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■第1章 突然の異世界サバイバル!
012 トレーニングを始めよう
しおりを挟む翌朝、銀河はタンズに揺り起こされて目が覚めた。
「んん……、おはよう、みんなどうした……?」
ユリタンが触手で指し示すほうを見て、銀河はぎょっと目を見張った。ヒシャラがカワミーに似たミミズ型のモンスターを山のごとく浜辺に積み上げていたのだ。美怜が見たらきっと卒倒間違いなしの光景。そうっと美玲がまだ眠っているのを確かめて、ブーンズと寝床を静かに出た。
「うわっ、ヒシャラのステータスがまた爆上がりしてる……!」
ヒシャラの次に、くたっとなって積み上げられたミミズ型モンスターをスキャンして見ると、ウミミーというレベル2のモンスターだった。カワミーは全身がほぼピンク色だったが、ウミミーはやや青緑がかっている。タブレットの説明によると、種としては同じだが、生息地が違うとその環境に則して体が変容するらしく、それによって名前も変わるが、HP以外のステータスにはそれほど差がないようだ。
「ヒシャラ、僕達が寝ている間にモンスターを退治してくれたのはありがたいんだけどさ。これ早いところ片づけないと、みれちゃんが……」
「フンス、フンス!」
「え?」
ヒシャラがウミミーを右手に掲げ、左手に石を掲げた。しばらく考えて、気がついた。もしかして、ヒシャラはウミミーで焼き石のスープを作りたいんじゃないだろうか。
「フンス、フンス!」
「ヒ、ヒシャラ、それは無理だよ。あのみれちゃんにウミミーを捌けるはずないだろ?」
「フンス、フンス!」
早々に意思疎通を図るのは難しいと感じたところで、洞穴のほうから悲鳴が聞こえた。慌てて振り向くと、美怜が後ろ向きにステンと倒れるところだった。
「うわーっ、みれちゃん!」
「フン?」
急いで駆け戻ると、案の定美怜は悪魔で見たように震えている。
「ぎ、銀ちゃん……、今なんか、見ちゃいけないもの見た気がするんだけど……」
「……えっと、その」
そのとき、ヒシャラがやってきて、ウミミーと石をしっかりと掴んだ手をずいっと前に差し出した。それを見た瞬間に、今度こそ美怜は気を失った。
次に美怜が目を覚ました時、頭の上にはイコがふよふよと飛んでいて、顔の横ではカタサマがもしゃもしゃと薬草を食んでいた。少し体をひねって洞穴の外を見ると、銀河が火を焚いているのが見え、その周りでタンズとマロカゲ、マチドリ、エコロが休んでおり、少し離れてヒシャラがぽんぽんに膨れたお腹を抱えて丸くなっていた。
(ヒシャラ、あのミミズモンスター食べ終わったのかな……)
この不思議な世界に順応し始めている美怜だとはいえ、寝起きに巨大ミミズはさすがに心臓に悪かった。でも、ヒシャラが石を握っていたことを思えば、ヒシャラはみんなのごはん捕まえてきてくれたのかもしれなかった。
(ミミズモンスターを食べるなんて私は絶対無理だけど、ヒシャラには謝らないとかな……?)
