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# おれの育てたAI推しドルが1位になったっていうのに電撃引退し、つらすぎてもう生きていけない。
しおりを挟むAlgorithm358のイベントが始まった! おれは自室でVRゴーグルを装着したまま、パンの耳にマヨネーズをかけて食っている。うそだ。本当は、ティッシュペーパーにマヨネーズをかけて食っている。
今日の為に、生活を極限まで切り詰めてきた。洗濯する水と洗剤がもったいないから部屋では服を着ない。PCがオーバーヒートしない限り都市熱地獄にも耐えている。近所の工場でただ同然で入手できるパンの耳。もはやこれを買う金さえつぎ込んだ。とにかくこのイベントは特別なのだ……!
AIアイドルグループAlgorithm358。
鉄腕アトムが生まれて128年、ASIMOが生まれて80年、ロボット工学三原則に則したAIロボットたちが人類のよきパートナーだと全世界に知らしめてくれたのが、このAlgorithm358だ。
彼女たちは、人類を楽しませることを目的とし、未熟なアイドルの卵として生まれた。358基に搭載されたAIは、ファンとの交流や応援によってディープラーニングし成長する。はじめは没個性的だった358人のアイドルたちも、固定ファンとの交流や大金を投入するファンからのカスタムアップデートやオプションプレゼントによって、さまざまな個性が生まれた。
358基中、機械人体を持っているアイドルはおよそ1割。機械人体はランキング入りしたアイドルに与えられるオプションで、これがあることで興業イベントに実体出演でき、ファンは目の前で歌って踊るアイドルの姿を見たり握手することができるようになる。
残りの9割は未だに実体のないデジタルアイドルだ。だが、そこから育てていくというのがファンの楽しみでもある。おれの推しMONICAも、機械人体オプションが適用されるまでの道のりは長かった。
そんなMONICAも、今やランキング3位。グループ誕生以来おれはずっと単推しだ。多くのアルゴエイターが自負しているだろうが、おれもMONICAを育てたのはおれといっても過言ではないと思っている。
着信音が鳴り、イベントのライブ映像が映し出されている目の前の画面に戦友たちの顔がポップアップで映し出された。
「始まったぞ、テツル殿、見てるか~!?」
「おお、ロン氏! 見てるぞ、現場はどうだ!?」
「すごい盛り上がりだ! 大量投下の嵐だ! 小生もすかさずぽちっとな」
イベントはアメリカのアナーバーサイバースタジアムで行われており、リアルとメタバースとで同時にライブ配信されている。スタジアム内のディスプレイには会場内のカメラ映像とともにリアルタイムでファンからのメッセージが映し出される。ロン氏のRon♡4MONICAというメッセージが右から左へ流れていった。
「おお、ロン氏には、まだそんなに余力があったのか!」
「テツル殿はチケット代のみならず、日々の食費までメッセージ投下に費やしたと聞く。まったく頭が下がるでござる……!」
「ロン氏よ、おれの分まで生MONICAの雄姿をその目に焼き付けてくれ!」
「了解した!」
メッセージ機能は、Algorithm358のメンバーを応援するツールのひとつだ。1文字10ドットコインで推しにメッセージを送ることができる。すなわちこれがAIに入力される学習データなのだ。メッセージの文字数が人気ランキングに反映され、その内容がアイドルの個性に影響するという仕組みだ。
推しを応援する仕組みとしては、機械人体やその付属品を贈ったり、学習プログラムやカスタムアップデートをプレゼントすることもできるが、これは金のあるTOにしかにしかできない。
TOはメッセージでも大量の♡やコピペ投下で普通オタを圧倒させる。正直、量では全くかなわないが、質ではおれたちも負けていない。おれや戦友たちは、できる限りの資金で地道に、丁寧に、愛情のこもったメッセージを送ることでMONICAをここまで押し上げてきたのだ。
おれはとにかくMONICAが1位になる姿を見たい……! 地道にランキングを上げてきたMONICAが今回は初めて1位を狙えそうなのだ。しかも、Algorithm358誕生10年を記念して開催されたこのイベントは、1位になったアイドルに生体人体が与えられるというオプションがついている!
