【新作】悪役令嬢の厄落とし! 一年契約の婚約者に妬かれても、推しのライブがあるので帰りたい! ~ご令嬢はいつでもオムニバス5~【1〜4完】

丹斗大巴

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第2部 成り代わりなんてありえなくない!? 泣く泣く送り出した親友じゃなくて真正のご令嬢は、私のほうでした

これで十一回目

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 「エミルへ

 元気にしているかい? これで十一回目の手紙だ。

 前の君の手紙に、僕のおかげで、読める文字が少し増えたと書いてあったのでうれしく思うよ。

 ジューンお嬢様の火傷はもうすっかり治って、ますます元気にしているよ。

 今は花嫁のベールに月と星の刺繍をしている。

 結婚式までに必ず間に合わせるんだって張り切っているよ。

 君も孤児院のみんなもきっとこの知らせを首を長くして待っていたと思う。

 伯爵様とお嬢様の結婚式は来年の春に決まったよ。

 伯爵様が孤児院のみんなを全員招待とすると言っていたから、今からすごく楽しみだ。

 もちろん、一番楽しみなのは、君に会えることだ!

 友達がいのある君の友達 ジョンより」



 まあ、結婚式は春なのね!

 ジューンの花嫁姿、きっと春の風と花に囲まれて、小鳥が優しい歌声でお祝いしてくれるんだわ。

 きっと、夢みたいにすてきな日になるわ!

 ……でも……。



 「わたしのすてきな友達 ジョンへ

 すばらしいお知らせをありがとう!

 わたしも孤児院のみんなも、みんなおおはしゃぎで、今から春が来るのがまちどおしいわ。

 月と星の花よめのベールなんて、考えただけでもうっとりしちゃう。

 きっとジューンはこの世で見たこともないくらい一番きれいな花よめになることまちがいなしよ。

 でも、わたしからかなしいお知らせをしなくてはいけないわ。

 わたしも子どもたちもみんなひとりのこらず、ジューンおじょう様の晴れの日をこの目で見たいと思っているの。

 でも、院長様がいうことには、わたしたちには伯しゃく家の結婚式に出られるような服が一枚だってないの。

 わたしたちがおしかけては、逆にめいわくになるというから、行くことはできないの。とってもざんねんよ。

 あなたとも会えそうにないから、二じゅうにざんねんよ。ほんとうに。

 でも、院長様がジューンおじょう様がどんなすばらしいドレスを着て、どれほどうつくしかったかを、ぜんぶ見てかえってくるはずだから、わたしたちはそれを楽しみにおるす番をしているわ。

 ジョンからも、けっこん式がどんなだったか、ぜひきかせてちょうだいね。

 春が来るのがなによりも楽しみの エミルより」



 返事を書いてからも、わたしも子どもたちもみんな、話題はジューンお嬢様の結婚のことばかり。

 ああ、穴の開いていないきれいな服と上等な靴さえあれば……。

 だけど、とうてい無理な話ね。

 今年の冬、雪の代わりに銀貨でも振ってこない限り、子どもたち全員の服を設える事なんてできないわ。

 ああ、本当にひと目でいいからジューンお嬢様の花嫁姿を見てみたい……。

 どうにかして一瞬だけでもこの目で見れないものかしら。

 わたしの目を片っぽ取り出せたら、院長様に持って行ってもらうのに。

 そんなことを思い耽っているうちに、秋の風。

 孤児院では総出で、収穫や瓶詰めつくりに大忙し。

 わたしと院長様でピクルス用の野菜を切っていたら、外の子どもたちが泥だらけで駆け込んできた。



 「い、いんちょうさま――っっ!」

 「なんか来た、でっかい箱が来たよ!」

 「早く来て、早くぅ」



 院長様と慌てて外へ出ると、大きな箱を積んだ馬車が道の向こうからぽくぽくとやってくるところだった。



 「さあ着いた。院長様も子どもたちも驚くなかれ! この箱の中身は何だと思う?」

 「なに? なになに?」

 「馬車のおっちゃん、早く言ってくれよ!」

 「わかった、りんごだ、僕の好きなもの!」

 「ええ~、それならはちみつがいいなぁ、箱いっぱいのはちみつ」

 「かっかっかっ。それじゃあ、全員手足を丸っと洗ってきな。院長様とそこの嬢ちゃんは、運ぶのを手伝ってくれるかい」

 「え、ええ……」

 「もちろん!」



 運び込まれた箱のまわりを子どもたちが取り囲む。

 院長様が蓋に手をかけると、そろ~っと上に外した。

 その中に入っていたものといったら……!