少し警戒しつつ起きだして、ヒシャラのそばに立った。目が合うと、ヒシャラが少しためらいのような光を瞳に灯した。
「ヒシャラ、みんなのためにミミズモンスター捕まえてくれたの? ……あ、そうなんだ……。うん、うん……、そっか」
「みれちゃん、気分はどう? ヒシャラはなんて?」
「うん、なんかミミズモンスターのスープが食べたかったんだけど、私が怖がってるのがわかったから、もうしないって」
「そっか、よかった。それじゃあ僕らもごはんにする?」
見れば、タンズと銀河がすでに果物や魚などの食材を集めていてくれた。インベントリから物を取り出すのは美怜しかできないので、待っていてくれたらしい。
「ごめんね、銀ちゃん。お腹空いてたよね?」
「クラウンタンがスイカみたいな果物を取ってきてくれたんだ。それ食べてたから大丈夫だよ。みずみずしくてすごくおいしいんだ」
「わあっ、本当? 早速食器出すね」
インベントリから食器やハンドッゴを取り出しながら美怜は首をかしげる。
「道具が私にしか取り出せないのって不便だよね。うーん、銀ちゃんもインベントリが使えればいいのに」
――ピロンッ。
通知音と共に銀河の眼鏡に文字が表示された。
「インベントリの使用許可の一部が美怜から銀河に与えられました」
「え! み、みれちゃん、僕にもインベントリが使えるって!」
「本当?」
「今、みれちゃんが言ったからじゃない?」
「え、言うだけでできるの?」
ふたりで驚きの視線を交わしながら、リュックをまさぐった。銀河がなにも入っていないリュックに手を入れ、アマノジャックマキジャックを思い浮かべると、銀河にも道具を取り出すことができた。
「うわっ、僕にもインベントリが使えたよ!」
「わー、よかった!」
銀河がアマノジャックマキジャックをリュックに戻すと、アマノジャックマキジャックはコトンとリュックの底に留まった。
「あれ、インベントリに入らない」
「あれ……。あっ、そうか、銀ちゃんには取り出すことしか許可してないことになっているのかも。えーっと、銀ちゃんに入れることも許可します」
「インベントリの使用許可の一部が美怜から銀河に与えられました」
「やっぱり!」
美怜のインベントリは、許可を与えることで、他者にも使えることがこれでわかった。これなら今回みたいな時にも銀河は道具に困ることはない。
「この前銀ちゃんが言っていた通りだね。インベントリはすごい力を秘めてるって」
「うん、きっと想像力次第でいろんな機能や性能が発展するんじゃないかな!」
「へーっ! このリュックの中の部屋、いろいろ使い道がありそうだもんね」
「例えば、みれちゃんならどう使いたい? どんなことができたら便利と思う?」
「んー……」
「ちょっと考えてみて。その間に僕が料理するから」
これはいい機会だと銀河は美怜をひとりにした。基本的にゲーム知識のことは銀河にお任せ状態の美怜が自分で自分のユニークスキルについて考えたり知ろうとすることはこの先必須なはずだ。銀河からあれができる、こうしてみたらと情報を与えるよりかは、美怜の感覚や考えに伴って試行錯誤したほうが、BPの消費を考えたときにも負担や無理がなさそうに思える。
「みれちゃん、ごはんができたよ。なにか思いついた?」
「私、街を作りたい」
「えっ!?」
予想にしなかった壮大な答えに銀河は焼けたアジの串を手渡しそびれるところだった。
「ま、街って……!?」
「うん。あのね、インベントリの中って、本当にずーっと奥まで続いている部屋みたいになっているの。それで、今までは道具をXYZの点を決めて、薪はここ、石はここ、とかって置いていたんだけど、それだと逆に使い勝手が悪い気がしてて……。だったらいっそ、アトリエとか冷蔵庫とか、銀ちゃんの魔石もこれからさきたくさん入れるとなると魔石専用の部屋とか、用途によって部屋が分かれていればいいのになって思うの」
食事をとりながら美怜が話すにはこう言うことだった。これからもサバイバルの道具が増えることや、食材や薬草を衛生的に入れておく必要があること、それに銀河がすぐに使いたいものと自分しか使わないものを仕分けしておくことは必要不可欠だ。これは銀河も想像に容易く、例えばショッピングサイトやゲームのアイテム表示画面のようにインベントリにあるものを一覧にして表示できたり検索や分類できるというの最低限の機能だろう。
