【新作】悪役令嬢の厄落とし! 一年契約の婚約者に妬かれても、推しのライブがあるので帰りたい! ~ご令嬢はいつでもオムニバス5~【1〜4完】

丹斗大巴

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第2部 成り代わりなんてありえなくない!? 泣く泣く送り出した親友じゃなくて真正のご令嬢は、私のほうでした

涙の別れと初恋

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 「用意なさい、ジューン」

 「ちょ、ちょっと、待って!? な、なにかの間違いよ!!」

 「エミル、あなたは子どもたちを外へ連れ出してちょうだい。ジューンの支度を手伝わなきゃならないわ」

 「そんなっ、院長様! 使者のおじ様! リーズン家の娘はわたし、わたしです!」

 「さあ、ジューンお嬢様、日が暮れる前に出発いたしますぞ」

 「え……あ……」



 戸惑ったようにジューンが肩越しにわたしを振り返った。

 訳がわからず混乱している。

 でもわたしのほうが、もっと混乱してる……!



 「うそっ、うそよっ! そんなわけない、わたしが、わたしのほうが……!」



 ――バタン!

 へ、部屋を追い出された……!

 うそよ、こんなの、信じない。

 わたしは信じない。

 わたしじゃないなんて、迎えに来たのがわたしじゃなくて、ジューンだったなんて……!

 そんな、そんなの、あるわけない!

 いつか迎えに来るのは、わたしのほうなのに……!!

 う、う、うそよ―――っ!!


 
 「うわあああぁぁぁんっ!」



 孤児院を飛び出して、畑の真ん中を突っ走った。

 ――ドタッ!

 足がもつれて、勢いよく転んだ。

 ……うそよ、こんなの、うそ……。

 迎えが、わたしじゃないなんて……。

 ずっと、ずっと信じてきた、信じていたのに――っ!



 「あああああぁぁぁぁっ!」



 土にまみれて、泣き叫んだ。

 じたばたと脚をばたつかせて、手に握ったもの、石でも野菜でも、なんでも投げ飛ばした。

 ああ、だけど――!

 こんなことをしても、事実は覆らない。

 わたしがジューンになることはできないんだわ……っ!
         


 「うぅ……、ううう……」

 「エミル、泣かないで……」

 「よしよし、エミルおねぇちゃ、いいこいいこ」

 「元気出せよ、な……?」

 「そんな泣かなくたっていいだろ」



 いつの間にか、わたしの周りに子どもたちが……。

 おのおのの小さな手でわたしを慰めてくれる。



 「お前にだっていつか迎えが来るかも知んねぇじゃん」

 「そうよ、エミル。希望を捨てないで」

 「ぐすっ……、うっ……。そ、そんなわけ、ない……」

 「エミルったら、このままでいいの? ジューン、行っちゃうよ!?」

 「そぉだよぉ、エミルらしくないよぉ!」



 言われて、はっと気がついた。

 これが、ジューンとの別れ?

 姉妹のように過ごしてきた親友の幸せを、こんな恥ずかしい妬みで、台無しに?

 一番の親友に門出を祝ってもらえないなんて、そんなの、そんなの、ジューンがかわいそうすぎる!

 慌てて立ち上がり、服についた土を払った。

 うわっ、なんてこと! 昨日降った雨のせいでドロドロ……!

 

 「やだっ、どうしよう、なんてひどい格好なのっ!」

 「エミル、顔、顔!」

 「服はもうしょうがない、井戸で顔を洗って!」

 「そ、そうね!」

 「この布巾使えよ!」

 「ありがとうっ!」



 急いで顔を洗ってなんとかジューンの出発に間に合った。

 わたしの姿を見て使者のおじ様が、あからさまに顔をしかめたけど、この際仕方ないわ。



 「ジューン、取り乱して本当にごめんね……!」

 「エミル、わたしこそ、なんていったらいいか……」

 「もう気にしないで。それより、伯爵家でたくさん、いっぱい、幸せになってね、わたしの分も!」

 「ああ、エミル、あなたと離れるなんて、さみしいわ……!」

 「生まれたときからずっと一緒だった親友が行ってしまうんだもの。わたしも、さみしい……! 

