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■第1章 突然の異世界サバイバル!

015 お試し採用

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 銀河と美怜が回復し、食料や水、薬草や役立つ素材の備えができるまでに、あれから二日がかかった。色々あったが、今日からまた元気いっぱいに出発できそうだ。だがその前に、さまざまに片づけておくべきことがある。今、銀河と美怜の前には、大蛇がとぐろを巻いて居座っている。

「えっと……、ほ、本当に僕達についてくる気か?」
「銀ちゃん、大蛇本気みたいだよ。だって、ほら」

 大蛇の前には、あの日大蛇に渡して置きっぱなしになっていたヒシャラ専用の釣り竿があった。あのあとBPが回復してすぐ瓢箪から出してあげたのに、わざわざ釣り竿を取りに行き、それを咥えてふたりの前に戻って来たのだ。

「だ、だけど、タカラコマになると君は自分の自由を失うことになるんだぞ? 蛇だったときのきままな暮らしに戻れないし、体の使い方も違うし、僕らには逆らえなくなるし……って、うわっ!」

 大蛇が「いいから早くしろ」とでもいうように銀河を頭で突き押した。どこかいたずらそうに目が輝いている。美怜が明るく笑った。

「ヒシャラがいいって言ってくれるなら、私はうれしい! だって、私ヒシャラがいなくて本当はずっと寂しかった!」
「そんなの、僕だってそうだよ……! それに、君がいてくれたらどんなに心強いか、本当に何度も何度も思ったんだ!」
「じゃあ、銀ちゃん!」
「うん!」

 再び瓢箪に吸い込み、銀河は嬉々としながら「いでよヒシャラ」と叫んだ。輝きと共にヒシャラが現れると、銀河も美怜もヒシャラに抱きついていた。

「おかえり、ヒシャラ!」
「これからもよろしくね、ヒシャラ!」
「フンス、フンス!」

 ヒシャラがじたばたと驚いたように手足をばたつかせる。再び手足の感覚が戻ってちょっと混乱しているらしい。だがすぐに感覚を取り戻したのか、素早く釣り竿を掴むと高く掲げた。どうやら、ヒシャラにとって意外と便利な手足や釣りや魚のスープが、蛇である自由に勝ったらしい。それを見て、銀河と美怜は顔を見合わせて笑った。

「でも、ヒシャラ、大蛇に戻りたくなったときはちゃんと言うんだぞ? 僕達、君をタカラコマに縛り付けておきたいわけじゃないから」
「フンスフンス!」
「わ、わかってるのかなぁ……?」
「あ、銀ちゃん、大丈夫だよ」

 そういうと、美怜はインベントリの中からふたつの小さな木の欠片を取り出した。開いたその手の平には、大蛇のヒシャラと、あじんのヒシャラの彫刻があった。

「うわあっ、ヒシャラのフィギュア!? 本物そっくりだあ! いつの間に作ったの?」
「夜の見張りのときに少しずつね。これ、ヒシャラにあげる」
「プス……?」
「ヒシャラがもし、大蛇に戻りたくなったら、この大蛇の木彫を銀ちゃんか私に渡してね?」

 美怜が説明しながら、ヒシャラの手に一つずつ彫刻を乗せていく。なんのことかわかっていないのか、ヒシャラは始め木の匂いを嗅いだり、手でにぎにぎとしていたが、ある瞬間突然、それが蛇の形をしていて、もう一つが今の自分の姿かたちをしていることに気が付いた。目を大きく見開いて、たった今発見した驚きの共感を求めるかのように美怜を見あげた。

「うん、そうだよ。こっちが大蛇のヒシャラ。こっちはブーンズのヒシャラ。ヒシャラは好きなときに好きな自分になればいいんだよ」
「フンフン!」
「意外だなぁ、ヒシャラもこういうものを喜ぶんだ……。ていうか、みれちゃん、僕のはないの……?」
「えっ? ああ、あとウサギとかリスならあるけど……」【※59】
「ぼっ、僕もヒシャラがいいな! お願い、僕にも作ってくれない!?」
「うんいいよ。いつか絵の具が手に入ったら、ペイントしてもいいよね」
「それいいね! ペイントは僕がやりたいな!」

