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■第1章 突然の異世界サバイバル!

006 発動!インベントリ

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「ん、ん……」

 なんか床が固い、やけに青臭い……と思いながら美怜は目を覚まし、ギョッとした。枝と葉で覆われたシェルターからまばらに漏れてくる朝日。自分の小さな体、小さな手、握られているのは銀河のタンクトップ。

(そうだ……! 昨日銀ちゃんといきなり変な森に来ちゃって……、え、銀ちゃんは……?)

 タンクトップはあるのに、銀河の姿がないとはどういうことか。美怜は不安になってハッと息を吸った。まさか、なにかあったのでは……!? 火の番を交代するから起こしてと言ったはずなのに、一度も起こされていない。銀河は一体どこに行ってしまったのか。慌ててシェルターを飛び出した美怜は、すぐそばで倒れている人らしきものを見つけて悲鳴を上げた。

「きゃあっ! ぎ、銀ちゃん!?」

 体に木の皮を巻き付け、緑の葉をすりつぶしたものや葉っぱをはりつけた異様な姿。その顔も手足もブクブクに腫れている。見覚えのある眼鏡と靴、そして周りを取り囲むブーンズとタブレットが銀河に間違いなさそうであることを表していた。周りにはまだ蚊ばかりでなく蠅やムカデもうろうろしている。タンクトップをにぎりしめたまま、またパニックを起こしそうになったが、ブーンズが落ち着いている様子を見て、美怜は慎重にゆっくりと銀河の側に寄っていった。

「ぎ、銀ちゃん、銀ちゃん……!」

 揺すってみると、かすかに寝息が聞こえた。生きているとわかり、美怜はじわっと涙腺が緩んだ。

「銀ちゃん、起きてぇっ!」
「うっ……」

 うっすら開けた目の隙間から明るい光と共に、涙目の美怜、そしてブーンズがかすんで見えた。瞬きをしているとだんだんとはっきりしてきた。全身がだるい。だけど、薬草が効いたらしい、痛みや痒みがだいぶましになっている。ある意味、麻酔のおかげで熟睡できたとも言えそうだ……。

「ぎ、銀ちゃん、死んじゃったかと思ったよぉ……っ!」
「ご、ごめん、みれちゃん……。昨日いろいろあって……」
「なにがあったの……、大丈夫なの? これどうしたの?」
「大量の蚊に襲われて……。みれちゃんは……刺されてないね……?」
「え? ほんとだ……。なんで銀ちゃんだけ……体中真っ赤だよ。まずは手当てしよう」
「あ、うん……それなら一応もうやり方はわかってるんだ……」

 銀河はなんとか昨日やったことを伝えた。説明しているあいだ中、喉がカラカラだ。

「うん、わかった! とにかく銀ちゃんはここにいて?」
「あ、ありがとう、みれちゃん……」
「ヒトエタン、まずはきれいな水をお願い。クラウンタンとユリタンは引き続き薬草と、銀ちゃんが食べられるものを採ってきて!」
「それでこの新しいブーンズは……」

 美怜は一通りの説明を聞くと、最優先事項からてきぱきと動き出した。まずは、シェルターの中に銀河を運び入れる。確かに妙だった。美怜は一か所も蚊に刺されていないのに、銀河だけがこんなに刺されるなんて。なにか理由があるとしか思えない。

「もしかして、この服かな……」
「服……?」
「うん、タンズと採集にまわってるときにね、周りにはいろんな虫が飛び回っているのに、そこに近づくと虫の方から避けていくの。一度も虫に刺されないし、変だなぁってずっと思っていたんだけど、半分夢かもしれないしって思ってたから、あんまり気にしなかったんだけど……。銀ちゃん、このタンクトップ着てみて」
「う、うん」

 美怜のいう通りだった。タンクトップを着た途端、蚊がさあっといなくなった。

「これ……、虫よけの効果があったんだ……」
「ごめん、銀ちゃん、私が服を掴んじゃってたからだよね……」
「ううん、そのお陰でそれがわかったし、薬草が効くってこともわかったから……」
「本当にごめんね……! よく考えたらあれだけ草だらけの茂みを動き回ってて、かすり傷ひとつつかないなんてやっぱり変だったんだね……。鋭い葉っぱや棘の木だってそこら中に生えていたのに。膝から下なんて丸出しなのに、傷どころか日焼けも全然してないし。焚き火してるときも火が飛んできても熱くなかったし、煙の臭いもぜんぜんついてない……。今更だけどこの服、初めから不思議な力があったんだね……」

