【新作】悪役令嬢の厄落とし! 一年契約の婚約者に妬かれても、推しのライブがあるので帰りたい! ~ご令嬢はいつでもオムニバス5~【1〜4完】

丹斗大巴

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第1部 婚約破棄&処刑されて転生しましたけれど、家族と再会し仲間もできて今はとっても幸せです

愚かなる兄上(ラルフ視点)

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 ――メゾシニシスタ国、王宮の客間から、窓の外を望む。

 今更ながら思い知る。

 我が国はまともな国として扱われていなかった。

 かつての威厳は、もはやちり紙にも同じ。

 それでも私はなんとしてでも、もう一度プレモロジータ伯に会わなければ。

 そして、あの同じ名前の少女と会わなければ……。

 それができなければ、我が国の未来は……。

 しかし、どうやってあの家に近づけばいい?

 この間の様子では、直接ユニコーン邸行ったところで門前払いを食うだろう……。

 ――はっ……。

 窓の下の、あれは……、ヒューか……?

 今行けば、彼と話ができる……!  

 いやしかし……。

 あの場面で私への憎しみを露わにした彼が、話に耳を傾けてくれるだろうか……。

 だが、迷っていられるほどの暇も手段もありはしないのだ。



「ヒュー! 待ってくれ!」



 振り向くなり、微笑みが壊れた人形のような無表情に塗り変わった。



「まだいらしたんですか?」

「話を聞いてほしい。どうか昔のよしみで」

「笑わせてくれますね。どういうよしみかお忘れなんですか?」

「頼む、君の新しい妹にどうか会わせてくれないか……!」

「……誰があなたなんかに」



 深い怨恨を表す相手に必死で縋った。

 人の目がなかったら、きっと脚に縋りついて、頭を地面に擦りつけもしただろう。

 私にはそれほどまでに手立てがない。

 しばらくの説得の末、ヒューが何回目かの大きなため息をつく。



「仮に私が屋敷に連れて行ったとしましょう。さらに父上や母上を説得できたとしましょう。

 それでも妹は殿下にお会いしませんし、セントライト王国に行くこともありません」

「そこをなんとか……」

「いいですか、諦めの悪い殿下にもわかるように親切に教えて差しあげます。あの子は本当にミラなんですよ」

「え? ……」

「ミラ・サーフォネスとしての人生を終え、ラーラという孤児として第二の人生を賜ったのです。

 なぜかはわかりません。ですが、ここまで来るとすべてが運命だったように思います。

 私たちは偶然ラーラを雇い入れ、それから間もなくミラの生まれ変わりだとわかりました。

 ミラはサーフォネス家代々の『誓い』の光を持っています。

 ミラ・サーフォネスとして十六年生きた記憶もすべて、持っているんですよ。

 わかりますか?

 ミラは覚えているんです。

 斬首台の上で感じた……絶望も、……恐怖も、……殿下に降ろされた刃の痛みも!」



 ぞわっ、と全身に鳥肌が立った……!



「今更行くわけがないでしょう。あらぬ罪で自分を処刑した国をなぜ救わねばならないんですか?

 我々がそこまでお人よしに見えましたか? だとしたら、殿下もそうとう頭のねじが緩んでいらっしゃるらしい。

 あなたの兄上殿と同様で、もはや、私には救いの手立てが見当たりませんね……!」



 肩をいからせてヒューが去っていく。

 それ以上追いかけることなどできなかった……。

 まさか……。

 ミラが蘇っていたなんて誰が思いいたるだろう……。

 運命という言葉に愕然とした。

 すべての崩壊は、あの日、あの時に始まっていたということか……。

 流れ去ったときの長さ。

 うろたえるばかりで、なにもできなかった、いやしてこなかった、己の業罪。

 なぜ、なぜ、もっと早く、決断できなかったのか……。

 それよりも、なぜ……。

 私はあのとき、振り下ろす手を止められなかったのか……。

 全てはもう取り返しがつかない。

 我が国は、もう……。

 本当に終わる、運命なのだ……。



 ***



 失意のうちに帰城した。

 報告に上がると、父上はまるで火を失ったように沈んでしまわれた。

 気持ちをつないでいた希望も潰えた。

 もはやここから先の父上の命は長くないだろう。

 建前として、兄上にも報告に上がる。

 ヒューの言った通りの傀儡。

 高慢で無知で、愚かで憐れな。

 だが、このような状況を許してしまったのは私だ。

 長子が第一に国を継ぐという原則に縛られすぎたのだ。

 父も、私も……!



「あのミラ・サーフォネスの生まれ変わりだと?」

「『誓い』の力も確かに有しているという話でした……」

「その娘を奪え」

「は……?」

「奪って俺の前に連れてこい。もともとは我が国の『誓い』だろう。奪い返せ」

「な、なにを……」

「側妃にでもしてやると言っているのだ。お前が頻繁に騒いでいただろう。

 民たちが王家への敬意を忘れ、伯爵家が離反し、不作続きなのは『誓い』がなくなったからだと」

「そ、それはそうですが……」

「ローはそんなことは大したことではないといっているが、まあ、手元にあったほうがなにかと都合がいいのだろう?」

「そ、そのようなことをすれば戦争になります……!」

「我が国に勝てぬ道理があるか! 絶対王が治めるセントライト王国だぞ!」

「あ、兄上……」

「我が国を離反して出て行った伯爵家共もそのうち制裁をくれてやる。まずはその手始めだ」

「……」



 この人は……本当になにもわかっていない……!