 随分と珍しいものが手に入り、気に入ったのかヒシャラが彫刻と釣り竿とを、両手でぎゅっと強く握りしめている。それを見た美怜がにこっと笑った。

「そっか、自分で持ちたいんだね。じゃあ、木彫はこのお袖のところに入れておく?」
「フム……?」

 美怜がゆっくりと教えるように、ヒシャラの服の袖の中に彫刻を入れた。今度はそれを取り出して、もう一度入れて見せる。

「こうやって、大事なものをここへ入れておくの。そうしたら、両手がいっぱいにならずすむでしょ?」
「フンス!」

 さっそく理解したヒシャラが自分で左右の袖の中にそれぞれ彫刻をひとつずつ入れた。その様子はまるで子どもが宝物をしまうときみたいに不慣れで拙くて、微笑ましい。それを急がず騒がずじっと忍耐強く見守っている美怜がいる。

(みれちゃん、きっと将来すてきなお母さんになるだろうなぁ……)

 自然とポーッとなっていた。美怜に話しかけられたときになってようやく、銀河は全然話を聞いてなかったことに気が付いた。

「……え、えっ、ごめん、なんて?」
「だから、もうひとりのほうはどうする……?」
「あっ、ああ……」

 銀河は手元の瓢箪を見下ろした。そう、ヒシャラはこれでいいとして、片付けておかなくてはならない問題はトカゲ人間のほうなのだ。銀河と美怜は準備が整ったところで、いろいろと相談して、ひとまず、タカラコマとしてトカゲ人間を呼び出してみることにしたのだ。美怜の記憶では、トカゲ人間は子どもの美怜にアタックしてきたということがはっきりしており、またまだ魔法への対策ができていないことから、まずは絶対服従状態になるタカラコマに憑依させて話をしようということになった。

 その話ができたのが昨晩のことだ。銀河が瓢箪に向かって呼んだ。

「いでよカクラ!」

 現れたのは、銀河がヒシャラのデザインと同様に見せてくれた将棋の角をモチーフとした赤が基調のトカゲのようなあじんブーンズ。服は特攻服のような雰囲気で、頭はツッパリのように大きく膨れたフォルムになっている。第一声はこうだった。【※60】

「ひぃいっ! 俺を食わないでくれ!」

 ヤンキー風ないで立ちなのに、情けない悲鳴に銀河も美怜も顔を見合わせた。きょろきょろと辺りを見渡し、無事だとわかると、カクラが目の前にいるふたりを見て、あっと声を上げた。

「お前ら……っ! うっ、あれっ、俺、なんだ、この体……!?」

 カクラはふたりに向かって飛びかかろうとしたらしいが、タカラコマは主である銀河には逆らうことはできない。前に出たいのに体が思うように動かない。自分の意識とは違う別の何かの働きに、面食らいひとりでバタバタしている。

「はあっ!? くそっ、くそっ! お、お前ら、俺になにしやがった! ですかっ!?」

 ですかの言葉に目を丸くしたのはカクラ本人だった。

「んなっ、口が勝ってに……!? 一体どうなってんだ! おいっ、説明しろ! 下さいっ! んがっ!!」

 今度は思うように口が回らず、舌をかんだらしい。さらにジタバタと悶えている。見かねて銀河が声をかけた。

「お、おい、とりあえず落ち着いてくれよ、カクラ。そっちも聞きたいことがあると思うし、こっちも聞きたいことがあるんだ」
「ふっふんがっ! 偉そうに……っふぐっ! 俺の名前はカクラなんて名じゃ……! 名でしゅ、がはぁ!」

 カクラがまた舌を噛んで悶えている。どうやら、銀河に盾突こうとすると、しつけ補正とでもいうのだろうか。反抗できなくなるような強制力が働くらしい。銀河もここまでとは想定していなかったのか、かなり戸惑っている。

「カクラ、よく聞いてくれ……。僕らに悪意を持つと、その反動で君が苦しむみたいだ。ちょっと落ち着いて話さないか?」
「ぐ、くふぅ……わかった……」

 ひとまず大人しくなったカクラから聞いた話はこうだ。名前はグレゴ、歳は四七。トカゲのような風貌は、この世界では穴耳族という種族だという。若いころに冒険者を志して村を出た。もともと穴耳族は身体的にも魔力的にも優位性が高く、グレゴはA級冒険者にまでトントン拍子に上っていった。ところが、S級昇格のかかった依頼遂行の最中、パーティーの仲間と諍いを起こしてしまう。それが原因であっという間に身を持ち崩し、大小さまざまな迷惑行為や罪を重ね、ついには捕らわれの身となり、それでも能力だけは優れていたグレコはその縛を逃れ追っ手を撒き、ここまで逃れて来たのだという。

