすと、うぐっと銀河の口がへの字、眉がハの字に歪んだ。できるだけ戦わないというこれまでの方針を覆すことになる。美怜にとっては明らかな精神的負担になるだろう。すると、カクラが全く分からないというように目を見開いた。
「冒険者はモンスターを倒してレベルを上げて金を稼ぐのは当然のことですぜ? お嬢はなにを言ってるんです?」
「前も言ったけど、私は別に冒険者になりたいわけじゃないよ」
「だったら商人ですかい?」
「というわけでも……」
ついこの間この異世界に降り立ったばかりの美怜に、明確な将来設計があるはずもない。カクラは構わず続ける。
「それだけの収納スキルがあるんですから、それを仕事にしない手はないですぜ? 収納スキルは人気だからいくらでも仕事はあります。ただ、商人として自立するなら、特に行商人なら最低限の自衛できるくらいの力は必要ってもんです。それに、モンスターは放っておくと増えすぎて村や町にまで出没して厄介なんですな。全員が全員モンスターを倒せるだけの力があるわけじゃねぇでしょう? 特に農村なんかは収穫後を狙われたらたまったもんじゃねぇです。それから、モンスターの残した魔石を使うことで、冥界と地上と天界とのMPバランスが保たれているという話も聞きますぜ」
「バランス?」
バランスと聞いてすぐ思い浮かぶのは、自然の生態系における食物連鎖だ。MPも同じように命とエネルギーを連鎖的な仕組みで巡らせ、バランスを保つ役割があるということだろうか。
「へえ。知っての通り、魔石は魔道具の材料です。MP少ない人や全くない人でも使用できる魔道具は、暮らすにも身を守るも欠かせない。モンスターの皮や骨といったMP素材も優れた材料になるし、血や肉は腹を満たしてくれる。だからって、冒険者はむやみにモンスターを狩っているわけじゃあないんですぜ。時には手に負えないモンスターの討伐や、病の原因になったモンスターを駆逐するといった依頼もありますが、モンスターの命は魔石や素材となって、ちゃんと俺達の役に立つように使われているんです。だから、ギルドから支払われる金はしごくまっとうなんですぜ」【※66】
「そうなんだ……」
「まあ、まっとうの道から外れた俺が言うのはなんですがねぇ」
初めて聞く、地球とは異なる常識と理。この世界における命の循環の一端を知り、少し気が楽になったのかもしれない。カクラに向かって、美怜がくすっと小さく笑った。
「知らないせいで、余計に恐がっていたみたい……。カクラ、教えてくれてありがとう。これからもいろいろ教えてね」
「へえ、もちろんですぜ! ところで、今のは俺の正式採用ってことでいいんですかい!?」
「気が早いな、まだエンファのエの字も見えてないのに! お喋りはこの辺にしてそろそろ先に進もう」
銀河がすばやく口を挟んだ。さすがはおじさん。歳を嵩に懸けたぶん厚かましい。迂闊なところを見せたら、どんどん幅を利かせて図々しくなりそうだ。
「へっへっへ! どうやらお嬢の信頼を勝ち得たようですぜ!」
「だから気が早いって!」
ふたりの会話を聞きながら、美怜がくすくす笑った。楽しそうにしているのを見て、このままカクラがいてもいいかもしれない、と銀河も少しだけ気持ちが傾いたけれど、顔には出さないようにした。それから一行は細い川に沿って移動した。逃げて来たときは追っ手を撒くためにわざわざ海路を選んだカクラだが、陸路のこの道が一番町に近いらしい。太陽の位置を見て、素材の収集と昼の休憩の時間をとることにした。今後のためにもブーンズのみんなと収集のための情報共有をしておいた方がいいだろう。
「よし、ここで休憩しよう。みんな、それぞれ指示があるから聞いてくれ」
