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第3部 変人令嬢のお陰で辺境編成は大激変! 周辺に生息しているメルヘンなもふもふたちよりも可愛いがすぎる新妻に、辺境伯の偏愛が大変です!
宝石よりきれいやもん
しおりを挟む――わ、私の妻が、可愛すぎる……。
困ったように小さな手を丸めて、首を左右にふりふりしている。
甘い……甘すぎる……。なんなのだ、この甘さ……。
舐めたら絶対粉砂糖のように甘い。きっとそうに決まっている。
「うち、なんも欲しいもんあらしまへん」
「だ、だが……。デェマル山脈の魔物が大人しくなったのは、マーガレットのお陰だ。この感謝の気持ちをなにか形にしたいんだ」
なにを隠そう、流れを変えた川の治水工事しなおし、新しい水路と元々の川とに水が半分ずつ流れるように変えた日から、凶暴な魔物が一切でなくなった。
お陰で私が管轄する辺境地域の警備兵団の経費が大幅に減り、町や村が昔のように活気づき、領の税収が一気に高まった。
さらに辺境編成を見直すことができ、応援要請が来れば他の領地へ警備兵団を派遣できるまでになった。
これが王都の国王陛下の耳にまで届き、なんと……! 私は褒章を授与されることが決まったのだ。
王城へ参上するために、明日私は領を出発する。
せっかくだから、マーガレットになにか土産を買ってこようと、欲しいものを尋ねたのだが……。
「マーガレット、遠慮することないのよ。クリスチャンはあなたがいるだけで、いつもの何倍も仕事に身が入るの。
だから、今回の成果はマーガレットのお陰でもあるのよ」
母上の言葉にノルタたちも、うんうんと頷いている。
確かに、傍から見れば間違いなくそのように見えていたことだろう。
マーガレットが聖獣たちから森の状況を聞き、それによって問題を解決したということは、誰にも話していない。
マーガレットが他の誰にも言わないようにと望んだことと同時に、言えばひと騒動になるのは目にに見えていたから、話すにしても時期を見たほうがいいと私も考えたからだ。
だから、本当の功労者がマーガレットであることを、私以外は誰も知らない。
「そうね、例えば……。植物図鑑なんかはどう? マーガレットは自分でも図鑑を作っているでしょう? きっと参考になると思わない?」
「それか、王都には各地から珍しい動物を集めて売っているそうですから、動物を買ってきてもらうのはいかがでしょう?」
「マーガレット、本当になんでもいいんだ」
――ふりふり……。
また同じように首を振る。どうして私の妻はこんなにも欲がないのだ……。
愛しい人に与えることができないというのが、こんなにももどかしいとは……。
唐突にマーガレットが窓辺へ向かった。
「……うち、ご褒美ならもう貰うてるんどす」
窓の外の夕日をしばらく見た後、くるっと振り返る。
「だんさん、見とぉくれやす。あの日が沈むとこ……。ここはほんま素晴らしいところや。
うち、こないな綺麗なご褒美毎日もろうてますさかい」
――ぶわぁっ!
全身が一瞬で沸騰した。
マ、マーガレット……! 君は本当に……!
て、天使か、あるいは神の化身なのか……!
夕日に照らされて赤く染まるマーガレットの可憐な美しさと神秘的な神々しさ。
も、もはや、逆らうことなどできようか……!
