【新作】悪役令嬢の厄落とし! 一年契約の婚約者に妬かれても、推しのライブがあるので帰りたい! ~ご令嬢はいつでもオムニバス5~【1〜4完】

丹斗大巴

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第3部 変人令嬢のお陰で辺境編成は大激変! 周辺に生息しているメルヘンなもふもふたちよりも可愛いがすぎる新妻に、辺境伯の偏愛が大変です!

ずっとうちのだんさんでいて

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「おいっ、見たか、エバン!」


 ああ、見たよ、なんだありゃ……。

 デコラム辺境伯はなんだって、子どもを連れて来たんだ? しかも自らの馬に乗せて……。

 んん? 結婚したって聞いたけど、あんなに大きな娘が……いや、連れ子か! 

 いや待てよ、結婚したのはヴィリーバ子爵の令嬢だと聞いたぞ!?

 ってことは、……あれが噂の愛妻か!?

 おっ、おいおい! 

 どう見たって……、父親と娘だろ!

 ええっ!? あの鬼神がごとく魔物を薙ぎ払って前線を切り開いたあのデコラム辺境伯が……っ!

 ちょっと待ってくれよ、嘘だろう!?

 なんだよ、あのデレッとした顔は……!

 あの時は身分こそ下だったが、あまりある剣の才能とリーダーシップを俺は尊敬していたのに……!

 あんな年端もいかない嫁に甘い顔して、こんな危険な魔物討伐の最前線にまでつれてくるなんて、どうかしたのか!

 あのぽわぽわもこもこしたちびっ子に頼まれたのかぁ?

 っつうか、いくつだよ、嫁ぇ……!

 デコラム辺境伯をロリコン呼ばわりさせるつもりか……っ!



「エバン、聞いてるか?」

「ジェイド、あれはなんだ!? ここはいつから子どもの遊び場になったんだ!」

「お、おい、気をつけろよ……! デコラム辺境伯はことのほかあの新妻マーガレット・デコラム準男爵夫人を大切にしているらしいぞ。

 間違ってもそんな話をお耳に入れるな! 怒りを買って帰られたら、俺たちに明日はない! タルカット連邦にもう人は住めなくなる!」

「そ、それはそうだが……」

「先日訪問した父上によれば、うちの使用人があの準男爵夫人に無礼を働いたらしい。

 むろん悪いのはその使用人だが、まさかあの姿を見て準男爵夫人だと思う人間がいるかどうかって話だ……。いや、今のは陰口ではないぞ……! 

 とにかく、あの準男爵夫人には絶対無礼があってはならないんだ!」

 いとこが、いつになく必死になって俺に迫る。

 ……ジェイドの気持ちはわからないでもない。当然だ!

 タルカット連邦はこのところあちこちで魔物が出没し、辺境警備兵団はいくつもの分隊に分かれ、少ない手勢で隊員をはるかに上回る数の魔物と連日連夜戦っている。

 まさに死線場なのだ。

 それなのに、新婚だからって妻を、しかもあんな子どもみたいな、いやどう見ても子どもにしか見えんが、幼妻を連れて応援要請に応えて出てくるなんて、誰が思う。

 しかも、あの鬼、悪魔、怪物と恐れられたクリスチャン・デコラム辺境伯が……!

 結婚して頭がおかしくなったのか?