カクラの前でどこまでユニークスキルを見せるかためらっていたが、今カクラの反応を見ておくことで、町に行ったときにいずれしなければならないであろう対策や備えができる。その対処に関わる影響の大きさを天秤にかけて、銀河と美怜はブーンズクリエイターとしての力を徐々に見せていくことにした。
「まず、ヒシャラとカクラは周辺に注意しつつ、モンスターがいたら倒して魔石の確保だ。もちろん、自分たちが食べる分の食料も確保してくれよ」
「フム」
「了解ですぜ。ここら一帯を狩りまくってやりましょうぜ、兄貴!」
ヒシャラがコクリとうなづき、カクラがヒシャラのほうを向きながら胸を張った。
「チューリン、クリンはモンスターがドロップした魔石の回収をたのむ」
「チュー」
「クー」
「ナイフアイとスプーンアイはその収集の監督をしつつ、新しい素材や食べ物を探してくれ。例えばこれを見てくれ」
銀河がタブレットをブーンズに見えるように掲げた。そこには、これまでスキャンして溜めてきた森の素材のデータが映し出されている。
「石でいうと、これは石英といって溶かしたらガラスになる石だ。こっちは刃物として使えそうな黒曜石。それから砂鉄や砂金のような金属。あとほんの少しだけど宝飾価値のありそうな綺麗な石も見つけた。こういう人の世界で利用価値のあるものを集めたい。このほかにも石灰の原料となる貝殻とか、着色や染物に使える昆虫や植物も集めたい。すぐに値段がつきそうにないものでも、みれちゃんのインベントリで使える素材になるかもしれないからな。あと、ナイフアイはみれちゃんの指定する木の伐採も頼むぞ。チューリンとクリンは追加で五体ずつギブバースするから、ナイフアイとスプーンアイはそれぞれとりまとめて仕事に当たってくれ」
「フィー!」
「シュルー!」
早速銀河がギブバースを命じると、その場に一体目と全く同じ姿かたちのチューリン、そしてクリンが誕生した。美怜がすぐに柔らかく目を細めた。
「うわあ、たくさん集まるとまた可愛いねぇ」
「チューリンやクリンは大きい獣やモンスターに捕食されて数が減ってしまうことを初めから想定しているから、だいたい十五日くらいで子どもを産んで増えるようにしたよ」
「ええっ、なにそれ、赤ちゃんが生まれたら見たい!」
「十五日後を楽しみにしててね」
「うん!」
銀河は視線をタンズに移した。
「ヒトエタン、クラウンタン、ユリタンは、いつも通り水と食料と薬草の収集だ。それに追加して、これからはもう少し種類を増やしたいと思う。干してすりつぶしたら香辛料に仕えそうなもの。例えばコショウとか、サンショウだ。それから絞ったら油が取れそうなもの。つまりすぐに食べられなくても、加工したら食品になるものだよ。詳しくはタブレットの情報を参考にしてくれ。ユリタンは引き続きタンパク源となる魚や貝、あとは栗やナッツなんかのカロリー源になるもの頼むよ。みれちゃんがまた冷蔵庫を作ってくれたから、多めに捕ってきてくれるとうれしい」
「む~!」
「む~!」
「む~!」
タンズがてんでに声を上げて、触手を揺らした。生まれたばかりのころに比べると、タンズたちは一回り大きく、触手は太く長くなり、顔つきも頼もしくなっている。
「カタサマは引き続きポーションのために薬草摂取を頼む」
「もっしゃ、もっしゃ」
「エコロはだいぶレベルが上がって、有機物の分解物と落ち葉を混ぜて腐葉土を生成できるようになっている。この腐葉土も売り物になるかもしれないから、みれちゃん、インベントリに入れてもらっていいかな?」
「うん、土ができたなら、今度なにか育ててみたいね。実はグリンピースが手に入ったとき、種用にを取っておいたの」
「へぇ! 栽培もいいね。収穫した野菜も売り物になるかも。あ、あとエコロはもう少しで分裂させて増やすつもりだよ」
「助かる~! インベントリの中にいつか絶対とトイレとお風呂が欲しいもん。期待してるよ、エコロ」
「フル~!」