「わ、わかった……! では、早くまた二人で夕日を眺められるよう、一日でも早く帰ってくるとしよう……」
「へえ、そうどすなぁ」
母上とノルタが私を呆れて見ている……。
ふ……。なんとでもどうぞ……。
明日は最速で王都に向かい、そして最速で帰ってこよう。
***
「では行ってまいります、母上」
「クリスチャン、いいこと」
「はい?」
「マーガレットは欲のない娘ですからああいっていましたけれどね、贈り物をもらって喜ばない女性はいないのですよ。
報奨金をいただいたら、王都の一番いい店で、最高の生地を買ってらっしゃい。
宝石は真珠か白珊瑚の小ぶりのもの。いいこと、たくさんはいらないの。でも、一番いい店の一番いいものを選んで買ってくるのよ」
「しかし、マーガレットは……」
「あなたが贈ったものならマーガレットはきっとなんでも喜んでくれるわ。間違っても、派手なものや大きなものはだめ。小柄で清楚なマーガレットには似合わないんだから」
「……わ、わかりました……」
そのとき、向こうからマーガレットがかけてくるのが見えた。
「おまたせしてかんにんえ。これ……」
渡したいものがあるからと、屋敷に取りに行っていたマーガレットが、そっと押し花を差し出してきた。
……マーガレットの花……。
なんと、可愛らしい……。私のためにこんなものまで作ってくれていたのか……。
「お守りどす。うちの代わりに持っていっとぉくれやす」
「……ああ、これがあれば厄災の方から避けて通ってくれそうだ」
胸がじんわりと温かい。胸にしまうのもはばかられるほどの愛おしさだ……。
これを見るたびに、私はマーガレットのほほ笑みをその姿を思い起こすだろう。
これに勝る贈り物が、私に見つかるだろうか……。
王都にはいろいろなものが目移りするほどたくさんある。
だが、これだけ心を温めてくれるものが他にあるだろうか……。
「ほな、お気ぃつけて」
「マーガレット、本当に欲しいものはないか?」
「へえ」
「マーガレット、再三尋ねられて断わるのも野暮なものよ」
「……そうどすなぁ。……ほな……、うち……、あの……怒りまへんか?」
「ああ、言ってごらん」
「ほ、ほな……、うちだんさんが戻ってきはったら、おねだりしとおす」
「帰ってきたら……?」
そ、それでは結局何を買って来れば……。
いや、そうではない。
マーガレットは金銭ではないなにかを私から欲しいということだ。
マーガレットのおねだり……。
き、気になるではないか……っ。
「へえ、そやさかい、お早うおかえりやす」
「あ、ああ。出来るだけ早く戻る」
ロトに命じて私は先を急ぐことにした。
小さくなっていくマーガレットの姿。ああ、もうあんなに遠く……。
よしっ。ここは、さっさと片付けて、さっさ戻ってくる。それだけだ!
「だっ、団長~っ! ペースが早すぎます、馬がばててしまいますよ~っ」
「ホルス、遅いぞ! ついてこれない者は置いていく!」
「そっ、そんなぁ! お、お前たち、みんな続け!」
「えっ、ええ……」
「い、戦の前線でもないのに……!?」
「えっ、俺たち、王都に攻めに行くのか……?」
「そんなわけあるか~」
***
「よくやってくれた、デコラム辺境伯。此度は褒章を取らすとともに、貴殿の爵位を最上級騎士爵から、準男爵へと格上げとする」
「はっ、ありがたき幸せ」
「これまでの数々の武功を鑑みれば、男爵が妥当であるのだが、いましばらく時間を置いたほうが良いとの意見もあってな。だが、これでデコラム家は名実とも世襲貴族となった。
貴殿とその一族には末永く我が国の安寧のために働いて欲しい。ヴィリーバ子爵から妻を迎えたそうだしな。重ねておめでとう」
「ありがたきお言葉感謝いたします」
「それにしても、しばらく見ないうちに見違えたぞ……。これまでのぎらぎらとした雰囲気がこうまでも穏やかに、しかも貴族然とした振る舞いまでもすっかり身につけたようだ。よほどしっかりとしたよい伴侶を得たらしいな」
「……はっ、私にとってはそれが一番の褒め言葉にございます」
「ほ……っ、ははは……! そうかそうか。それではこのあとの会食でゆっくり聞かせてもらうとしよう」
「は……」
会食は長くなるんだろうな。今宵は早く就寝して明日朝一番にも城を出たいのだが……。
はっ、その前に土産を買わねばならん。
マーガレットのおねだりが何なのか皆目見当がつかないが、母上にああいわれた手前、なにも買わずに帰るわけにもいかんだろう……。
会食までの時間を縫って、私は貴族用達の店を訪ねた。
……このイヤリング、いや、ネックレスか……?