 デェマル山脈からはるばるやって来た隊列を見て、兵士たちが次々と声をあげる。



「あ、ありがてぇ~、あの鬼のデコラム辺境伯が来てくれた!」

「おい、見ろ、あの荷物! 兵糧があんなに! お、俺たちにもわけてくれるのかな……」

「それより、あの白い塊は何だ?」

「女の子みたいだぞ。途中で迷子を拾ったのかなぁ」

「拾ったガキがあんなに綺麗な格好しているかよ」

「じゃあ何だよ」

「俺が知るか」

「おい、お前たち!   静かにしろ!」

「へ、へい、エバン隊長!」

「いいか、あのお方はデコラム辺境伯がヴィリーバ子爵家から迎えられた奥方様だ! 間違っても粗相をするな!
 あの準男爵夫人に無礼を働いたものは即死と思え!」

「へっ!? あ、あれが!?」

「デコラム辺境伯は幼女好きなんですかい?」



 今口を開いた部下共の頭を素早く拳で殴った。



「死にたくなければ口を慎め! 整列!」

「はっ」

「ひええっ」



 代々クラークネス辺境伯家がタルカット連邦を守ってきたとはいえ、実際に魔物たちと闘ってきたのはこの土地に住む領民たち。

 むろん辺境伯家に仕える直属の兵もいるが、ここまでの苦戦続きで多くの兵が死傷離脱し、入れ替わりに補充されてくるのは農民や工夫のような戦を知らないものばかり。

 正直、昨日今日剣を握った平民を、凶暴化した魔物と対峙させるのは、ただ死んで来いというのと同じだ……。

 これでは勝てるものも勝てるはずがない。だが、今はどの分隊も同じ状況にあえいでいる。

 だからこそ、デコラム辺境伯の助けはまさに天の助け……なのだが。

 本当にあれで……大丈夫か……?



「デコラム辺境伯自ら、森の視察に行くらしいぞ」



 デコラム辺境伯が到着してしばらくたった夕方、ジェイドが知らせにやってきた。

 焚火を取り囲んだ野営地では、男たちのむさくるしいいびきや寝言が響いている。

 ジェイドが残り少ない酒瓶を手渡してくれた。

 ……っていうか、おい、ほぼ入ってねぇな!



「それでいつ行くんだ」

「今夜行くって」

「はあっ!?」

「しかも連れはいらないって言うんだ。どう思う?」



 そんな……、これだけ毎日魔物があふれ出してくるのに、ひとりで森へ、しかも夜に?

 死にに行くようなもんだが……。だが、デコラム辺境伯のことだ、なにか策があるのか……?

 いや、きっとそうに違いない……。

 デコラム辺境伯の名がこのタルカット連邦にも響いてきたころ、俺は自分の剣を磨くことに必死だった。

 一匹でも多くの魔物を切り、ひとりでも多くの領民を救うためだ。

 剣一本で、一兵士から準男爵にまで成りあがったデコラム辺境伯。正直、控えめに言って、俺の憧れだ。

 前にタルカット連邦に援軍に来てくれたときは、後ろからその圧倒的な雄姿を見ていることしかできなかったが、いつかデコラム辺境伯と肩を並べて戦うことができたら……。

 その思いは今日までずっと、心の奥で燃え続けている。



「俺は追う」

「えっ、行くのか?」

「お前も来るか?」

「お、俺は……。俺は正直死にたくない。行けば何があるかわからないぞ……」

「じゃあお前は残れ、俺は行く」

「エバン……。止めても行くんだろ?」

「わかってるなら聞くな」



 闇に乗じてこっそり、デコラム辺境伯たちのいる野営テントを探し当てた。

 テントの中で揺らめく影の数は二つ。大きい方がデコラム辺境伯で、あのちっこいのは夫人だ。

 おいおい、こんな戦地で見せつけてんじゃねぇよ……。

 もう何カ月も家には帰れてない、女の髪の匂いなんかとうに忘れちまった野郎ばっかりだってのに……。

 おっと……いけない。

 こうも下級兵士や平民ばかりとつるんでいると、つい言葉も荒れる。

 家に帰れば貴族だからな。一応、心の中だけでも口を洗って懺悔しておこう。

 おっ、出て来たな……。

 テントからデコラム辺境伯と見送りに夫人が出てきた。

 と思ったら、え……?

 夫人を馬に乗せている。それにまたがって、デコラム辺境伯がすかさず馬の腹を蹴った。

 えっ、おい、ど、どこへ……。

 っていうか、夫人を……、えっ、まさか夫人を連れて行くつもりなのか?