 確かに今までが都合が良すぎたのだ。普通森や川、山や林、自然界には有害無害問わず必ずたくさんの虫がいる。野外にいれば紫外線や砂ぼこりで肌もダメージを負う。汗をかけば臭うし、汗が冷えれば体は不快になるはずだ。だからこそ、普通キャンプやアウトドアではそれに適した服装というものがある。にも拘わらず日中そういった苦労はなにもなかった。そのときに気が付けば、銀河はこんなひどい目に合わずに済んだのだろう。【※16】
 タブレットの情報を確認しながら、美怜はタンズが取ってきた水と薬草を使って、銀河の手当てをし直した。さすがは手際がいい。薬草を刻むナイフの扱い方や、すりつぶす石の使い方など、端から見て感心するくらいだった。

「少し熱があるね……。大丈夫かな……」
「うん、みれちゃんとブーンズのおかげでだいぶ楽だよ………」
「これって、なにかの感染症かな? だとしたら早くお医者さんに診せないと……」
「そうだ、みれちゃん、僕のステータス見てくれない? 病気にかかっていたら、ステータスにそう表示されているかも」
「えっ、そんなことまでわかるの?」

 銀河に向けてタブレットを掲げてみると、ポップアップで『ボラ蚊による軽毒状態』と表示された。

「……すごい。でも軽だけど、毒は毒みたい」
「うん……。でもほら、薬草をスキャンしてみて。毒に効くってあるからひとまず対処はできてるみたいだよ」
「そっか……! それならよかった。それにしてもマチドリ、君は加減を知らなかったの? 麻酔が効きすぎて銀ちゃんが死んじゃうなんてことにならなくて、本当によかったけど」
「ミーッ!」

 マチドリがなにか伝えたがって羽根をばたつかせる。それを見たタンズたちがいっせいに、むーむー言い始めた。

「……ん、そっか……。じゃあしょうがないよね。でも次からは気を付けてね?」
「み、みれちゃん、今のでなにがわかったの?」
「なんかね、マチドリ張り切りすぎちゃったみたい。銀ちゃんに期待されているのがわかったから、なんかすごく気張っちゃったんだって。でもこれでどれくらいの量を刺せばいいかわかったから、次から間違えないって言ってる」
「相変わらず、すごいね、みれちゃん……」
「それで、えっと……。マロカゲは傷を治してくれるブーンズなんだよね?」
「うん、しっぽが再生したら……」
「もう新しいの生えてるみたいだよ」
「え、ほんと?」
「マロカゲ、銀ちゃんが掻き壊しちゃった傷直せる?」
「二ーッ」

 美怜が銀河の虫刺されを掻いて皮膚を傷つけたところを指すと、マロカゲはそこに登りってチロチロと傷口を舐めだした。

「へ~……、これで傷が治るの……?」
「うん……でも、まだ体が小さい個体だから、すごく時間がかかると思う……」
「そっか、じゃあ、マロカゲは無理しないようにね。疲れたらすぐ休むんだよ」
「二ー」

 美怜が薬草を一生懸命食べている水色のカタツムリ型のブーンズを見た。

「ええと、それで君が、殻にポー……」
「ポーション」
「そう、ポーションを作り出してくれるブーンズ。えーと、ポーションって確かゲームに出てくるアイテムのこと……だよね?」
「うん、LPを回復させる飲み薬だよ。BPを回復させるのはエーテルって言うんだ」
「えっとつまり、もし私や銀ちゃんが死にそうになったとしても、この子の作ったポーションを飲めば助かるってこと?」
「うん、そうだよ」
「ほ、ほんとかな~……」

 美怜は大きく首を傾げた。無理もない。そんな万能なドリンクは地球には存在しない。いろいろと不思議なことだらけの今もなお、美怜の既成概念はなかなか受け入れられないようだ。

「出来上がるのはまだ先だけど、まずは僕が飲んで確認するから。みれちゃんは安全が確認できてから使えばいいと思うよ」
「う、うん……。ごめんね、銀ちゃんのことを信じてないわけじゃないんだけど、そこまでゲームみたいなあれこれが現実になるっていうのが、まだよく実感がわかなくて……。ブーンズのみんなのことはかわいいし、一生懸命助けてくれてるのがよくわかるんだけど……」
「うん、僕もまだ体験したわけじゃないからあれだけど、これまでのブーンズを見ている限り、必ず実現するって信じているよ」

