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【苦手なもの】
しおりを挟む黒猫のゴダンは、散歩コースのお気に入りのひとつである川沿いの道を歩いていた。向こうから風が吹いてきて、ゴダンはピクリと鼻をきかせた。あいつらだ、と目を細めて道を注視していると、案の定ゴダンの要注意生物がやってきた。近所のお金持ちの主婦フミエが愛犬のポメラニアン二匹を散歩させていた。一匹は茶色で名前をゴールディ、もう一匹は真っ白で名前をプラチナと言う。名前の響きもなんとなく鼻につく。
やり過ごそうと、ひっそりと待っていたら、この近所に住む女子高生のミサキがやってきた。
「あ、ゴダンだ。今日も美人だね~」
いつものようにスマホを向けられたので、ゴダンは愛嬌たっぷりの上目遣いでポーズをとってやった。パシャ、パシャという撮影音にあわせてミサキがゴダンの右や左を行ったり来たり。気が済むまで写真を撮ると、今度は抱き上げてよしよしと撫でまわす。
そのとき、向こう側からフミエの声がした。
「あら、ミサキちゃんじゃないの。いい天気ねぇ」
「あっ、こんにちは~」
ふたりは近所同士らしい。なにやら立ち話を始めた。ゴダンはちらっとリードでつながれている二匹の丸いものを見た。ゴールディが興味津々とばかりにしっぽを振りながらゴダンの方を見ている。プラチナは我関せずみたいなスンッとした態度だ。この二匹、見た目は色が違うだけでほとんど同じなのに、性格が全く違っていた。
「ゴールディとプラチナも元気そうですね」
「ええ、おかげさまで。その黒猫、確か古本屋の猫よねぇ」
「コダンです。SNSに載せると評判いいんですよ」
「あら……、それならうちの子たちだって負けてないわよねぇ」
フミエが落ち着きのないゴールディを抱き上げた。
「ポメちゃんたちもこのあたりのアイドルですもんね」
「ほほほ……! そうなのよ、散歩してるといつもいろんな人に可愛がってもらって、ねぇ?」
目線が同じになったゴールディが、フンスフンスと興奮したようにゴダンに鼻を向けてくる。ゴダンはげんなりした。なんだか知らないが、このフミエは町の人たちに親しまれているゴダンに対抗しているのだ。自分の二匹のポメラニアンの方がずっと可愛くて賢いのに、と。
だが、ゴダンから見ればゴールディはただのおバカだし、プラチナはフミエの高飛車な性格に感化されていて少しばかりゴダンをライバル視しているような節があるが、その本性はフミエがいなければ極度の怖がりなのだ。こんな二匹にライバル視されても、どうということはないのだが、会うたびなぜかこうやって絡まれる。自分ひとりならさっさとその場を離れてしまうが、こうやって誰かに捕まってしまうと面倒だった。
「そうですよねぇ。あ、そうだ。ゴールディとプラチナとゴダンの三匹の写真とってもいいですか?」
「えぇ……、あら……、そうねぇ……」
「きっと、いいねたくさんもらえますよ」
「じゃあ、まあ、そうね」
勘弁してくれよ、とゴダンは思った。ゴダンを抱きかかえたまま、ミサキは手慣れた風に二匹のポメラニアンを入れた構図で写真を撮る。パシャ、パシャという音がするたびに、ゴダンは気力が削られる気がした。
「わぁ、かわいい~……?」
スマホの画面を見たミサキが微妙な顔をした。脇からのぞき込んだフミエは満足そうに微笑んだ。
「あら~、よく撮れてるわねぇ。さすが今どきの子は写真を撮るのが上手ねぇ」
「でも~……あっ」
ゴダンはすばやくミサキの腕から抜け出した。おバカなゴールディとすましたプラチナがこっちを見ていたが、無視してさっさと立ち去った。後ろからフミエのはしゃいだ声がする。
「うちの子たちって本当に映りがいいのよねぇ~」
「でも……、ゴダンが……」
ミサキの手元の画面では、今まで見たことないくらい不細工なゴダンが映っていた。
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