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【キャンパス】

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 黒猫のゴダンは風に吹かれて、近くの大学のキャンパスにいた。男子大学生がうつむいてベンチに座っているのを見かけた。彼の名前はタクヤ。進路のことで親とうまくいかず、就活に行き詰まっていた。

 ゴダンはそっと近づき、タクヤの足元に座った。タクヤは驚いて顔を上げ、黒い瞳のゴダンを見つめた。

「や、やあ……。君は……どこの猫……?」

 キャンパスで初めて出会った猫に戸惑いながらも、そっと手を伸ばし、ゴダンの頭を撫でた。その瞬間、ゴダンは突然お腹を見せてゴロンと転がった。タクヤは思わずクスッと笑ってしまった。

「君、人懐っこいね。どこかの飼い猫か……。なにかあげられるものがあればよかったけど、ごめん、今なにもないや……」

 餌をねだられたのかと思ったタクヤはそういったが、去ろうともせず甘えてくる猫に、次第にタクヤはポツポツと語りかけていた。

「母さんとちょっと言い合っちゃってさ……。僕はデザインの仕事がしたいんだけど、もっと安定した仕事に就いてほしいって……。ひとり親だから、余計に心配なのはわかるんだけど……」

 ゴダンはタクヤの膝に飛び乗り、まるで最初から自分の定位置であるかのようにタクヤの前に陣取った。そして、話を促すかのように、くるりと頭だけをタクヤに向けてきた。タクヤは黙ってゴダンが聞いてくれるのをいいことに、心の中のもやもやをひとつずつ吐き出した。ゴダンは黙ってタクヤをじっとみつめていた。

「……やっぱり……、やっぱり、自分の思った道を進みたい……。なんか、君に話していたら、頭がすっきりしてきたよ」
「にゃあ」

 ゴダンが返事をすると、タクヤは落ち着いた表情を浮かべて、ゴダンの毛を優しく撫でた。柔らかな毛並みと命の温もりは、タクヤの心を優しく解きほぐしてくれた。

 そのとき、タクヤのスマホが鳴った。画面を見ると母親からのメッセージだった。

「もう一度話し合おう。私も少し理解が足らなかったと反省してる」

 タクヤの口元から、ふっと優しいため息が漏れた。今度こそ、ちゃんと母親と話し合える気がする。タクヤはゴダンに微笑みかけた。

「ありがとう、最後まで話を聞いてくれて。帰って、ちゃんと母さんに自分の気持ちを伝えてみるよ」
「にゃあ」

 タクヤが家に帰ると、母親が温かい笑顔で迎えてくれた。親一人子一人で過ごしてきたリビングに座り、思いのたけを伝えると、お互いの気持ちを理解し合うことができた。

「デザインの仕事、本当に好きなんだね。わかった、私も応援するよ」
「ありがとう、母さん。僕、頑張るから。母さんに楽させてあげるのはまだ先になるかもしれないけど……」
「そんなこといいのよ。まずは、自分の力で自分が食べて行けるようになりなさい。タクヤが嬉しいことは私も嬉しいんだから」
「うん……!」

 タクヤはこれまで育ててくれたことへの感謝とともに、良き理解者でもある母親の優しさとその存在に、胸が熱くなった。泣きそうになるから、それ以上は何も言えなかったけれど、心の中は感謝の気持ちでいっぱいだった。

 それからしばらくして、タクヤはキャンパスで、数名の学生に取り囲まれて可愛がられているゴダンを見つけた。

「きゃ~、ゴダン、今日も可愛いね~」
「あ、この子ゴダンっていうの?」
「そうだよ、近くの古本屋の猫ちゃん」
「へ~、よく見かけるけど、知らなかった」

 満足いくまでゴダンを可愛がった学生たちが去るのを待って、タクヤは鞄から用意していた猫のおやつを取り出した。ゴダンにまた会えたら、お礼をしようとずっと持ち歩いていたのだ。

「君、ゴダンっていうんだね。これ、あのときのお礼だよ」

 猫のおやつに大興奮のゴダン。一生懸命ぺろぺろしている様子をタクヤは微笑ましく見守った。

「君のおかげで母さんとちゃんと話し合えたし、正式に内定も貰えたんだ」
「にゃあ」
 
 あっという間におやつを平らげたゴダンは、髭を綺麗にしながら返事をした。満足げなその表情は、また悩みがあったら胸を貸してもいいよ、とでもいいたげだった。タクヤはゴダンの背中を毛並みに沿って優しく何度も何度も撫でた。いたく満足そうなゴダンは知っているのだ。自分の役割というものを。

「じゃあ、ゴダン、またな」
「にゃあ」

 晴れやかな表情を残し、軽やかな足取りで去っていくタクヤ見送ると、ゴダンはひとつあくびをして、昼寝に良い場所を探しにキャンパスを歩きだした。


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