 ちなみに、ブーンズとなって銀河の影響下に置かれたため、日本語が喋れるようになったらしい。しかも本人には全く違和感がないという。美玲は話の真偽をどこまで信用するかを心配していたが、銀河によるとタカラコマになった以上、カクラは主やその仲間の損失や不利益となるような重大な嘘をついたり、離反行動はできないらしい。ヒシャラもはじめ銀河に不従順な態度を表していたが、仲間である美怜が危機に陥るとやっぱり体が動いてしまうのと同じことのようだ。

「やっぱりこの世界にはギルドがあるんだ。見通しが明るくなったね、みれちゃん」
「うん、人の暮らしがあるみたいでよかった!」
「ふん……っ! 田舎から出てきたガキの冒険者見習か! A級だったこの俺をよくも……ぐふぁっ!」

 もうそろそろ舌が一回り大きく腫れてきているが、いい加減懲りないのだろうか。冒険者としての力はあるのかもしれないが、知性や人格に難がありそうだ。銀河と美怜は少し心配しつつもさらに話を聞いた。

「今この場所って、なんていうところなんだ?」

「はあ? そんなことも知られねぇで来たのか? ピダウルの始まりの森といやぁ、ここ、アプラスの森だろ」
「ピダウルっていうのがこの国の名前なの?」
「あぁん……? お前たち、ずいぶん物を知らねぇみてぇだな。ちっ! ったく、どこの田舎もんだ」

 ここはジャワイ島で、島に三つあるうちの国のひとつ、ピダウル国というらしい。ピダウルは通称冒険者の国として知られており、地位や名声を求めて世界各国から強者がどんどん流れ込んでくるそうだ。かつてピダウルの冒険者ギルドからは、これまでに有名な冒険者を何人も輩出していることから、冒険者の聖地と呼ばれているらしい。もともとは集落や村単位の自助活動から人々が集まり、国籍、種族を問わず冒険者相手にうまく人流と資源を治めることに成功したという民主的な土地柄で、環境や食糧事情もかなりいいらしい。国で一番大きな町は、首都エンファといい、島で一番影響力のある冒険者ギルドがそこにあるという。【※61】

「へえ……、じゃあ、そこを目指してみる? 銀ちゃん」
「うん、よそ者が悪目立ちしなそうだし、そうしよう」

 ちなみに、始まりの森と言うのは、冒険者ギルドがある地域のそばにほぼ必ず存在する、いわばチュートリアルフィールドのようなものらしい。比較的自然環境が穏やかで、初心者でも楽に倒せる初級モンスターばかりが出現するような場所を限定し、冒険者見習や低ランク冒険者に向けた訓練場所としてギルドが保護しているのだという。その元祖ともいえる場所がここ、アプラスの森で、ピダウル国の英雄的冒険者パンドラムが後身育成のために進言したことから創始され、各地のギルドがそれを踏襲していったらしい。

「冒険者登録したてのガキは、まずは始まりの森で冒険の基本を身に着けるってわけよ」
「ふぅん。それにしても、僕達、人に会ったのは君が初めてなんだけど」

 そういうと、鼻で笑われた。冒険者の聖地と呼ばれているこの国には、各国各地からレベルの高い冒険者が集まってくる。始まりの森で訓練しなければならないようなひよっ子は、全くお呼びでないのだ。ここを訪ねるような人がいるとしたら、英雄パンドラムを熱烈に支持する聖地巡礼者ぐらい。逆に、この国で冒険者がアプラスの森に行くといったら、大笑いされるのが落ちなのだそうだ。