 慌てて俺も馬を見繕って後を追った。

 くそっ、気の荒い馬を掴んじまった。

 おとなしくしろっ、言うことをきけ!

 くっ、見失ったか!

 デコラム辺境伯はどこへ行ったんだ……!

 検討をつけてうろついてみたが、どうにも姿を見つけられない。

 これ以上は危険か……?

 もうあきらめて帰るしかないとそう思ったとき、雲が切れて月の光が差し込んだ。



「えっ」



 思わず、声が漏れた。

 月の光の先、木々のすき間に、白いものが浮き上がっていた。

 な、なにが起こってる……?

 頭の中が真っ白になり、体は動くことを忘れた。

 かろうじてしていたのは息くらいだ。

 ……あれって、伝説の聖獣、ユニコーン……?

 頭の中でそうつぶやいた瞬間に、雲が月を隠した。



「あっ」



 一瞬で闇に消えた、一角を持った白い馬のような姿。

 走れば追いつけるか?

 そう思う半面、畏怖が全身をからめとって、動けない……。

 もう一度、雲が晴れてくれれば……!

 思いが通じたのか、再び雲の切れ間から光が差し込んだ。

 ……い、いない……。

 ……お、俺は、幻を見た、のか……?

 ショックで動けずにいたら、視線の先で再び白いものが動くのが見えた。



「……っ!」



 ――マ、マーガレット・デコラム準男爵夫人……!?

 な、なぜ、ここに……!

 月の光に照らされた夫人の髪は、ユニコーンと同じくらい白く輝いて見えた。

 夫人の歩みに続いて、木の陰から出てきたのはデコラム辺境伯だ。

 ……ど、どういうことか、これは……。

 まるで、ユニコーンとデコラム辺境伯夫妻とが、同じ場所にいたかのようじゃないか……?

 こ、声をかけてみようか……。

 だが、伝説を見たあまりの衝撃のせいか、俺はついぞ声をかけることができなかった……。

 昨晩はあれから寝付けなかった。

 目に焼き付いたのは、ユニコーンと夫人の月光に輝く姿。

 まさか……夫人がユニコーン……なんてこと……。

 あるわけないよな……。

 朝になってデコラム辺境伯は幾人かの部下を連れて、再び森を視察に出た。

 やっぱり、夫人を連れている……。

 今のところ魔物は現れていないが、いつ出てきてもおかしくない。

 俺を含め、各分隊の隊長も兵もみな、次第にぴりぴりしてきた。

 なんとなく浮世離れした夫人の存在は、良くも悪くも男たちの注目を集める。

 デコラム辺境伯の手前、大きな声で言う者はいなかったが、陰では皆言いたいことを言っていた。

 誰もかれもが夫人の存在には首をかしげていたが、俺はなぜか、デコラム辺境伯は夫人を連れてきたのには理由があるように思えてきた……。



「やっと今後の方針を伝えるってよ!」



 ジェイドが揚々と俺を迎えに来た。

 十五歳のジェイドとは、いとこ同士で歳も近い。

 力量も、まあ、俺のほうがやや上だがほとんど同格だから、恐らく同じような配置につくはずだ。

 伯父上とデコラム辺境伯が待つ場所へ急いだ。



「……はあ……っ? 

 ヒ、ヒマワリと、モロコシ……?」



 誰もが信じられない思いで、デコラム辺境伯を見た。

 いや、見た、と言うより、睨んだ。

 ふざけてんのか、こっちは真剣なんだよ、と。



「タルカット連邦における魔物の出現が頻繁な場所、四個所を指定して、森と村、森と畑の間にヒマワリとモロコシの種をまく。

 この作物は収穫はせず、野生動物たちに与えるものとする。最低でも三年は、この種まきを毎年実施する」

「……。よ、よろしいでしょうか」



 もはや青筋を立てて顔を引きつらせている将や隊長らの間で、比較的温和な表情を保っていたジェイドが口を開いた。



「おっしゃっている内容はわかりますが、理由がわかりません……。

 デコラム辺境伯は魔物討伐の応援にいらしてくれたのではないのですか?

