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■第1章 突然の異世界サバイバル!
001 僕のデザイン
しおりを挟む――カキィン!
都内の騒がしい居酒屋で、グラスとグラスが澄んだ音を立てる。
「いよっ、世界のビースタデザイナー! おめでとう、銀ちゃん!」
「み、みれちゃん、ありがとう……! でも、世界は言いすぎだよ……」
「そんなことないよ、だって、あのビースタだよ~っ!?」
みれちゃんこと小南美怜。たっぷりとした艶やかな髪に、大きな目には生き生きとした輝き。建築事務所で設計や建築模型の製作に携わる独身のワーキングウーマン。スマホをタップしてかの有名なゲームキャラクター画像を表示して見せた。
The Golden Beast Stars、通称GB。それはモンスター育成バトルゲームとして、ポKモンと二大人気を分かつ世界的なゲーム。カラフルで個性的なモンスターキャラクターが子どもにも大人にも人気で、日本ではGBよりも、ゴールデンビースターやビースタという呼び名のほうが市民権を得ている。
それに対し照れくさそうにしているのが、銀ちゃんこと柳銀河。黒ニット帽に黒ベースのファッションに身を包んだどこにでもいそうな目立たない眼鏡の独身男性。無難でなんの面白みもない外見だが、職業はイラストレーター。この度ゲームキャラクターデザイナーとして採用されることになり、そのお祝いにふたりは今日久々に顔を合わせていた。
「自分でもまだ信じられないよ……」
「ねぇ、銀ちゃんが描いたビースタ見たい!」
「……ご、ごめん! 契約でリリースまで見せちゃいけないことになってて……」
「ふえぇ~、楽しみにしてたのに……。でもそっか、大きい会社との契約だもんね!」
物分かり良さそうに美怜がうなづくと、そのなりで何かを取り出す。包装紙に包まれたプレゼントだ。
「はいこれ!」
「えっ!?」
「開けてみて!」
「えっ、い、いいの……?」
包装を解くと最新型の液晶タブレットと作画用のタッチペンに銀河は目を見張った。
「これ……!」
「秋葉原で一番いいやつ下さいっていって買って来たんだよ。店員さんがいい人で、絵を描く人なら間違いなく喜ぶって言ってくれたんだけどどうかな?」
「こんなハイスペックモデル……! すごいよ、僕が使っていたのと大違い……」
「銀ちゃん、買い替えようかなって言ってたから。私からのお祝いだよ! これでいっぱいビースタ描いてね」
「う、うん! あっ、ありがとう……っ! 大事にするよ!」
「あとね、店員さんがお勧めの作画アプリをタダで入れてくれたんだ。なんか詳しいことはわかんなかったんだけど、絵描きさんなら絶対気にいるから使ってみてって、サービスしてくれたの」
「へ、へえ……」
てらいのない美怜に銀河は少し複雑な気持ちになる……。昔から人当たりが良く誰とでもすぐ仲良くなってしまう彼女が、男性店員に気にいられ特別サービスを受けている様子がありありと浮かんだ。子どもの頃から近所の人に可愛がられお菓子を余分にもらったり、お店では毎度のように代金をまけてもらったりと、異常なまでのコミュニケーション能力の高さを持っているのが、この明るくはつらつとした美人の幼馴染。店員はきっとあわよくば連絡先を聞き出したかったはずだ。長年密かに美怜に思いを寄せている銀河にとって正直居心地の悪い話でしかない。
「このGB……ってアプリかな」
「あはっ。そう、同じGBだから縁があるなぁって思ってたの」
電源を入れたタブレットにはすでにGraphical Beautificationというアプリが入っている。銀河には耳なじみのない名だったが、素直によりいい作品づくりに役に立ちそうだと感じた。