「だから誰も来るはずねぇと思って逃れてきてみりゃあ……ちくしょうっ! お前らみたいな見習のガキどもに捕まるなんて、どうなってんだ、くそっ!」
「でも私たちはカクラに会えてよかったよ。友好的な出会いと言うには難があるけど」
「うぐぐ……。そりゃ、俺もガキ相手にちっとばかし大人げなかったがよ。仮にもA級の俺が出し抜かれて獲物をかっさらわれて、頭に血が上ってたんだ。あの歌の声がすぐお前だって気がついたから、ちょっとばかし脅かしてやろうと……。だが、仮にも冒険者見習だろ。受け身くらい取れるのが普通だし、なにもしてねぇのに敵前で気絶するなんて誰が思うかよ」
「別に冒険者見習じゃないんだけど……」
「けど、カクラの話が本当だとすると、どうして大蛇がこの森にいるんだろう? ステータス数値からするとカクラよりも結構上みたいに思えるんだけど、少なくとも単独ならA級冒険者と同じかそれ以上の強さってことになるよね?」

 大蛇の話を持ち出した途端、カクラがひくっと体をすくめた。

「あ、あの大蛇はど、どこへいったんだよ? まさか、俺をあいつに食わせる気じゃねぇだろうな……!」
「もう逃がしたよ」
「ばっ、ばかなのかお前ら! あのレベルのモンスターは森のガーディアン級だぞ! 倒せばギルドで金一封がつくところだ。今回は運よく、そのなんだ、瓢箪に入れられても、次はわかんねぇぞ。あんなの普通はこんなMP分布の低い森にいるはずねぇのに。あんまりにも森に人が来ねぇからって、どっかから来て住み着いたんじゃねぇのか?」
「え……、あの大蛇ってそんなに強かったんだ……」
「改めて聞くと、僕達よく助かったね……。初日が一番やばかった……」

 カクラが大蛇をひどく警戒ているのは、一緒に瓢箪の中で吸われた後、その中でもしばらく戦闘を続けていたためだったらしい。そこでステータス通りの差で、きっちりとやり込められ、もはやこのまま大蛇に食われるものだと思って冷や冷やしながら過ごしていた。しかし、いつまでたっても大蛇が自分を食べようとしないので、不思議に思って様子を見つつ話しかけたりしてみたそうだ。

「そしたらあいつ、俺が一番だ。お前は二番っていうじゃねえか。まさか喋れると思わねぇからビビッてよ。言語が使えるモンスターなんて人型のハイクラスモンスターぐらいだと思ってたからよ」
「えっ、ヒシャラがしゃべったのか!?」
「いや、しゃべったっつうか……? なんか瓢箪の中は普通と感じが違っててよ、思念みたいなもんで通じるっつうか……。ていうか、その瓢箪お前の魔道具なんだろ? なんでわかんねぇんだよ」
「えっ、いや……、これは失敗作っていうか……」

 とにかく、それを聞いたカクラはどうやら食われそうにないと踏んで、今度は瓢箪から出る術を探るために、そこらじゅうを殴ったり蹴とばしたり、攻撃魔法をかけまくったらしい。今度はそれがうるさがられて、再び大蛇にしこたま噛みつかれ、ぎゅうぎゅうに締め付けられたらしい。何度も窒息しかけて、本当に死ぬ思いをしたそうだ。

「頼むからもうあいつといっしょに瓢箪に閉じ込めるのはやめてくれよ!」
「そうか。タカラコマは瓢箪の中に入れられた生命のうち、強い順からコマが決まっていくから、だから大蛇はヒシャラで一番、グレゴはカクラで二番になったんだ」
「あれ、でも実際の将棋では飛車角って同じ位の将なんじゃないの?」
「まあそうだと思うけど、でも飛車の名前の付いた戦法のほうが種類が豊富だし、攻撃の型が単純にカッコイイから僕は一番好き。成飛車は最強だし」
「銀ちゃんのその考えが影響をしているのかもね」
「おい、聞いてんのか! 俺を無視すんな!」

 それから魔法のことも聞きだせた。この世界では自分の魔法や特殊なスキルを誰に彼にも話すというものではなく、場合によってはその魔力やスキルごと狙われる可能性もあるため、極めて重要な個人情報らしい。グレゴが使えるのは身体強化と隠匿といった基本的な魔法ばかりで、たくさんの種類はないらしい。ちなみにあの魔法陣は、隠匿魔法の一種で、追っ手の使い魔かもしれないと思ったので念の為にやったのだという。ちなみに、食べれそうなら後で食べようと思っていたらしい。

「ひ、ひどい、スティックアイを食べようとしていたなんて……」
「こっちは逃亡者だ、腹が減ればなんだって食う……ふがぁっ! なんなんだよ、今のは悪意じゃねぇだろ!」

