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【猛暑の日】
しおりを挟む黒猫のゴダンは古書店の看板猫として、今日も町の人々に愛されている。その日は、店主のミサコさんと共に、古書店でのんびりと過ごしていた。ミサコさんは優しい笑顔でお客さんや近所の人たちを迎え、ゴダンもその様子を見ながら横で静かに寝そべっていた。
夏休みに入って、元気な子供たちが涼みに店に入ってきた。子どもたちはゴダンを可愛がったが、ゴダンのほうは自分のほうこそ子供たちの世話をしてあげている気分だった。
その日は特に暑かった。連日の猛暑で、ミサコさんは次第に疲れが溜まっていたらしい。その午後、気温が一層高くなり、ミサコさんはついに体調を崩してしまった。店を閉めて奥へと引っ込むミサコさんのあとを、心配になったゴダンはついていった。
「ふう……、ちょっと休ませてもらうわね……」
そういうとソファに倒れ込み、うっすらと目を閉じたままミサコさんは動けなくなってしまった。
ミサコさんの様子がいつもとちがう。ゴダンはしばらくうろうろと周りを回ったり、ミサコさんの顔に顔を近づけて何度も鳴いていたが、苦しそうに短い息をするミサコさんの様子がちっとも回復しない。いよいよまずいとわかった。ゴダンは、ミサコさんを助けるために行動を起こすことを決意した。
ゴダンは窓の隙間から外に飛び出し、駆け出した。近所の人々にミサコさんの窮地を知らせるためだ。最初に見つけたのは、パン屋の前で日傘をしながら近所の人とおしゃべりをしていたマリコだった。
「ミャー!」
ゴダンは必死に鳴きながら、マリコさんの足元にまとわりついた。
「あらあら、どうしたの、ゴダンじゃないの」
いつものようにかわいがろうとして手を伸ばしたが、ゴダンはするりとすり抜け、なにかを訴えるように繰り返し鳴く様子に、なにかただ事でないものを感じ取った。そのとき、店の中からチーズの欠片をポケットに入れたパン屋が出てきた。
「よう、来たなコダン」
「ちょっとぉ、ゴダンの様子がなんか変よぉ」
「え?」
「ニャー! ニャー!」
顔を見合わせたふたりがじっとりと照りつく日差しに、ハッとした。
「まさか、ミサコさんに何かあったの?」
「こ、この暑さだ、ひょっとして」
マリコとパン屋は慌てて古本屋へむかった。その道案内をするかのように、ゴダンがふたりの先を走った。
ふたりがゴダンと共に店に着くと、窓の向こうにぐったりとしているミサコさんが見えた。
「き、救急車を!」
「ぼ、僕が電話します!」
マリコは家の周りをぐるりと回って、空いている窓を見つけるとよじ登って家に入った。そして店の戸を開けると、パン屋と一緒にミサコさんを介抱した。
「熱中症ですかね……!」
「体を冷やして、あと、水分補給よ! ミサコさん、これ飲んで!」
救急車が到着するまでの間、ゴダンはミサコさんのそばに寄り添い、彼女を励ますかのように優しく喉を鳴らしていた。救急車が到着し、ミサコさんは病院に運ばれた。
幸いにも早期の対応が功を奏し、彼女は無事に回復することができた。
数日後、ミサコさんは元気になって帰宅した。ゴダンは彼女が帰ってきたことに喜び、彼女に寄り添いながら、やさしく鳴いた。その日は近所の人が次々に店を訪問しに来た。
「ミサコさん、いいお年なんだから、無理しないでね」
「それにしても、ゴダンは大活躍だったわねぇ」
「本当、賢い猫」
「これ、スイカ、よかったら食べて」
「みなさん、ご心配おかけしました。本当にありがとう」
「なにかあったら遠慮しないですぐ声をかけてね」
「このところ本当に暑かったものねぇ、これ水ようかん。冷やして食べてちょうだい」
「本当にお気遣いありがとう」
訪問客に丁寧に礼を言って見送ったあと、ミサコさんがゴダンを抱きしめた。
「ありがとうね、ゴダン。あなたのおかげ」
ゴダンはミサコさんの手の温もりを感じながら、満足そうに目を細めた。
この話はそれから間もなく、町の人々の耳にももれなく届いた。町の人たちは決まって同じことを口にするのだった。
「ゴダンならそのくらいのこと当然だよ」
「だってあの猫、人の言葉がわかるんだ」
「賢い猫だもの」
「ゴダンは普通の猫じゃないんだよ」
それからまた、古本屋にはいつもの日常が戻ってきた。噂を聞いた人たちが、みんな我が町のヒーロー猫に会いききて、我先にと褒めては可愛がってくれた。ゴダンは得意そうに首をそらしてみんなに愛嬌を振る舞った。
その様子を見ながらミサコさんは、黙ってにこにことほほ笑むのだった。
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