いろいろ見て回ったが、正直、宝石よりも花冠をしたマーガレットのほうが遥かに美しく見える、そういうイメージしか思い浮かばない。
……とりあえずこの真珠の髪飾りを買っていこう。
……あまり自信はない。喜んでもらえるといいが……。
出たときと同様に馬を駆けて領地へ戻る。
「母上、ただいま戻りました!」
「え、ちょっと、帰ってくるなり、どうしてそんなに慌てているの」
「部屋にマーガレットがいません! 今どこに!?」
使用人総出で探し回ると、厩の側でワラビネズミに取り囲まれているマーガレットがいた。
白いもふもふとマーガレットが一体化して、なんだあの、もふもふの塊は……っ。
新種の生き物か!? いつの間に、可愛さで人を殺せるという新しい生きものが誕生したのだ……!
「あっ、だんさん! おかえりやす」
「だ、大丈夫か、マーガレット……。ワラビネズミに埋もれているぞ……」
「だんさんがいーひんで寂しい言うたら、みんなが寄り添うて慰めてくれとったんどす。
もう平気や、だんさん帰って来たさかい。……え、え……?
そ、そないなこと、うちよう言われへん……」
一向にマーガレットから離れてくれないワラビネズミたち。早く返してくれ。
しかもマーガレットに何か言って困らせているようだ。
「……、ワラビネズミたちは何と言ってるんだ?」
「い、言われへん、かんにんしておくれやす」
むっ……。ワラビネズミたちめ、おおかたまだ遊び足りないとか、一緒にいようとかそんなわがままでマーガレットを引き留めようとしているのだな……。
この数日間、私はマーガレットのくれた押し花を胸に、マーガレットに会える日を心待ちにして、急いで帰って来たのだ。
悪いが、マーガレットは返してもらうぞ……!
寄り添い重なるワラビネズミの間に手を突っ込んで、マーガレットの腕を掴んだ。
その途端、ワラビネズミが一斉に体当たりをしてくる……!
ぽこぽこぽこぽこ……。
……全然、痛くない……。……なんなんだ、このもふもふたちの、最弱頭突きの連打は……。
犬猫で言ったら、これはあれか? 甘噛みか? いや、なにかの意図があるのか?
相変わらず、マーガレットが困った顔をしているので、私はそっとその手を離した。
すると、ワラビネズミたちが治まってそこへ静かにいなおる。
これは……、そうか、そういうことか……。
「なるほど。お前たちの言いたいことはわかった。マーガレットを大事にしろと言うんだな」
うんうんと、頭を縦に振るもふもふたち。
もふもふに愛される、もふもふ美少女……。
マーガレットがほのかに頬を染めた。
くうぅ……、これが本当にただのもふもふなら、なでなでしてぎゅっとこの腕の中に抱きしめられるのに……。
「す、すんまへん……」
「なぜマーガレットが謝るのだ。ワラビネズミたち、悪いがマーガレットを返してもらうぞ。
私だってマーガレットに会えない間、ずっと寂しかったのだ」
思いが通じたのか、ワラビネズミたちは丸い尻をふりふりしながら森へ向かって去っていった。
ついでに後ろで見ている母上たちも、全員どこかへ行って欲しい……。
もふもふ武装が解除されたマーガレットが立ち上がって私のそばに寄ってきた。
見上げる眼差し……。
ああ、マーガレット、君に見つめられることがこんなに喜びをくれるとは……。
「だ、だんさん……」
「それでマーガレット、おねだりはもう決まっているのか?」
「へえ」
「私にできることならなんでもするから、言ってごらん」
「うち、なでなでされたい」
な……っ! お、おいおいおいぃ……!
願望余っての幻聴が……っ!
私の耳は腐ったのか……っ!?
「ワラビネズミもうちも、なでなでされるのん好きや。そやさかい、だんさんに撫でて欲しいんや」
げ……、幻聴じゃないぞ……っ!?
しかし、これがマーガレットのおねだり?
私へのご褒美の間違いじゃないのか……?
そう思いながらも、私はそっとマーガレットの頭を撫でた。
ふわふわさらさらな手触り。
ほのかに薫ってくる草と土の香り。
――なでなで……なでなで……。
「うち、嬉しいわぁ」
――かあぁ……!