「本当にありがとう、みれちゃん」
「えへへ~、銀ちゃんの晴れの日だからね~」
黒縁眼鏡を恥ずかしそうに押し上げる銀河を美怜がにこにこと見つめる。少し気弱で繊細な幼馴染の吉事が自分のことのようにうれしいのだ。幼いときから優秀だった銀河は、親の期待と自分の意志とのはざまで心のバランスを失い登校拒否になった。以来長い間引きこもり生活を送っていたが、独学でイラストレーションの技術を身につけ、こうして大きな仕事を受けられるまでになったのだ。大学進学と共に東京に出てきた美怜だったが、地元で細々とイラストの仕事をする銀河のことをずっと気にかけていた。だから今回契約のために上京してきた銀河と、久しぶりに再会し祝杯を挙げられることがなによりうれしかった。
「今日は私がおごりだからね、遠慮しないで!」
「こんなに高いものまで貰ったのに悪いよ」
「遠慮しない~っ! さあ、飲も飲も!」
「うん……!」
心地いい時間ほど駆け足で去っていく。浮かれ気分に程よく酒が回り、気が付けばもう最終の新幹線の時間が来ていた。
「みれちゃん、僕そろそろ行かなきゃ……」
「駅まで送ってあげる。待ってねぇ……」
「みれちゃんこそ、ちゃんとうちに帰れる……?」
「だぁいじょうぶ!」
会計を済ませて店を出ると、楽しすぎたせいなのかどうか、酒量のわりにふたりとも足元が少々心もとない。新宿駅の改札口で並んで発車時刻を確認した。
「今日は楽しかったねぇ……」
「うん、本当に楽しかった。いろいろありがとう、みれちゃん」
「うぅ~っ、早くゲーム発売しないかなぁ、待ちきれないよぉ」
「また連絡するよ……」
――ピッ。
銀河が改札を通過したそのときだった。まるで大規模停電が起こったかのようにあたりが一瞬で真っ暗になった。
「うえっ、あれっ……?」
「な、なに、停電!?」
――パッ。
混乱をきたす間もなく辺りが明るくなったそのとき。銀河と美怜の目の前には、晴れた空と深い森が広がっていた――。
何が起こったのかわからないままあたりを見渡し、ふたりが互いを見つけ、目を丸くした。
「――えっ、み、みれちゃん、わ、若返ってる!?」
「銀ちゃん! あれっ、なんで、小学生?」
銀河は自らの体に触れて確かめた。言われたとおりに、まさに自分が小学生だったころの様子そのものに感じた。手足の様子や髪や肌。眼鏡や服さえも、子ども時代身につけていたものと同じだった。
「なんだ、これ……!? このリュック、僕が五年生まで使ってたやつだ……」
いつの間にか背中にあったリュックを下ろしてまじまじと確かめた。重さからして何か入ってそうだ。銀河の足元には、さっきまで被っていた大人用の黒のニット帽子が落ちている……。拾い上げるとやっぱり自分のものだとはっきりわかった。
美怜はきょろきょろとあたりを見回し、自分の体と目の前にいる子どもの銀河を交互に見やった。
「あ、あれぇ……、えっと、んと……、今、なんだろ、これ……? えっと、ぎ、銀ちゃん、だよね……?」
「う、うん。ぼ、僕たちさっきまで新宿駅にいたよね……?」
「うん、いた……。えっと……、なに、これ……」
「わ、わからない……」
美怜は再び周りを見渡し、自分の様子を探った。小学生のとき気にいっていたパーカーとスニーカー。見覚えのある斜めがけのバッグ。小さな手のひら。ボブカットの髪。すべすべの子どものほっぺた。
「銀ちゃん、私夢見てるみたい。駅で寝ちゃったのかも」
美怜はそういったが、銀河は違った。
(いや、違う……。多分これは夢じゃない。僕らは確かにさっきまで駅の構内にいた。それにあれだけ酔っぱらっていたのに、今は全然なんともない。さらにありえないのは、体は子どもなのに、意識は大人のままだ。きっとなにかがあったんだ。なにかはわからないけど。僕とみれちゃんのふたり同時に……)
