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【バス停】
しおりを挟む黒猫のゴダンは、いつものように町を歩いていた。ある日、バス停でバスを待っている若い女性と、隣に立つ中年の女性を見つけた。若い女性の名前はユウコ、中年の女性の名前はサチコ。ユウコは近所に住んでいる住民で、サチコは近くの眼科クリニックのときにバスを使う客。ふたりは初対面だった。
ユウコは花柄のコートを着ていて、その華やかさが目立っていた。サチコはそっと眼鏡を押し上げて、ユウコをほうを見て囁いた。
「素敵なコートね。お花がとても可愛いわ。すごく似合ってる」
「あ……。ありがとうございます。このコート、昔母からもらったんです」
褒められたユウコが、ぱっとサチコを見てにこっと笑った。サチコもなんともしゃれたマリンカラーのコーディネートだった。眼鏡の色まで服に合わせている。
「そちらも今日のスタイルとても素敵ですね。雑誌から抜け出て来たみたい」
「あら、うれしいわ」
それを見ながら、ゴダンもなるほど確かにと思った。二人の周りだけ、ちょっぴり空気の輝きが違っていて、いつもの町に鮮やかな彩りを添えていた。ゴダンも背筋をのばして、すこしすました感じで二人の足元に歩いていった。
「あら、かわいい黒猫」
「ゴダンっていうんですよ。近所の人たちに人気者なんです」
ゴダンは二人の周りをクルクルと優雅に歩き回った。まるで自分も負けないくらいすてきでしょ、とでも言いたげな様子だ。ふたりはゴダンの柔らかな毛や尻尾をなでて親しげに微笑みあった。
「猫の中で黒猫が一番好きよ」
「あっ、わかります」
「そうよね」
「普通の猫ちゃんよりも、なんていうか物語がある感じで」
「そうそう」
年齢も立場も違う初対面の女性が、ゴダンを挟んで意気投合した。二人とも感性で響き合うタイプの人間のようだ。こういうタイプの人間のそばはゴダンもたいがい心地がいい。
二人はバスが来るまでの間、ゴダンを可愛がりながら、とりとめもない話をつづけた。そのとりとめもない話の節々で、互いに朝はパン食派だったり、好きな雨が『時雨』だったり、エラリー・クイーンでは『ローマ帽子の秘密 』が好きだったりすることがわかった。
「あらバスがきた」
「あの、どちらまで行かれます? もしよかったらもう少しおしゃべりしませんか。バスの中で」
「ええ、もちろん」
「ゴダン、またね」
「あなた良い猫ね。やっぱり猫は黒猫にかぎるわ」
ゴダンにバイバイをしながらふたりが仲良くバスに乗り込んだ。そのバスが小気味いいエンジン音をたてながら走り去っていく。その車窓では、にこやかな笑みを浮かべたふたりが並んで軽く手を振り、ウインクをしていた。
ゴダンは二人を見送りながら、しゃんと背筋を伸ばして、ゆる~りと優雅にしっぽを揺らした。彼女たちは黒猫の美学を理解している。サービス精神旺盛なゴダンはそういう人間にはそういう態度で応えてあげるのだ。
こうして、彼女たちの間に偶然に生まれた友情に、ゴダンはささやかな彩りを添えたのだった。
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