デジタルデータとして画面の中だけに存在していたMONICAが、3Dホログラムになり、機械人体を与えられ、今やミューズ8(ランキングトップ8)と呼ばれるようになった。そして1位になれば、生体人体を手に入れ、より人間に近づくことができるのだ。これはまさに夢の中の夢のようなイベント!
生体人体は一般人が30年に一度乗り換えられるかどうかの高い買い物だ。硬質な機械人体のフォルムや動きを好むファンも多いが、生体人体の温もりや柔らかさをもったAIアイドルを見たいと望むファンも多い。決して激しいダンスで揺れるおっぱいや太ももに食い込むニーハイを見たいわけではない。すまん、うそだ。本当は見たい。
本当ならおれも現場で生MONICAに会いたかった。でもチケット代は推しのランクにはなにも加味されない。推しのランキングを押し上げるために必要なのは、とにもかくにも金しかない。ゆえにおれはあえて在宅を選び、すべての資金をメッセージに込めるという苦渋の決断をしたというわけだ。
預金と流動資産のすべてをドットコインにかえ、この一カ月練りに練ったメッセージを昨日送った。預金残高は2円。明日から次のベーシックインカムが振り込まれるまで、水飲み百姓と変わらない極貧生活が待っているが、その程度の苦しみなど余裕で耐えられる。MONICAを1位にするためなら……! そうだ。なにを隠そう、これがおれのガチ恋だ。言葉通りの丸裸のおれは、前も含めて、もはや隠すものなどなにひとつない。
358位からの発表が始まったイベントも、ついにトップ3を残すところとなった。このイベントが普通の人気ランキングと違うのは、メッセージ文字数集計の締切がそのアイドルのランキング発表のその時までだということだ。現在のランキングは常に会場のディスプレイにリアルタイムで表示され、文字数カウンターは今もなおぐんぐんと上がり続けている。まったく、おれたちドルオタはいいカモだ。
「それでは、時間が来ました! 第3位の発表です!」
ドラムロールが鳴り、会場が暗転し、スポットライトを浴び映し出されたのは、前回投票で2位だったPATSYのだった。
「よっしっ!!」
おれはガッツポーズをとった。
画面越しに戦友たちも高まる想いを声に乗せて叫んでいる。
「テツル殿、やったぞ、MONICA昇格決定でござる!」
「おおっ、あと一人、あと一人だ!」
あとは鉄壁の絶対エースのBILIを残すだけだ。BILIはこれまで行われてきたランキングイベント10回の内なんと7回も1位をとっている。
「小生もテツル殿を見習って、最後の資金を投下するでござる!」
「うおおっ、ロン氏よ、まことの友よ、戦友よおおぉ!」
ロンのメッセージほかにも、全世界からBILIとMONICAにあてたメッセージが投下され、ディスプレイはライブ映像を埋め尽くすほどに応援合戦が行われている。
「行けぇ―っ!!」
ロンの掛け声に合わせて、おれも拳を突き出して声を上げた。
「行けえぇ、MONICA~!!!」
イベント会場の熱気は映像越しにも伝わってくる。ディスプレイに表示されているBILIとMONICAのランキングはくるくると入れ替わっている。だが、行ける、絶対行ける! 今MONICAには勢いがある!