 そして、あの魔法薬は逃亡の途中でどこかから盗んだもので、グレゴには調合や精錬といった魔道具や薬を作るスキルは全くないらしい。グレゴは誰かに師事をしたことはなく、魔法はそれほど洗練されているわけないが、耳穴族のもともとの身体能力の高さとの相乗効果を高めることで冒険者として力をつけたらしい。足首についている文様はそのための魔法で、もともと足が速い上に、蹴り技が得意なので、いちいち魔法陣を描かなくていいように特殊な刺青のようなものをしているのだそうだ。パーティの中ではその足の速さを活かしてスピードアタッカーとして先鋒を任されたり、経験から身に着けたスキルを活かして斥候など得意としていたそうだ。

「まず生き物にはMPのあるなしって区別があって、MPのあるやつは大なり小なりその力を使って生きている。MPの高い奴はなんかしらのスキルに秀でたやつが多いから、ギルドに登録している奴が多い。ギルドに入れば身元保証になるし、ギルド規約で保護や補償も得られるからな。どえらいMPを持つような奴は、宗教ギルドや国の統治者に目をつけられて取り込まれるか、あるいは監視される。だから隠匿魔法で自分のMPやスキルを隠している奴も結構いるんだ。あと俺に接点はねぇけど、貴族はたいてい結構な割合でMPが多いらしい」
「つまり、MPの量で仕事や暮らし向きが大きく変わるってことか?」
「まあな。お前たちは……なんか、妙な気配を感じるけど、MPほぼねぇんじゃねぇのか? そんなんでよく冒険者やろうと思ったな。お前らみたいなのは普通、農民か漁師にでもなって田舎で静かに暮らすのが当たり前だぞ」

 MPの有無によって職業が決まってしまうらしい。この世界は、魔法が社会構造に大きな影響を与えている。やはり、地球の常識とはかなり違うものとして心しておいた方がいいだろう。

「えっと、つまりカクラには、グレゴのときも踏まえて、僕らのステータスはどう見えてるんだ?」
「どうって詳しくはわからねぇよ。鑑定みたいな高度な魔法が俺に使えるわけもねぇ。でもその言い方だと、やっぱり隠匿魔法か魔道具を使ってるんだな? まあその妙な瓢箪の魔道具を使えるくらいにはMPがあるんだろうと思ってたけどよ。かぁっ、田舎もんのガキのくせによ! あと、そっちのお前はアイテムボックス持ちか? それか収納魔法を使えんのか? チィッ、うらやましいな、くっそっ、田舎もんのガキのくせによぉ! どうせ片田舎のボンボンかなんかなんだろ。見たことねぇこぎれいな民族衣装なんか、これ見よがしに着ちまってよ、ちくしょう!」

 どうやらスティックアイを取り戻したあと油断していた銀河と美怜は、グレゴに見つかった上に観察されていたらしい。全く気付かなかった。さすがは元A級だ。MPではなくBPだということには気づいてないらしいが、銀河や美怜のユニークスキルについてこの世界の常識に照らし合わせてそれなりに理解しているようだ。この世界の人から見て転生者がどう見えているのか、それはふたりにとって知っておくべき重要事項だ。そもそもの話、自分たち以外にも転生者がいるのか、いるならばどういう存在なのかも確認したい。だがグレゴにどこまで話していいものか正直迷うところ。普通考えれば罪人だとわかった以上、町に着いたら引き渡すのが肝要だろう。だが今のところ彼しか情報源がないのだから、どう扱うかは、様子を見ながら探っていくしかない。

「カクラ、さっきから田舎田舎っていうけど、田舎になにか嫌な思い出でもあるの?」
「うぐっ! うっ、うるせえっ! どうせ俺は田舎から出てきた大海を知らない井戸の中のカエルだっつうんだろ! しょせんA級どまりのハズレ穴耳だっていうんだろぉ! そんなことは俺が一番よくわかってらぁ! だけど、いまさらどの面下げて田舎に帰れっつうんだよ! ほっといてくれ!」

 カクラがわかりやすく拗ねた。どうやら、いろいろとこじらせた結果が、この仕上がりらしい。まだ話を聞きたいが、この様子だとカクラから正確な情報を聞き出すには少々手間もかかりそうだ。夜も更けてきたので、ひとまず明日への持ち越しとなった。