「銀ちゃん、どうしよう。私寝ちゃったんだよ。あ、でも、この銀ちゃんも私の夢か……」
「僕は夢じゃないよ」
「え……」
美怜の困惑した表情に言葉をつづけようとした銀河だが、話をするにもなにが起こっているのかがわからない。状況を整理しようと頭を巡らせた。
――ザザッ。
少し離れた草陰から音がした。ほぼ同時に目をやったとき、銀河と美怜はまったく同じことを思った。
「わあっ、ビースタみたい!」
「わあ、確かに……」
まだら模様のカラフルな大蛇。直系十センチはあろうかという胴回り。青、黒、緑、黄の配色のうろこ。迫力や大きさは蛇そのものだったが、発色のいい色と肉付きのいいフォルムが愛らしくもありながら、なんとも強そうでカッコイイ……! 大きく輝く目にはくっきりとした白い縁があって、大きな口元からぴょろっと舌を出したり入れたりしていた。
「ビースタの話してたから夢に出てきたのかな……」
美怜が無防備に近寄ろうとした瞬間、大蛇が美怜に向かって飛んできた。
「シャアアァァッ!」
「きゃあっ!」
「みっ、みれちゃん!」
後ろにのけぞるようにして転んだおかげで、美怜はからくも大蛇の牙を免れていた。一瞬にして放たれた殺気に美怜は凍りついた。
「……っ……」
「みれちゃん、逃げて!」
銀河が大声で叫ぶが、大蛇と見合ったまま、美怜は一ミリも動けない。視線を離したら噛みつかれる。でも逃げたところであの太い胴体。巻きつかれでもしたら窒息死……!
(ゆ、夢じゃないの……? 尻もちを着いたお尻と手が痛い!)
「みれちゃん、立って!」
(た、立てない、動けないよ、銀ちゃん……!)
「フシュ~ッ……」
蛇のモーションが早いか、銀河は近くに転がっていた石を両手に握り込んだ。
「こっちだ!」
――ヒュンッ、バシッ!
注意を引こうと投げた石が、運よく大蛇の側頭部に当たった。ぐらついた大蛇が頭をもたげて銀河を見た。負けずにもうひとつの石を投げるように構えた。すると、大蛇はするすると腹ばいに草陰の中へ入っていった。
「みれちゃん、大丈夫!?」
「う……」
「立って!」
恐怖ですくむ美怜を引き起こすと、銀河はあたりを見渡し、再びあの大蛇のが現れないことを願った。しかし、願っただけで叶うとは限らない。銀河と美怜の身に今なにが起こっているのかまったく予断を許さない。
「行こう、みれちゃん!」
「ど、どこへ……」
「わからないけど、ここを離れた方がいい!」
「う、うん」
真っ蒼になった美怜が瞳孔が開きっぱなしになった目をして、戦慄きながらなんとかうなづいた。その手も足もがくがくと震えている。まずい、と即座に銀河は思った。美人で明るくて頭もいい完璧なこの幼馴染には唯一の欠点があった。美怜は想定外のトラブルに出くわすと、人並み以上に委縮してしまう。パニックに弱いのだ。
小学生の丁度、今の年齢のころだ。銀河が近所だった美怜の家に遊びに行ったときのこと。いつも元気に趣味の庭仕事に精を出している美怜の祖父が、その日突然苦しみだして倒れた。パニックになった美怜は全く動けない状態に陥った。目の前では祖父が苦しみもがいているのに、体が全く動かない。呼吸が上がり、涙がこぼれても、声も出せずに、ただ石像のように硬直していた。銀河が救急車を呼ばなければ、祖父は死んでいたかもしれなかった。
銀河は素早く、美怜の手をぎゅっと握った。
「行こう!」
引っ張ると、たどたどしい足どりで美怜が歩き出した。
(この手の感触、本当に昔みたいだ)
青ざめた美怜を振り返りながら、銀河はこれからを思った。
(みれちゃんは僕が守らないと……。だけど、ここは一体どこなんだ……?)