 それとも農地耕作のためにわざわざタルカット連邦までいらしたでしょうか?」



 連戦の疲労と寝不足と空腹、そして先の見えない不安とでいら立っていた男たち。

 無言の圧が、さあ答えてみろとばかりに一点に集中した。

 納得できない答えなら容赦しないという怒気が溢れている。

 デコラム辺境伯は落ち着いていた。



「昨日と今日と森を視察したところ、森林伐採がかなり進んでいるとわかった。

 まだ木々がある場所に比べて伐採された場所では、動植物の数が減っており、川の水も減少している。

 これでは、もともと住んでいた動物や魔物が暮らしていけない。その食料の補てんとして、ヒマワリとモロコシの種を植えるのだ。

 さらに、これまで伐採した場所には苗木を植えること。

 さらにまた、無尽蔵に行ってきた伐採を、木が育つペースに合わせて、計画的に行うこと。

 これが魔物征圧、いや、沈静化の計画だ」

「ちょっと待ってください! 我々は凶暴化した魔物に困っているんですよ! それなのに魔物を保護するようなことをしてどうするんですか!?」

「そうだ、そうだ!」

「そのような浅知恵で魔物が大人しくなるなら、とっくにやっている!」

「クラークネス辺境伯! なにを黙っておいでになるのですか! このようなことのためにデコラム辺境伯をお呼びしたのではないはず!」

「我々は農民ではないぞ、苔にされてたまるかっ」




 デコラム辺境伯は全く動じていなかった。



「ここにいる方々で、腹の空かぬ者はいるか。眠らぬものはいるか。種族が違ったとて、食う寝るを奪われてどうして生きていられようか。

 私はクラークネス辺境伯と土地の安定のための協定を交わした身だ。誠意をもってこの盟約を果たすために来た。私からは以上だ」

「クラークネス辺境伯!」

「なんとかおっしゃってください!」

「静まれ! 目の前に置かれたパンを奪われても、棲む家を追い出されても怒らぬという者は、この計画に参加しなくてもよい!」



 伯父上の恫喝が一瞬で不満を押さえつけた。



「デコラム辺境伯がなぜこのような危険な場所まで奥方を連れてまいってくれたか、その話をしよう。

 夫人はかねてより動植物の観察に優れ、デェマル山脈においては、川の治水工事によって元の川に水がなくなったことで、その土地に悪影響を与えていたことを即時に見ぬいたそうだ。

 その夫人がこのタルカット連邦にまいられ、森を直接視察し、今デコラム辺境伯が伝えられた難点を示して下さったのだ。

 この計画が成果を出せば、我々は無駄に血を流すことなく平穏な暮らしを取り戻すことができる。

 先ほど誰ぞ、そのような知恵で魔物が大人しくなるなら、すでにやっているといったが、誰もやっておらん。

 だからこうなっているのやも知れん。

 これまで戦いに暮れて、人間も魔物たちも疲弊している。

 このまま戦いを続けることはどちらのためにもならん。

 であれば、デコラム辺境伯の提案を試してみる価値があると思う。

 知っての通り、デェマル山脈の魔物たちは民家や田畑を襲うことなく、デコラム辺境伯領は今、平穏そのものだ。

 私が直接見に行って確かめたのだから、間違いはない。

 私は一日も早く、デェマル山脈と同じようにこのタルカット連邦にも平穏が訪れることを願ってやまない。

 さあ、理解したものからすぐに取り掛かるのだ!