 兄上の中では、我が国は今でも大陸随一の勢力を誇る第一国家なのだ。

 現実にはローが食い散らかした形骸があるだけ。

 なぜ、なぜ、こんなにも無知で愚かなのだ……。

 この人が、いつか変わる、いつかは変わると、信じてきた……。

 無駄だった! 無駄な時間! 無駄な努力! 無駄な信頼! 無駄な期待!  

 私は己を信じるべきだった。

 自身の直観を、学んできた知識を、培ってきた経験を、信じてくれた家臣たちを。

 心を捨てても、兄を切るべきだったのだ。

 切らなくていいものを切り、捨てなくてもいいものばかりを捨ててきた……。

 この愚かなる兄のために。

 ああ……。

 もしも、あの日に戻れるのなら。私は迷うことなく兄を断つ。

 間違ってもあの刃は彼女に向けるべきものではなかった。

 なにもかもがもう手遅れ。

 私にできることはもはや、愚かな兄とともに間もなく崩れるこの砂の上に立ってこの国の最後を見届けること。

 それだけだ……。

 執務室でひとり、酒を傾ける。

 空になったグラスに再び注ごうと瓶に手をかけたとき、部屋の扉が静かに開いた。

 その隙間に、ひっそりと立つ影……。



「……リ、リサ……。まだ起きていたのか……」

「……お帰りなさいませ……」

「あ、ああ……」



 リサ……、まともに顔を見たのは何カ月ぶりか……。

 声を、彼女のお帰りを聞いたのは、果たして何年ぶりだろうか……。

 にわかに感動のようなものが胸を占めたが、リサの表情は冷たかった。



「ど、どうした……。こんな時間に……」

「プレモロジータ伯と会えましたか?」

「……あ、ああ、少しだが」

「伯爵は、伯爵夫人は、ヒュー殿は、健勝でしたか?」

「ああ、三人とも健やかだった……。そ、そうだ、リサに土産が……」

「そうですか」



 突然のようにバタンとドアが閉じられた。

 ……。

 心に冷たく風が吹き抜く。

 もはや、土産などで関係を修復などできようもない。

 わかっていたはずだ。

 それなのに期待してしまった。

 リサの心は死んでしまったのだ。

 目の前で婚約者が、親友の首を跳ねたあのときに。

 それからも、リサの心を私は幾度も殺してきた。

 リサのいうことが正しいとわかっていたのに、それでもなおリサの進言や歎願をことごとく払いのけてきた。

 王家の長子である兄には逆らえなかった。

 ただ長子であるというだけで。

 しかし、それが絶対王とその正当な代理という権威。

 いつ暴徒が押し寄せてきてもおかしくない城を離れ、地方で暮してはどうかと何度か勧めた。

 それでも、リサは城を、妃という立場を離れようとしたことはない。

 リサは王宮を離れないことがせめてもの罪滅ぼしだと思っている……。

 夫が国とともに破滅していくのを見届けるのが、自分の最後の役割だと信じている。

 その役から私を逃がさないようにと、ずっと監視をしているのだ……。

 リサ……。

 逃げろと言っても私のいうことなど聞かぬであろう。

 この城にメゾシニシスタ国軍が押し寄せれば、リサも私も……。

 なんとしてでも明日、兄上を説き伏せて暴挙を阻止せねば……。

 私は私の役を降りることなどできぬ……。

 リサがいる限り……。

 眠れない夜が明け、重い頭を持ち上げた。

 なんだ、随分と騒がしいな……。



「おい、なにかあったのか?」

「戦でございます! アドルフ様がメゾシニシスタ国に挙兵なされます!」



 ――な……っ!?

 猛烈に頭を殴られたような頭痛がした。

 なにを考えているんだ、兄上は!

 駆け付けたときには、すでに軍服を召しての得意顔だった。



「サーフォネス伯爵家の『誓い』はそもそも私のもの! 見ていろ、ラルフ! 

 ユニコーン邸の黒バラとやら、俺が行って摘み取り、奪い返して来ようぞ!」



 ローを捕まえ問い詰めた。



「どういうつもりだ……! 戦を仕掛ければ、我が国は間違いなく滅ぼし尽くされるぞ!」

「アドルフ様が戦遊びをご所望なので、それを提供するまでのこと。

 ご心配にはおよびません、少しばかり遠征して戦のまねごとをすれば満足いたしますから」

「メゾシニシスタ国との勢力差をわかっているのか!?」

「ラルフ殿下、これは戦争ではありません。戦争ごっこがしたいだけなのです。

 私ならうまく舵を取れますから、ご心配には及びません」



 なにを……なにを言っているんだ……!?