 銀河の確信めいた物言いに、美怜がだんだんと信じる気持ちに傾いていく。 

「そっか……。じゃあ、本当に、そんなポーションができたら、神様、仏様、カタツムリ様だね!」
「ふふっ! カタツムリ様って……! 確かに見た目はほぼカタツムリだけど」
「そっか、ごめん、えっとまだ名前はないんだっけ?」
「でも、いいねそれ。神様、仏様、カタツムリ様。よし、そうだ、君は名前はカタサマにしよう!」【※17】
「ブーンズに名前をつけました! レベルが上がりました。BPが上がりました。LPが上がりました。DPが上がりました」

 電子音と共にタブレットが通知を読み上げた。それと同時に、カタサマが目に見えてやる気を出し、もしゃもしゃとさらに勢いよく薬草を食べ始める。それを見た美怜がきゅっと両手の拳を握った。

「カタサマ、がんばってね! 君に期待してるよ」
「DPが上がりました」
「よっカタサマ! 我らが希望の星!」
「DPが上がりました」
「いい食べっぷりだねぇ、それでこそカタサマ!」
「DPが上がりました」
「頼れるブーンズといえば、やっぱりカタサマだよね」
「DPが上がりました」
「み、みれちゃんの褒め文句、すごいね。さすがだよ……」
「えへへ、早くポーション作って銀ちゃんを元気にしてもらいたいもんね。ブーンズは素直でいい子ばっかりだね。銀ちゃんのが作ったキャラクターたちだからかな」
「DPが上がりました」

 銀河は笑い、今の一言で自分のDPも確実に上がった気がした。

 他のブーンズも美怜のそばに来て、構って欲しい、褒めて欲しいと言っているみたいにそばに寄り添っている。美怜がにこにこと笑いながら、みんなの名前を呼んだり、撫でたり、褒めたりするたびに、DPアップの通知が鳴り続く。手乗りサイズのピッカランテッカランが気に入ったのか、美怜が自分の肩や頭に乗せて遊んでいる。銀河がポートフォリオを確認すると、昨晩のアクシデントもあってか、タンズをはじめブーンズのほとんどが大幅にステータスを上げていた。

「あれ、こんなのいつの間に……」

 これまでの『give birthギブバース:生む』『saveセーブ:保存』『callコール:呼ぶ』といった基本的なコマンドのほかに『nurturingナーチャリング:育てる』というコマンドが増えていた。

「あ、そうか……。このアプリ、グレイテストブーンズはブーンズを生み出すだけじゃない。育てるアプリなんだ……!」
「え、どういうこと?」
「うん、つまり、高い能力を持ったブーンズをイチから生み出すのってすごくBP消費が激しいんだ。だけと、初めから小さく生んで大きく育てれば、その分いろんなブーンズを生み出せる。はじめからこのアプリは生み出すことと同時に、育てることを軸にしているのかもしれない」
「じゃあ……。これからもみんなと一緒に過ごして、見守りながら育てていけばいいんだ?」
「うん、そうだね。いつの間にかポートフォリオで属性とタイプ分類のほかに、進化工程っていうグルーピングができるようになってる。なるほど、これから先ブーンズがどう進化するか、それをまた僕の手で描いて行けばいいんだ!」
「ぎ、銀ちゃん、あんまり興奮しないで……!」
「そ、そうだね、ごめん……」

 美怜に心配されてすぐに謝った銀河だったが、心の中では新たな興奮と興味にすでに火がついていた。

(ナーチャリングにさらに中分類コマンドがあるぞ……。『call toコールトゥー:つけ』『candyキャンディ:あめ』『whipウィップ:むち』『breedブリード:まし』。小区分にある具体的なコマンドには『名前を付ける』『褒める』『期待する』……いろいろあるな。これに習ってコマンドを実行すれば、ブーンズを成長させることができる……。どれもこれも、みれちゃんがブーンズに接しながら自然にしていることばっかりじゃないか。まだ空白のコマンドがあるってことは、さらになお働きかけの余地があるってことか……。よし、やっぱり小さく生んで大きく育てるのは間違ってなかったんだ。しかも成長したらブーンズは分裂したり番になったりして、増やすことができるみたいだ。そうやって偉大なる恩恵グレイテストブーンズをこの世界にどんどん増やしていくっていうことか……!)【※18】

