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【最後の舞台】
しおりを挟む昼下がりの河原ではときどきはしゃいだような元気な声が聞こえてくる。近所に住むユウスケとダイ。二人はお笑い芸人を目指して、ふたりで時間を作ってはここで練習をしているのだった。ゴダンは二人の姿を見つけてそっと近くに居座って漫才を眺めた。ゴダンに人間のお笑いというのはよくわからないが、ふたりが一生懸命だということはわかる。今日はやけにふたりとも暗い顔をしていた。
「次の舞台であかんかったら、解散や」
「せやな……、ここらが俺らの潮時やな……」
暗い空気の原因はこれらしい。ゴダンは雰囲気を和ませるように「にゃあ」と声をかけた。
「お、ゴダンやないか」
「今日も見に来てくれとったんか。どないやった? 俺らの新ネタ」
ユウスケとダイがかわるがわるゴダンをなでくり、ユウスケが抱き上げてたなりにため息を吐いた。
「明日あかんかったら、俺らの上京物語もこれで終わりやで」
「上京物語て。けどゴダンともこれでもうお別れかもしれへんな」
「にゃあ」
ゴダンがくるんと首を回した。お笑いのネタはわからないが、別れという言葉の響きや雰囲気はゴダンにもわかる。なんで、どこ行くの? とゴダンの目が訴えていた。
「うう……、ごっつかわええなぁ。ゴダン地元に連れて帰ったらあかんやろか」
「あかんやろ、古本屋のばあちゃんが誘拐届け出すで」
「せやなぁ、こんなかわええ猫盗んだら、懲役三十年くらいくらうんとちゃうか、なぁゴダン」
「にゃあ」
「うはは、あたり前や言うてるわ」
「なはは」
ゴダンと一緒に笑っていたら、ふたりに小さなひらめきが降ってきた。
***
ユウスケ「どうも~。今日はね、うちのゴダンちゃんについて話したいんですわ」
ダイ「おお、ゴダンちゃん! あの可愛らしい猫か?」
ユウスケ「そうやねん。でもな、ゴダンちゃんってただの猫やないねんで。すごいんやで」
ダイ「どうすごいんや?もしかして、お手とかできるんか?」
ユウスケ「お手? それどころやないわ! ゴダンちゃん、なんと関西弁を喋れるんや!」
ダイ「なに言うてんねん! 猫が関西弁喋れるわけないやろ!」
ユウスケ「いや、ほんまやって。昨日な、『お腹すいた』言うたんや」
ダイ「お前、それただの腹鳴りやろ!」
ユウスケ「ちゃうねんって。ほんまに『お腹すいた』言うてん」
ダイ「ほな、今度録音しといてや。俺も聞きたいわ」
ユウスケ「そやな。録音して、ユーチューブにアップしたろかな。再生回数バズるで! 今から鳴きまね練習しとこ。おにゃ、おにゃかしゅいたにゃ~」
ユウスケ、甲高い猫なでのか細い声で練習する。ダイ、すばやくツッコむ。
ダイ「その声お前やん! しょっぱなから正々堂々うそぶっこんできやかったな! それより、ゴダンちゃんの他になんや特技とかあんの?」
ユウスケ「他の特技? そうやな、あの子はネズミ捕りのプロやで」
ダイ「ネズミ捕り? そりゃ猫やから当たり前やろ」
ユウスケ「いやいや、ただのネズミ捕りちゃうねん。ゴダンちゃんは、ネズミ捕って来て、それを俺の枕元に置いてくれんねん」
ダイ「それは怖いやんけ! 朝起きたら、ネズミが枕元にあるとかホラーやん!」
ユウスケ「せやろ。でもな、ゴダンちゃんはそれが愛情表現なんや。猫の世界では、捕まえた獲物を大事な人にプレゼントするんやで」
ダイ「ほな、ゴダンちゃんはお前のこと大好きなんやな」
ユウスケ「そういうことや。あの子の気持ちが嬉しいわ」