それに加え、ものづくりを得意とする美怜の考えでは、同じ材料でも例えば木だったら材種だけでなく、丸太、柱、板、角棒、丸棒といった形や大きさでも区別したいということ。さらにどうせ無限大の広いスペースがあるのだったら、インベントリの中で木や石や土を加工できる工場があればいいということ。素材を自由に加工や合成できるようになれば、町や建物を作るのに必要なセメントや土壁などの建築資材や陶器やガラスの材料、それに海水から食塩をつくったり、保存食も作れるのではないか、と考えたらしい。そうした素材の精製や加工や合成が自由にできたら、美怜は自分が作りたいと思うものをいつでもどこでも作れると考え、それを総合してみたところ、インベントリの中には自分の作業場とそのための工業プラントのようなものが必要になるのでは思ったのだという。
「と、ということは、みれちゃんがインベントリの中に入るってこと?」
「入れないの? こんなに広々スペースがあるのに?」
「そ、そうか……」
単純にアイテムを出し入れするという概念しかなかった銀河にとって、インベントリの中に自らが入ってしまうという美怜の発想はかなりユニークだった。話を聞きながら、アイテムを置いて保管するとともに、いわゆる魔法工房や鍛冶工房などが併設しているようなものだと銀河は理解した。発想には驚いたが、恐らくこれまでのことから考えても、美怜ができると思ったことや、やりたいと思ったことについて、BPは建設的な働きをするはずだ。先走って余計なアドバイスをしなかったのは正解だったらしい。
「街を作るとなると、たくさんの素材が必要になるね」
「うん、時間も手間もお金もかかると思うけど、せっかく不思議な世界に来たんだから、私も銀ちゃんみたいにこの空間を自分の好きに使ってみたいな。このお皿やコップを作った木みたいに不思議な素材があるみたいだから、私が考えているような加工場や工場とは違ったものになるかもしれないけど、全方位無限の3Dスペースだけは使い放題だし、それを軽々持ち運べるなんてすごいよね。そのうちこの空間の中に家やベッドが作れちゃうかも」
「た、確かに! インベントリの中のほうが野宿より安全だったりして」
「でも、入り口がリュックの口を開けた大きさに制限があるからなぁ。最大で多分五十センチくらい。私たちはなんとかぎりぎり入れそうだけど、入れるものは、銀ちゃんと私で入れたり出したりできる重さや大きさっていう制限があるよね」
「みれちゃん、その入り口の制限もなくしてみたら?」
「どういうこと?」
美怜がきょとんと顔を上げた。銀河はここぞとばかりに、にこっと口の端を上げた。
「みれちゃん、今インベントリの力がリュックに宿っているって思ってない?」
「うん、そうだよ? だって、銀ちゃんと鞄の交換してからできるようになったんだもん」
「リュックが古くなってボロボロになっちゃったら、インベントリもボロボロになると思う?」
「え……、あれ、そういわれると違う気が……」
「多分、みれちゃんはリュックの底の部分にインベントリの入り口を想像しているだけで、実際にはリュックは全く関係ないんだよ。逆を言えば、イメージさえできれば、どこでもどんな大きさでも、インベントリの入り口を作り出すことができるんじゃない?」
「ふえぇ!? ……なるほど、ちょっと、今やってみる!」【※44】
感心したように目を丸くした美怜が、すぐさま目を閉じて集中しはじめた。おもむろに、スッと伸ばした美怜の手の平の上が、じわっと一瞬歪んだかと思うと、次の瞬間音もなくマルチミニペンが姿を現した。
「あっ、できた」
「やっぱり、リュックに縛られることなかったね。でも、人に見られると厄介かもしれないから、町や他の人の前ではリュックから荷物を取り出すふりをした方がいいと思うよ」
「そっか、わかった。じゃあ今度は、あの岩を入れてみるね!」
美怜が指さした十メートルはあろうかという大岩を見て、銀河は大いに焦った。
「ちょ、ちょっと、待って!」
「え?」