「はあっ? えっ、おいっ、もう俺に聞くことないのかよ? まさか、またあの瓢箪の中に戻すのか!? 頼むから、やめてくれ! ていうか、お前ら一体俺をどうする気だよ!」
「とりあえずは、エンファにまでの道案内は頼みたいと思っているけど……」
「すっ、するよ! だから、エンファに着いたら見逃してくれ!」
「それはすぐには答えられないな……。犯罪者の逃亡補助の罪に問われたくないし」
「ぅおいぃ!! だったら、このままでいいから、俺をここに置いてくれよ!」

 唐突なカクラの言葉に銀河と美怜は目を見張った。今、聞き間違えでなければ、カクラは自分をここに置いてくれ、そういわなかっただろうか?

 拳に握るとカクラは自分のこめかみに強く押し当てた。背丈や見た目はヒシャラと似ているのに、仕草は人間そのものだ。タカラコマはやはり、コマに憑依させられた個体の個性が強く反映されるのだ。

「もう、いい加減疲れたんだよ……っ! 穴耳族の住む土地での暮らしに嫌気がさして、冒険者になれたまではよかったんだよ! 俺の村じゃ、冒険者になって金を稼げば、城みてぇなでけぇ家が買えて、世界中の酒と珍味がたらふく食えて、イグアナ顔の美人と結婚できるっていわれてたんだよ! でも実際には俺みたいな田舎者、金持ちやずるがしこい奴らにいいように使われてよぅ、結局歳くったら、難癖つけられてのお払い箱だ! 俺がどんだけ仲間のために体張ってきたと思ってんだ! 稼いだ金は毎回毎回博打でキレーに消えちまうしよぉ! ちくしょうっ、俺の人生なんだったんだよぉ!」

 異世界でも、種族が違っても、やはり人生というのは、そう簡単ではないらしい。四十七にしてこの人生観ではどうにもフォローが難しいが、どうやら根っからの悪人と言うわけでもなさそうだ。銀河のキャラクターデザインのおかげで、どうしても可愛げを禁じ得ないのが目の不思議。だが、忘れてはいけない。中身は貯金と言う超初歩的な処世術をスルーし、あげく逃亡者にまでなってしまったおじさん、いや、こじらせトカゲおじさんだ。手放しに同情はできない。だが、お疲れ人生の果てに、もはや自由を捨てて、誰かの庇護下に納まって楽になりたいという気持ちも想像ができないわけではない。だが、このこじらせトカゲおじさんの面倒を銀河と美怜が責任を持てるかと言うと、すぐには答えが出ない……。

「とりあえず……君の意見は理解した。明日また話そう」
「あっ、おいっ、俺をひとりにするのか!?」
「いや、今晩は瓢箪に入ってもらうけど、そのまま放置したりはしないから」
「せめて話し相手を一緒にいれてくれ~っ! できれば可愛いイグアナ……ヤモリ、ヤモリ! いや、カエルでもいいんだぁ!」

 こじらせだけでなく、とても面倒くさいおじさんだとわかり、一旦聞かなかったことにして瓢箪に入ってもらった。ということがあったのが昨晩。してあくる今日、未だこじらせトカゲおじさんの処遇については決まっていない。

「うう~ん……、とりあえず道だけ聞いて、また戻そうか……?」
「でもそれってちょっとかわいそうだよね……。それにきっとお腹もすいてるだろうから、焼き魚をカクラのぶん取っておいたんだけど……」
「じゃあ……呼ぶ?」
「うん……」
「とりあえずご飯を食べさせたら道を聞いて、エンファに着いたら引き渡す方向で良いよね?」
「うん、追われる身の人をかくまうのは気が引けるし、それに、このままカクラになってしまったらグレゴさんは人生をやり直すチャンスを失ってしまうよね。田舎にはきっと心配している家族もいるだろうし……」

 そう話し合って、カクラを呼び出す。今度の第一声がこれだった。

「お頭、お嬢、兄貴、御目通りありがとうございやす!」
「「!?」」

 銀河も美怜も面食らった。お頭やお嬢なんて、まさか筋者かなんかじゃあるまいし、今まで一度も呼ばれたことがない。順番から行くと、兄貴と言うのはもちろんヒシャラのことだろう。

