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■第1章 突然の異世界サバイバル!

005 虫大パニック!

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 食事が済んだ後、銀河は検証でわかったことを一通り美怜に説明した。

「……てことがわかったんだ。僕は引き続きサバイバルに役立つブーンズを生み出そうと思うよ」
「うん、わかった。私は周りを散策しながら、タブレットに出てた薬草とかも集めてみるね。本当に効くのかどうかわからないけど、怪我とかしたときなにもないよりいいよね」
「あと寝床なんだけど……」
「さっき、良さそうな大きい枝があったの。ここで泊まるなら後で一緒に取りに行こうよ」
「み、みれちゃん、いつの間に……」

 銀河が驚きに美怜を見つめる。

「うん、近場をぐるぐる回って目星付けておいたの。でもひとりじゃ運べなくて」
「う、うん」
「あとね、方位磁石で見てみたんだけど。あっちが南で海があるみたい。あっちは木の実がとれる木がたくさんあって、魚が取れるのは向こうの川」
「え……っ、みれちゃんなんでそこまで知ってるの……?」
「タンズのみんながそういってる気がするの」
「……」

 もはや驚くまいとする銀河だった……。美怜を守らなくてはと思っていた銀河だったが、はるかに高い生活力と異種との相互理解力に優れた美怜によって守られているのは自分のほうかもしれなかった。

「……どう思う、銀ちゃん?」
「えっ?」
「だから、どっちの方向に進むか。人が近くに住んでればいいけど……」
「そ、そうだね……。でも、ひとまずは川伝いに移動した方がいいんじゃないかな?」
「じゃあ南東、あっちだね」

 美怜がアマノジャックマキジャックの方位磁石を確認して指をさした。しばらくの間平たい画面だけにじっと目を凝らしていた銀河は、美怜の現実的な行動力と判断力に感嘆した。火起こしや食事にしたってそうだ。銀河ひとりだったら例え同じ道具を持っていたとしても、サバイバル活動がこんなにスムーズに行っただろうか。

「み、みれちゃん、本当にありがとう。この串も箸もすごく使いやすいよ」
「えへへ~、褒められた~! でも銀ちゃんが作り出してくれたブーンズのおかげだよ。タンズのみんなが手伝ってくれるし、イコたちはいるだけでなんかほっこりするし。あっ、そうだ! リクエストしてもいいかな?」
「うん、どんなこと?」
「あの~……」

 珍しく美怜が言いいにくそうな雰囲気をまとった。それですぐ銀河も悟った。

「うん、僕も思ってた……。トイレだよね?」
「そ、そうなの……。い、一応、あっち側をトイレにしてるんだけど……」
「そうだよね、臭いで獣が寄ってくるかもしれないし、いい道具がないから穴を掘るのも大変だしね……。一応衛生的なことを任せられるブーンズ考えてるよ」
「本当!? よかった~っ!」
「確か、サバイバルではトイレは水源から六十メートルくらい離れていた方がいいんだよ。水の衛生は健康に直結するからね」
「そうなんだ!」

 美怜は素直に感心を示した。もともと探求好きな銀河が物知りなのことを、美怜は子どもの頃から知っているのだ。

「じゃあ、今日はここにシェルターを作ろう」
「うん! ロープと雨よけに使えそうな材料はもう集めてあるよ」
「な、なにからなにまでありがとう……っ、次からは僕も一緒にやるから!」
「ちなみに、シェルターになるようなブーンズはいないの? マントを持ってるとか、大っきい傘の妖怪みたいなのとか?」
「う~ん、実はシェルターやテントの絵も描いてみたんだけど、ブーンズたちみたいにギブバースのコマンドが有効にならないんだ……。生き物じゃないからなのかも……。それに、僕らの身を囲えるほど大きいブーンズはそれに応じてBPをたくさん消費するみたいなんだ」
「そっか、じゃあやっぱり寝床は自分たちで作らないとだね」
「うん、これから大きい枝を取りに行こうよ」

 タンズと二体のイコを従えて、目当ての大きな枝を取りに行った。今日の寝床の場所を決めて、床を調え、枝を縦に末広がりのAの形に組んでいく。蔦草で固定したら、雨よけの大きい葉っぱを枝と組み合わせて壁を作っていく。【※12】
 