「みれちゃん、BPの残量は大丈夫? いきなり大きいものを入れてBP切れになったらまずいよ。どの程度のものを出し入れするのにどれくらいのBPを使うかをちゃんと検証してからのほうがいいよ!」
「あ、そっか! さすが銀ちゃん!」
美怜は素直にうなづき、すぐに思い出したように目を上げた。
「BP消費って私だけじゃわからないから、銀ちゃん一緒に見てくれる?」
「あ、そっか。ステータス確認機能をみれちゃんも使えたらいいのに」
「タブレットの使用許可の一部が銀河から美怜に与えられました」
「「あっ!」」
銀河と美鈴が同時に声を上げた。
「銀ちゃん、今頭の中にそのタブレットの電子音声が聞こえたんだけど」
「うん! みれちゃんが僕にインベントリを使う許可が出せるように、僕もみれちゃんにタブレットを使う許可が出せるみたいだ!」
「うわあ、便利!」
「うん、この際だから、お互いに共有した方がいい機能については許可を出し合おう。ただし、相手のBPを激しく消費してしまうような許可はやめておこうね」
全く異論のない美怜はすぐさま同意したが、一方でわずかに不安そうな表情を浮かべた。
「どうしたの、みれちゃん?」
「こんなことができるなんて、私の頭の中、やっぱり宇宙人にマイクロチップを埋め込まれているのかも……」
肯定も否定もしようのない考えに、銀河は努めて明るく「あんまり気にしないほうがいいよ」と声をかけた。
食事が終わり片付けも済んだところで、銀河はポケットからキラキラするものを取り出した。
「みれちゃん、この魔石もインベントリに入れておくね」
「うん。これって、さっきのミミズの?」
「ヒシャラが倒してウミミーがドロップした魔石だよ」
「うん、いいよ。こんなに拾うの大変だったでしょ?」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、銀河が笑った。銀河が後ろを振り返って手招きをすると、岩陰からぴょこっとネズミのような小さな生き物が顔を出した。
「わあっ、かわいい! 新しいブーンズ?」
「うん、こいつはチューリン。お腹のところが袋になっていて、素材集めを手伝ってくれるんだ! みれちゃんが寝ている間にギブバースしたんだよ」
大きな耳と大きな目。その小さな手には今拾ってきたらしき透明の小さな魔石がある。【※45】
「よろしくね、チューリン!」
「チュー」
美怜が呼びかけると、すぐさま親しみを持ったのかチューリンが美怜の足元に駆けて行った。チューリンを両手で掬い上げると、チューリンが持っていた魔石と、袋の中の魔石を取り出して、渡すように美怜の手の平に載せていった。
「いい子だね、チューリン。ありがとう」
「DPが上がりました!」
手の上でチューリンを可愛がっていると、銀河が浜へと誘う。
「みれちゃん、こっちも見てよ!」
「えっ、なになに?」
銀河のあとについて波打ち際へ行くと、波の中になにかひらひらとしたものが漂っていた。
「えっ、クリオネみたいなのがいるーっ!」
「こいつはクリン。チューリンと同じで水の中の素材を集めてくれるブーンズなんだ!」
「すごい、銀ちゃん! 確かにこれなら濡れずに魔石が回収できるね!」
「魔石以外にも、海にも土の中にも貴重な資源や素材があると思うんだ。素材収集のためのブーンズをこれからも増やしていくつもりだよ」
「わーすごい! クリン、これからよろしくね!」【※46】
「クー」
「よし、チューリンもクリンもみれちゃんへの紹介も済んだし、いったん戻れ。セーブ!」
「えっ、えっ、なんでふたりを戻しちゃうの?」
銀河の命令でチューリンとクリンが音もなく一瞬でその場から消えた。
「チューリンとクリンはまだ体が小さいから、他の動物やモンスターに捕食されてしまうかもしれないから。タンズくらいに大きくなるまでは、素材収集のとき以外はタブレットに戻しておくよ」
「なるほど、そっか」
「うん、素材を集めるという性質上、マロカゲみたいに常に目の届く場所にいてくれる性格じゃないし、クリンは水辺がないとそもそも活動できないからね」
「マチドリは羽根も毒もあるから多分安全だよね。カタサマは常に薬草を食べなきゃだし。イコは……今のところ特に心配することはないよね。つまり、ブーンズはそれぞれの特性に合わせて育てていかなきゃいけないってことだね」
