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【ラーメン屋】
しおりを挟むその日もゴダンは町を散歩していた。近くにある保育園から、園児たちを乗せたカートを押す保育士たちの姿が見えた。
「あー、にゃーがいるー」
「にぇこらよ、しゃんしぇ」
「ほんとだ、あれはゴダンだね」
「ごらん」
「みえにゃぁい」
ゴダンは小気味よく歩いていくと、ふたつのカートとふたりの保育士ののそばで立ち止まった。元気に園児たちがゴダンをみようとカートの前に前に乗り出してくる。
「ごらんもおしゃんぽすゆの~」
「そうだよ、じゃあみんな出発するよ」
「ごらんもきてぇ」
「いっしょ、きてぇ~」
保育士のふたりが近くの公園に向けてカートを押しだすのを、ゴダンはじっと見守った。そして少し離れたところから後をついていった。カートに乗った子どもたちはゴダンが大人しくついてくるのを見ながら、こっちらよ、とかここらよ、と声をかけた。
公園までの道の途中、交差点でカートが止まった。ゴダンも合わせてぴたりと止まった。
そのとき、交差点の角にあるラーメン屋から、いい匂いが漂ってきた。
子どもたちとゴダンは一緒になって鼻をつられた。
「なんかいいにぉいしゅる」
「ちってう、あしょこ、らぁめんなんらよ」
「らあめん」
「らぁめん、しゅき」
「どこぉ?」
ラーメン屋は魚介系だしの人気店で、昼時には長蛇の列ができる。今はまだ開店前だが、ランチタイムに向けて開店準備に忙しそうだ。
「ぼくたちのおひるごはんも、らぁめんかなぁ」
「しょうらよ、らあめんらよ」
「やったー」
子どもたちの声を聴いていたら、ゴダンは急にカツオやサバぶしのあの香ばしい味が欲しくなってしまった。信号が変わったので、保育士さんは笑いながらカートを押し始めた。
「みんなのお昼は、みんなのお母さんが作ってくれたお弁当だよ」
「えー」
「あさおべんと、ままがちゅっくってくえた」
「そうそう、その美味しいお弁当を食べますよ~」
「らあめんじゃないのぉ?」
子どもたちを乗せたカートと保育士たちは交差点を渡って公園の方の向かって言ったが、ゴダンはついていかずに、ラーメン屋の方に脚を向けた。
「ありぇ、ごらん~」
「ごらん、こっちらよぉ」
「こっちらよー」
子どもたちの呼ぶ声にちらっと耳だけ傾けたが、ゴダンの鼻と口はもう、魚の味になっている。
「しぇんしぇ、ごらんいっちゃうよぉ」
「ごら~ん」
「しぇんしぇ~」
「ごらん、らあめんやにいっちゃうよ」
「そうだね、猫もラーメン好きなのかな」
「あたしもしゅきらよ」
カートと保育士の姿がだんだん遠のいていく。ゴダンはそれを見送りながら、ラーメン屋の店先に座り込んだ。さて、早い所いつもの店のおばちゃんが気付いてくれればいいのだが。店が始まってしまうと、人間客が優先になって、ゴダンは魚にありつけない。
しばらくすると昼一番の客が店の前に並び始めた。次々に現れる人たちが可愛がってくれるのはいいが、残念ながらこれでは餌にはあずかれそうにない。ゴダンはしかたなく、今いる客たちに精一杯愛嬌を振りまいてから、店先を後にした。こういうことはよくある。でもがっかりはしない。
だって、猫は猫舌。人間みたいにあつあつの麺をふうふういいながら食べたりしない。だから、またあとで、ゆっくり来ればいいのだ。
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