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第2部 成り代わりなんてありえなくない!? 泣く泣く送り出した親友じゃなくて真正のご令嬢は、私のほうでした
誤解にならぬよう
しおりを挟むわあっ、なんていい天気かしら!
この様子なら、明日もきっと晴れ模様ね。
子どもたちの新品の服が雨に濡れる心配はさなさそうだわ。
「エミル、留守の間、なにかあったらジョンソンさんかホークさんを訪ねるのよ。
もらい乳はいつも通り、マリーナさんとジュディさんにお願いしてね」
「はい、院長様。それより院長様も出発の準備をなさって!
更衣のアイロンがけなら双子をおぶってでもできるから、わたし代わりましょうか?」
「悪いわね、エミル。あなたひとりに留守番をお願いすることになって」
「院長様こそ、ひとりで子どもたち全員を連れてかなきゃいけないんだから、そりゃあ大変なんてものじゃないわ。
わたしは、お土産話を聞くの楽しみにこの子たちと待ってますから、無事に行って帰ってきてくださいね」
「ありがとう。あなたがいてくれて本当に安心よ。
こちらはもう終わるから大丈夫。それより外の子どもたちがあんまりはしゃがないように見てやってくれる?
特にモーリーはすぐ熱を出すから、明日行けなくなるなんてことになったらかわいそうだわ」
「あっ、その通りだわ……! 今見てきます!」
双子を抱えて外に出ると、案の定モーリーが男の子同士で走り回ってる。
さすが、院長様だわ!
すぐ捕まえて落ち着かせなきゃ……!
木陰で女の子同士の話をしているレナとタニアに双子をそれぞれ預けると、大股でモーリーの方へ急いだ。
あら……!?
どうしたのかしら、モーリーたちのほうからこちらへ駆けてくるわ。
もうっ、あんなに急いで!
明日熱を出したら、悲しむのは自分なのよ、モーリーったら!
声を上げようと口を開いたとき。
「エミル~ッ!! なんか、すごい馬車が見えるよ!」
「赤くて、金ぴかで、すごいんだ!」
「こっちに来るんだよぉ!」
「白い馬、カッコイイ~ッ!」
「えぇっ、馬車……!? 白い馬……?」
駆けつけてきたモーリーたちに手を掴まれて、そのまま引かれていくと、確かに道の向こうから、見たこともないくらい鮮やかな赤色の、金ぴかの縁が付いた箱馬車を、二頭の白い馬がお揃いの金ぴかにの馬具をつけてこっちに向かってくる。
す、すごぉい……。
あんな立派な馬車、夢でも見たことがないわ。
でも、あら! あの馬車のエンブレムは、ウィズダム伯爵家のお屋敷で見たエンブレムだわ……!
モーリーを興奮しすぎないようになだめている間に、馬車はわたしたちの前にやってきて停まった。
使者のおじ様かしら?
出発は明日だけれど、心配して迎えに来てくれたのかしら。でもこないだはこんなに豪華な馬車には乗っていなかったけれど……。
――キィッ。
子どもたちと一緒にそわそわしながら見ていると、馬車のドアが開いた。
「やあ、エミル!」
「えっ! まあっ、ジョン!?」
「君に会いたくてついに来てしまった」
「き、来てしまったって……。あ、あなた、い、一体どうしちゃったの?
その恰好……。まるで……、そう、見たことないけれど、まるで王子様みたいじゃない……!?」
「気に入った?」
「え、あ、うん、そうね……。あっ、わかったわ!
つまり、ジョンも子どもたちと同じように、伯爵様から結婚式用の服をいただいたのね!?