マーガレットの満面の笑みが帰ってきた。
ズキュンときた。何かわからんが、大打撃だ!
こ、これはだめだ……。ご褒美になってない。
完全にマーガレットではなく私へのご褒美ではないか……!
私の妻が可愛すぎる……!
「……こ、これでいいのか……?」
「へえ」
気付くと、母上やノルタたちだけでなく、ホルスや他の兵たちまでもが、ほのぼのと私とマーガレットを眺めているではないか……。
「おやおや……」
「まあまあ……」
み、見世物じゃないぞ……!
だが、この愛らしい笑顔の前ではなにもかもがどうでもいい。
マーガレット、これではなんのご褒美にもなってないだろうが、私でよければ、こんなおねだりなら、いくらでも聞いてあげよう。
***
「……一応、その、これをマーガレットに……」
だんさんが開けて見してくれた箱の中には、小さな真珠で縁取りされた銀の髪飾りがあった。
うち、なんもいらへん言うたけど、やっぱし気使わしてもうたみたいや……。
「も、もし嫌じゃなければ貰ってもらえるだろうか」
「うち、いらへん……」
「えっ……!」
だ、だんさんが口を開けてショックを受けてはる……!
あかん、言い方があかんかった。
「き、気に……入ら、なかった……ろうか……」
「ちゃいます、せやのうて、これお義母はんに買うてきたのとちゃうんどすか?」
「え……?」
「だって、だんさんが王都へ参上するために、お義母はん大事にしとった髪飾りを売ってもうたんどすえ。一番似合うとった黄色のお花の髪飾りや」
「そ、そうだったのですか、母上……」
「そ、それはそうだけれど……。これはクリスチャンがあなたのために買ってきたものなのよ」
「うちはもうご褒美ぎょうさん貰いましたさかい、これはお義母はんに差し上げて欲しおす。これだけ細工が立派やったら、準男爵の御母堂様としてきっとええ箔がつく思います。
それに、お義母はんが大事に使うてくれたら、いつかうちがそれ引き継がしてもらいとおす。そんときはほんまもんの宝物になるさかい」
「マ……、マーガレット……ッ!」
「き、君は、どうして……!」
「わ、若奥様ぁ……っ」
「代々の家宝にするんですねぇ! 素敵です~!」
よかった、わかってくれはったみたいや……。
けど、ほんまにうちはなんもいらへんのや。欲しいものは全部ここに揃うてるんやもん。
温かい家。優しいお義母はん。みんなの笑顔。
窓を開けたら薫る風。輝く雲に、刻一刻と移り変わる山の景色、光る川。
ぎょうさんの動物に植物たち。魔物も聖獣もみんなおる。
それに……。
うちは目の前の立派なお人を見上げる。
うちのことを一番最初に受け入れてくれた、大事な、大事なお人……。
「うちのためにいつも、ほんまおおきに。そやけど、どないな宝石より、だんさんが帰って来てくれはることが、うちにとっての一番のお土産や」
「マーガレット……!」
だんさんがにっこり笑いかけてくれはった。
だんさんの笑い顔、好き……!
ほんま、うちまで嬉しゅうなる……!
だんさんがしゃがんで、うちの手を取ると、甲に優しゅうキスしてくれはった。
「私の妻には困ったものだ……。これでは何を買ってきても君を喜ばせられないではないか……」
「ほな、うちのこと見とって? だんさん瞳の色は晴れた空みたいできれいやもん。宝石よりずっと見てたいわ」
だ、だんさん……、手が一瞬でえらい熱ぅなったけど……。大丈夫やろか……。
顔も真っ赤やし……。
疲れが急に出たんやろか……?
「あらあら……」
「まあまあ……」
お義母はん、ノルタはん……。え……、いつもなら真っ先にだんさんの体を気使うのに……。
なんで……?
「だ、だんさん、疲れたん? 休んだ方がええんちゃう?」
「うぐ……、……残念だがこれは治らない……」
えっ、ええっ……!?
だっ、だんさん!
しっかりしてぇ……っ!
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