ようこそ、妖崎あやかし法律事務所へ

倖月一嘉

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第12話 踏み込む覚悟②

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「……莉奈さんは本当に離婚したいんでしょうか」
「えっ?」

 やがてぽつりと零した優奈に、慎吾は戸惑いの声を上げた。

「なんだか、話を聞いた感じ、慎吾さんを嫌ってはいないけど避けてる感じがするんです。ストーカー被害に遭っているなら警察に相談したらどうかと勧めた時も、事を大きくしたくないって……でもあれ、慎吾さんを犯罪者にしたくなかったんじゃないかなって」
「……そう、だったらいいですね。でも、莉奈さんが本当に離婚を望んでいて、それで彼女が幸せになるなら、僕は……」

 その先の言葉はない。続く言葉は、慎吾が望むものではなかった。
 けれど莉奈のためなら、それを選ぶことだって――

 言外のその覚悟に、客間に沈黙が満ちる。その時だった。

「あーあーあーめんどくせぇ」

 新が場の空気を壊すように、声を荒らげた。

「おいガキ。聖人君子ぶってるんじゃねぇ。お前はどうしたいんだ」
「どうって……」
「別れるか別れないのかってことだ」

 いいか、と新は美麗なその右手の人差し指を、真っ直ぐ慎吾に向けた。

「弁護士ってのは折り合いを付ける仕事だ。離婚したいって言ってる奴がいて、相手が離婚していいって言うなら話は終了。はい離婚しましょうで完了なんだよ。分かるか? お前がノーと言わなかったら、ここで終わるんだ。あとで何と文句を言おうとも、もうどうしようもできねーんだよ。――それでいいならイエスを出せ」

 畳みかけて、突きつける。
 イエスかノーか。白黒したその二択に、慎吾は黙ってしまう。

 答えは返らない。そのまま数秒、新はスッと立ち上がって客間の戸に手を掛けた。

「答えが出ないなら、俺は依頼人の要望を優先させるだけだ。別れて終わり、はいサッパリ。ユウ、手続きを進めるぞ。――答えすら出せない。結局、その程度の気持ちだったってことだ」
「――っ、ふざけないでください!」

 瞬間、激昂が事務所に轟いた。

「あなたに何が分かるんですか! 好きな相手を優先させたいと思うのが、そんなに悪いことなんですか!? 本音を言ったら僕だって……僕だって別れたくないに決まってるじゃないですか!」

 立ち上がって、新に掴みかからん勢いで慎吾が吠える。優奈は畳に座ったまま、ハラハラと二人の間で視線を行き来させた。

「彼女が僕を嫌いになったっていうならそれは仕方ないです。でもだったら、僕はちゃんとそのことを彼女の口から聞きたい! そうでないなら、どうして離婚なんて言い出したのか知りたいし、もし本当に病気だったら放ってなんておけない!」

 詰め寄って、自身より長身の新を真っ直ぐに見上げる。そこに、それまでの気弱そうな彼はいなかった。

「言えるじゃねーか」

 そんな慎吾に新はニッと、心底楽しげな笑みを浮かべた。
 優奈は内心で慎吾に同情する。新の言動は、慎吾の本音を引き出すためのただの挑発だ。

「だったら話は早いな」
「え、え、え?」

 ――一目瞭然のそれに、慎吾はまんまとハマってしまった。

 あまりの変貌ぶりに戸惑う慎吾を余所に、新は手の平を上に、右手を胸の高さに掲げた。その手の平から影か何か、あるいは黒い水のような――何かがズルリと中に浮かび上がり、一つの生物を形作った。

「な、な、な」
「こ、こうもり……?」
「そ、俺の能力の一つ。分身体だ」

 驚く慎吾と優奈など意に介さず、平然と新は答える。
 彼の右手の上に現れたのは、紛れもなく一匹のコウモリだった。

「へー……結構可愛い顔してるんですね」

 優奈も立ち上がって、その闇の用に真っ黒な生物をまじまじと眺める。コウモリは翼を閉じて、ちょこんと新の手の平に座っている。指で撫でると、意外とふわふわとした手触りで、優奈は思わず微笑んでしまう。

「そんなになで回されるとくすぐったいんだが」
「へっ?」

 思いも寄らぬ一言に、新を見上げる。
 ま、ま、ま、まさか――

「まさか……感触あるんですか?」
「あるに決まってるだろ。俺の分身体って言っただろ。まぁ意識も分離されるからあんまり好きじゃないんだが……」

 しかめっ面をして、空いてる手で首の後ろを押さえる。

 優奈はぴゃっと勢いよく指を引っ込めた。コウモリは新の分身、意識は新と繋がっている。つまり優奈は、新を撫で回していたことに――

 思わず顔に熱が集まる。

 しかし、優奈のそんな心情など知るよしもなく、新は続ける。

「相手は鬼だ。コロマロじゃ勘付かれるだろうしな」
「えっ?」
「『えっ?』じゃねーよ、えっ、じゃ。あの鬼娘が離婚を切り出した原因を突き止めるんだろ。あの鬼娘が旦那に隠れてこそこそどこに行ってるか、現状、一番の手がかりはそこだ。――コイツを鬼娘の傍につけておく」

 平然と明かされた新の策に、優奈は思わず半眼になる。

「……それってストー――」
「バレなきゃいいんだよ。ストーカーだって遠くから静かに見守ればいいのに、下手に干渉するから問題になるんだよ」

 そういう問題なのかなぁ?
 優奈はもげそうなほどに頭を捻る。

 確かに……確かに? 理屈は通っている気がするが……いや絶対に違う気がする。

「てなわけだ」

 新の手から飛び立ったコウモリは、開け放たれていた縁側のガラス戸を抜けて、空へと消えていく。きっと莉奈の元に向かったのだろう。

「何かあったら連絡するから、そしたらすっ飛んで来いよ。仕事中でも会議中でも」
「……会議中は、ちょっと……」
「あ? 結局は嫁より仕事かー」
「行きます行きます飛んででも行きます!」

 烏天狗でもコウモリでもないんだから、飛ぶのは無理だと思うけどなー。
 勢いよく返事をした慎吾に、新は満足げに頷く。それからやや思案して、優奈を見る。

「あとはそうだな……ユウ、お前は鬼娘が勤めてる会社に連絡して、最近の様子を調べとけ」
「会社、ですか」

 確かに勤務先の情報は貰っているが、それがどうしたのだろう。
 頭の上にハテナマークを浮かべる優奈に、新は悪戯っぽく目を細める。

「あくまで内密にな。それで大体のことは分かる」
「?」

 優奈はやっぱり意図が分からず、首を傾げた。
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