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第3部 変人令嬢のお陰で辺境編成は大激変! 周辺に生息しているメルヘンなもふもふたちよりも可愛いがすぎる新妻に、辺境伯の偏愛が大変です!
だんさんのためやったら
しおりを挟む「だんさん、待って。朝露の絨毯や。踏み入るのもったいないわぁ」
うん、うん、そうだな……。
「だんさん、見て。水面の光、ゆらゆら、ころころして、きれいやぁ」
ああ、きれいだなぁ……。
「だんさん、小鳥がもうすぐ巣立つんや、見に行かへん?」
ああ、見に行こう……。
「だんさん、あの星の瞬き、まるで歌うてるみたいや、可愛いなぁ」
うんうん、歌っているかもしれんな……。
「だんさん、リスがお引越ししたん見に行かへん? すぐ近くやし、日の当たるええところなんよ」
「ああ、一緒に行こう」
「だめですよ、旦那様。今日はお客様がお見えになります」
「ぬっ、そうだった……。す、すまない、マーガレット……」
「……ほんなら、うちルネはんとリントはんと行ってきてもよろしおすか?」
「ああ、あまり遅くならないようにな」
「へえ」
軽やかな足取りでマーガレットが部屋を出て行った。
ホルスがにやっと歯を見せた。
「今日はリスの引越しですかぁ……。鬼の団長がリスの引越しを……」
「……今日は見逃すことになったがな」
「いやいや、見逃したのはリスではなく、それを見て喜ぶ若奥様の笑顔ですよね」
「みなまで言うな。クラークネス辺境伯にはさっさと来てさっさと帰って貰わねばならん。準備は整っているか?」
「はい、使者を通じてすでに話は詰めていますから、あとは調印だけです。
まあ、大規模な魔物征圧計画の協力を確認し合う……といっても、我がデコラム領はすでに安定していますから、あちらが我々の力を借りたいだけという話ですよね……。
まあ、代々続く家柄を盾にされたら、こっちは断れないですからねぇ……。
奥様は見くびられないようにと熱心におもてなしの準備をされていますよ。でも、若奥様は……」
「マーガレットは挨拶だけしてくれれば十分だ。リスの新しい家を見たら、満足してきっとすぐに戻ってくる。
クラークネス辺境伯の前に立つときは、きちんとした身なりで貴族令嬢らしい振る舞いをするさ。マーガレットはそういう娘だ」
「はあ~……。団長……」
「なんだ、わざとらしいため息をついて」
「若奥様が可愛いのはわかりますよ。でも、甘やかし過ぎじゃありませんか……? 来客が、しかも目上の客が来るときぐらい……」
「甘やかし過ぎている? 誰が?」
「団長ですよ」
「何をいっているのだ、これでも私は十のうち三に抑えている」
「え……。そうだったんですか……。残りの七を聞くのが、俺は怖いですよ……」
ホルスは微妙な笑みをこわごわ顔に張り付けたが、私は本当に、これでもかなりの自制力を発揮している。
むろん、それは兵団の長として威厳を保つためでもあるが、とはいえ、私のほかに誰も知りえないが、今回の魔物征圧計画には、マーガレットの力が欠かせない。
あの日屋敷に戻ってから、マーガレットは私の提案を一も二もなく受け入れてくれた。
マーガレットが協力してくれるのなら、きっと魔物も人間もたくさんの血を流すことなく、根本から問題を解決する策が見つかるだろう。
この計画はきっとうまくいくはずだ……! そんな明るい予感がするのだ!
***
「可愛かったですね、若奥様」
「へえ、新しい巣穴心地よさそうどしたなぁ」
「――あっ、まずいですよ! あれ、クラークネス辺境伯の先触れの馬車じゃないでしょうか?」
「えっ、どこだルネ、あっ、本当だ!」
「若奥様、その赤トカゲは私が持ちます」
「あっ、ええの! この子はうちが持つさかい。急いで戻りまひょ」
「裏手から屋敷に入りましょう!」
「へえ」
ああ、うっかりしてしもうた。
リスの巣穴を見てたら、可愛らしいこの子を見つけてしもうて。
だんさんに会わしてあげたい思うて、連れて来たんや。
ええ子やから、大人しゅうしとってな。
屋敷の裏手、使用人たちが普段出入りしてる出入り口の方へ向かう。
三人で慌てて角を曲がったら、目の前に人が――!
――ドスッ!