 各々の分隊には、剣を振るうより土を耕し種をまくほうが得意な者たちがたくさんいるはずだ」



 そ、そうだったのか……。

 それなら理屈は通っているし……、前例があると言うなら、可能性はあるかもしれない……。

 それに、魔物と闘って互いに死ぬよりも、種を植えて互いに生きるほうが、はるかにいいではないか……。



「俺はやるぞ!」

「エ、エバン!」

「でも参ったな、兵糧はもう尽きかけてる。どこからか種を仕入れて来なければ」

「それなら案ずるな。我々の兵糧を進呈しよう。参られよ」

「デコラム辺境伯……!」



 うおっ、は、初めて、会話……!



「失礼だが、名は何と?」

「お、俺は……っ! いや、私は、エバン・クラークネス。クラークネス辺境伯の甥です」

「ではエバン殿、仕分けを頼めるか」

「はいっ」



 や、やべ~っ……!

 背中でけぇ! 

 カッケェ~!

 種まきと植樹は、およそ二週間で終わった。

 初めは今にも切りかかりそうにぶつくついっていた顔も、二週間後には、デコラム辺境伯を信じるようになっていた。

 なぜなら、種をまき始めてから一度も、魔物が発生しなかったのだ。

 正直、ここまではっきりとした違いが出たら、もう認めるしかなかった。

 この二週間、タルカット連邦では誰一人、魔物を切っていない。

 信じられるか、これ。

 今までの戦いは何だったんだ。

 これ、絶対言っちゃいけなやつだけど、正直全員思ってる。

 ――あっ、せっかく撒いた種を!

