【完】我が町、ゴダン 〜黒猫ほのぼの短編集〜

丹斗大巴

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【ピアノの時間】

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 黒猫ゴダンは、お散歩中。
 近所の家から穏やかな音楽が流れてきた。音楽に引き寄せられて、ゴダンは塀の上からそっと家の中を覗いた。

 そこには、病を抱えた壮年の男性がピアノを弾いていた。彼の顔には深いシワが刻まれていたが、その目は優しさに満ちていた。男性の名前はカズオ。体力が落ちてこのところほとんど家で過ごすことが多かった。

 カズオはゴダンに気付き、手を止めて微笑んだ。

「やあ、黒猫……。音楽が好きかい?」
「みゃあ」

 ゴダンは柔らかく鳴いて答え、庭に降りてそっとカズオのいる部屋の窓辺に寄った。そうしてカズオのピアノを聞いていると、カズオの妻と娘が部屋に入ってきた。妻のミエコは温かいお茶を、娘のアヤは本を持っていた。彼らは毎日、家族で過ごす時間を大切にしていた。

「お父さん、いつからいるのその猫」

 ミエコが言うと、アヤがすぐに気付いた。

「あっ、古本屋のゴダンだ」
「ゴダン……。変わった名前だね」
「古本屋のおばあさんがゴマ団子が好きなんだって。それでゴダン」
「あはは、それでか。ゴダン、気に入ったのなら、またピアノを聞きにおいで」

 カズオがそういったのがわかったのか、以来ゴダンはちょくちょくこの家にやってくるようになった。はじめは庭で大人しくピアノを聞いているだけだったが、次第に家族の方もゴダンに愛着がわいてきて、家の中に招くようになった。いつしかゴダンはまるで、初めからこの家の家族だったかのようにカズオの足元に丸まったり、ピアノに合わせて、あたりを優雅に歩き回るようになった。当たり前のようにアヤと並んで、本を読んだりスマホをみたり、ミエコにはおやつを催促するようになっていた。温かい雰囲気に包まれて、三人もゴダンも心地よさを感じていた。

 ある日、カズオはゴダンを撫でながら言った。

「君のおかげで、家族みんなが笑顔になれるよ。ありがとう、ゴダン」

 ゴダンは小さく「にゃあ」と鳴き、カズオの膝に頭を寄せた。
 その様子を見ながら、妻と娘は穏やかに微笑んだ。
 それがカズオと過ごす最後の時間となった。

 しばらくして、ゴダンは再びこの家を訪ねた。ピアノの音はもう聞こえない……。

「みぁお……、みゃお」
「あら、ゴダンじゃないの」

 ミエコとアヤが親しみを込もった様子で窓を開けた。

「また来てくれてうれしいわ」
「お父さんのピアノはもう聞けないけど、私でよければ弾くけど聞いてく?」
「にゃあ」

 ゴダンは礼儀正しくそこへお座りして、耳をピンと立てた。


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