 お手紙書いてくれる? やさしい文章で書いて欲しいわ。わたしでも読めるように」

 「ええ、書くわ……!」

 「きっと書いてね! 待ってるから! 元気でね!」

 「ええ、あなたも!」



 ――ぎゅっ

 ジューンとは固い握手をして別れた。

 わたしたちは全員で、ジューンが乗った馬車が消えるまで手を振ったわ。

 ああ……。

 ジューン、今、胸にぽっかりと穴が開いているみたいよ。

 さみしいわ、ジューン……!
                              


 ***



 ジューンを見送ったあと、院長が泣き顔のエミルを振り返った。



 「エミル、偉かったわ。よく持ち直したわね」

 「院長様……。そりゃあ、一番いいのは自分に迎えが来ることだけど、ジューンに迎えが来たことは、それと同じくらいいいことよね?」

 「そうね……」

 「それにジューンに迎えが来たってことは、わたしにもいつか来るかもしれないって希望が持てるわ……。

 この施設にいる子どものうち、誰もがその可能性があるってことよね?」

 「ええ、そうかもしれないわね……」

 「わたし、そりゃあ、自分へのお迎えじゃないとわかったときには、神様をなじりたいほど切なかったわ、だけど」

 「エミル、神様はあなたの信仰心を常にご覧になっていますよ」

 「ごめんなさい。でも、ジューンの幸せを喜べずに気持ちよく送り出せないなんて、そんなのすごく嫌だと思ったの。だってジューンはわたしの、親友だもの」

 「そうね、エミル。私はあなたが誇らしいですよ」



 しんみりとしてた空気の中、ぐすぐすという泣き声や、うつむいたりしている子どもたち。

 その子どもたちにひとりひとりに精一杯の笑顔や明るい言葉、優しいまなざしを与えて励ますエミルがいた。

 それを見て、院長はひとり静かに思うのだった。



 (ああ、やはり残ったのがエミルでよかった。この子は面倒見の良さだけでなく、子どもたちの心を照らす明るさと思いやりがある。

 やはり、この孤児院にはなくてはならない子だわ……)



 ――一方、ウィズダム伯爵家に着いたジューン。
 
 目を見張るような豪華なお屋敷に驚く間もなく、お風呂に入れられクリームで揉まれ、髪を梳かされ簪を差し、綺麗なドレスにピカピカの革靴で着飾ると、否応がなく様々なレッスンが始まった。
 
 礼節、教養、音楽、語学、ダンス、乗馬、貴族社会のしきたりのあれやこれ……。

 息つく間もなく目まぐるしい日々。

 そんなある日のこと。

 ジューンにようやくウィズダム伯爵への目通りが許された。

 呼ばれた部屋に入るとすぐに、腰をかがめてスカートを摘まみ、覚えたての挨拶をして見せなければならなかった。

 ジューンの声は緊張で上ずっていた。



 「お、お初にお目にかかります。ジューン・リーズンでございます……」

 「ああ、君か。顔を上げ給え」



 ――はっ……!

 顔を上げた瞬間、ジューンの息は止まった。

 華やかなドレスコートに身を包んだ、たくましく立派な、見目麗しい若者が立っていた。

 

 (この方がアーロン様……。な、なんて、素敵な人なの……!)



 彼の隣や後ろには家令や近侍、メイドや警護の兵士や下男など、たくさんの使用人がこれでもかと並んでいる。

 ジューンにはまるで一国の王様のようにさんさんと輝いて見えた。



 「君はいずれ伯爵夫人となるが、慌てなくていい」

 「ふ、夫人……?」

 「使者に送った者から聞いていなかったのか? まあいい。一日も早く貴族らしい身の振る舞いができるようよく励むといい」

 「はっ、はい……!」



 (こ、この方と、わたしが結婚するの……!? 信じられない……! なんて、なんて、幸運なのかしら……!)


 
 突如と令嬢だと知らされたことの驚き覚めやらぬジューンだったが、まさか、それをさらに上回る驚きが待っていようとは!

 ついこの間まで孤児だった少女に訪れた夢のような瞬間。

 一目でアーロンに恋に落ちたジューンは、この日以来、以前に増してレッスンに力を注ぐようになっていくのだった……。



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