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私のユニコーン(1)

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 プレモロジータ家の正式な養女となって半年。

 使用人たちの間にもミラという名がすっかり定着。

 今日はお兄様とお買い物に町へ。

 領主とはいっても馬車は最低限貴族であることを表す程度の箱馬車。一応家紋入り。

 従者も馬番の御者だけ。

 サーフォネス家時代だったら考えらないくらいの身軽さ!

 でも、今ではその存分に身軽さを楽しんでいるの。



「私のデビュタントの準備より、お兄様のお相手を探す方が先ではありませんの?」

「わかってないなぁ。可愛い妹を連れていたほうが、女性たちも心の垣根を下げてくれるというものだ。

 しっかり備え働き給え、我が妹よ」

「努力いたしますわ。でもお兄様ももう少し……。例えば、そのお髭とか……」

「これかい? だが、四十路の男がつるつるというほうがおかしいだろう」

「私にとっては今と若いころのお兄様と、どこかちぐはぐで……。

 それに、さっきのお店ではお髭のせいで親子に見間違えられましたわ!」

「ははっ! 実際親と子の歳の差だからね」



 次に訪ねた工房でもやはり親子に見間違えられてしまった。

 工房の奥さんがなかなかの話好きで、お兄様と冗談を言い合っては笑っている。

 ふふっ、セントライト王国にいたときはこんな風景あり得なかったわね。

 五大伯爵家といえば、商人が数人がかりで髪飾りをいくつもの箱に詰めて、屋敷まで持って来てくれた。

 でも、そのひとつひとつはこういうところで作られているのね。

 初めて見る工程や技術に感嘆してしまう。

 この銀細工なんて、まるで本物のバラと雨のしずくみたい……。

 うっとりと見つめていると、祖国の名が耳に飛び込んできた。



「セントライト王国にコートシー伯爵家っていうのがあるだろ? ついに他国へ亡命したらしいな」

「こないだウィズダム伯爵家が出奔したばかりじゃなかったか? セントライトはもう終わりだなぁ」

「五大伯爵家のうち三家に見限られたんじゃ、絶対王とは呼べんだろう」

「アドルフ皇子と結婚した、あの令嬢、なんと言ったっけ」

「アイリーン・ロー。稀代の傾国」

「相当な美人だったそうだが、今ではその美貌も陰りが出て、アドルフ皇子は他の若い娘をとっかえひっかえだそうだ。

 その娘すらもロー伯爵があてがって、アドルフ皇子を意のままにしているそうだ。

 もはやあの国に王なんていないのさ。いるはローの傀儡だよ」



 あのロー男爵が、伯爵に?

 民は苦しんでいるというのに、伯爵家としてやることが、側女のあっせんなの……?

 ショックで固まってしまった。

 そのとき、急に両側頭部が温かくなった。



「お兄様……」

「余計な話は聞かせたくなかったな。さあ、発注も済んだし行こうか」

「……あ、私あのバラと雨を作った職人さんにお願いしたいですわ」



 お兄様が私の耳を塞いでいた手を外して、銀細工に顔を寄せた。



「へぇ、なかなかの細工だね。女将、これを作った職人は誰だい?」

「あぁ、それは……」

「わしだ、なんか文句があるのか」



 部屋の奥から険しい顔をしたご老人が出てきた。



「おや、これはこれは。ニコロの作だったのか」

「何度来ても同じだ。帰れ」

「今日はこの子の髪飾りを発注しに来ただけですよ」

「終わったんならさっさと帰れ」
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