「うん、そういうこと!」
そういって明るく顔を合わせたふたりは、不意に眉を下げてそれぞれにため息をついた。ほぼ同時に視線を送ったのは、少し離れた場所で丸くなっているヒシャラだ。
「銀ちゃん……」
「うん……」
ヒシャラと約束した通り、森を安全に抜けた以上、ヒシャラとはここでお別れだ。ふたりともその時が来るのが寂しくて、互いになかなか言い出せなかったのだ。けれど、約束は約束だ。ふたりでヒシャラのそばに立った。
「ヒシャラ」
呼びかけると、くるっと頭だけをこちらに向けてきた。いざ別れを口にしようと思うと、銀河は喉が詰まった。美怜にいたってはすでに涙目になっている。
「今まで……僕達のわがままにつき合わせて、ごめんな……。コール……」
一瞬の光と共に銀河の手にカラコマ瓢箪が現れた。ヒシャラの目がキラッと光って瓢箪を凝視した。瓢箪にもう一度吸い込んで、大蛇を呼び出せば、ヒシャラの憑依は解ける。これで本当にお別れだ。
そのとき、美怜が駆け出し、ヒシャラをぎゅっと抱きしめた。驚いたようにヒシャラは手足をばたつかせたが、本気で嫌がっているわけではなく、次第に大人しく美怜の腕に抱かれて静かになった。
「今までありがとう、ヒシャラ……。短い間だったけど、ヒシャラのこと本当に、本当に大好きだよ……」
「……」
「みれちゃん、そろそろ離れてて……」
「うう、離したくないよう……」
美怜の泣き声に銀河は「僕だって……」と今にも喉から出そうだった。一旦唇をかみしめて、銀河は息を吸った。
「みれちゃん……」
「うん……」
涙を拭きながら美怜がヒシャラから離れると、銀河はかすれた声で呼びかけた。
「ヒシャラ、本当にありがとうな。僕の前に現れてくれて……。吸い込め瓢箪」
銀河の体にぐいっとBP吸いだされる感覚がして、瓢箪の中にヒシャラの体がぐんぐんと吸い込まれていく。瞬く間に、ヒシャラの姿が目の前から消えていた。続けて銀河は唱える。
「いでよ大蛇……」
再びBPが大きく吸いだされて、銀河の手の瓢箪からまだら模様の大蛇が引きずり出されてくる。激しいBP消費にふらつきながらも、大蛇は初めて会った姿のままに現れた。なにが起こったのかわかっていないのか、しばらくの間、ふらふらと頭をもたげ、呆けている様子だった。
「ヒ、ヒシャラ……」
「みれちゃん、だめだよ。もうそれはブーンズじゃない。僕達のいうことは聞いてくれないんだ……」
大蛇に手を伸ばそうとする美怜の腕を制止して、銀河は首を横に振った。
「行こう」
「ま、待って、これだけでも」
美怜はインベントリからヒシャラ専用の釣竿を取り出した。
「蛇に釣り竿をあげても……」
「わかってる。でも、これは……ヒシャラのだから……」
無用の長物と言うことはわかっている。単なる美怜の自己満足にすぎないことも。それでも、涙で頬を濡らしながら別れを惜しむ美怜に、銀河はそれ以上なにも言わなかった。美怜がまるで儀式のように、両手で釣り竿を掲げて差し出し、大蛇の前に静かに置いた。大蛇は、じっとその様子を目で追っていた。
「みれちゃん、そのまま背を向けずに下がって。多分まだお腹はいっぱいのはずだけど、野生の獣は弱っている生き物に襲い掛かるから、弱気な顔を見せちゃだめだ」
「うん……」
銀河は美怜の手を取って、ふたりでゆっくりと後ろに下がっていく。それに習ってブーンズもゆっくりと後ずさる。その様子を微動だにもせず、大蛇が見つめていた。
「さよなら、ヒシャラ……」
「さよなら……」
ある程度距離を取ったところで立ち止まり、しばらく見つめ合った。まるで姿が変わった今も、これまでと同じように意思疎通ができて、一緒に行こうと言えばついてきてくれそうな気がする。もうしばらく、あとしばらく、そんな時間が続いていたとしたら、銀河か美怜のどちらかが、そう口にしていたかも知れなかった。不意に大蛇が、すいっと頭を森の方へ向けて、するすると腹這いに、ふたりの前から去っていった。
あとには大きくくびれた大蛇の砂の跡と、そして、釣り竿が残った。
「……行こうか、みれちゃん……」
「うん……」
釣り竿を背にして歩き出すふたりのあとを、ブーンズが追いかける。
「私たちのこと覚えててくれるかなぁ……」