「うん、初めてにしてはうまくいった気がする」
「はあ……、ふう……。そう、だね……」
「大丈夫? 銀ちゃん」
「う、うん……平気だよ」

 強がってみたが、慣れない作業にへとへとだった。それなのに、美怜はそれほど疲弊もなくLPもまだ半分以上残っている。これが先天的LPの差かと思うと複雑だ……。

「わたしたちふたりが並ぶと足がちょっと出ちゃうし、タンズが入るスペースまでは確保できなかったね。だっこしてぎゅうぎゅうに詰める?」
「あ、ブーンズはこのポートフォリオに戻すことができるんだよ」
「えっ!?」
「ほら」

 銀河が『saveセーブ:保存』のコマンドをタップすると、一体のイコがすうっと消えていった。

「なっ、なんで!? し、死んじゃったの!?」
「生み出したことはなくならないよ。ほら見て、ポートフォリオ上にちゃんと、二体目のイコがいるよ。それに、試してみたんだけど、ステータスもちゃんとセーブされるみたいなんだ」
「そうなんだ……。なんか、変な感じ……」
「タンズたちは攻撃型じゃないから、外敵に襲われたら逃げることしかできない。だから夜はポートフォリオに戻したほうが安全だと思うんだ」
「そっか……、でもちょっと寂しいな……」
「……じゃあ、もう一体のイコだけでも残しておく? イコなら場所は取らないし」
「うん、じゃあ三人で寝よう」

 サバイバル一日目の夜が来た。森は陰るのが早く、日中は感じなかった冷気がやってくる。動物除けに火を絶やさないようにしながらシェルターの中にふたり肩を並べた。

「銀ちゃんのいう通り、地面に葉っぱを敷いといてよかったね。夜の森の中ってこんなに湿気が多いんだね」
「うん、体験してみて初めて分かることばっかりだよ。あっ、そうだ。イコ、お前の唯一の得意技を出すときがきたよ!」
「え?」
「イコ、あったかくしてくれ」

 銀河がそういうと、イコがすいっとふたりの間に入って、頬にほのかなぬくもりを感じさせてくれた。

「わあ、イコこんなことができたの!? すごい!」
「あと、少し涼しくすることもできるよ」
「へ~っ!」
「イコは空気の温度に少し作用できるんだ。といっても、そもそもは魔素みたいな目に見えない形のないもの……ブーンズが働く力の塊だから、あんまり荷が重いことは無理だけど……」
「ブーンズパワーの塊かぁ……。例えばどのくらいになるともう無理?」
「北極で温めてとか、砂漠で涼しくしてとか」
「なるほど~。じゃあわたしたち運がいいのかもね」
「え?」
「こんなところにいきなり連れて来られちゃったけど、真夏でも真冬でもなく、北極でも砂漠でもない。それにひとりじゃなくて銀ちゃんがいるもん」
「み、みれちゃん……」

 それをいうなら、僕のほうこそ……、と喉まで出かかって言葉が出ない銀河なのだった。シャイすぎ残念ボーイだが、中身は既に大人なのである。さらに……残念。

「でも、本当に今日は長い一日だったね……。今朝会社についたときはこうなると思ってなかったなぁ。硬化中のジオラマうまく固まってるかなぁ……」
「僕も……。ビースタのゲームが現実になる前に、僕の描いたデザインを………ブーンズをこの目で見ることになるなんて思ってもみなかったよ……」
「目が覚めたら日常に戻ってるのかな?」
「どうかな……。それより僕は寝て起きたらBPが回復してるかどうかが気になるよ。それに、早くレベルをあげてLPを上げたいよ」
「すっかりゲームをしてる時の銀ちゃんだね」

 そう言われて内心ぎくりとした。

「う、うん、不謹慎かな?」
「ううん、頼りにしてる。だって銀ちゃんが大蛇から助けてくれなかったら死んでたかもしれないし、ブーンズを作り出してくれなかったらきっと今頃お腹空かせて途方に暮れてたよ。私にもBPがあるけどどうやって使ったらいいかもわからないし、ひとりでサバイバルなんて心細すぎるもん。銀ちゃんが頼りだよ」
「……ぼ、ぼ、僕も……み、みれちゃんが一緒じゃなかったら……!」
「でも、ここに来て一番よかったのは、銀ちゃんの描いたブーンズが本物になって見れることだよね! 明日もたくさん描いていっぱい仲間を増やしてほしいな!」
「うん、もちろん……!」

 美怜に頼りにされるとそれだけで身と心が軽くなるような気がする銀河だった。

「じゃあそろそろ寝よう。火を見ていたらなんか眠くなってきた……。よく考えたら私達、地球とここと合わせて二日分活動してるんだよね……」
「本当だ……。じゃあ、僕が火を見てるよ。夜行性の生き物もいるだろうから、火を絶やさないようにしないと。あと、一応ハンドッゴを借りていいかな」
「そっか、じゃあ、つらくなったら起こしてね。交代しながら火の番をしようよ」
「わかった」