 時々鳥や小動物が来ては、撒いた種を掘り出して持って行ってしまう。

 追いかけてもすぐ逃げてしまうから、こっちは取られっぱなしだ。



「くっ、くそ~っ」

「欲しいものには欲しいだけくれてやればいい。さすがに全て食べられてしまうということはないだろう」

「あっ、デコラム辺境伯。あの、えっと、ほ、本日帰還されるそうで。この度は本当にありがとうございました!」

「ああ」



 う、うお~。クールな目元、カッコイイぜ~。

 とするとあれだな、やっぱりこの顔がデレンとなるのは夫人の前でだけか。

 この劇的な魔物鎮静化計画を治めたデコラム辺境伯の進言のお陰で、タルカット連邦では森林伐採の長期計画を作ることが正式に決まった。

 さらに長年の戦地になってろくに耕作できなかった地域のために、持ってきた兵糧の一部を置いていってくれることになった。

 神か……。もう感謝しかない。

 デコラム辺境伯、やっぱり俺の憧れ。

 男が憧れるできる男。



「三年はこの種まきと植樹を続けてくれ。その暁にはきっと今よりもっと暮らしやすい領地になっているだろう」

「は、はいっ、必ず!」

「では」



 では。……去り際もカッコイイぜ。

 デコラム辺境伯はその日のうちにタルカット連峰を後にした。

 去った後も、領内ではデコラム辺境伯の話題で持ちきりだ。



「魔物討伐のときはあれほど頼りになるお人はいないと思ったが、今度は魔物の鎮圧まで!」

「いやあ、始めはとんと信じられなかったがなあ」

「効果てき面だった!」
  
「まったくだ、あの小さな若妻を連れてきたときには、どうしたもんかと思ったけどなぁ」

「それにしても、準男爵夫人の言葉は妙だったぞ」

「ああ、あんな言葉初めて聞いたよ」

「社交界じゃ変人令嬢と言われていたらしい」

「そりゃまあ、あの言葉で言われても、正直よくわかんねぇよなあ、ははは!」

「おいっ」



 今言ったそいつの襟を掴んだ。



「あの方は我がクラークネス辺境伯領の大恩人だぞ。二度とそんな軽口を言うな!」

「ひぃぇっ……は、はいっ……!」



 そいつを突き飛ばして、その場を去った。

 恐らく、夫人の言葉のことなどデコラム辺境伯は少しも気にしていないだろう。

 俺はそれがカッコイイと思うし、自分もそういう男になりたい。

 それに……。

 今改めて思うと、あのときユニコーンが現れて消えて、そのあと夫人とデコラム辺境伯が現れたのは、あれは無関係じゃないような気がする。

 理由を問われてもわからない。

 ただなんとなく……。



 ***



 ようやっとデェマル山脈に帰れるなぁ。

 帰れる思うたら早よ帰りたい。

 ロトはんの上から見る景色はまだタルカット連邦やけど、この道がデコラム領に続いてるんや。

 お義母はんや、屋敷のみんな、森のみんなに早よ会いたいなぁ。



「マーガレット、疲れてないか?」

「へえ」



 見上げるとだんさんが優しゅうほほ笑んでくれはった。

 野戦地で過ごすんも、馬で旅をするんも、えらい大変や。

 けど、だんさんとずっと一緒にいれたさかい、うちは毎日嬉しかった。

 離れているときもあったけど、うちはテントん中で、だんさんを待っとった。

 ひとりでは出たらあかん言われとったさかい、ちゃんと約束守ってたんや。

 時々、うちのことをけったいや、あないなもんいらんのとちゃうかて言う声が聞こえた。

 他領やさかい、いろいろ言われるんは覚悟しとったけど、うちのこと言われるより、だんさんのこと悪う言われる方が何倍も辛かった。



「マーガレット、すまなかったな。心無い誹謗中傷から、できるだけ君を遠ざけたつもりだったが、それでも君に嫌な思いをさせてしまったろう……」

「ええんや、うち慣れとる。子どもんときからずっと家族にも使用人にも、みんなに変人て言われとった。

 誰にもわかってもらえへんかった。

 でも、今はだんさんがわかってくれはる。そやから、うち平気や」

「マーガレット……」

「そやけど、お屋敷に招かれたのん、断ってしもてほんまによかったん?」

「君は知らない人がたくさん集まるところが苦手だろう? 野戦地なら君を隔離できるが、ひとたび貴族の社会に入れば雑音から君を守るのが難しい。

 どうして貴族はいちいち食事の後、男性と女性とで別れて時間を過ごすのだろう。私は君と一緒に過ごしたいのに」

「だんさん……」



 そない言うてくれるん、嬉しいわぁ。

 だんさんはいつもうちのこと考えてくれはる。

 優しゅうて、ほんまにええお人や……。



「だんさん、おおきに。ほんま、おおきにな……」

「私の方こそ、君がいたから、この仕事をやり遂げることができた。本当にありがとう」



 だんさん、すごく優しい顔してはる。

 優しい目や……。

 うち、だんさんの役に立てたんやろか。ほな……。



「ほな、うちにご褒美おくれやす」

「ああ、いいよ……」



 そない言うたら、だんさんが優しゅう、髪をなでてくらはった。



「嬉しぉすなぁ……。頑張ったかいあったわぁ……」



 だんさんのなでなで、好きや……。

 うち、このままずっとこうしてたいわー……。



「うち、だんさんの手、好きやわぁ……」

「私も、君の髪が好きだよ……」

「ほんま?」

「ほんま」



 くすっ! 

 だんさん……!