「大蛇が僕らを忘れても、僕らは絶対忘れないよ……」
「うん、そうだね」
ふたりは励まし合うように視線を交わし、そして前を向いた。ヒシャラのおかげで森を抜けることができた。それでもまだ人里の気配はまったくない。冒険はまだまだ続くのだ。いつまで気を落としてはいられない。
「そうだ、みれちゃん。ヒシャラがいなくなったから、そろそろ僕達も武器を作ったほうがいいと思うんだけど」
「えっ!?」
たった今気が付いたように美怜が赤い目を丸くした。
「だって、僕もみれちゃんも、この先最低限自分で身を守ることができないとまずいよね。これからはもっと強いモンスターも出てくるかもしれないし」
「う……っ」
「それに、みれちゃんはモンスターを見ただけで固まっちゃう可能性があるから、怖くても気持ち悪くても、もうちょっとモンスターに慣れないと」
「な、慣れるって、水の塊や巨大ミミズにどうやって慣れれば……」
「レベル1のモンスターなら、僕でも一撃で倒せたよ。焦ったりパニックにならなければ、みれちゃんでも確実に倒せるから、今度トレーニングしよう」
「トレーニング!?」
「そうだよ、いわゆるRPGではモンスターを倒してレベル上げするのは基本中の基本なんだよ」
スライムやカワミー、ウミミーと対峙する様子を思い浮かべた美怜が、あからさまに顔をゆがめた。
「ぎ、銀ちゃん、タカラコマ以外に戦ってくれるブーンズはいないの……?」
「考えてなくはないんだけど、強いブーンズってそれだけでBP消費が激しいんだ。それにヒシャラを大蛇に戻しちゃったから、今日はこれ以上新しいブーンズを生むのは無理だよ」
「うぅ……」
「それに、ヒシャラやカラコマに思い入れが強すぎて、僕自身いいキャラクターが思い浮かばなくて困ってるんだよね……」
「そっか……」
肩を落としながらも美怜は思った。銀河のいうように本当の最低限にしても、身を守る準備を怠ってはいけない。今まで銀河とヒシャラ頼りだったが、自分が自分の身を守るだけでなく、銀河やブーンズを守るために立ち向かわなくてはならない時が来るかもしれない。
「……じゃあ、どんな武器を作ればいいの? 銛とか槍とか弓矢とか……?」
「そうだね。スライムなら枝でひと突きすれば倒せるし、ウミミーは首の白っぽいところに打撃をくらわすと倒れるよ。ウミミーは運が良ければ一発、二発食らわせれば確実に倒れるんだ」
「銀ちゃんはもうそこまでわかってるんだ……」
「うん、ヒシャラと一緒に戦いながら情報収集したからね。作れるなら弓矢もいいし、投石器なんかもいいよね。ただ、うまく使いこなすまでに時間がかかりそうだ。それに新たな材料も必要になるよね」
「うん……。ひとまず、いつも歩くときに使ってる木の枝の先っぽを尖らしてみる……」
「それから、みれちゃんも僕もインベントリに入れてあるハンドッゴのナイフや石をすぐに取り出せるようにイメトレしておいた方がいいよね」
「イメトレ……」
「イメージトレーニングは大事だよ。いくら道具を持っていてもいざというとき使えなきゃ意味がないよ」
それは確かに、と美怜もうなづいた。ふたりは歩きながら、今夜早めに宿を取って、武器になるものを作る算段をしようと相談し合った。美怜は歩きながらも、インベントリに広がる3Dスペースの中に武器庫をイメージした。途中歩きながら、投石しやすそうな手ごろなサイズの小石を拾ってインベントリに入れていく。美怜にとって一番いいのは、モンスターと直接戦うことになる前に、自分が逃げるか、投石などで牽制して相手に逃げてもらうかだ。ふたりともイメトレを重ねて、出来るだけすぐ石が手に現れるように何度もトレーニングを繰り返した。
銀河のアドバイスに沿って、美怜はハンドッゴをすべてのツールが格納された状態ではなく、ナイフのみが組み立てられ、すぐに使える状態でも取り出せるようにトレーニングをした。いざという時にモンスターや敵が、ツールを出すのを待っていてくれるはずがない。
「みれちゃん、もうできたの?」
「うん、ナイフを出した状態で取り出せるようになったよ」
「僕にはまだ難しいや……」