全方位鬱蒼とした木々に囲まれていた。銀河はなにかのついでで読んだ遭難マニュアルを頭の中に思い浮かべる。探すべきは、視界を確保できる開けた場所、そして身を守れる洞穴のような場所。それから大事なのは水の確保だ。そう思いいたって、最初の場所から少しばかりはましに思えるところで一番大きな木を探した。その木の前に美怜を座らせた。
(僕のリュックなにか入ってたはず)
急いで開けてみて、銀河はまたも不可思議に目を見張った。鞄の中には、さっき居酒屋で美怜からもらった液晶タブレットとタッチペンだけが入っていた。それもタブレットは一回り小さく、画面にはあのGBのアプリが立ち上がっていた。【※1】
(ど、どうなってるんだ……。でも水や食料はない……)
銀河はすぐ美怜に声をかけた。
「みれちゃんのバッグ開けてもいいかな?」
まだ困惑状態にある美怜は言葉はなく頷いた。素早くショルダーバッグを開けると、中にはおもちゃのようなカラフルなアイテムが数点入っていた。初見の銀河にはいちまいち何なのかよくわからず、はっきりとわかったのは小型ペンとマルチペグハンマーだった。マルチハンマーは折り畳み式で他にもいろいろな道具が格納されている。その中にナイフもあった。銀河は少しほっとする。ナイフはサバイバルの基本中の基本だからだ。しかし、美怜のバッグにも水や食料はない。本格的に命を守るために動かなければならない。だがまずは美怜を落ち着かせることが先決だ。
「みれちゃん、大丈夫?」
「ぎ、銀ちゃん……な……な、なにが起こってるのかな……。あの蛇、大きくて早くて、ど、動物園みたいな、臭いもしてて……。ほ、本物みたいだったよね……」
美怜なりにこの状況を理解しようと必死に自分を奮い立たせているらしい。銀河は膝を抱えて体育座りしている美怜のそばに寄り添った。
「わからない。だけど、僕らは今ここを生き抜かなきゃ……。ふたりで力を合わせよう」
今にも泣き出しそうなのを堪えて、美怜がうなづいた。
「この道具について知ってたら教えてもらえる?」
「銀ちゃん……」
「うん?」
「銀ちゃんは夢じゃないんだよね……。本物の、銀ちゃんなんだよね……?」
「そうだよ」
銀河が答えるのをじっと見つめていた美怜が、ぐいっと袖で涙を拭いた。
「ぎ、銀ちゃんがいるなら、大丈夫……。大丈夫……」
(みれちゃん……)
その姿を見て、銀河の胸が静かにうずいた。美怜の祖父の危機を救って以来、美怜は銀河に強い信頼を寄せるようになった。それが今日まで続くふたりの固く結びついた絆なのだ。
気を取り直した美怜が無理矢理ではあったが口元に笑みを浮かべて見せた。
「……もう大丈夫だよ! えっとね、じゃあ……。一個ずつ説明するね」
「うん、お願い」
美怜が四つのうち、モンスターのような緑色の道具を手に取った。片面は黒い目の一つ目モンスター、裏面は黄色い目のモンスターだ。端にはストラップがついている。掴みやすい丸みを帯びた形やストラップがついているところも、いかにも子ども向けの可愛い感じ。でもキーホルダーにしては大きすぎる。
――シャ。
美怜が本体の端に飛び出ていたパーツを引っ張ると、中から目盛りのテープが出てきた。
「これはアマノジャックマキジャック。ボタン収納式の巻き尺だよ」【※2】
「これ、巻き尺だったんだ!?」
「うん、大学の先輩がプロダクトデザインしてて、クラウドファンディングで作ったの」
「へ~!」
「この黒目が方位磁石で、黄色い目はLEDライトと水準器になってるよ」
「おおっ、本当だ!」
次に美怜が手に取ったのは、カメレオンのデザインをした輪っか。形はなんとなくカラビナに見えなくもない。
「これはスパークレオン。カラビナなんだけど」【※3】
「あ、やっぱり」
「カメレオンの口のところがファイヤースターターになってるの」
「えっ! 本当!?」
――シュッ、チリッ!