「それでは、2位発表を前に、BILIとMONICAからファンの皆さんへ最後のメッセージをいただきましょう。そうですね、1位になって、生体人体をもらったら、なにをしたいかを聞きましょうか」
司会者がステージに立つ二人のアイドルに呼びかけた。
「BILIは、お菓子を食べてみたいです! ファンの皆さんがBILIの肉球がラドゥみたいって言ってくれるので、ラドゥを食べてみたいです。ファンのみんな、よろしくお願いします~!」
BILIは黒髪と猫耳を揺らして、会場のファンを沸かせた。
「MONICA、がんばれよ……!」
おれは食い入るように見つめた。MONICAは一歩前に進んでカメラを見据えた。VR映像だがMONICAの視線を受けたようで俺は胸が熱くなった。
「えっと……、まず最初にここまでMONICAのことを応援してくれた皆さんにありがとうを言いたいです。それに今日のためにMONICAにジェットウイングをプレゼントしてくれたキングメンディーさん、本当にありがとう」
MONICAはひるがえって背中に新装備されたジェットウイングを会場に見せた。
キングメンディーというのは新規でありながらこの数カ月でMONICA推しTOに上り詰めたドルオタだ。実際、MONICAがここまでランキングを上げたのにはキングの金がそうとう影響しているはずだった。あのジェットウイングオプションはたしか高級飛行車一台分に匹敵する値段だ。普通のファンには逆立ちしてもまねできない。
「私信をこんな大きなイベントで……! うらやましすぎる……!」
「MONICA、生体人体をもらったらなにをしたいですか?」
「えっと、実はMONICAもBILIちゃんと同じで……。生体人体をもらったら、一番応援してくれたファンと一緒に食べたいものがあります。だからMONICA、絶対1位になりたいです。よろしくお願いしま~す!」
「ええ、ずるい~、BILIもTOさんとラドゥ食べたい~っ!」
このやり取りが推し魂に火をつけた。メッセージ投下合戦はさらに白熱した。特にTOやそれに近いファンたちがこぞって長文メッセージを投下し続けている。ディスプレイはもはや文字しか見えない。
「く、くそ~っ、小生にもキングほどの財力があればあぁっ!」
ロン氏の叫びが画面越しに聞こえ、おれも激しく同意した。もはやここまで来ると、キングの力にすがるほかない。
「頼む、頼むぞ、キング! おれのMONICAを押し上げてくれぇ……っ!」
「さあ投票が締め切られました! それでは、第2位の発表です!」
ドラムロールが鳴り、会場が暗転した。おれはその真っ暗な映像にじっと目を凝らした。そして映し出されたのは、BILIだった。
「をおおおおおおっしゃあああああああああっっっ!!」
次にカメラが寄ったのはMONICAだった。
「Algorithm358誕生10周年記念、ランキングイベント第1位は、MONICAに決定しましたー!」
MONICAは目を丸くして大きく笑うと、うさぎのように飛び跳ねた。
「うわあ~っ、すご~いっ!」
盛大な拍手や声援の中、何度も何度も飛び跳ねているMONICAの笑顔を見ていると、感無量で泣けてきた。見ると、ロン氏も同じだった。これぞ、戦友だ…。
「MONICA、第1位おめでとうございます! 大躍進ですね! まずは、今の気持ちをお願いします!」
MONICAは1位のマントとベルトを装着し、改めてステージの真ん中に立った。おれはにじむ目を何度もこすりあげながら、画面のMONICAのどんな言葉も聞き漏らすまいと耳をすませた。
「皆さん、本当に応援ありがとうございました! MONICA、1位になれて本当にうれしいです! MONICAは生体人体をもらったら、MONICAのことを一番応援してくれたファンの方と一緒になりたいです! だから、MONICAは今日でAlgorithm358を卒業しま~す!」
会場がしんと静まり返った。おれもMONICAがなにを言っているのかわからなかった。司会者が狼狽しながら聞きなおした。
「はい、だからぁ、MONICAはアイドルを引退しま~す!」
なにを言っているのかわからなかった。
MONICAの電撃引退は巷を騒がせ、物議をかもした。これもAIが学習した結果なのだから受け入れるべきだという擁護派と、本来の存在目的を見失っている、今までつぎ込んできた金を返せという批難派との意見が対立したが、結局はAIの自由意思を尊重しようということになって、MONICAはAlgorithm358を卒業した。
「テツル殿、MONICAはキングと一緒になったらしいとのうわさだ……」
「ああ、聞いたよ……」
「大丈夫でござるか? 画面越しにもテツル殿の憔悴ぶりが明かだが」
「ロン氏よ……、人と話すのはじつに1週間ぶりだ……。仕事に手がつかない、水ものどを通らない、風呂も入ってない、なにもする気が起こらない。おれはもうだめかもしれない……」