 シェルターの中で横たわりながら、ポートフォリオを見ながらあれこれ考えていると、美怜の大きな声が聞こえた。

「あっ……!? ぎ、銀ちゃん!」
「どうしたの、みれちゃん」
「ここに干して置いておいた瓢箪がない! ……獣に食べられちゃったのかな……」
「あ……。カラコマの収穫が終わった瓢箪のことだよね? あれならもうBPに戻って消えちゃったと思うよ」
「えっ……!?」
「ごめん、使うつもりだった? 言っておけばよかったね……」
「消えちゃうって、どういうこと……? ブーンズも突然消えちゃったりするってこと?」
「ああ、えと、違うんだ。ブーンズは目に見えないブーンズパワーでできている生き物だよね? だから死んでしまったり、本体から一部を切り離されたりすると、形は残らないで、もとのBPに戻るんだよ。もとの見えない形になって、この大気の中に溶け込んで消えてしまうんだ」
「そ……、そうなの……? なんかいまいちまだよくわからないんだけど……」
「ゲームで言ったら、魔法の力で動いているから、魔法が切れたら消えちゃうんだよ」
「……実態があるのに、死んだら実態が残らずに消えちゃう……? えっと、でも……? でも、ゲームの魔法はそういうこと……って感じなんだね?」
(みれちゃんは僕ほどゲームをしないからな……。普段やってるのはスマホのパズルゲームくらいだし、混乱するのは当たり前か。モンスターでも現れてくれたら説明しなくてもわかってもらえそうなんだけど……。あの大蛇じゃなくて、スライムみたいなレベル1でも倒せるくらいの)
「でも言われてみれば、ゲームのモンスターってプレイヤーが倒すと、なんかアイテム残して消えちゃう感じだよね……。あれと同じってこと……?」
「ドロップアイテムだね。うん、そういうことだと思うよ。あの大蛇も倒すことができたら多分そうなるんだと思うんだ」
「へ、へ~……。じゃあ、あの大蛇もBPが先で、LPが後っていうことかぁ……」
  
 美怜は小首をかしげながらも、手元ではずっと作業を止めずに動き続けていた。手元には大きな葉っぱで作った笹船のような深めの小皿がふたつ。そこにベリーと水を入れると、美怜は銀河の枕元に置いた。【※19】

「じゃあ、私タンズとイコと周りを散策して、いろいろ集めて来るね。他のみんなは銀ちゃんを見守っていてね」
「ミー」
「ニー」
「もっしゃ、もっしゃ」

 マチドリとマロカゲが返事をし、カタサマは薬草を食べながら頭を上下に振った。ピッカランテッカランは日の当たるところで日向ぼっこしながら順番にぴょこぴょこと跳ねた。

「ごめんね、みれちゃん……昨日僕もやるって約束したのに……」
「ううん、銀ちゃんは体を第一にして。銀ちゃんがいなくなったら、私どうしていいかわかんないもん」
「うん……」
「水と食べ物はここへ置いておくね。あと、銀ちゃんのリュックサック借りてもいいかな。昨日歩き回るのにも荷物を運ぶのにも、背負ったほうが楽だと思ったんだ」
「そうだね……。考えてみたら、僕もいちいちタブレットを背中から取り出すより、ショルダーバッグのほうが取り出しやすいよ。じゃあバッグを交換しよう」
「うん」
「あまり無理して遠くへ行かないで」
「うん、どこにいい枝と蔓があるか、もうわかってるから無理しないよ! 行ってくるね」
「む~!」
「む~!」
「む~!」

 バッグの中身を入れ替えて、美怜は出発した。銀河はベリーを一粒口に入れた。美怜の優しさとありがたみを噛みしめながらゆっくり飲み込んだ。
 美怜は昨日と同じ場所を巡りながら、イコとタンズと話しながら散策をする。

「クラウンタン、これも薬草だったよね?」
「む~!」
「よしっ、じゃあこれをいっぱい摘んでいこう。やっぱりリュックに変えてもらって正解だったよ~」
「む~!」

 手ごろな枝と蔓草も採集すると、タンズも美怜のバッグもおおよそいっぱいになった。そのとき、ユリタンが急に鋭い声を上げた。

「む~っ!」
「えっ、え……、なにあれ……」

 ユリタンが警戒しながら触手を揺らして下がれ下がれ、と命じている。その目の前には、二十センチほどの透明な半球体のようなものが置いてあった。一見するときれいな水の塊、いや、ゼリーの塊のように見える。さっきまであんなものは置いてなかったのに。よくわからないが、ユリタンの反応からして近づかない方がよさそうだ。