「ってぇっ! どこ見て歩いてるんだ!」
「えっ!? 誰だ……っ?」
「誰だとは何だ……っ! 人にぶつかっておいて! おれ……、私はクラークネス辺境伯の先触れで参った使者で、あるぞ!」
「そ、それは申し訳……っ。……。え、なんで使者殿がこのような場所に?」
「……し、使者の御者……御者頭である!」
「……はあ」
「まったくこれだから、主が兵士上がりと言うだけあって、使用人たちのレベルもひどいもんだ! ……であるぞ!」
……なんや、けったいな人やなぁ……。
確かに御者というんはそうみたいやけど、先触れに御者頭……?
それに、訪問先の主のことを悪く言うやなんて、こん人こそ使用人の教育受けてへんのとちゃうやろか……。
あ、あかん……、だんさんのこと悪ういわれて、ルネはんとリントはんが怒っとる……。
「……使者の御者頭殿への、御無礼お詫び申し上げます……。しかしながら、こちらは屋敷の裏方たちが出入りする場所にございます。
辺境伯様がお見えになるまで、お休み処を用意いたします。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ……」
リントはん……。使用人教育を受けて身に着けたときの、言葉遣いと礼儀作法。
もう忘れたん思うとったけど、やるときはやるんやなぁ。
そんとき、自称御者頭が、ふふんと鼻を鳴らした。
「それなら、そこの侍女、お前が案内しろ!」
え……、うち……?
はあ、しもうた……。こないな服やさかい、侍女と勘違されとる……。当たり前やな……。
「はあっ、お前何を……っ!」
「この中で一番偉い使用人が案内するのが当然だろ。何と言ったって、俺はクラークネス辺境伯の御者頭殿だ、であるぞ!」
え……、こん人、ほんま大丈夫やろか……?
使者はもう屋敷に案内されとるのに、自分の馬車を離れて、大人しゅう待機もせんと、屋敷の裏までうろつくやなんて……。
慣れない場所で馬が不安になって暴れてしもうたらどないするつもりなんやろ。
それに、御者と言えば、下の使用人の中でも身なりに気遣うお仕事や。
そやのに肩幅が合うてへんお仕着せのような制服、泥のついた靴……。髪も乱れとるし、髭の手入れも雑やなぁ。
いくらデコラム家がクラークネス家より格下やいうても、他家の上級使用人に下の使用人が命じるなんて、普通やったらあらしまへん。
不測の事態かなんやあって、急場しのぎで御者を任されただけちゃうやろか……。
クラークネス辺境伯は歴史のある立派な家や。いくらなんでも、こん人が御者頭いうんはありえへん……。
恐らく、これからやってくるクラークネス辺境伯が乗った馬車のほうに本物の御者頭がついてるはずや。
こん人、あとできつう叱られるんとちゃうやろか……。
「ほな、案内しますさかい、どうぞ」
「そっ、そんな!」
「私が……!」
「ええのや、御者頭はん、こちらどす」
歩き出すと、勘違いしてはる自称御者頭がついてきた。ルネはんとリントはんがぎらぎらしながらその後ろをついてきはる。
自称はんの馬車が見えるところまで案内した。
とりあえず、自称はんには馬車に戻ってもらうとして、何か飲み物でも運ばせようか……。
「……聞きなじみのない言葉だが、あんた外国人か?」
「……はあ……」
「それ、何を持ってるんだ?」
「え……」
自称はんが、うちの手の平に載っとったこの子に目をつけた。
「あ、この子は……」
「珍しいトカゲだな! ルビーみたいに真っ赤じゃないか。売ったら金になりそうだ! ちょっと見せてくれ!」
――えっ、こん人、何する気や……!
「あっ、あかん、触らんといて!」
「ちょっと見せるくらいいいだろ! 誰も捕るなんて言ってないんだ」
「こ、来んといて……っ!」
「そんなに珍しいのか? いいから、見せてみろって!」
「わっ、若奥様!」
「貴様っ、マーガレット様から離れろっ!」
その時、遠くからうちのことを呼ぶ声がした。
「マーガレット!」
――だ、だんさんっ……!