「で、ではあの日以来、そのままなのか、テツル殿……!?」
ロン氏が心配してUberEatsと家事代行サービスを手配すると言ってくれたが、おれは丁重に断った。
「戦友としてテツル殿の気持ちは小生にもわかりすぎるほどにわかる。だが、生きてさえいればまた良いこともあるのが人生。近いうちに飲みに行くでござるよ……!」
「そうだな……」
「また連絡するぞ、戦友よ」
「ああ……」
通信を切った後、おれは再びベッドに突っ伏した。
あの日以来、おれは本当に抜け殻のようだ。寝ても覚めても、MONICAのことが浮かんでくる。10年前、まだ何者でもなかった真っ白のキャンパスのようだったMONICA。おれは子どもでもわかるように、ひらがなのメッセージを送った。学習度合いが進むにつれて、MONICAはおれのメッセージにレスポンスをくれるようになった。その他大勢のファンにも送っているはずだが、それでもこうして送られてくる私信に、おれは交流の手ごたえを感じた。
じわじわとMONICAの人気が上がりだしたころ、おれよりも長文メッセージを送るファンも増えだした。量で敵わないおれは限られた文字数でできるだけ有意義なメッセージを書こうと心に決めた。MONICAのアイドルとしての存在意義を高めるために、ファンが何求めているか。MONICAの存在に、おれがどれだけ癒しや喜びを感じているか。MONICAにどうあってほしいか、そのためにおれはどういう思いでどういうふうに過ごしているか。さすがに洗濯の回数を減らすために裸で過ごしているとは書かなかったが、パンの耳で飢えをしのいでいることくらいは書いた。
MONICAとおれは複数回にわたってやりとりすることもあった。AIのいいところはデータ処理が速く疲弊しないので、ファンは生身のアイドルだったらもらえない多くのレスポンスを受けられるということだ。MONICAはちょっと抜けているがまじめな性格なので、おれのメッセージへの返信にはいつも必ず感謝の言葉が添えられていた。あなたの言葉がMONICAの励みです。誰にでもそう返すのだろうが、おれにとってはその言葉ですべてが報われた。
思い出されるのはMONICAの笑顔、ダンス、歌、そしてその言葉だった。自然と目に涙が浮かんでくる。このままもう何日も寝ているだけの日々を過ごしている。びたいちもここから動ける気がしない。そのとき、部屋のチャイムが鳴った。断ったはずだが、ロン氏がやはり心配してUberEatsか家事代行サービスを手配してくれたのかもしれない。インターフォンの画面を覗いた。
「ん……?」
画面の中にいたのは、どう見ても、いや幻か? おれは目をこすった。
「Mo……、MONICA……?」
「は~い、MONICAで~す」
おれはもう一度両目をこすり、画面を見つめた。なぜ、MONICAが? いや、これもロン氏が気を利かせて便利屋かなにかを仕込んだのだろうか。しかもご丁寧に、機械人体のMONICAではなく、生体人体に乗り換えたMONICAの姿だ。
「えっと……、なんの用ですか?」
「えっと、あのう……。ここは、ファンナンバー000008のテツルさんのお家じゃないですかぁ?」
「そうですけど……」
「よかったあ、探したんですよぉ~」
画面の中のMONICAは、いつものような明るい笑顔を浮かべると、左右の手をカメラの高さにあげた。右手にはパンの耳の袋、左手にはマヨネーズが握られていた。
「そ、それって……」
「MONICA、生体人体をもらいました。だから、一番応援してくれたテツルさんとこれ食べたいです。実は……、MONICAもうお腹ペコペコなんですぅ……」
う、うそだろ……? おれは信じられない気持ちと混乱と歓喜と興奮とがないまぜになって、知らないうちに泣いていた。
「ま、待ってて、今開けるから……」
あっ、いや、まずい! 履いてないし、風呂も入ってない……!
「MONICA、ちょっとだけ待っててくれるか? 5分、いや3分……すぐだから!」
「はぁ~い。MONICA8年待ったもん。それくらい全然待ちま~す」
8年……? てことは、MONICAは8年も前からおれのことを……?
おれは超剛速急でシャワーを浴び、Tシャツとハーフパンツを履いた。そして、今にも飛び出そうな心臓を押さえながらドアを開けた。MONICAは生体人体の柔らかな頬でにっこりとおれに笑いかけた。
「テツルさん、いつも応援ありがとう~。今日からMONICA、テツルさんだけのアイドルになりま~す!」
そういって振りをした決めポーズがまぶしくて、涙が出るほど尊かった。……と思ったら、出ていたのは鼻血だった。
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