単なる円盤型だったエコロには、少し前から手と足が生え、二足歩行であちこち歩きまわって仕事をしてくれている。こちらもずいぶんと頼もしくなった。
「ピッカランテッカランは引き続き夜の灯りのための日光浴だ。君たちもそろそろ分裂して増やせそうだけど、あともう少しかな。マロカゲ、マチドリ、フォークアイはひとまず待機だ。マロカゲとマチドリはいつ誰が怪我してもすぐ動けるように、みんなの様子に気を配ってくれ。フォークアイは、早く飛べるように練習を忘れずにな」
「ミー!」
「ニー!」
「ピー!」
最後に銀河はイコを見た。このイコは以前作ったままタブレットに入れっぱなしになっていたイコ02だ。01が消失してしまったので、その後継としてお呼びがかかり、行動を共にしている。
ちなみに、ブーンズはセーブすることで、個体の経験や知識を同じブーンズで共有することができる。つまり、一体のチューリンが有用な拾得物を覚えた後、一度全個体をセーブすると、全個体がその情報を得ることができる。これなら、ぞれぞれの個体が遠く離れていても、情報共有が速やかに行えるので便利なのだ。とはいえ、イコはそもそも知能が低いので、01が歌った歌を02が覚えているということはまずない。
「えーとイコは、うん、いつも通りで!」
「銀ちゃん、イコにもなにか仕事をあげてよ。なんかちょっと寂しそうだよ?」
「といっても、イコにできることといえば……。あ、そうだ」
銀河は眼鏡で確認をした後、スティックアイをコールした。スティックアイはまだ薬草を傷に当てているが、目に見えてかなり回復しているようで、つぶらな目にも力が戻っている。
「スティックアイ、調子ばどうだ?」
「ス~!」
「もうタブレットの中は退屈だって」
「そうか、じゃあ今日は様子を見てみよう。イコ、スティックアイのそばで温めてやってくれ。スティックアイ、そこで無理せずゆっくりしているんだぞ」
スティックアイのそばにイコがすい~っと寄っていくと、互いに顔を突き合わせる。イコが数少ない特性を活かして温める。スティックアイが少し不思議そうにツンツンと鼻を揺らしていた。元気な姿を見せてくれたおかげで、他のブーンズもみな安心したようだ。
「よーし、それから今日はみんなに新しいブーンズを紹介するぞ。ギブバース、キネコ!」
カッと一瞬の光の後、その場に現れたのはクリーム色の垂れ目の猫だった。【※67】
「ナー」
「わあ、ついに猫型ブーンズ登場だ! んっ、あれ、この匂い……?」
美怜がキネコに顔を寄せてくんくんすると、他のブーンズも一緒になって鼻をひくつかせた。
「なんか美味しそうな……、きな粉みたいな匂いがするよ?」
「うん、キネコはDPを放散するブーンズなんだ。このきな粉みたいな匂いがそうだよ」
「へぇ、DPってやる気だよね。つまり、キネコはみんなにやる気を振りまいてくれているってこと?」
「うん、そうなんだ。みんなどう?」
「む~!」
「む~!」
「む~!」
「ミー!」
「ニー!」
「フルー!」
「もっしゃ、もっしゃ!」
「チュー!」
「クー!」
「フィー!」
「シュルー!」
「ピー!」
「スー!」
各々のブーンズが自ら、元気よく辺りに散らばっていった。ステータス上でもDPは上昇している。今度のブーンズ、キネコは少し特殊な存在だが、どうやら成功のようだ。
「ブーンズが増えてきて、全員に目を配れなくなってきたからね。キネコはみんなの様子を見つつ、やる気が切れてきちゃったブーンズにDPを撒いてあげてくれ」
「ナー!」
「すごいブーンズ考えたね、銀ちゃん! この子が試験の前や大事な仕事のとき側にいてくれたらなぁ!」
「いい成績獲れそうだよね! よし、僕らも僕らの仕事を頑張ろう」
「うん!」