美怜がライターのように回転部品を擦ると、小さく火花が散った。
「すごいね! これで火は解決だ! もしかしてこれもその先輩が作ったの?」
「これはキャンプ好きの友達が趣味で作ってるのをくれたの」
「へ~……」
「この部分はミニカッターがついてて、細いものなら切ることができるよ」
「あっ、本当だ! ディティールにこだわってるね」
「うん、カラーバリエーションもたくさんあって可愛かったよ」
話しているといつもの調子が戻って来たのか、美怜がリラックスした顔つきになってきた。続けてマルチペグハンマーを取る。
「これはハンドッゴ。その友達が気に入っているメーカーで注文販売されてるマルチツール。値段はそこそこするんだけど、替え刃式で好きな道具をカスタムできるし、見た目もほら、ビーグル犬みたいで可愛いでしょ?」【※4】
「うん、可愛いね。そうするとこれはキャンプにいくときに……」
「うん、キャンプギアのイベントに誘われていったとき、一目惚れして買っちゃった」
「へ…、へー……」
お気に入りのアイテムを紹介できてうれしそうな美怜の傍らで、美怜が知らない男性とデートしている姿がありありと浮かび、銀河はひとり心にダメージを負った……。
最後のペンを取ると、美怜は分解をし始めた。
「これは東Qハンズで数量限定販売のマルチミニペン。四種類の小さいドライバーのビットが入ってるよ」【※5】
「わあ、トルクスのビットなんて珍しいね。これ僕も欲しいな。どこの東Qハンズで売ってるの?」
「あ、それはわかんない。取引先の社長が使ってて、可愛いですねって言ったらくれたの。聞いとけばよかったね」
「そ、そっか……」
コミュニケーションお化け、恐るべし。どちらかといえばこうしたマルチツールを好むのは男性であることを銀河は知っている。美怜に親しみを寄せる人たちが進んでこれらを差し出しのだと思うと、銀河は再び見えない打撃を食らうのだった……。
「銀ちゃんのリュックにはなにが入ってたの?」
「あ、僕は、みれちゃんがくれたタブレットとタッチペン。……サバイバルじゃ出番がなさそうだ。あとこの拾った帽子」
「ネットは繋がってないの?」
「あっ、どうかな」
見てみると電波は拾っていなかった。当然クラウドは利用できず、データもストレージに保存するしかないようだ。
「ここがどこか調べられたらよかったけど……。バッテリーもそのうち切れるだろうし、今はしまっておくしかないかな……」
「銀ちゃん、絵を描くところ見せて」
銀河の手元を見ていた美怜が唐突に目を輝かせる。
「え……、え、今?」
「うんっ、バッテリーが切れちゃう前に、銀ちゃんのイラスト見たいよ」
「そ、そう……?」
「うんっ」
そんなことしている場合じゃないんだけどな、と思いつつも気をよくした銀河は、初めて使うGBを使ってイラストを描き始めた。今まで使っていた作画ソフトとよく似ている。でも、それよりもはるかに使い心地も仕様もいい。
(あっ、こんなこともできる。おっ、この性能いいな。へぇ、直感的にできてるなぁ……)
「銀ちゃん、それは?」
「あ、これはビースタでは没になっちゃったんだけど、僕の一番のお気に入り」
画面上で竜にもトカゲにも似た二足立ちのキャラクターがさらさらと形になっていく。何度となくフォルムを研究しつくした滑らかな線、キャラクターの個性を際立たせる色彩。例え没になったとしても、愛情を持って生み出したキャラクターは、銀河の中で生き生きと息づいている。あっという間に、緑色を基調とした愛らしさとカッコよさを兼ね備えたモンスターが描き上がった。
「うわぁ、かわいい~っ、この角みたいなツンツンしてるのもいいね!」
「へへ……。このキャラクターは実はペアがいて……」
