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【喧嘩両成敗】
しおりを挟む夕方、黒猫ゴダンは公園のベンチで泣いている小学生のケイタを見つけた。ケイタは友達のアキラと喧嘩をしてしまい、心を痛めていた。ゴダンにはなにがあったのかわからなかったが、そっとケイタの元に近づき、そばで柔らかく鳴いた。
はっと気づいたケイタは涙を拭い、ゴダンを見やった。その優しいまなざしに、ケイタはつぶやくように語りかけた。
「君は……ゴダンだよね? もしかして、慰めてくれてるの?」
ゴダンはケイタの足元に寄り添った。そのぬくもりと柔らかなふわふわとした感触に、ケイタは少しだけ心が軽くなった気がした。
その時、遠くからアキラの声が聞こえた。
「ケイタ!」
駆け寄ってきたアキラは、頬を赤くして、息を切らしながら言った。
「さっきはごめん、俺が悪かった」
ケイタは驚きながらも、心の中で和解の気持ちが芽生えた。
「ぼ、僕もごめん、あんなこと言うつもりなかったんだ、本当は……」
「俺だって……」
二人はお互いに謝り、しっかりと握手を交わした。ゴダンはその様子を見て、満足げに小さく「にゃあ」と鳴いた。
「ゴダン」
「うわっ、びっくりした。いつからいたんだ?」
謝ることに夢中だったアキラは、ゴダンの声に驚いて思わずのけぞった。あはは、とケイタが笑うと、アキラは恥ずかしそうにしてゴダンを軽くにらんだ。ゴダンはしれっとした様子で毛づくろいをした。
「ゴダンっていうんだよ。角の古本屋の看板猫」
「そうなんだ……。ベンチの影が突然動いたかと思ってびっくりしたよ」
「あはは、アキラ驚きすぎ。でも暗くなってきたから、そろそろ帰ろうよ」
「ああ、そうだな」
ケイタとアキラが並んで歩きだした。その後ろ姿をゴダンはそっと見守った。すると、突然ケイタがくるりと翻し、ゴダンの方へ掛けて戻ってきた。ゴダンの前でしゃがむと、ケイタはにかっと白い歯を見せて笑った。
「ありがとう、ゴダン」
それだけ言うと、ケイタは再び駆けて、アキラの隣へ戻っていった。
「なんで猫にありがとうなんていうんだよ」
「ゴダンは人の言葉がわかるんだよ」
「そんなわけあるかよ」
「本当だよ、古本屋のおばあさんが言ってた」
「え~?」
それから数日後、ケイタとアキラはまた喧嘩をしていた。
「それじゃあだめだっていってるだろ!」
「なんでだよ!」
公園で言い合いをしているふたりを見かけたゴダンは、音もなくするするっとふたりの足元とやってきた。ゴダンの柔らかなしっぽがふたりの足の間を通り抜けると、ケイタとアキラは同時に、ぱっと下を見た。
「うわっ、びっくりした!」
「ゴ、ゴダン……」
「にゃあ」
ゴダンはのんびりと鳴いた。まるで、喧嘩なんて無駄だからよしたら? とでもいいたげに。
ケイタが思いついたように口走った。
「じゃあゴダンに聞いてみようよ! 僕とアキラのどっちが正しいか」
「えっ、ええっ!?」
突然の提案に不意をつかれたアキラは目を白黒。ケイタはしゃがみこんで、ゴダンに向かって言った。
「ねぇ、ゴダンは僕とアキラと、どっちが正しいと思う?」
ゴダンはしばらく微動だにもしなかったが、ふいに右手を伸ばすと、ぴし、ぱし、とケイタとアキラのふたりの靴をはたいた。ちっとも痛くはなかったけれど、ケイタとアキラは驚きで目を見張り、やがて互いに視線を交わした。ふたりは同じことを思っているのがすぐにわかった。
「け、喧嘩両成敗ってこと……?」
「ぷっ、ぷはっ!」
ケイタとアキラは同時に笑い出した。
「あははっ!」
ふたりが仲良く大笑いしているのを、ゴダンは黙って見守った。ひとしきり笑った後、ケイタとアキラは喧嘩していたことなどすっかり忘れて、肩を組んでいた。
「は~、ゴダンって、本当に人の言葉がわかってるみたいだなぁ」
「だからわかってるんだよ」
「あはは、面白い猫」
「ありがと、ゴダン」
「……そだな、ありがとな、ゴダン」
「にゃあ」
ゴダンが返事をすると、ふたりはまた顔を見合わせて笑った。ゴダンは顔と髭を梳かしている。きっとふたりを見ながら、世話が焼けるなあ、と思っているのだろう。ゴダンは本当に人の言葉を理解しているのかって? それはゴダンにしかわからない……。でも、ゴダンの存在が、ケイタとアキラの友情の絆を一層深いものにしたのは間違いなさそうだ。
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