 私にはもうなにがどうなっているのかがわからない。

 それなのに、私には兄上もローも止めることができない。

 なぜ、私はこれほどまでに無力なのだ……!

 父上を訪ねると、命運尽きたとばかりに引きこもってしまわれた。

 ああ、ただでさえ吹けば飛ぶ城。

 最期は自ら戦火を招いて、歴史もろともすべてを燃やし尽くそうというのか……!

 兄上はたかだか千にも及ばぬ兵を率いて国境へ発った。

 その程度の兵力で他国に攻め入ることができようもないということが、なぜか兄上にはわからない。

 ローが言う通り、出兵は戦遊びなのだろう。

 だが、これを相手国がどう受け取るか……。

 武器を手に国境を超えた時点でそれは侵略。同盟は白紙になる。

 逐一を知らせるように人を送っておいた。

 その者が出兵からわずか三日後に戻ってきた。



「アドルフ様ご一行、国境に着くやいなや、メゾシニシスタ国防軍を見て離散。

 アドルフ様はなんとか残った兵と共に、帰路の最中にございます」

「こ、国境警備ではなく……、国防軍が待ち構えていたのか!?」

「はい、なぜかこちらの動きすべて知っていたようです」



 挙兵は兄上のとっさの思い付きだったはず。

 メゾシニシスタ王国が予想できるはずもない。

 とすれば、内通者がいたことになる……。



「メゾシニシスタ国防軍は数と装備で圧倒し……、と、とはいえ、我が国は相手にもされておりませんでした……。

 我が兵士たちは誰も本気で戦おうという者はおらず、蜘蛛の子を散らすような有り様。

 ロー伯爵に至っては、なにか手違いがあったと気づいたのか、大軍を目視するや自分だけさっさと引き返していきました」



 あ、相手にもされていない……?

 思わず、笑いにも似た感情が胸を突き上げた。

 私もなんという愚か者か……。

 そうか、もはやセントライト王国は、相手にもされていないのだ。

 内通者からの情報があり、国境に軍を整えた。

 だがそこに来たのは千足らずの足並みのそろわぬ無様な兵団。

 メゾシニシスタにはよほど愚かしく見えたことだろう。

 我が国を滅ぼしに大軍が攻め入り、城を燃やし尽くすだと?

 私の頭はどこまでめでたいのだ……。

 そんなことせずとも自滅の道をひた走る我が国を、誰も相手になどしていない。

 まとも戦うまでもない。それが今の我が国。

 これが、かつて大陸随一とうたわれた絶対王の国のなれの果てとは……。

 そのことを報告しに父上を訪ねた。

 一通りのことを黙って聞いておられた。

 気づくと、父上の肩が小刻みに震えていた。

 その横顔には初めて見る涙。



「……なんたる恥辱……。我がセントライトが、メゾシニシスタごときに、相手にもされぬだと……」

「父上……」

「わしが間違っていた……。もうあやつを殺せ。邪魔立てするものは、ちり芥であっても残してはならん。

 お前がこの国の王になれ。大国としての誇りすらも失ったこの砂城の王に」



 そのお言葉……。出来ることならば、もっと早くにお聞きしたかった。

 だが、これでついに……託された。

 絶対王が翻す最高権威の旗印。

 長い間、伸ばしかけたこの手を、何度となく握りつぶし、脇へ引っ込めた。

 それが今、初めて我が手に……。

 あの日を境に、砂と消え風に散り、失ったもの多くは、簡単には取り戻せない。

 戻らないものばかりだろう。

 それでも、私は立つ。

 我が祖国の主として、この国のために。

 全霊をかけて――。

 たった三人の兵士に付き添われて兄上が帰城した。

 それなりに事態を理解したのか、あるいは命の危機を始めて感じたからなのか。

 真っ青な顔で震えている。



「ラ、ラルフ……、へ、兵を立て直すぞ……! 全ての貴族に触れを出し、国内のすべての兵を動員せよ。

 わ、我がセントライト王国の本当の力を……、なっ、な!? お、お前たち、なにをする……!!」

「兄上を地下牢へお連れせよ」

「はっ!」

「ラ、ラルフ、なんの真似だっ!?」

「父上から全権を預かりました。兄上の代理の王権ははく奪されました」

「な、なんだと……!? そんな、き、聞いてないぞ! ラルフ!!」

「連れて行け」

「まっ、待てっ!! 納得できん、父上に会わせろ! おいっ、聞いているのか、ラルフ――ッ! 私は許さんぞおぉぉ――っ!」



 兵に引きずられて回廊を行く惨めな姿。

 必死の叫びは地下牢にたどり着くまでも、高慢と不遜をまき散らし、王家の恥辱とさらした。

 できることならば、あんな兄上を見たくはなかった。

 ――兄上……。

 子どものころ、私にとって兄上は紛れもなく敬愛の対象だった。

 それがいつからこうなってしまったのか……。

 わからない。

 本当に、私にはそれが、わからないのです……兄上……。



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