「み、みんな、行こう……!」
「むー!」
「むー!」
「むー!」

 ゼリーの塊を後ろ目に見ながら、その場を急いで離れた。しかし、道がそれて昨日のルートよりも少し奥に入ってしまった。

「ユリタン、よく気がついてくれたね、ありがとう。ちょっと遠回りだけど、あっちから戻ろう」
「む~」
「む~」
「む~」

 新しいルートを進んでしばらくすると、なにやら見慣れたものが目に入った。草丈の低いところに、シュッ長く飛び出して生えている植物。実家の祖父が世話していた家庭菜園で夏になると収穫していた野菜に似ている。

「あっ、あれ、もしかして、トウモロコシ?」
「むー!」
「むー!」
「むー!」

 タンズの興奮具合からどうやらそうらしいとわかり、また少し道を外れてそのそばへ寄ってみた。見ると、野生なのか今まで見てきたものに比べれば小ぶりだが、黄色と白の実が熟れたトウモロコシに間違いなかった。

「うわぁ、ラッキー!」
「む~っ、む~っ!」
「あっ、そうだよね、虫食いや傷んでないか気を付けないとね」
「むー!」

 三本生えていたトウモロコシの枝から、虫や獣に食い荒らされていないものが三個取れた。

「う~ん、甘くていい匂い。これなら銀ちゃんも元気でそうだね!」
「む~!」
「む~!」
「む~!」

 下ろしたリュックに丁寧にしまって、顔を上げたとき美怜の視界に不自然なものが目に入った。いかにも人工的な形状をしたあれは、小屋……? 遠目だからはっきりはしないが、明らかに森の自然物とは違う、屋根と壁らしき形のなにか。

「も、もしかして、人が……!」

 ハッとして美怜はたった今バッグにしまったばかりのトウモロコシを思った。野生種かと思ったが、ひょっとしたら、あの家の人が栽培したものかもしれない。あるいは種が飛んで、ここにも実ったとか……大いにありうる。思わず前のめりになったが、美怜はすぐに気持ちを押しとどめた。まずはこのことを銀河に知らせた方がいいだろう。

「みんな、ひとまず帰って、銀ちゃんに報告しよう!」
「むー!」
「むー!」
「むー!」

 元のルートに戻って速足でシェルターまで急いだ。

「銀ちゃん、すごいよ、色々見つけたの! どう、起きれそう?」
「おかえり、みれちゃん。うん、だいぶいいよ。ほら、ステータスも元に戻ったんだ」
「よかった~! あのね、それでね……!」

 リュックを下ろすと、美怜は目を見開いた。

「人がいるかもしれない! あっちの奥に、小屋みたいなのがあったの!」
「ほっ、本当!?」
「それに見て、これ! トウモロコシが生えてたの!」

 素早くジッパーを下ろしてリュックを開いた美怜が、ギョッと目を見張った。リュックの中に、入れたはずのトウモロコシが……ない。そればかりか、あんなにたくさん摘み取った薬草も、蔓草も、なにもない。あるのは、鞄の外面につけておいた、アマノジャックマキジャック、スパークレオン、ハンドッゴ、マルチミニペンだけ……。

「え……、あれぇ……?」
「どうしたの、みれちゃん」
「ト、トウモロコシ落としてきちゃったみたい……薬草も……」
「えっ?」

 リュックをさかさまにして穴を探す。だが、穴などどこにもない。

「あれ……、なんで? 穴が開いてない……」
「みれちゃん、ちょっと見せて?」
「うん……」
「……確かに穴なんてないね……。それなのに落とすなんて変だ」
「う、うん……。確かに入れたんだよ……。ねえ、タンズもイコも見てたよね?」
「む~」
「む~」
「む~」

 訳が分からず、美怜がリュックをこねくり回して途方に暮れている。

「と、とにかく、落としてきちゃったんだ……と思う……。私戻って探してくる……!」
「待って、みれちゃん! なんかおかしいから、落ち着いて!」
「う、うん……」
「採集したものをリュックの中に入れたんだよね?」
「うん」
「それは絶対確かなんだよね?」
「うん……」

 ハッとなにかに気が付いたように、銀河が眼鏡に触れて命じる。

「このリュックをスキャンして」
「『inventoryインベントリ:在庫保有』機能が追加されました」

 すかさず、眼鏡の画面にポップアップか出た。

「み、みれちゃん、これ、インベントリになってるよ!」
「インベントリ……? え、なにそれ……?」
「つまり、アイテムボックスだよ!」
「アイテムボックス……。えっと、ダンジョンの中で見つかるアイテムや金貨が入った箱のこと?」
「そ、それは宝箱だね……。そうじゃなくて、手に入れたアイテムや素材を入れておくための箱だよ!」
「……?」