ゲームセオリーに縛られている銀河と、ほとんどゲームセオリーに染まっていない美怜では、感覚や考え方に違いがあるようだ。いや、むしろ美怜はものづくりを通して日常から道具の扱いになれているからこそ、簡単にできるようになったのかもしれない。地球で暮らしていたときの銀河にとって、日常的な刃物と言えばハサミと包丁と爪切りくらいなもの。キャンプ用のマルチツールなんて、この世界に来て初めて手にした代物なのだから。
その日ふたりは、海沿いを歩き続け、予定通り早めに野営場所を確保した。そして、食事のあとは、枝を尖らせて槍を作ったり、枝の先端を割って蔓草を絡ませて銛を作ったりして過ごした。それらができると、銀河は美怜を戦闘のトレーニングに誘ったが、少しつき合っただけで美怜はすぐにやめてしまった。
「みれちゃん、まだ始めたばかりだよ?」
「う、うん……。なんかあんまり気が進まなくて……」
地球で暮らしていたとき、文明的な人間社会の中で、野生の獣から身を守るという経験は銀河も美怜もしたことがない。当然、獣と命のやり取りをするということもない。料理の好きな美怜は魚を捌いたり肉を料理したりもするが、それはパッケージされてスーパーに売られているものがほとんどであって、自らが命を奪っていると実感することはほとんどないも等しい。
美怜が剣道や柔道やアーチェリーなどの武を基礎とした部活などを経験していればまた違っただろう。しかし、子どもの頃からものづくりが好きだった美怜の根本には、なにごとにおいても、せっかく手間をかけて作り上げたものや、時間をかけて出来上がったものを破壊するのは悲しいことだという概念がある。それは命もそうで、せっかく生まれて生きて大きく成長したものを命を奪って壊したくない、と心のどこかで自然とブレーキがかかってしまうのだ。
狩って食べるのならまだしも、相手は倒した途端に煙のように消えて魔石になってしまう。食べるにしたって、あのスライムやミミズが本当に食べられるかどうかもわからない。ゲームの世界と同じで、レベルを上げるためにはモンスターと戦って経験値を上げる必要がある、と割り切れる銀河の感覚とは美鈴は今も大きく違っている。それがわかるからこそ、銀河はそれ以上無理に美怜を戦闘のトレーニングには誘わなかった。
とはいえ、実際に槍を振り回したり、突いたり引いたりする動作は、ゲームコントローラーで操作するのと訳が違う。銀河の慣れない筋肉は、銀河の思うようにはなかなか動いてはくれない。イメージはゲームの主人公みたいなカッコイイモーションのはずなのに、実際は長い枝に逆に振り回されているように見えた。そして、未だ美怜よりはるか低いLPしかない銀河には、それほど長くトレーニングできる体力もないのだった……。
「はあっ、はあっ……! ぼ、僕も今日はこの辺にして、おくよ……。はあっ、はあっ……!」
「銀ちゃんも無理しないで」
シェルターに並んで、今夜も交代に火の番をしながら休むことにした。互いに口にはしなかったが、そばにヒシャラがいないと思うと、それだけで不安は否応にも増した。そのぶん薪は多めに集めておいたから、きっと獣避けの火は十分のはずだ。
「じゃあ、銀ちゃん先に休ませてもらうね」
「うん。明日、もうちょっとだけでも一緒にトレーニングしようね」
「う、うん……」
美怜は目を閉じながら、そっと思った。
(できることなら戦いたくないな……。それ以外のことなら、いくらだって頑張るのに)
夢の中に落ちるまで、美怜はひとり静かに、自分にできることを考え続けた。
下記について、イラスト付きの詳細情報がご覧いただけます! ブラウザご利用の場合は、フリースペースにある【※ 脚注 ※】からご覧いただけます。アプリをご利用の場合は、作者マイページに戻って「GREATEST BOONS+」からお楽しみください。
【※44】ポータブル3Dスペース …… アイテム201
【※45】チューリン …… ブーンズ201
【※46】クリン …… ブーンズ103
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「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
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