驚いたわ! とってもすてき! すごくよく似合ってるわ!」
「そうか、君に褒めてもらえてうれしいな」
「ええ、本当にすてきよ! 今まで見た男性の中で一番に! ねぇみんな!?」
「う、うんっ!! す、すっげーよ」
「ジョンが輝いてる……」
「下男にすらこんな服をプレゼントしてくれるなんて、伯爵様は明日いったいどんな姿をしているんだろうな……!」
「僕、想像もつかないよ!」
「あっはっは! 君たちが驚くのも無理はないけど、君たちはもうその伯爵がどんな装いで花嫁を迎えるか目にしているんだよ」
「……は……」
「え……?」
「ん、……ん?」
「……え……、ジョン、あの、今のは……? は、伯爵様があなたと同じ格好をするっていうこと……?」
「そうだよ、エミル! 僕がアーロン・ウィズダム伯爵だ。君を花嫁にするために迎えに来たんだ!」
……え……?
ちょっと、待って……?
ジョン……が、アーロン・ウィズダム伯爵……?
ジョンが、は、伯爵……っ!?
「君が驚くのは無理もない。ことの始まりは、使者のクレッグが勝手にジューンをリーズン家の令嬢に仕立て上げたからなんだ。
でも、後からリーズン家の令嬢には、足に大きさの違う三つのホクロが並んでいるとわかった。
君が靴を失いかけたとき、僕はそれを間近で目にした。
そして、ジューンにはそれがなかった。
それに君はジューンのために、前の院長から渡された金の鎖を使って、薬を買ったね。
僕はそれを薬屋から買い戻して本国に送ったんだ。
そうしたら、やっぱりそれはリーズン家の乳母が孤児院に預けるときにお包みに入れたものだとわかった。
エミル、君こそが、本物のリーズン家の令嬢なんだよ」
「……え、は、えぇ……? あの、わ、わたしが、本当のリーズン家の娘……?」
「そうだよ! だから、エミル、僕と結婚してくれるね!?
僕と君の結婚式のためにあれこれみんな準備してきたのに、肝心の君が来ないっていうから……!
君の手紙をもらってすぐ馬車を飛ばしてきたんだよ。
双子のことなら心配いらないよ。ほら」
ジョンがくるっと視線を送ると、馬車の中からジューンが下りてきた。
「ジューン……!」
「エミル、わたし……、ごっ、ごめんなさい……!
わたし、わたし……っ」
「ジューンはエミルのホクロのことを知っていて、だからわざと自分で右足の小指の付け根を焼いたんだ」
「ええっ……!? じ、自分で……!? ジューン、なんでそんなばかなことを……」
「本当にごめんなさい……っ! わたし、自分がリーズン家の令嬢じゃないとわかって、それでも、アーロン様と結婚したくて、それで……」
「ジューン……」
そのとき、馬車からもうひとり降りてきた。
大きく立派な体の紳士。この人も、貴族みたい……。
その人が突然、わたしに向かって胸に手を当てて頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、エミルお嬢様。
私はアーロン・ウィズダム伯爵に使える側近のハンスと申します。
誤解にならぬよう申し上げます。
実はこのジューンはずっと、私のことをアーロン様だと勘違いしていたのです」
「ええっ!?」
「ええ、そうなのです。
とはいえ、ジューンが勘違いに至ってしまったのには、アーロン様にも落ち度がございました。
この方は、生まれてこの方三度の飯より本が好き。
寝ているあいだも夢の中で本を読んでいたいという質なのです。
そういうお方でございますから、貴族らしい身なりですとか振る舞いというものが本当に苦手でいらっしゃいまして、屋敷の中外と問わず下男のような身軽な恰好で出歩いてしまうのです。
主が下男のような格好をしていたとしても、我々従者が主に敬意を表した身なりをしないわけにはいきません。
そういうことで、ジューンはアーロン様と私を主従逆転だと勘違いしてしまったのです」
「……と、ということは……、ジューンが恋をしていたのって、ハンス様なの?」
「ええ、その通りよ、エミル。いえ、その通りでございますわ、エミルお嬢様……」
