【完】我が町、ゴダン 〜黒猫ほのぼの短編集〜

丹斗大巴

文字の大きさ
上 下
12 / 19

【ラーメン屋】

しおりを挟む

 その日もゴダンは町を散歩していた。近くにある保育園から、園児たちを乗せたカートを押す保育士たちの姿が見えた。

「あー、にゃーがいるー」
「にぇこらよ、しゃんしぇ」
「ほんとだ、あれはゴダンだね」
「ごらん」
「みえにゃぁい」

 ゴダンは小気味よく歩いていくと、ふたつのカートとふたりの保育士ののそばで立ち止まった。元気に園児たちがゴダンをみようとカートの前に前に乗り出してくる。

「ごらんもおしゃんぽすゆの~」
「そうだよ、じゃあみんな出発するよ」
「ごらんもきてぇ」
「いっしょ、きてぇ~」

 保育士のふたりが近くの公園に向けてカートを押しだすのを、ゴダンはじっと見守った。そして少し離れたところから後をついていった。カートに乗った子どもたちはゴダンが大人しくついてくるのを見ながら、こっちらよ、とかここらよ、と声をかけた。
 公園までの道の途中、交差点でカートが止まった。ゴダンも合わせてぴたりと止まった。
 そのとき、交差点の角にあるラーメン屋から、いい匂いが漂ってきた。
 子どもたちとゴダンは一緒になって鼻をつられた。

「なんかいいにぉいしゅる」
「ちってう、あしょこ、らぁめんなんらよ」
「らあめん」
「らぁめん、しゅき」
「どこぉ?」

 ラーメン屋は魚介系だしの人気店で、昼時には長蛇の列ができる。今はまだ開店前だが、ランチタイムに向けて開店準備に忙しそうだ。

「ぼくたちのおひるごはんも、らぁめんかなぁ」
「しょうらよ、らあめんらよ」
「やったー」

 子どもたちの声を聴いていたら、ゴダンは急にカツオやサバぶしのあの香ばしい味が欲しくなってしまった。信号が変わったので、保育士さんは笑いながらカートを押し始めた。

「みんなのお昼は、みんなのお母さんが作ってくれたお弁当だよ」
「えー」
「あさおべんと、ままがちゅっくってくえた」
「そうそう、その美味しいお弁当を食べますよ~」
「らあめんじゃないのぉ?」

 子どもたちを乗せたカートと保育士たちは交差点を渡って公園の方の向かって言ったが、ゴダンはついていかずに、ラーメン屋の方に脚を向けた。

「ありぇ、ごらん~」
「ごらん、こっちらよぉ」
「こっちらよー」

 子どもたちの呼ぶ声にちらっと耳だけ傾けたが、ゴダンの鼻と口はもう、魚の味になっている。

「しぇんしぇ、ごらんいっちゃうよぉ」
「ごら~ん」
「しぇんしぇ~」
「ごらん、らあめんやにいっちゃうよ」
「そうだね、猫もラーメン好きなのかな」
「あたしもしゅきらよ」

 カートと保育士の姿がだんだん遠のいていく。ゴダンはそれを見送りながら、ラーメン屋の店先に座り込んだ。さて、早い所いつもの店のおばちゃんが気付いてくれればいいのだが。店が始まってしまうと、人間客が優先になって、ゴダンは魚にありつけない。

 しばらくすると昼一番の客が店の前に並び始めた。次々に現れる人たちが可愛がってくれるのはいいが、残念ながらこれでは餌にはあずかれそうにない。ゴダンはしかたなく、今いる客たちに精一杯愛嬌を振りまいてから、店先を後にした。こういうことはよくある。でもがっかりはしない。
 だって、猫は猫舌。人間みたいにあつあつの麺をふうふういいながら食べたりしない。だから、またあとで、ゆっくり来ればいいのだ。


*お知らせ*

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

処理中です...