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第29話 崩れるアリバイ②
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数十分後、優奈の自宅マンション前。
「それじゃ帆理さん、送ってくれてありがとうございました」
一度捜査本部に戻る。そう言って事務所を出る帆理に便乗し送ってもらった優奈は、助手席の窓から車の中を覗き込んで、そうお礼を言った。
昨夜は、風呂には入ったが服も下着もそのまま。そこで話が落ち着いたところで、一度帰宅することにしたのだ。
送ってくれたのは帆理の申し出だった。駅まででいいとも言ったのだが、方向は一緒だからと結局、押し切られてしまった。
「本当に迎えに来なくて大丈夫?」
シートベルトをしたまま、助手席側に身を乗り出して、帆理が尋ねる。
「はい。大丈夫ですよ、ただ記憶が戻っただけですから。心配してくれてありがとうございます」
「うーん、そういうことじゃないんだけどな」
「?」
何故だか眉尻を下げて困った顔をする帆理に、優奈は首を傾げた。
チカチカと、ハザードランプの点滅音だけが、二人の間に流れる。
「……あのね、こんな時だけど、ありがとう」
ややあって唐突に、そんなことを口にした帆理に、やはり優奈は首を傾げるしかなかった。
優奈の方を見ずに、帆理は言った。
「実は新も容疑者の一人だったんだ」
優奈は思わず息を呑んだ。呑んでから、気付く。
「犯人が吸血鬼の可能性が浮上した時点でね」
それもそうだろう、と。
「もちろん、あいつはそんなことするような奴じゃない。昔から楠木家《ウチ》や警察とも繋がりもあって、人外絡みの厄介事解決に力を貸してきた実績もある。アリバイもある。それでも、疑う人間はゼロじゃなかったんだ」
でも、と帆理は言った。車のナビに表示されたデジタル時計が、一分進んだ。
「優奈ちゃんが襲われて、あいつの眷属として蘇った時、容疑者から外れた。それまでの殺人や屍鬼化と、優奈ちゃんの眷属化っていう新の行動が、あまりにも行動が結びつかなかったからね。まぁ防犯カメラ諸々で、アリバイが立証されたってのもあるけど」
「…………」
「それで優奈ちゃんは人生を変えられちゃったんだから、ありがとうっていうのも、変だし……なんだろう。ごめん」
言葉が見つからなかったのだろう。最終的に謝罪をするしかない帆理に、
「変えられてないです」
優奈ははっきりと否定を口にした。
帆理が目を丸くして、優奈を見る。
「私は、私のままですから」
真っ直ぐに帆理を見て、毅然と。
微笑んだ優奈を、帆理をしばらく呆気にとられたように見つめ返していた。
しかしふと表情を和らげると、ハザードランプを消して、優奈に向き直る。
そこにはいつも事務所にお菓子を持ってきてくれる啓治さんの、穏やかな顔があった。
「じゃあ調査結果が分かり次第、新のところに連絡を入れるね」
「はい、よろしくお願いします」
滑るように、車が走り去っていく。
その姿が見えなくなるまで見送って、優奈はマンションへと入っていった。
一方その頃――
「で、俺にお前の弁護をして欲しいって?」
新は事務所にやってきたその客と相対していた。
いつも通りに客間へと通し、けれど座卓の上には茶一つない。出すつもりもない。
「えぇ、だってこの事務所は――あなたは『人ならざるモノ』専門の弁護士なんですよね?」
客――真垣陽一は礼儀正しく正座をし、にこりと笑う。
「でしたらぜひ、僕の味方をしてくれますよね?」
その申し出に、新もまたにやりと、口の端を吊り上げた。
日も随分と傾いて来た頃、優奈は再び妖崎あやかし法律事務所を訪れた。
「ふう……」
額に滲んだ汗を拭い、インターホンを押そうとする。
「あれ……?」
そこで優奈は、玄関に少し隙間が空いていることに気付いた。
――鍵がかかっていない。
何かと物騒なこのご時世。在宅であっても、常に玄関や不要な窓の鍵は常に閉めるようにしていた。主が人間ではないから、万が一、泥棒や強盗が入っても返り討ちだとは思うが――
(新さん――)
急な胸騒ぎに狩られ、優奈は慌てて中に上がった。
パンプスを脱ぎ捨て、いつものように台所に向かう。その途中で――
「新さんっ!?」
客間と居間を隔てる襖を押し倒して、浴衣姿の新が倒れ伏していた。顔の周りに広がるのは血溜まり。鞄を放り投げて駆け寄り、
「ヒッ……」
上擦った悲鳴を上げ、優奈はその場に尻餅をつく。
新が、死んでいた。
血を吸った畳と襖の上にうつ伏せになり、ピクリとも動かない。その整った顔は、原型が分からないほどに潰されている。
――ぐちゃぐちゃだった。
「あ、あらた、さん……」