 シェルターの中で美怜が横になると、それに寄り添うようにイコがその頬のそばに留まった。一緒になって目を閉じている。この一日の間でずいぶんと美怜に懐いたようだ。銀河は火を見ながら少しずつ枝を加えていく。そのとき、微かに服の裾が引っ張られた気がした。見ると、うとうとした顔の美怜が、重ね着した銀河のタンクトップの裾をその手に握っていた。

「ここ、持ってていい……?」
「うん、いいよ……」

 頼りにされるとくすぐったいような温かな気持ちが満ちて嬉しくなる。外見は子どもの姿でも、中身は大人。大人と言ったって、知らない場所で野宿なんて恐いに決まっている。銀河だってひとりきりだったら、きっとブーンズをポートフォリオに戻さず共に夜を過ごすだろう。
 しばらくして、銀河はトイレに行きたくなった。そのとき美怜が思った以上にしっかりとタンクトップを握り込んでいることに気づいた。

(みれちゃん、よく寝てる……。起こすのもかわいそうだし、しかたない脱いでいくか)

 狭いシェルターの中でも、柔軟性のある子どもの体は、するっと脱ぐことができた。銀河はTシャツに姿になって燃えさしを探した。

(う~ん……、トイレに行って帰って来るだけの火が持ちそうにないな……。そうだ、みれちゃんのアマノジャックマキジャックにLEDライトがあったな)

 ところが、アマノジャックマキジャックが入っているバッグは美玲が枕代わりにしている。

(こ、困った……。こんなことならハンドッゴといっしょに借りておくんだった。……あ、そうだ)

 銀河はタブレットを取り出した。画面からの光量で十分用に足りそうだ。だが考えてみると、用を足す間タブレットを手放すことになる。暗がりで見失ったら嫌だ。脇に挟んでやり過ごすこともできるが、落として画面が割れたらと思うと不安だ。

(そうか、あれを生み出そう。BPもそれほど消費しないし、なにより手が自由になる。光の吸収があまりできてないけど、トイレに行って帰ってくるくらいの短い時間なら)

 銀河はポートフォリオを開いて、目当てのブーンズのギブバースをタップした。一瞬の光とともに現れたのは、形の違う三体のほんのり明るい物体。イコのようにふわっと宙に浮いている。

「よし、十分明るいな。ピッカランテッカラン、トイレに行くからついてきてくれ」【※13】

 歩き出すと命令通り行く先を照らしてくれた。途中、パッと三体の光が消えた。

「あっ、みんな、順番どおりに並んでくれないと。君たち、順番が変わると光らないんだから」

 そういうと、またパッと光が灯った。この三体のブーンズ、先を行く個体から順番に、ピッカ、ランテッ、カランという。日中の太陽光を体に貯めて、暗いところで明かりを灯してくれる。電気配線が正確であることを必要とするように、三体が名前の通りに並んでいないと光らない。

「ここらへんでいいかな」

 ピッカランテッカランの明かりで難なく用を足していると、耳障りな音が聞こえてきた。
 ――プーン、プーゥン。
 銀河は慌てて手で払った。姿は見えないけどこの羽音、蚊だ!

「う、うわっ、なんで! 昼間は全然出てこなかったのに! 夜行性か?」

 用を済ませて慌てて来た道をもどる。火のそばなら少しはましかもしれない。けれど、進むたびに蚊の羽音は益々増え、いつの間にか全身を覆うように取り囲まれている。

「うわっ、うわっ! なんでっ、お、多すぎるだろっ」

 銀河は必死で振り払い、手足を叩いて蚊をつぶす。しかし無数の蚊の群れ。とても追い払うことはできない。

「くっ、やめろっ、ううっ! くそぉっ!」

 駆け足で戻って、焚き火から燃えさしを取り振り回した。それでも全然効果がない。逆に光をめがけてきているのかもしれない。

「ピッカランテッカラン、戻れっ、セーブ!」

 ピッカランテッカランをポートフォリオに戻したが、それでも変わりがなかった。

(こんなに急に大量の蚊が出てくるなんて……! まずい、みれちゃんも!)