全員がそれぞれの役割に取り組み進めた。ブーンズが自分で運べる量の収集物を次々に持ってくる。それを銀河と美怜の前においては、また森の中に戻っていく。集まった素材を銀河がスキャンで確認し、美怜がインベントリに仕分けしていれていく。
「わあ、この石きれい。あっ、えっ、ヒスイ!?」
「こっちは魔草だって! うわっ、根っこがにょろにょろしてる!」
ブーンズ総動員の収集作戦はそうとうな成果を上げた。新しい素材が増え、ふたりの前には次々とあらゆる素材が山と積み上がる。キネコがDPを振りまいてくれたおかげもあるだろう。とてもふたりの手ではスキャンと仕分けが間に合わなくなっていた。
「ちょっ、ちょっと、ここまでにしよう! みんな、お疲れ、収集はいったん終了だ! チューリン、クリンはセーブ!」
「う、うん、予想以上に集まりすぎちゃったね」
素材が集まったのはいいが、それぞれ見つけたものを見つけた順にとにかく置いていくので、仕分け作業の負担が多すぎるのだ。それに、砂のような細かい素材はブーンズの小さな手ではつかめても、銀河や美怜の指では扱いづらくて仕方ない。
「うーん、仕分けがこんなに大変だと思わなかったなぁ。それに使えない素材が三、四割はある。ブーンズの学習が進めばこれは改善していくはずだけど、それにしても使える素材をまとめるのに手間がかかりすぎるよ。みれちゃん、インベントリにこれ全部をまとめて入れて、自動仕分けってできない?」
「それ、私も思ってさっき試してみたんだけど、細かすぎて私が認識できない物や、初めての物は全然仕分けできないみたい」
「となると、やっぱり入れる前に仕分け作業か」
「次から、もう少し少なめに収集してもらう?」
せっかくこれだけの量を集められるのに、減らすより仕分け作業の効率を考えた方がいいだろう。銀河はタブレットとペンをつかみ取り、胡坐をかくとガシガシと頭をかいた。頭の中で必要な作業を分類して、再構築してみる。しばらくして、ハッと目を見開いた。
「みれちゃん、これくらいの大きさの鉢植えをつくってくれないかな? 腐葉土をそこに入れて、新しいブーンズの栽培場所にするんだ!」
「う、うん……ブーンズの栽培?」
勢いよく画面に描き始めた銀河を横目に、美怜はインベントリに入れた岩から鉢植えを作り、そこにエコロの作った培養土を入れた。作業の間に、出ていたブーンズがだんだんと戻ってきて、ふたりの周りに集まる。なにをしているのか興味津々のようだ。
「ほうほう、それがお頭のスキルですかい?」
「そうだよ、よし、描けた。それじゃあ、みれちゃん準備できてるかな?」
「うん、土も入ってるよ」
「ギブバース、ピーズ!」
光と共に鉢植えの土の上に、ポッと小さな種が出てきた。カラコマ瓢箪のときがそうだったように、息つく間もなくシュルシュルと植物形のブーンズが成長していく。途中で銀河が思い出したように慌てて叫んだ。
「あっ、みれちゃん言い忘れてた! これ、蔓性なんだ! あのっ、あれ! 朝顔みたいに支柱がいるんだ!」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待って」
美怜も慌ててインベントリから支柱になる棒を三本と輪を二つ、木で作りだした。美怜が棒を鉢に突き刺し、銀河か輪を棒に手早く絡ませた。インベントリから取り出した蔓紐で固定しようと縛っている間にも、植物型のブーンズはどんどん成長していく。ひとつはなんとか固定できたが、あとは蔓の成長のほうが早く、自らの蔓で支柱の固定部を勝手に締め固めていた。銀河と美怜が手を離し、ブーンズたちと見守っているその間に、鉢の上には立派な緑の茂みが出来上がっていた。
「ふわぁ……、いつもながらすごい早さだね」
「驚くのはこれからだよ。あっ、ほら」