「えっと、じゃあ、ジューンが孤児院を訪ねて来た時って……」
「三つのホクロの話を聞いて、ジューンが孤児院を訪ねたいといい出した。これはなにかあると思ってね。
勘違いされているのをいいことに、下男の振りをして同行したんだ」
「あ、ありえなくない? びっくりよ……。だって、伯爵様が下男に成り代わっているなんて、一体誰が思うかしら」
「でもそのおかげで、エミル、僕は君を見つけた。
クレッグは本好きな僕には大人しい妻がいいと思ってジューンを選んだんだろうけど、僕は君に出会って、君しかいないと思ったよ。
正直をいうと、格式ばった貴族のマナーや回りくどい挨拶、そんなのにかまけている暇はないんだ。
本にはたくさんの叡智が詰まっている。でも本当に大事なのは知識じゃない。智慧なんだ。
聖典に書かれているあらゆる知識は知っているだけでは価値がない。
その人が生きているその場所で、共に生きる仲間と共に生かすこと、それが智慧なんだ。
エミル、君はまさに、その実践者だ。
金の鎖を孤児院のみんなのために使い、麦を撒く時期や薬草の収穫について知っているだけじゃなく、それが及ぼす未来のことを見通した。
自分の知識を自分の利益のために使おうとしたジューンとは全く違う。
知識だけなら持っている者はいくらでもいる。でも、智慧を正しく使える人は本当に少ないんだよ」
そんな……、あ、頭の中がぐるぐるして……。
わ、わたしが智慧の実践者?
「君こそが、我がウィズダム家に相応しい花嫁だ。
エミル、僕は君にまた会えるのを本当に楽しみにしていたんだよ。
双子の世話はジューンが引き受けてくれる。
だから、僕と一緒に、明日結婚式を挙げてくれるかい?」
「そ、そんな……。急すぎて、胸の中までぐるぐるよ……」
「エミル、うんといってくれ」
「だ、だって、わ、わからないわ。急に結婚といわれても、あなたのこと、そういうふうに考えたことがないんだもの」
「本当に、少しも?」
「あの、でも、あなたって優しいお手紙を書いてくれるいい人だって思うわ。
たくさんお手紙を読むうちに、親友みたいな気持ちがしていたの」
「だったら、まずは親友から始めようよ」
「親友……、そうね、それならいいわ!」
「それじゃあ、親友のエミル嬢。明日我が屋敷で親友とその仲間たちを招いて盛大なパーティを開こうと思う。
来てくれるだろうか?」
「ええ、もちろん!」
「いく~っ!!」
「パーティだ、パーティ!」
「院長様に言いに行こうぜ!」
「うんっ」
「ねえ、伯爵様、はちみつある? パンにいっぱいかけて食べるのが僕の夢だったんだ!」
「俺はマスのパイを腹いっぱい食べるぞ!」
「みんなのズボンのボタンがはちきれるくらい準備してあるぞ」
「うおーっ!」
「よだれが~っ」
ジョンの……、いえ、アーロン様の言葉にみんな大はしゃぎ。
ものすごく驚いたけれど、でも、信じてきたことが本当になって、すごくうれしい!
クレッグのおじ様がジューンを選んだときは、神様をなじりたい気持ちになってしまったけれど、今は本当、神様はなにからなにまでご覧になっているんだと信じられるわ。
わたしが、リーズン家の令嬢。
――そう、やっぱりわたしだった……!
「エミル、それはそうと……。リーズン家の令嬢とわかったからには、伯爵家の屋敷に移ってもらうことになるんだけど……」
「ジョン……! あっ、違った、アーロン様、ひとつだけお願いがあるのよ」
「なにかな」
「わたしも、アーロン様のようにたくさんの本が読めるようになりたいわ。
きっと、その本の中には、子どもが病気したり怪我をしたりしたときに役に立つことが書かれているんでしょう?
それに、麦や野菜の収穫を増やす方法や、雨や嵐が来る前兆を知る方法も知りたいわ。
だから、お願い、わたしに字を教えて欲しいの!」
「もちろんだよ、やっぱり君ってすてきだな!」
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