 慌ててシェルターを覗いた。不思議なことにシェルターの中は全く蚊がいなかった。なんでだろう。シェルターに使った葉っぱの中に虫除けに効果のあるものがあったのかもしれない。それならシェルターの中にいたほうがいいと思って素早く潜り込んだ。それなのに、蚊は銀河の周りだけをブンブン飛びまくっている。

(だ、だめだ……! これじゃあみれちゃんまで虫に刺される!)

 銀河はすぐにシェルターを出た。急いでスキャニングで辺りを確認した。ポップアップにはすぐに情報が出てきた。

「ボラ蚊。森林、湿地、砂漠など広い地域に生息する昆虫。ヒトなどから血液を吸う吸血動物であり、ときに病気を媒介する衛生害虫である。産卵のための栄養源としてメスのみが吸血し、オスは吸血しない」
「え、衛生害虫……! やばい、感染症にかかるかもしれない! ええと、虫除けの植物は……!?」

 眼鏡の画面に映しだされる情報をひとつずつ確認していく。

「ヒヨシソウ、違う。ムレの木、あっこれはかゆみ止めに使える。毒草のジグソウ。あっ、これも毒草、アタリソウ。シニソウ、これも毒草。クルシソウ、毒草。毒草ばっかりだな!」

 蚊に食われる痛みと痒みの不快感がますます高まって、苛立ちが募る。耳のそばでプンプン鳴る音を聞くたび腹の底が煮えくり返った。

「だめだ、ひとりじゃらちが明かない。タンズを呼ぼう!」

 銀河は急いでポートフォリオからタンズを選んで『callコール:呼ぶ』をタップした。光とともに現れた三体に早口に言った。
    
「夜中に起こしてごめん、だけど緊急なんだ! ヒトエタン、君は清潔な水を! クラウンタンとユリタンは食べものじゃないけど、薬草を集めて欲しい! 虫除けになるものと、虫刺されの毒に効く草だ。わかるか?」
「む~!」
「む~?」
「む~?」

 ヒトエタンはすぐに森の中に消えていったが、クラウンタンとユリタンはなにを指示されたのかがよくわかっていない。はじめの設定が甘かった。食料を採集することを目的にしていたから薬効植物のことはわからないのだろう。

「クラウンタン、ユリタン頼むよ! これ、これだよ!」

 銀河は必死になって自分の状態を訴えた。これだけブクブクに刺されていればわかってもらえそうなものだが、クラウンタンとユリタンは小首をかしげて互いに顔を見合わせている。これが美怜だったらスムーズに意思疎通ができるのかもしれない。美怜を起こそうかとも考えたが、美怜まで感染症のリスクが増えるのはまずい。ふたりとも動けなくなったら、ふたりで死ぬしかなくなってしまう。

「……っ、そ、そうだ! クラウンタンとユリタン、これを見て!」

 二体を呼び寄せてタブレットを見せた。ポートフォリオにはこれまでスキャンした植物のデータも閲覧できる機能がある。その中から薬草を見せた。

「これらは虫除けではないけど、薬草なんだ。こっちはかゆみ止めになる木だよ。こういう役に立つ植物を集めて欲しいんだ。わかるか?」
「む~?」
「む~、むっ、むー!」

 クラウンタンは首をかしげたが、ユリタンはなにかに気づいたらしい。二体がなにやら話し合いを始めた。

「むっ、むー、むっ。むう?」
「む……、むー?」
「むー、むう!」
「むうむう、むー!」

 クラウンタンも理解したらしい。二体が素早く夜の森の中へ消えていった。それを見てほっとした銀河だが、この状況まだまだほっとなどしてられない。薬草は薬草としてその効果を期待したいが、万が一のためにもっと効果的なものを手に入れる必要がある。銀河はすぐに目当てのブーンズを開いた。

(治療系のブーンズを考えておいてよかった……! でもBPは限られてる。どれを優先するべきか……)
 
 プンプンと耳障りな音とチクッとする痛み、もはや掻くのに両手で足らない痒み。腹が立ってイラついたけれど、かまってはいられなかった。海外旅行の予定がなかった銀河と美怜は予防接種などしていない。この蚊が重大なウイルスや菌の媒介になっていたら、ひとたまりもないだろう。【※14】

「まず、ポーションを作り出してくれるブーンズは絶対だ」

 ポートフォリオの中のカタツムリのようなブーンズを指した。このブーンズは薬草を食べて背中の殻の中に体力を回復させる薬ポーションを作り出していくれる。食べた薬草によって、薬効が異なるポーションが出来上がる。殻は丸い渦巻き型ではなく、縦に長い巻貝のような形で、いわゆる風邪薬でよく飲まれている液体の葛根湯一本分くらいの容量だ。ただし、ポーションを次々に作り出せるだけの大型を生み出すにはBPが全く足らない。