「変な呼び方はやめてくれよ! 昨日うっかり言いそびれちっゃたけど、僕は銀河。銀河でいいよ」
「私は美怜だよ」
「銀のお頭、みれのお嬢。昨日はいろいろと失礼しやした。ヒシャラの兄貴からいろいろ聞いてます。これからは心を入れ替えて、精一杯お頭とお嬢のために働きますので、どうぞよしなに!」
 
 どうやらこの態度の一変は、さっきヒシャラを一度瓢箪に入れたことで、カクラとヒシャラの間でなにかしらの意思交流があったゆえらしい。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ、カクラ! 僕達、君を受け入れるとは言ってないぞ!」
「そうだよ、カクラ。ヒシャラに聞いたならわかるでしょ? タカラコマはコマに憑依させられて、銀ちゃんの命令をきかなきゃいけなくなるんだよ。昨日体験したみたいに、カクラでいる間はずうっと、自分の意思や自由が拘束されちゃうの」
「ヒシャラの兄貴からは、お頭とお嬢のために働くなら、食わないでおいてやるとお許しをいただいてやす」
「えぇっ!?」

 ヒシャラを見ると「そうだが?」とばかりに真っ直ぐな視線を向けられた。確かにタカラコマに憑依させている時点で、ヒシャラにとっては自分と同じ陣の将棋の駒で、弟分みたいなものとして認識されているに違いなかった。

「よく考えろって! いろいろ失敗はあったかもしれないけど、君は実力でA級冒険者にまでなった人なんだろ? ちゃんと罪を償えば、これからだって君は君の人生を、自分の意志で歩み続けることができると思うよ。極刑を受けるほどの罪を犯したわけじゃないんだろ?」
「それに、カクラは田舎に帰れないって言ってたけど、家族がいるならきっと心配していると思うよ。人生の全部をあきらめるのは早いよ。それに稼いだお金は全部使うんじゃなくて、二割を貯金するだけでも将来のためになるんだよ?」【※62】
「貯金? ああ、確か薦められてなんどかしたこともあったんですが、どうにも性に合わなくて、ある程度まとまった額になると、これまた博打につかっちまうんですよ」

 頭を抱えた銀河から「こいつだめだ」という心の声が漏れた。そのあとも銀河と美怜でなんどもカクラを説得してみたが、カクラはもう全力で居座る気でいる。どうにも気持ちを変えられそうにない。このままでは時間がただつぶれていくだけだ。仕方がないので、ひとまずエンファまではカクラとして行動を共にすることにした。それをトライアル期間だと勝手に認識したらしいカクラは、揚々と準備してあった焼き魚をほお張り始める。

「がふっ、がふ! つまりお試し採用ってことですな? 俺は役に立ちますぜ。むしゃ、むしゃ。絶対に……、ごっくん! 後悔はさせませんぜ! はぐっ、はぐっ!」
「……わかったから、その変なしゃべり方、やめてくれよ」
「カクラ、食べながらしゃべると喉に詰まっちゃうよ? はい、お水」
「ありがてぇ~っ! みれのお嬢、この魚、焼き具合が絶妙ですぜ~っ! ふぁぐっ、むぐむぐ!」
「ふふっ、ありがとう」

 思いのほか美玲がスムーズに順応してしまったため、その呼び方としゃべり方がカクラに定着してしまった。

「さあ、お頭、お嬢、兄貴、エンファはこっちですぜ!」
「うわあ……絶対、人前で呼ばれたくない……」
「銀ちゃんがお頭って、ふふっ、おかしいねぇ。でも私たちのリーダーなのは合ってるよね」

 ぽっと一瞬で銀河の頬が染まった。美怜にそういわれると、素直に嬉しい銀河だった。



 下記について、イラスト付きの詳細情報がご覧いただけます! ブラウザご利用の場合は、フリースペースにある【※ 脚注 ※】からご覧いただけます。アプリをご利用の場合は、作者マイページに戻って「GREATEST BOONS+」からお楽しみください。
【※59】彫刻 …… アイテム011
【※60】カクラ …… ブーン803 
【※61】ピダウル国 …… 情報012 
【※62】賢く貯金をする方法 …… 情報623・624

* お知らせ-1 * 便利な「しおり」機能を使っていただくと読みやすいのでお勧めです。さらに「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です。ぜひご活用ください!

引き続きお楽しみください!
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