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【団子のみやま屋】
しおりを挟む今日のゴダンは駅前のみやま屋に来ていた。昔からある小さな和菓子屋で、今は老齢の夫婦が二人で切り盛りをしていて、店にはいつもつきたての餅と数種類の団子が並んでいる。店先にはふたりの一人娘のアケミが立っていることが多い。アケミは夫と子どもたちを送りだした後、この両親の店を手伝いにパートでやって来るのだった。
「あらぁ、ゴダンちゃん、今日も来たわね」
「にゃあ~」
「昨日はありがとうねぇ。ミサコさん、またゴマ団子買って行ってくれたのよ」
昔から変わらない味を求めて、ミサコさんもまたこの店の常連だ。
なにを隠そう、ミサコさんの亡くなった旦那さんは、ここの団子が好きでよく食べていた。ミサコさんはしょうゆとみたらし、旦那さんはゴマとあんこが好きだった。旦那さんが生きていたころは、ミサコさんは四種類の団子を買って帰るのが毎度のことだったが、旦那さんが亡くなってからは、ゴマ団子とみたらし団子を一本ずつ買って帰るのが常になっていた。
そう、このゴマ団子こそが、ゴダンの名前の由来という噂の根源なのだ。
「あっ、いらっしゃ~い」
「どうも、あんことよもぎとずんだを二本ずつ下さいな」
「はい、毎度」
手際よくパックに詰めてお客さんに団子を手渡すアケミ。お客さんは団子をを受け取って会計を済ませた後にゴダンをなでてかわいがる。
「この黒猫、よく見ますねぇ」
「ああ、ゴダンちゃんていうのよ~、近所の古本屋さんの看板猫なの」
「あら~」
「この子の名前変ってるでしょう?」
「え、ああ、ゴダンって、確かにあまり聞かない響きですね」
「もう亡くなったんだけど、古本屋のご主人がうちのゴマ団子が大好きでねぇ。うちのゴマ団子を買って帰ったその日、ちょうどこの子猫を奥さんが拾って帰って来たそうなのよ」
「あら、それでゴマ団子のゴダンちゃん?」
「うふふ、その奥さんが言うにはね……」
それまで動物を飼ったことのなかった古本屋の主人は、小さくて弱弱しい仔猫を見て、はじめどう扱っていいかわからずオロオロしていたらしい。せっかく買ってきた団子もそっちのけで、ミサコさんが仔猫の世話をするのを少し離れたところからそっと見守っていたそうだ。
「しばらくして、旦那さんがなにかごにょごにょ言い出したらしくて」
「ごにょごにょ?」
「ゴマ団子……、コダン……は、どうした……、みたいな」
「え?」
ミサコさんははじめ、旦那さんがゴマ団子のことを思い出して食べたくなったのかと思ったらしい。それで、ひとまず仔猫を置いて、団子を食べる準備のために台所へ向かった。お盆にお茶と団子を乗せて部屋に戻った。すると、慣れない手つきで仔猫を抱いてかわいがる旦那さんがそこにいた。
「あら~、旦那さんも仔猫を可愛がりたかったんですねぇ」
「そうそう、男の人ってそういう、ちょっとシャイなところあるじゃない」
「ふふっ、可愛い」
「旦那さんが奥さんから差し出されたゴマ団子と仔猫を見てこういったらしいの。この子の名前、ゴダンはどうだって」
「うふふっ……、なんか、いいご夫婦ですねぇ」
「そうなのよぉ、おしどり夫婦でねぇ~」
「にゃあ」
ゴダンがこの話をここで聞くのはもう軽く十五回は超えている。ゴダンの名前の由来は、アケミがこの店先で、ゴダンと有閑の客がいるときにいつも広めているのだった。お客がにこにことしながらゴダンの顎をくすぐった。
「幸せ者の猫ちゃんねぇ、ゴダンちゃん」
「にゃあ」
そうなのだ。ゴダンは得意になって鳴いた。
吾輩は猫である。名前はゴダン。どこで生れたか頓と見当がつかぬが、世界で一番幸せな猫なのである。
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