 お互いに目を見て笑い合った。

 うちのだんさんは、なんて素敵なだんさんやろか。

 こない素敵な人、他にはおらん。



「だんさん、ずっと、うちのだんさんでいてな?」

「もちろん……!」



 ***



 夕暮れを前に、屋敷に着くことができた。

 先触れを出しておいたので、兵団の慰労は問題ない。

 心配なのは、マーガレットだ。



「かんにんえ。うちばっかり背預けて眠っとって。だんさん、ひとつも休めへんかったやろ?」



 自分も疲れているというのに、真っ先に私を心配してくれるとは……。

 なんという献身、なんという優しさだろうか……。

 そうか、これが夫婦というものかもしれない……。

 湯あみを済ませ、報告を兼ねて皆で食事をとる。

 疲れているだろうからと、母上がその場を早く切り上げてくださった。

 ありがたい。

 部屋で寝支度を整えていると、マーガレットがひとりでやってきた。



「どうした?」

「うちお手伝いに来たんやけど」

「手伝い……?」

「道中うちだけ眠って、だんさんは眠れへんかったはずやさかい、だんさんが寝つきがええようお手伝いしよう思て」



 手伝い、とは……? よくわからないまま招き入れた。

 なにやら、一生懸命枕をぽんぽんし始めたな……。

 これが寝つきがよくなる手伝いと言う事らしい……。

 が、ちょっと待て、ぽんぽんしている様子が可愛すぎるぞ……。

 まるで小動物が巣作りをしているかのような愛らしさだ。

 さらに枕の側に小さな袋を置いている。

 ああ、ポプリを持ってきてくれたようだ。マーガレットらしい心遣いだ……。

 しばらくすると侍女が何かを運んできた。

 ホットミルクか……。



「これ飲んだらよう眠れるさかい、だんさん飲んで?」



 寝酒を薦められたことはあれど、この年になってホットミルクを薦められるとは……。

 マーガレットなりに一生懸命考えてくれているのだろう。

 いや、もちろん、飲むとも。

 こんな健気で愛らしい君が進めてくれたものならば、私は泥水だって飲むだろう。



「飲んだら、お布団入ってな?」



 まるで母親のように、といってもはるかに小さな母親だが、私がベッドに入ると、そっと布団をかけてくる。

 ……もう、なんでも君の言うままだ。

 少し気恥ずかしさもあるが、こんなふうに甲斐甲斐しく世話されるのも悪くない。

 それ以上に真剣で健気なマーガレットが可愛すぎる。



「したら、目閉じてな……? ゆっくり休んでな?

 うち、だんさんが寝付くまでここで見てるさかい」

「いや、君だって疲れているだろう」

「目閉じるんや」



 突然マーガレットの小さな手が私の瞼の上に振ってきた。

 しっとりとした少し子どもっぽいマーガレットの手。

 ……か、可愛いではないか……。

 こんな可愛いアイマスクをしてもらえるとは……。

 胸が締め付けられたように、キュンと鳴る。

 女性の方が人の世話に向くとは言うが、女性はこんな幼い時からその性質を供えているのだな……。



「だんさん、お疲れさまどした……。お休みなさい……」



 ……これは早く寝ないとマーガレットが休めないな。

 もうしばらくこのほのぼのとした時間を共にしたいが、ここは眠った振りをしよう。

 私は少しずつ呼吸を変え、だんだんと眠りに入っていく振りをした。

 不思議なもので、振りをしていると本当に眠くなり、私はうとうととしかけていた。

 マーガレットがそっと、私の瞼から手を離す。

 ふ……、狸寝入りが上手くいったらしい。

 とはいえ、本当に眠りに落ちそうだ。

 できる事なら、マーガレットがちゃんと部屋を出て行って自分の部屋に戻る所まで見届けたいが……。

 そのとき、布団の中にそっと手が入って来て、マーガレットが私の手を取った。

 私の手に、マーガレットが自分の横顔を押し付ける。

 ――すりすり……。

 手に柔らかな髪と滑らかな頬の感触。

 こ、これは、いったい……。



「だんさん、大好き……」



 ――ぶわ……っ! 

 一気に目が覚めた。心臓がどっどっ、と早鐘を鳴らす。

 君に下心などないことはわかっている。これは単純な人と人との、家族との温もりを欲しているのだろうと。

 だがしかし、指や手のひらに伝わる甘い感覚。

 息が苦しいほどに神経が痺れて……、マーガレット……! 

 君に自覚はなくても、これは罪だ……っ!

 ね、眠れん……っ! 眠れるわけがない……!

 これで一体、どうやって寝つけと言うんだ……!







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