「うぅっ、ど、どうすれば……」

 銀河は思いつきで、ポートフォリオの画面を指先でつまむようにしてピンチインした。イラストの絵がそれに合わせて小さくなる。すると、ギブバースするのに必要なBPの数値も合わせて小さくなる。タッチパネルのピンチ操作で簡単にブーンズの初期設定を変えられるらしい! これはとても便利だ。いちいち描きなおさなくていい。ただ、当然ブーンズとしての能力は当然それに伴って小さくなってしまう。

「僕のBPで生み出せるのはこのサイズか……。これじゃあポーションができるまでに一カ月もかかるよ……。他のブーンズも生み出さなくちゃいけないし……」

 ただ、ブーンズは生み出しさえすれば、タンズたちのようにEXPを貯めて成長してくれる。さっき見た限りではブーンズ同士でなにかしらの情報のやり取りをしてわからないことを教え合う素養もあるらしい。となれば、確実にゼロよりイチのほうがいい。
 描いたブーンズを大きくしたり小さくしたりしながら、なんとか生み出す治療系ブーンズを三体に絞った。そのあとでようやくが気ついた。

(そうだよ……。ブーンズが生み出せることに興奮して思わずBP消費の大きいカラコマを作り出しちゃったけど、もっとよく考えるべきだったんだ。危険な野生生物はもちろんいるだろうけど、それ以上にこうして蚊や小さな傷で命を落とす可能性の方がはるかに高い。サバイバルではどんな些細なことでも命取りになるんだから)

 そのとき、タンズが三体とも戻ってきた。それぞれあちこちを汚し、花びらには傷もついている。きっと暗い中、必死になって探してきてくれたのだろう。

「ありがとう、みんな……!」
「むー!」
「むー!」
「むー!」

 ヒトエタンの汲んできてくれた水で喉の渇きをいやし、体中の火照った虫刺されのあとを水で冷やした。そのあとにクラウンタンとユリタンの取ってきてくれた植物をスキャンした。

「おっ、ドクダミ草、地球と同じものも生えてるのか! しかも虫除けにも虫刺されにも効くってあるぞ! でかした、ふたりとも!」
「むーっ!」
「むーっ!」

 他にも二体はいろいろな植物を採集してきていた。中にはなんの効果もない、ただ食べられるという野草もあったけれど、野草・薬草のポートフォリオは一気に豊かになった。

「これらは薬にはならないんだ。でもありがとうな。みれちゃんが起きたら料理できるかどうか見てもらおう」
「むー……」

 タブレットを見ながら一緒に仕分けをすると、タンズたちはまるで素直な子供のようにそれを見て学んでいた。
 タブレットの情報に習って、ドクダミ草の他、虫除けや抗炎症作用のある植物をすりつぶしたり、体に張り付けた。すると明らかに蚊の量は減少し、体中の痛みと痒みも少しはましになった。ただ、ドクダミ特有の匂いがものすごい……。はじめは辛かったけど、しばらくしたらもう慣れた。それより少しでも痒みを減らしたかった。【※15】

「そうだ、ムレの木の皮を取ってみよう」

 さすがに木の皮を採集するのはタンズには無理だったらしい。ハンドッゴのナイフを木の幹に押しあてた。幸い、白樺の木のような柔らかい樹皮で、刃を入れた通りにべりっと剥くことができた。このまま腕や脚にプロテクターのように巻き付ければ、虫除けとしても一石二鳥かもしれない。初めての木工だったけれど、切れ味のいいナイフのおかげが、すぐに手足と首用にムレの木のプロテクターができた。見た目的にも気分的にも、少し痒みが楽になった気がした。

「そうだ、みれちゃんのぶんも」

 そう思ってシェルターを覗くと、不思議とやはりそこには蚊が一匹もいなかった。美怜の頬や手、キュロットの膝から下も、虫刺されのあとは見当たらない。

「どういうことなんだ……? シェルターづくりにはこのドクダミは使わなかったはずだけど……」

 ひとまず美怜は蚊の猛攻撃からは無事なようだし、すっかり深い眠りに落ちているようだ。もうしばらく寝かせてあげよう。……というか、何十カ所も無数に刺されたせいで体が火照って寝れそうにない。それに、銀河にとって大切な時間が間近に迫っていた。
 タブレットの右上の時間表示が、あと少しで零時になるのだ。
 RPGなどのゲームでは大抵宿で休むとか、セーブポイントに戻るとかすれば、減少したステータスの数値が元に戻る。ここでもそのルールが適応されていればいいが、そうでなければ一日の終わりに自動的に復活するのではないかと期待しているのだ。もし戻るなら、今生み出すと決めた三体のブーンズをもう少し大きい形でギブバースすることができる。

(五十八……五十九……、ゼロ! どうだっ!?)