二階の窓にいただんさんが、あっという間に駆け下りてきて、うちとこの子を助けてくれはった。
「どういうつもりだ貴様!」
「ヒッ……!」
だんさんに襟をつかみ上げられて、自称はんの足が宙に浮いた。
騒ぎを聞きつけた使用人が集まり、お義母はんと一緒にクラークネス辺境伯の使者も外に飛び出してきた。
使者が慌てたように叫ぶ。
「デ、デコラム辺境伯……! も、申し訳ありません、こちらの不手際でございます!」
「不手際だと!?」
「そ、その者はうちの馬丁でございます……!」
「馬丁……っ!?」
「どうか、お、お許しください……っ! 先日クラークネス家の厩が魔物に襲われ、御者や馬丁の何名もが怪我を負ったのです。
そこで仕方なく急場をしのぐために入ったばかりのその者に御者を任せたのですが、着くなり馬車をそのままにして姿を消してしまったので、何かしでかすのではないかと案じていたところでした。
私の監督不行き届きでございます……っ!」
だんさんが青い炎のような目で使者はんと自称はんをねめつけた。
こない怖い顔しただんさんは初めてや……。
どないしよう、もとはと言えば、うちが早よ屋敷に戻ってへんかったんが悪いんや。
お客はんが来るんわかっとったのに、いつもの恰好していつまでも外をふらついとったんは、うちや。
こないな恰好他の人が見たら、侍女思うんはおかしない。
自称はんが馬丁はんでなかったかて、ひと目についた時点で大目玉もんや。
うちが、だんさんの優しいに甘えとったんやわ……。
こない熱うなってしもたら、だんさん、これから調印する協定を蹴ってしまうかもわからん……。
自称はんを吊り上げている手とは逆の手に、そっと触れた。
「だんさん、怖い顔せんといてぇ……」
見上げていると、きつう握られた拳がにわかに緩んだ。
だんさんが気を静めようと、ゆっくり何度も深呼吸してるんがわかった。
ぱっ、と右手を開くと、自称はんが地べたに落ちた。
「うぎゃっ!」
「この件は夕方、クラークネス辺境伯が来たとき、直々に抗議しよう」
「は、はい……っ。お、おい、いつまで寝てるんだ、お前も謝れ!」
「ひ、……も、申し訳ありませぇん!」
振り向いたときのだんさんは、いつものだんさんの顔やった。
けど、まだ心ん中、えらい怒ってはる……。
「マーガレット、戻ろう」
「へえ」
だんさんがなんも言わず、うちを抱っこしはった。
この子がつぶされへんよう、手を丸めてそっと抱いとこ。
部屋に戻ると、だんさんはすぐ人払いしはった。
そやけど、うちのこと降ろしてくれへん……。
うち、どないして謝ろう……。
もう外で遊ぶんはあかん言われたらどないしよ……。
そんとき、ぎゅっと、だんさんがうちのことを抱きしめはった。
……わ……、だんさんの顔、近い……。
「心配したぞ、マーガレット……。私の屋敷であのようなことがあろうとは、思いもしなかった……」
「……すんまへんどした……。うち、失敗してしもうた。ほんま、かんにんしとおくれやす。こないな恰好でふらふらしとったさかい……」
「君はそのままでいいんだ。デコラム家の人間がデコラム領で、好きな格好で出歩いて、何が悪い」
「そやけど……。せめてもっと早う帰ってくるべきやった思う。ほんま、かんにんしとおくれやす……」
「はあ……。そうだな、私も私以外の者が君に触れることは今後一切許せない。
だからせめて、来客がある時だけは大人しくすると約束してくれるか?」
「へえ、うち、そないします」
そう答えたら、だんさんがまた、ぎゅう、してくれはった。
うちもだんさんに身を寄せて、ぎゅう、したった。
手がふさがっとったさかい、目いっぱい身寄せたら、だんさんのほっぺと、うちとのほっぺがくっついた。
だんさんは、ほっぺも温っかいんやなあ……。
むしろ、熱っついくらいや。
「……ところで、その手に何か持っているのか?」
「あ、この子だんさんに会ってもらお思うて」
「赤いトカゲか……? 珍しいな、長年住んでいる私でも見たことがないが……」
「この子、サラマンダーの子どもや。卵から孵ったばっかりどす」
「サッ、サラマンダー!?」
「あっ、目見たらあかん!」
――ボッ!
一瞬にして火が目の前に燃え上がった。
ああ、だんさん、前髪が、ちょい焦げてもうた……!
「うっ……。小さいのにすごい火力だな……!
よく見れば額に小さな魔石がある……。うろこは全身宝石のように輝いているし、サラマンダーとはこんなに美しい魔物だったのか……。
そうか。もしかして、あの男はこのサラマンダーを君から奪おうとしたのか?」
「見せてくれ言わはったけど、この子はまだ体も小そぉて辺りは知らんもんばっかりやさかい、こないすぐ火を吹いてしまうんや」
「そうか……、じゃああの馬丁は君のお陰で命拾いしたというわけだな」
「この子を連れてくるとき、絶対守るて約束しましたさかい。約束は絶対守らな」
「そうだな」
「そやから、うち今日はもうクラークネス辺境伯が来るまで大人しゅうしときます。この子のお世話しながら」
「では、私も一緒に世話をしよう」
「ほんま?」
「今日はこのまましばらくマーガレットを離す気になどなれないからな……」
「え……、うち、ほんまにもう外へは行かへんよ? だんさんとの約束はうち絶対守るさかい」
「……。それは疑ってはいないが……。マーガレットはこのままは嫌か?」
「うぅん、うち、このままがええなぁ。だんさんのいっちゃん側におれるん嬉しいわぁ」
「そ、そうか……!」
だんさんと一緒に、この子んこと大事するん、なんやすごく温っかいなぁ……。
あ、そうか……。
子どもできたら、こないな感じなんやろか?