茂みの中に小さな白い花が咲き、それが萎れたかと思うと、すぐに鞘が生って膨らみ始めた。鞘は枝のあちこちから同時に増え始め、シュっとした見慣れた形になると、こんどはにふくふくと膨らんで厚みを増していく。
「わ、これってさやえんどう?」
「うん、さっきみれちゃんが、グリンピースを植えようって言ってたから思いついたんだ」
ちなみに、さやえんどうとグリンピースは同じ植物で、鞘を食べるか豆を食べるかの違いで呼び名が変わる。厚みを増した鞘がさらに膨らみ、どんどん大きくなるのと同時に、中の種が成熟してぷっくりと三つの丸みを帯びてくる。それがぷくぷくとはちきれんばかりに張り詰めたそのとき、プチッと鳴って、鞘の中から豆が頭を出した。
「ウラー」
「ウー」
「ウウー」
豆がひとつ顔を出したかと思うと、次々に豆が鞘から飛び出してくる。豆ひとつひとつには、素朴ながら親しみやすい顔があり、腕と脚がついている。豆一粒ずつが、単体のブーンらしい。【※68】
「ウー」
「ウラー」
「ウラー」
プチプチ音をさせながら、鞘から次々と豆粒型のブーンが生まれてくる。美怜が、きゃあと言いながら手を差し伸べると、小さな豆たちが小さな手足で我先にと手の平によじ登る。
「うわぁ、お豆の妖精さん!? 可愛い~っ!」
「ウラー」
「ウウー」
「よし、ピーズ、早速だけど、ここにある素材を種類ごとに分けるのを手伝ってくれ!」
「ウラー!」
銀河の命令で、生まれたばかりのピーズが、次々と素材の山に向かっていく。緑の粒の団体移動が、はた目にもほのぼのとして可愛いらしい。
「銀ちゃん、ピーズすごく可愛いね! それに、この子たちがいれば仕分けが早く進みそう!」
「うん、素材の収集量にあわせてピーズも増やしていこう。あっ、君、ちょっと待って」
銀河がピーの一体を呼びとめて手の平に招いた。その個体にタブレットを見せる。
「こうやって使える素材と使えない素材を仕分けしているんだ。使える素材はさらに種類ごとに分けるんだよ。慣れないうちは時間がかかると思うけど、間違えないように丁寧にやってほしい。わからなかったこのタブレットを見て確認するんだ。タブレットにない素材は、ここのカメラ、丸いレンズのところに素材を当てると、新しいデータが出てくるよ」
「ウラー」
銀河の指示はかなり複雑なものに思えたが、ピーズにはそれなりの知性があるようで、銀河の指示とタブレットを元に、何体かがまとまってウーウーと相談をし始めた。しばらくするとそのまとまりが解散し、各々他のピーズの集団に向かっていく。一体のピーがその集団に伝達し、そこで情報を得たピーがまた散らばって、どんどん情報を拡散共有していく。
「すごい、この子たち!」
「うん、ピーズは集団でものを考えるブーンズなんだ」
まだどんな素材があるのか知らないピーズは、ひとまず一体が一素材ずつを持って、レンズにかざし、確認していくことにしたらしい。ピーズが素材の山から一つずつ手にとって、次々にタブレットの前に並んだ。ピーがレンズに素材をかざすと、それを確認するのが、さっき銀河に指示をされていたピーだ。仮にこのピーをチェッカーと呼ぶことにしよう。チェッカーは素材を確認すると、あっち、こっちとピーに指示を出す。ピーは指示された方へ行き、同じ素材があるところへ素材を置き、また次の素材を取りに行く。あとは同じ作業の繰り返しだ。
「細かい指示を出してないのに、こんな短い時間にここまでの統率が取れるなんて」
「同じ作業を繰り返すうち、それぞれの個体に素材の知識が溜まっていくんだ。そうすればレンズの前を通るステップをパスできるようになるから、作業はどんどん早くなるはずだよ」
「あれ、あの子取り残されてる」
数が多いだけに、始めの情報から取り残されてしまうピーもいるようだ。オロオロとみんなが働く姿を見ながら、隣のピーの真似をして素材を取ると、そのピーの後を追って、素材チェックの列に並んだ。