 タブレットには植物と同じで一度スキャンされた人物もポートフォリオに記録されている。自分のステータスを見ると、変化がなかった。一方の美玲は寝入っている状態だが、さっきよりじわじわとステータスが回復している。

(零時で一気にフル回復ってわけにはいかないか。でも、寝れば回復するということはわかったな……)

 これ以上ステータスの回復を待つより、それぞれのブーンズの成長に期待しようと銀河は決めた。すぐに三体のギブバースコマンドをタップする。光と共に現れたのは小さな生物たち。一体目は、水色のカタツムリのようなブーンズだ。

「一体目は、君だ……えーと、まだピンとくる名前がまだなんだけど、君は薬草を食べてポーションを作ってくれ。僕やみれちゃんが病気や怪我をしたときに治療や治癒を助ける回復薬だよ。できるだけいっぱい食べて、早く大きくなってほしいんだ」

 水色のブーンズがぴょこっとうなづくと、タンズたちが採ってきた残りの薬草を食べ始めた。それを見たタンズが薬草を探しに自ら暗い森の中に消えていった。薬草がもっと必要なんだと理解したんだろう。
 次は二体目、パッと見た感じは緑色のトカゲ。けれど目の上に平安時代の貴族のようなマロ眉がある。

「君はマロカゲ。君はしっぽが取れても元通りにまた生えてくる優れた再生能力を持っているんだ。君の唾液成分には、僕らの傷を治す力があるよ。そのためにはまず、君のしっぽを切らなきゃいけないんだけど……」【※16】

 そういうと、マロカゲがくるっと反転ししっぽを向けてきた。そう、このマロカゲはしっぽを再生して初めて、その再生能力に目覚めるというブーンズなのだ。銀河はありがとう、といいながらマロカゲのしっぽの先を、ハンドッゴでちょんと切り落とした。切り落としたしっぽはしばらくくねくねと動いていたが、次第に治まって止まると、霧のようになって消えていった。本体から切り離されたためにブーンズパワーが霧散して消えて行ったのだ。

「ごめんね、痛かった?」
 
 大丈夫だというように、マロカゲはそこでくるっと元気よく回って見せてくれた。
 そして三体目、青色が基調の蝙蝠の羽根を持った蜂のようなブーンズだ。

「君はマチドリ。君の体は、役に立つ毒を生成するよ。毒といっても痛みを和らげる麻酔薬や神経を沈める鎮痛薬の代わりになる成分のことだ。薬は適切な量を守れば役に立つけど、使い過ぎれば毒になるからね。よし、さっそくだけど、レベル1の君にはすでに麻酔毒が使えるはずだ。僕に少し注射してくれ!」【※17】

 任せろとでもいうように、マチドリが張り切って翼を広げた。シュッと素早く飛んでくると、銀河の首にちくりとお尻の針を刺した。それから間もなく、銀河の体から痛みや痒みの不快感が、すうっと遠のいていくのがわかった。

「す、すごいよ、マチドリ! あんなに痛くて痒くてたまらなかったのに、今は全然……。あれ……」

 ――ドサッ。
 しゃべりながら、銀河がその場に倒れた。ブーンズたちが慌てて銀河に駆け寄る。

「……あ……れ……、うそ、だろ……」

 次第に視界がぼんやりとしていく。体もぐたっと動かない。口もろれつが回らなくなっていく。

「ますい……効き、す……ぎ…………」

 心配そうにのぞき込むブーンズたちがだんだんと闇に消えていった……。



 下記について、イラスト付きの詳細情報がご覧いただけます! ブラウザご利用の場合は、フリースペースにある【※ 脚注 ※】からご覧いただけます。アプリをご利用の場合は、作者マイページに戻って「GREATEST BOONS+」からお楽しみください。
【※12】サバイバルの寝床 …… 情報603
【※13】ピッカランテッカラン …… ブーンズ002
【※14】予防接種の方法 …… 情報615
【※15】虫よけの方法 …… 情報605
【※16】マロカゲ …… ブーン301 
【※17】マチドリ …… ブーン401

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