 RPGに詳しくない美怜はいまいちよくわかっていなかった。銀河はリュックを持ち、中をもう一度よく見てみた。手を入れて端から端まで探ってみたが、なんの変哲もないリュックだ。

「あ、あれ……? ただのリュック……だぞ……?」
「インベントリーってどういうこと? 英語の意味は『在庫』だよね……?」
「うん、ラノベの世界ではよく、収納魔法とかアイテムボックスっていって、物を持ち運ぶのに便利なDラえもんの四次元ポケット……とはちょっと違うけど、異次元から物を取り出したりしまって置ける仕組みみたいなのがあるんだよ。インベントリっていうのもそれのことだと思うんだけど……」
「えっ!? 四次元ポケット!?」

 ようやくイメージが沸いてきたのか、美怜が大きな驚きを浮かべてリュックを覗き込んだ。そっと手を入れると、再び大きな目を何度も瞬く。

「あれっ……、銀ちゃん、このリュック、底がない……!?」
「えっ!? でも、僕が触ったときは……」
「でも、底がないよ!?」
「えっ、も、もう一回触らせて……い、いや、僕には底がある……。そ、そうか……!」
「ええっ? あれ……? 見ると底があるのに、触るとないよ……? なんで……?」
「ちょっと待って、みれちゃん!」

 銀河が眼鏡にスキャンを命じて美怜のステータスを確認した。BPが初めて減少していた!

「み、みれちゃん! これがみれちゃんのユニークスキルなんだよ!」
「え……、この底なしのリュックが……?」
「うん! ……えっと、そうだな……。みれちゃん、さっき採ってきたトウモロコシを思い浮かべてみて?」
「えっと……っ、えっ、あっ!」

 美怜が驚いたようにリュックの中から手を出した。その手にはタンズとイコと一緒に採ったあのトウモロコシが握られていた。すごい、と感嘆する銀河の一方で、トウモロコシを確かにその手に掴んでいるはずの美怜のほうが激しく動揺し慄いていた。目が飛び出そうなほど真ん丸になっている。

「ぎ、銀ちゃん……、な、なんか、す、すごいことに、なってるんだけど……」
「そうだよ、すごいよ! このインベントリがみれちゃんの力なんだ! 僕がブーンズを生み出すみたいに、みれちゃんはこのインベントリにいろんなものをたくさん収納できるんだよ!」【※20】
「た、たくさんなんて無理だよ……。だってリュックはこの大きさで……」
「そんなことないよ、きっとこのリュックの何倍もの容量が……それこそ、Aマゾンの巨大倉庫の在庫置き場ぐらいの容量くらいいくんじゃないかな!?」
「そ、そんなわけないよ……。このリュックの中に巨大倉庫なんて絶対入らないし……。で、でも不思議。あ、頭に思い浮かべるだけで、さっき入れたものが勝手に手の中に入ってくるよ……?」

 そう言いながら、美怜は次々と採集してきたものをその場に取り出して見せた。取り出した後も、不思議そうにリュックを眺めたり、手を入れてごそごそと掻きまわしたりしている。

「い、一体どうなってるんだろう……?」
「みれちゃん、あんまり深く考えてもしょうがないよ。それを言い出したら僕のタブレットだってブーンズだってBPだって、どうなってこういうふうになってるのか、ちっともわからないんだから」
「そ、そっか、確かに……。荷物がごちゃごちゃになっちゃったときは、思い浮かべるだけでいいのは便利かもね。いつも鞄のどこにスマホ入れたかわからなくなってコンビニで店員さん待たせちゃうことあったけど、そういうことはなくなりそう」
「う、うん……そうだね……」

 現実的すぎる美怜の反応に、ゲーム好きの銀河はもう少しファンタジーへの理解と想像力を求めたいところだったが、性急にしてはまたパニックになってしまうかもしれない。銀河は素直に肯定するだけにとどめることにした。



 下記について、イラスト付きの詳細情報がご覧いただけます! ブラウザご利用の場合は、フリースペースにある【※ 脚注 ※】からご覧いただけます。アプリをご利用の場合は、作者マイページに戻って「GREATEST BOONS+」からお楽しみください。
【※16】サバイバルの服 …… 情報606
【※17】カタサマ …… ブーン102
【※18】ブーンズを育てよう コマンド …… ブーンズ事典
【※19】サバイバルで器を作る方法 …… 情報617
【※20】見せかけのリュックサック …… アイテム007

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