 す、すごい……、こ、子どもたち全員分の、新しい服と靴だわ!



 「ま、まあ、これは……!」

 「ウィズダム伯爵様から孤児院への贈り物だ。これを着て春の結婚式に全員出席して欲しいそうだよ」

 「ま、まあ……っ! なんというありがたいご厚意なんでしょう!」



 院長様が目元を赤くして、あっという間に瞳に涙を浮かべた。

 子どもたちも一斉に悲鳴を上げて大騒ぎ。

 ああ、信じられないわ……! なんて慈悲深い伯爵様なのかしら……!

 わたしたちのことにまで目をかけてくれるなんて!

 ジューンは本当に、本当にすばらしいかたと巡り合ったのね……!



 ***



 「エミルへ

 変わりないかい? ようやく待ちに待った春が来たね!

 屋敷では今まさに結婚式の準備で大忙しだよ。

 そら豆のマッシュに、じゃがいものグラタン。鹿肉のシチューに、鴨肉のロースト。

 ハムに、羊のソーセージに、コールドチキンに、ローストビーフ。

 マスのパイ包みに、タラのスープに、エビのオーロラソース。

 キイチゴのジャムがたっぷりかかったプディングに、レモンパイ。

 クリームサンドケーキに、キャンディやクッキーもたくさん用意しているよ。

 子どもたちみんながお腹いっぱい食べられるだけの量を!

 今年の春は雨が多いけれど、来月の結婚式の日は晴れるといいな。

 君と早く会いたいよ。

 話したいことがたくさんある ジョンより」



 ジョンったら、ウキウキして字が踊っているようだわ。

 でも困ったわ、このままじゃ、とてもじゃないけれど、結婚式に行くことはできないわ……。



 「ジョンへ

 わたしも子どもたちも院長様も元気よ!

 みんな見たこともきいたこともないおりょうりに、今からよだれがとまらないって!

 けれど実は、この長雨で、春の種まきがちっともすすんでないの。

 雨がふりつづくと、せっかく種をまいても流れてしまうし、かといってまくのがおくれると小麦がうまく育たないの。

 院長様とそうだんして、わたしがおるす番をして種まきをすることにしたわ。

 伯しゃくさまがせっかく送ってくださった新しい服も着てみたかったし、初めてきくごちそうも食べてみたかった。

 なにより、ジューンおじょう様の晴れすがたを見て、大声でおめでとうって言いたかったけれど、おてんとう様のごきげんにはさからえないわ。

 だから、ジョン、わたしの代わりに結婚式の一部しじゅうを目にやきつけて、あとでお手紙に書いて送ってちょうだいね。

 あなたの手紙を楽しみにしている エミルより」

 そのお手紙を送ったわずか二日後、孤児院にまた大きな荷物を積んだ馬車がやってきた。



 「わあっ、今度はなに!?」

 「次こそは、はちみつ?」

 「さあ、院長様! 倉はどこですかい? ご覧くだせぇ、これ、ぜぇんぶ、孤児院の子どもたちのための小麦ですぜ!」

 「そんな、ま、まあっ……、こ、こんなにたくさん……!」

 「伯爵様からの手紙を預かってまさ。これをどうぞ」

 「院長様、早く読んでぇ~っ」

 「はくしゃくしゃまのおてまみら~」

 「い、今、読むわね……。ふん、ふむ……、ま、まあ……!

 今年の長雨で小麦の収穫が少なくなることを心配して、送ってくださったようだわ……!

 これから先も、子どもたちの食料や衣服を送るから、院長殿は子どもたちの勉学や神学を進めるように申し伝える、と……。

 なんと、まあ……!」

 「院長様! なんて素晴らしい贈り物かしら! 伯爵様って本当にすてきなかたね!」

 「え、ええ……! エミル、ああ、今まで孤児院の院長をしてきて、こんなことは初めてよ……! なんと慈悲深い」

 「さあ、院長様、雨が来ないうちに運び入れましょうぜ。さあ、子どもたちも手伝ってくれ!」

 「おうっ!」

 「うわぁい!」

 「これ全部小麦なの!? すごぉ~いっ!」



 ああ……! なんてすばらしいの……!

 倉の中にこんなたくさんの小麦の袋が積まれたのを見るのは、生まれて初めてだわ。

 まだ食べてもいないのに、お腹も胸もいっぱいの気分……!

 それに、これならわたしも結婚式に行けそうね!

 伯爵様に会ったら、きっとお礼が言いたいわ!

 服と小麦を送ってくださってありがとうございます、ジューンお嬢様のことをよろしくお願いしますって、そう言うわ!



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