ダイ「でもな、お前、ゴダンちゃんにプレゼント返してんのか?」
ユウスケ「あ、忘れてた! そやな、今度ゴダンちゃんにチューでもあげよか」
ダイ「それがええわ。ゴダンちゃんも喜ぶで。チュールいうたら、猫の大好きなおやつやんな」
ユウスケ「なに言うてんねん。お前も好きやんか」
ダイ「え? 俺は別に」
ユウスケ「隠さんでもええわ。特別にお前にもしたるわ」
ユウスケがダイにキスをしようとする。ダイ慌てて振り払う。
ダイ「だーっ! チューやのうて、チュールや! 誰がお前のチューなんかいるかぁ!」
ユウスケ「なんでやねん、ゴダンちゃんは俺のチュー大好きやで」
ダイ「猫といっしょにすな!」
ユウスケ「ほな、聞いて聞いて。まだあんねん、ゴダンちゃんがまたやってくれたんや」
ダイ「なんや、まだあるんか?」
ユウスケ「この前、ゴダンちゃんがな、うちのリビングの電気を消してくれたんやで」
ダイ「何やそれ! どうやって猫が電気消すんや?」
ユウスケ「あの子、スイッチのとこにジャンプして、前足でポチッとな」
ダイ「いや、それめっちゃ頭ええやん! それこそユーチューブにアップするやつやん」
ユウスケ「せやろ。ほんまにすごい子なんや。でもな、そのあとが問題やってん」
ダイ「なんやなんや、気になるな」
ユウスケ「ゴダンちゃんが電気消したあと、暗い中で俺が足踏み外して、テーブルに顔面ぶつけてもうたんや」
ダイ「痛いやんけ! ゴダンちゃん、よかれと思うたのに!」
ユウスケ「いや、それがな、ゴダンちゃん、すぐに俺の顔舐めて『ごめんな』って感じでな」
ダイ「めっちゃ可愛いやん! それは許してまうわ」
ユウスケ「ほんまやで。ゴダンちゃんには敵わんな。お前にもゴダンちゃんを会わせたいわ」
ダイ「ほんなら、今度遊びに行くわ。ゴダンちゃんの関西弁、聞かせてもらうで」
ユウスケ「実は今日連れてきてんねん」
ダイ「うわぁっ、ほんまかいな! 会わして会わして!」
ユウスケ、ダイを抱える。ダイ、両手をそろえて猫の仕草。
ユウスケ「これや、俺のゴダンちゃん」
ダイ「俺かーいっ!」
ユウスケ「ほれ、ゴダンちゃん、チュー!」
ユウスケがダイにキスをしようとする。ダイ慌てて振り払う。
ダイ「誰がゴダンちゃんや! もうええわ!」
ユウスケ・ダイ「ありがとうございました!」
***
舞台から袖に入ったふたりは、今までにない手ごたえを感じていた。観客の笑い声と温かい拍手に胸が熱くなる。先輩たちが次々に肩や背中を叩いてくれた。
「ようやく一皮むけたんちゃうか」
「ウケてたやないか~! 次も気張れ!」
「はっ、はいっ!」
「おっ、おおきに!」
ライブの打ち上げも今までになく気分よく過ごした。明日もバイトがあるので早めに切り上げて居酒屋を後にしたふたりは、にまにましながら町へ戻ってきた。駅に降り立ったとき、まるで運命のようにゴダンの黒いシルエットを見つけ、ふたりは駆け寄った。
「ゴダン、お前のおかげでうまくいったんやで!」
「ああ、解散はなしや!」
「にゃあ」
「なぁ、こんなときこそ、チュールやろ!」
「そうやな! ……あっ、あかんわ。さっきの飲み会ですかんぴんや」
「お、俺もや……」
「しゃーない、俺のチューで我慢しとき!」
「だっはっはっ! しゃーない、俺のチューもしたるわ!」
「なっはっは!」
お酒臭いチューを食らってゴダンは、ぐっとこらえた。だが、ふたりが楽しそうにしているのを見ていると、ゴダンもいい気分になるのだった。
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