続けて、新しいファイルに次のモンスターを描き始める。今度も二足立ちのトカゲのような雰囲気だが赤が基調でどこかヤンキー風。
「あはっ! ねぇ、これ突っ張りみたいでかわいい」
「うん、こっちが角、さっきのが飛車をイメージしたデザインなんだ」
「角と飛車って、将棋の?」
「うん」
銀河が次のファイルに、なにやら瓢箪と、なにも書かれていない将棋の駒を描き出した。
「これは?」
「僕がビースタのデザイナーに起用されるきっかけになったアイデアだよ。瓢箪から駒。この駒ひとつひとつがモンスターキャラクターだったらどうかなって」
「それで飛車角!」
「このアイデアとこの飛車と角を見たチーフデザイナーが僕に声をかけてくれたんだ」
「そうなんだ、すごいね! ねぇ、他にも描いて見せて!」
「いいよ」
寄り添ってタブレットをふたりで見ていると、まるで本当に子ども時代に戻ったようだ。あのころはスケッチブックと色鉛筆で、今のようにうまくは描けなかった。登校拒否になってから銀河は絵を描くことでしか自由を感じられなくなっていた。そんな銀河に美怜は変わらず接し続けた。それが、今日の銀河にとって果てしなく大きな影響をもたらしたということを、強く実感している。
昔のような姿に戻り、昔と同じように過ごす。不可思議な状況で強いストレスを感じていた二人にとって、現実逃避ともいう過去への既視感は心地のいいものだった。動かなければと頭ではわかっているのに、ふたりともキャラクターのイラストに夢中になっていた。いつの間にか、ファイルは三十近くになっていた……。
画面上のイラストを指さして美怜が笑う。
「私この白くて丸い幽霊みたいなの好き。このとぼけた顔がかわいい。ねえ、次は?」
「み、みれちゃん、そろそろ水とかねぐらを探した方がいいと思うんだけど……」
「あ……。そっか……」
その言葉で現実に戻ったふたりは荷物を鞄に戻し始めた。タブレットの画面を見ながら保存のコマンドを探していると、銀河の目に妙なものが止まった。
(GB……あれっ、Greatest Boons? Graphical Beautificationだったはずなのに、名前が……変ってる? それに、なんだろう、このgive birthっていうコマンド……)
不思議に思って『ギブバース:生む』のコマンドをタップしてみた。その途端画面がカッと瞬いた。
「うわっ!」
「えっ、なに、銀ちゃん!?」
まぶしい光が治まって目を開けると、銀河と美怜は息を飲んだ。
目の前に、画面に描かれていたのと同じ、白くて、丸い、幽霊のようなキャラクターがプカプカと浮いていた。
「ふ、ふぇえ……、ぎ、銀ちゃん……」
「な、なんだ、これ……」
美怜はまたパニックを起こしかけていたが、銀河はまじまじとその白い物体を眺めた。半透明で向こうの景色がふんわりと透けて見える空気みたいなキャラクター。大きなたれ目と小さな口のとぼけ顔。
(ぼ、僕のデザインそのままだ……! なんで突然こいつが……あっ、まさか、これがギブバース……!?)
下記について、イラスト付きの詳細情報がご覧いただけます! ブラウザご利用の場合は、フリースペースにある【※ 脚注 ※】からご覧いただけます。アプリをご利用の場合は、作者マイページに戻って「GREATEST BOONS+」からお楽しみください。
【※1】液晶タブレットとタッチペン …… アイテム005
【※2】アマノジャックマキジャック …… アイテム001
【※3】スパークレオン …… アイテム002
【※4】ハンドッゴ …… アイテム003
【※5】マルチミニペン …… アイテム004
* お知らせ * こちらも公開中! ぜひお楽しみください!
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