「あ、ちゃんと列に入れたみたい」
「いまはまだみんながみんな知らない事ばかりだけど、若いピーが生まれたら先輩のピーが後輩を教えてくれるようになるはずだよ」
「すごい、ピーズになら仕分け作業を任せられそうだね!」
「うん、ひとまずこれで一安心だ。僕らもごはんにしよう」
その声を聴いたヒシャラがひくっと鼻を動かし、さっきから目を丸くして緑の粒粒をぐるぐる見渡していたカクラが、ハッと顔を上げた。
「こんなたくさんの使い魔を使役するなんて……、お、お頭、これら全部本当にお頭の使い魔ですかい!?」
「使い魔? ……ああ、うん、そうだよ」
「お頭の周りは初めて見る使い魔ばかりだと思ってましたが、その歳でこんなに使役スキルを使いこなしているなんて……。魔道具も見たことない珍しいものですし、お頭のMP保持量とスキルレベルはどんだけあるんでしょうな……。末恐ろしいですぜ……」
カクラの顔には「この人にはあまり逆らわない方がいいな」という雰囲気が滲む。といっても、カクラにはそもそも逆らうことができないのだ。見計らっていたかのように銀河と美怜のそばにやってきたのは、スティックアイとイコだった。イコの温熱療法が効いたのか、スティックアイが鼻をツンと伸ばして頭を振る。
「どうした、スティックアイ?」
「食べ物を見つけたって言ってるみたい。自分じゃ掘り出せないほど大きいから、来てって。スティックアイも収集に参加してくれてたの? ありがとう。体はもう大丈夫?」
「ス~!」
スティックアイの案内する所へ行ってみると、こちらもまた蔓の植物だった。ハート形の葉っぱの形。美怜はすぐにピンときた。
「これって、自然薯?」
「スー!」
「ジネンジョって……あっ、山芋のこと? おおっ、すごいじゃないか、スティックアイ! この森で初めての芋だ!」
銀河と美怜の笑顔に、スティックアイが誇らしそうに体を揺らした。これからは土の中の食料や素材集めも、充分期待できそうだ! 早速、美怜がインベントリで作り出したスコップで銀河が土を掘り始めた。
「け、結構深いな……!」
「傷つくと傷みやすいから、出来るだけ無傷で掘り出してね」
「う、うん。あぁっ! ごめん、言ってるそばから、折れちゃった……!」
自然薯はスーパーで売られている長芋のように真っ直ぐには育つわけではない。くねくねと折れ曲がるように、あるいはごつごつとした塊のように育っていることもある。慎重に掘り出さなければ、手慣れない者に無傷で彫り出すのは難しい。
「銀のお頭、俺にやらせてみてくだせぇ。体が小さくなったぶん、穴に入りやすいですぜ」
「あっ、うん、頼むよ、カクラ」
カクラが鋭い爪を使って器用に土を掘りだしていく。こういうところに前の体の経験が生きてくる。しばらく掘り続けたあと、自然薯をすっかり取り出すことができた。大きさは全部合わせて60cmくらい。重さにして2キロはありそうだ。
「うわあ、美味しそうなのが採れたね。カクラありがとう」
「カクラ、まずは手を洗いに行こう。あっ、みれちゃん、これどうやって食べる?」
「そうだね、私的にはフライがいいけど、油はまだないし。生はちょっと怖いから、やっぱり焼くか煮るかだよね」
調理方法に思いを巡らす銀河と美怜だったが、芋類が主食でないヒシャラはほとんど興味を示さない。カクラも肉や魚に比べると、それほど芋をうまいと感じないそうだ。
「……あっ! そうだ、僕一度やってみたいことがあったんだ! それを試してみていいかな!? あっ、でも、この方法だと、今日は多分ここに泊りになっちゃうんだけど……」
「ピーズもまだ時間かかるみたいだし、いいんじゃない?」
というわけで、銀河が自然薯の調理方法を指示し始めた。銀河がやろうとしていることは、簡単に言うと、掘った地面の中で食材に火を通す地下焼きという方法だ。地球では今もハワイやニュージーランドで伝統料理として食されている。