それでも、なんとか手を伸ばそうとしたその時。
重い衝撃が後頭部を襲い、優奈の意識は闇に呑まれた。
「それじゃ帆理さん、送ってくれてありがとうございました」
一度捜査本部に戻る。そう言って事務所を出る帆理に便乗し送ってもらった優奈は、助手席の窓から車の中を覗き込んで、そうお礼を言った。
昨夜は、風呂には入ったが服も下着もそのまま。そこで話が落ち着いたところで、一度帰宅することにしたのだ。
送ってくれたのは帆理の申し出だった。駅まででいいとも言ったのだが、方向は一緒だからと結局、押し切られてしまった。
「本当に迎えに来なくて大丈夫?」
シートベルトをしたまま、助手席側に身を乗り出して、帆理が尋ねる。
「はい。大丈夫ですよ、ただ記憶が戻っただけですから。心配してくれてありがとうございます」
「うーん、そういうことじゃないんだけどな」
「?」
何故だか眉尻を下げて困った顔をする帆理に、優奈は首を傾げた。
チカチカと、ハザードランプの点滅音だけが、二人の間に流れる。
「……あのね、こんな時だけど、ありがとう」
ややあって唐突に、そんなことを口にした帆理に、やはり優奈は首を傾げるしかなかった。
優奈の方を見ずに、帆理は言った。
「実は新も容疑者の一人だったんだ」
優奈は思わず息を呑んだ。呑んでから、気付く。
「犯人が吸血鬼の可能性が浮上した時点でね」
それもそうだろう、と。
「もちろん、あいつはそんなことするような奴じゃない。昔から楠木家《ウチ》や警察とも繋がりもあって、人外絡みの厄介事解決に力を貸してきた実績もある。アリバイもある。それでも、疑う人間はゼロじゃなかったんだ」
でも、と帆理は言った。車のナビに表示されたデジタル時計が、一分進んだ。
「優奈ちゃんが襲われて、あいつの眷属として蘇った時、容疑者から外れた。それまでの殺人や屍鬼化と、優奈ちゃんの眷属化っていう新の行動が、あまりにも行動が結びつかなかったからね。まぁ防犯カメラ諸々で、アリバイが立証されたってのもあるけど」
「…………」
「それで優奈ちゃんは人生を変えられちゃったんだから、ありがとうっていうのも、変だし……なんだろう。ごめん」
言葉が見つからなかったのだろう。最終的に謝罪をするしかない帆理に、
「変えられてないです」
優奈ははっきりと否定を口にした。
帆理が目を丸くして、優奈を見る。
「私は、私のままですから」
真っ直ぐに帆理を見て、毅然と。
微笑んだ優奈を、帆理をしばらく呆気にとられたように見つめ返していた。
しかしふと表情を和らげると、ハザードランプを消して、優奈に向き直る。
そこにはいつも事務所にお菓子を持ってきてくれる啓治さんの、穏やかな顔があった。
「じゃあ調査結果が分かり次第、新のところに連絡を入れるね」
「はい、よろしくお願いします」
滑るように、車が走り去っていく。
その姿が見えなくなるまで見送って、優奈はマンションへと入っていった。
一方その頃――
「で、俺にお前の弁護をして欲しいって?」
新は事務所にやってきたその客と相対していた。
いつも通りに客間へと通し、けれど座卓の上には茶一つない。出すつもりもない。
「えぇ、だってこの事務所は――あなたは『人ならざるモノ』専門の弁護士なんですよね?」
客――真垣陽一は礼儀正しく正座をし、にこりと笑う。
「でしたらぜひ、僕の味方をしてくれますよね?」
その申し出に、新もまたにやりと、口の端を吊り上げた。
日も随分と傾いて来た頃、優奈は再び妖崎あやかし法律事務所を訪れた。
「ふう……」
額に滲んだ汗を拭い、インターホンを押そうとする。
「あれ……?」
そこで優奈は、玄関に少し隙間が空いていることに気付いた。
――鍵がかかっていない。
何かと物騒なこのご時世。在宅であっても、常に玄関や不要な窓の鍵は常に閉めるようにしていた。主が人間ではないから、万が一、泥棒や強盗が入っても返り討ちだとは思うが――
(新さん――)
急な胸騒ぎに狩られ、優奈は慌てて中に上がった。
パンプスを脱ぎ捨て、いつものように台所に向かう。その途中で――
「新さんっ!?」
客間と居間を隔てる襖を押し倒して、浴衣姿の新が倒れ伏していた。顔の周りに広がるのは血溜まり。鞄を放り投げて駆け寄り、
「ヒッ……」
上擦った悲鳴を上げ、優奈はその場に尻餅をつく。
新が、死んでいた。
血を吸った畳と襖の上にうつ伏せになり、ピクリとも動かない。その整った顔は、原型が分からないほどに潰されている。
――ぐちゃぐちゃだった。
「あ、あらた、さん……」
それでも、なんとか手を伸ばそうとしたその時。
重い衝撃が後頭部を襲い、優奈の意識は闇に呑まれた。
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