きっとそうやろなぁ……。
***
夕方やって来たクラークネス辺境伯は、以前会ったときもよりもはるかにやつれていた。
「……このような不始末とあっては、もはや平に頭を下げて、貴殿に許しを乞う他あるまい……。
これまでなんとか威厳と体裁を保とうとしてきたが、これより上乗せできる恥などもうありはしない。
連日の魔物討伐で我が兵団は疲弊しきっており、出発前夜に馬と御者小屋をやられて、家人すら守れぬ体たらく。
こうしている今も、タルカット連邦に置いてきた我が軍と屋敷の者たちが心配でならぬのだ。
先触れを送り、こうして遅れてやってきたのも、貴殿の奥方が花や木が好きだと耳にして、珍しい植物を集めさせていたのだ。
貴殿の愛妻家ぶりは噂に聞いていたのでな……。
此度の無礼はすべて私の不徳のいたるところ。
どのような償いでもさせてもらう。
だからどうか、此度の協定はどうか調印してほしい……!
クラークネス領を、タルカット連邦に住む領民たちを救う力を、どうか我々に貸して欲しい!」
使者を通してのやり取りだけではわからなかったが、クラークネス領の状況がここまで逼迫していたとは……。
私は一晩だけ待ってもらうことにした。
マーガレットの部屋を訪ねると、ベッドの上でサラマンダーの子どもと横になっていたところを起きだしてきた。
「え……、西はそないなことになっていたんどすか」
「先日、白はんはクラークネス家が自分のところにあるというようなことを言っていたと思うのだが……」
「へえ、白はんは西側を治めてる言うお話どした」
そうか、つまり五大聖獣にはなわばりがあって、南がフェニックス、西がユニコーン、そしておそらく中央をフェンリルが治めているという事か。
確か、白はんはマーガレットをクラークネス家に欲しがっていた。
あれは、やはりマーガレットならタルカット連邦を安定に導くことができるからという意味だったのではないか……?
……だとすればマーガレットは私とではなく、クラークネス家の誰かの妻になる可能性があった。
クラークネス家には確かに二人年頃の独身者がいたはず。私よりも年恰好はマーガレットに合っている。
改めて思うが、この結婚は奇跡だったのだな……。マーガレットが我が領地へ来てくれて本当によかった……!
だが、これが逆であったならば、私とクラークネス辺境伯の状況は鏡写し。
領地のために頭を下げていたのは、この私だったはずだ。
「マーガレット、クラークネス辺境伯との協定だが、調印しようと思う。
そして、魔物征圧計画の遠征には、君を連れて行きたいが、どうだろうか?」
「へえ、うち、だんさんのためになるんやったら、やらしてもらいます」
「そうか……!」
「タルカット連邦に行ったら、白はんになにが起こっとるんか、尋ねたらええんどすな?」
「ああ。ただ、他領となるとこの屋敷で過ごすのと同じようには行かないだろう。君には窮屈な思いをさせることになるだろうが……」
「かましまへん。そんときだけなら、それらしゅう振る舞うんはできる思います。また扇子に挨拶やら書いて持っときますさかい」
「いや、扇子は持たなくていい。君は君のままでいい。私がそうして欲しいんだ。
ただ、無理解の輩もいるだろう。その心無い嘲笑すべてから、君を守ることができないかもしれない……」
「だんさん……! うち、嬉しい。だんさんがそない言うてくれたら、うちなんぼでも頑張れる」
マーガレット……!
私のためにそんなことを言ってくれるなんて……。
私も同じ気持ちだ。君のためなら、私もどんなことだってできる。
マーガレットが瞳を輝かせながら、身を乗り出してきた。
「上手うできたら、だんさん、またうちのことなでなでしてくれはる?」
こっ、こんな可愛いご褒美のおねだりがあるだろうか……!
このところ、流れに任せてさりげなくボディタッチを増やしてきたが、やはり求められるとこみあげて嬉しいものがある……!
ああ、どうしてこんなに私の妻は可愛いんだ。
聖獣たちよ、どんな話し合いをしたのかは知るよしもないが、マーガレットとの出会いを私にもたらしてくれたことを、心から感謝する!
「もちろんだ……!」
「嬉しいわぁ……!」
満開の花のようにふわりと笑ったマーガレット。
君と競うわけでもなんでもないが、きっと私の方が百倍嬉しい……!
今夜はいつもよりもっと、君の心を側に感じるよ……。
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