「お頭、穴はこんくらいでいいんですかい?」
「うん、ここに石を敷詰めて、上で石をよく焼くよ」
「銀ちゃん、洗ったお芋とお魚、味付けして葉っぱでくるんでみたけど、こんな感じかな?」
「ありがとう、いい感じだと思うよ。僕とタンズは上にかぶせる大きい葉っぱをもっと取って来るから、みれちゃん火を見ててもらっていいかな?」
「オッケー」
石がよく焼けたら、大きな生の葉をたくさん敷き詰める。そこへ包んだ食材を入れ、さらに葉を重ねる。この葉から出てくる水分が蒸気となり、食材が蒸し焼きになるというしくみだ。
「このくらいでいいかな。よし、土を埋め戻そう」
「お頭、それでどれぐらいで焼き上がるんですかい?」
「ええと、半日くらいかな」
その瞬間、カクラと一緒に穴埋めを手伝っていたヒシャラが目を丸くして固まってしまった。どうやら、手伝えば早く料理にありつけると踏んでいたのに、半日と聞いてものすごいショックを受けたらしい。
「気の長いこってすなぁ。まあ、兄貴と俺はさっき川で魚を丸飲みしてるんで、腹の具合はいいんですが、ふたりは夜まで腹ぺこのままで大丈夫ですかい?」
「あっ、そうだった……! 僕もうお腹ペコペコだったんだ。え、えっとっ、今からお昼の支度を……!」
「だろうと思って、お昼の下ごしらえはもうできてるよ。その上で火起こしして、この魚を焼いて食べよう」
「はあっ、さすがみれちゃん……! 」
銀河とともにヒシャラの目が美怜を見つめて光り輝いた。段どりで上回る美怜に助けられ、美味しく魚が焼けると同時に、午前中の活動エネルギーの補給に当てることができた。一度お預けをくらったのがいいスパイスになったのか、あるいは、夜になったら今度こそ食べられるであろう料理への期待感のためか、焼き魚を食べ終わったヒシャラはいたく満足そうだった。
ちなみに、カクラはグレゴのときから、小さめの魚や小動物なら丸飲みで消化にできるらしい。本人曰く、耳穴族の胃袋は丸耳族のように軟弱にはできていないそうだ。銀河や美玲のように、ごく普通の丸い耳を持った人種のことを丸耳族と言うらしい。小動物の丸飲みと聞いた美怜が、ヒエッと息を飲んで怯えるのを見て、悪気なくカクラはカラッと笑った。
「まあそれなら、お嬢の前ではやりませんから! お嬢は本当に世慣れしてないですなぁ! ははは……!」
「それでステッィクアイも丸飲みにするつもりだったんだ……」
「えっ、あっ、いやそれは、そんときゃこうなると思ってませんでしたんで……!」
「僕も魚とかカエルだと許せるんだけど、哺乳類系の小動物はちょっとな~。捕食するほうにとってはどっちでも同じなんだって頭ではわかってるんだけど。それに見た目が可愛いと、なーんか余分に感情移入しちゃうんだよなぁ」
「うう、想像したらちょっと辛くなってきた……」
「そ、そんなにですかい!?」
「あーあ、みれちゃんの好感を失ったな」
「そんなっ、おっ、お嬢ぉっ! 穴耳族のことは嫌いになっても、俺のことは嫌いにならねぇでくだせぇ~っ!」
下記について、イラスト付きの詳細情報がご覧いただけます! ブラウザご利用の場合は、フリースペースにある【※ 脚注 ※】からご覧いただけます。アプリをご利用の場合は、作者マイページに戻って「GREATEST BOONS+」からお楽しみください。
【※63】ジャワイ島 …… 情報010
【※64】異世界 …… 情報001
【※65】8枚の地図 …… アイテム052
【※66】モンスターとドロップ …… 情報202
【※67】キネコ …… ブーン200
【※68】ピーズ …… ブーンズ801
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