ようこそ、妖崎あやかし法律事務所へ

倖月一嘉

文字の大きさ
上 下
4 / 33

第4話 ワタヌキ工務店

しおりを挟む
 梛理なぎり市はC県北西部に位置する、都心にほど近い街だ。近年、新しい鉄道路線が通ったことをきっかけに再開発が進み、若い人がどんどんと越してきている人気の街でもある。ただしそれも、駅近郊での話。その一歩外に出れば、古い住宅や道路が建ち並び、それから田畑が広がる、ちょっと片田舎の地方都市といった様相を呈している。

 そんな街を、優奈と新は航が運転する初心者マークの車で進んでいく。

 ところどころ痛んだ道路に揺られながら三十分弱走ると、目的の綿貫工務店に到着する。広大な敷地内に、立派な家屋と工務店の事務所が併設している、昔からある老舗といった感じだ。

 優奈は後部座席から、新は助手席からそれぞれ降りる。

 新はくたびれた浴衣姿ではなく、黒のスキニーパンツに、カジュアル感のあるジャケット姿になっていた。インナーはただのTシャツだが、それはそれで堅苦しさが抜けた印象になっている。

(足細いなぁ……)

 こうして見ると本当に、モデルか何かのようにしか見えない。というか、法律事務所なんて営んでないでそっちの方が稼げそうな気がする。

 そんなことを思っていると、来客に気付いて事務所から一人の老人が出てくる。綿貫工務店の社長にして、立て続けに交通事故を起こした張本人――綿貫寛達だった。

「おおお新さま、わざわざこのような場所までご足労頂きありがとうございます……先週に引き続き、大変申し訳ありません……」
「まったくだ。お前もう免許返納しろ」
「ううむ息子や孫からもそう言われるのですが、何分この辺りは車がないと不便で不便で……」

 その言い分は、上京前は北関東に住んでいた優奈にもちょっと分かる。なんだかんだ言って、日本も車社会だ。車なしで生活できる場所はそう多くない。

「また派手にやったなぁ」

 新がガレージに近寄りながら呆れ返る。そこにはいくつかの車が横並びに並んでおり、一番端に事故車両であるボックス型の軽自動車が止まっていた。前方が大きく凹み、べったりと血が付いる。

 新はそのまま車の様子を調べたり、綿貫社長から話を聞いたりし始める。

 少し離れたところで優奈が手持ち無沙汰にその光景を眺めていると、一台のセダン車が敷地内に入ってくる。降りてきたのは、スーツ姿の若い男性だった。少しくたびれているように見えるのは、気のせいではないだろう。

「帆理さん。お久しぶりです」

 すかさず優奈は駆け寄る。すると男性――{楠木くすのき帆理ほのりはそれまで漂わせていた沈んだ空気はどこへやら、爽やかな笑顔を優奈に向けた。

「やぁ優奈ちゃん。先週ぶり。変わりはない?」
「はい、相変わらず新さんにこき使われてます。あっ、最中ありがとうございました! 美味しかったです」
「それは良かっ……いや、よくはないな。まったくアイツは優奈ちゃんをなんだと思ってるんだか……いい? 優奈ちゃん。新に変なことされそうになったら、遠慮なく殴るんだよ。あいつ、刺しても死なないんだから」

 がしっと両手を優奈の肩において、心底心配そうに力説する帆理に、優奈は口の端を引き攣らせる。刺しても死なないからといって、刺していいというのは違うと思う。

「善処します」

 優奈が渇いた笑みを零していると、そこへ新が歩み寄ってくる。

「っと、ギリ一時間以内ってとこだな。お疲れ、帆理ちゃん」
「『ちゃん』はやめろ。……誰かと思った」

 いつも事務所で会うから、ちゃんとした服を着ている新は珍しいのだろう。新を頭のてっぺんから爪先まで見て、帆理は目を丸くした。

「嫌味か」
「いやいや、褒め言葉だよ。いつもそういう格好してればいいのに」
「面倒。今日はユウに無理矢理着替えさせられたんだよ」

 よくやったとばかりに、こちらを見てくる帆理に、優奈は苦笑するしかない。雇い主を着替えさせるのは、事務員の仕事じゃないと思うんだけどなぁ。

「ん」

 新が手を出して、資料を要求する。

 ハァと大きな溜息一つ付いて、帆理は小脇に挟んでいた茶封筒を手渡した。新は受け取るや否や、お礼の一つも言わずに中身を検分し始める。綿貫社長や航も、そこへ加わり色々と説明を付け足していく。

 その様子を見て、帆理はもう一度、今度は小さく嘆息した。

「まったく勘弁してほしいよ。こっちだって連続殺人事件の調査で忙しいんだから」
「連続殺人事件って……もしかして『屍鬼事件』ですか」
「捜査本部では『県境連続殺人事件』って呼んでるけどね」

 と言って、帆理は腕を組んで新たちの様子を眺める。帆理はC県警の警察本部刑事部に務める警察官――いわゆる刑事だった。

「三県で合同捜査本部が立ち上げられてるんだけど、未だこれといって核心に近づけてなくてね、お恥ずかしい限りだけど」

 そう困ったように苦笑する。その横顔は、刑事という肩書きには似つかわしくないあどけなさがあった。
 話題を探して、優奈はおずおずと口を開く。

「あの……あの噂って本当なんですか?」
「噂?」
「死体が動き出すって」

 少し空気が強張った気がした。

「優奈ちゃんはどう思う?」
「え、えー……」

 尋ね返され、優奈は一瞬答えに迷う。何やら言い合っている新や綿貫社長、航を眺め、

「本当かもしれない、とは思います」

 口を開く。

「でも、嘘だったらいいなって思います」

 そんな答えを返した優奈の頭に――

 ポンッと優しく、帆理の手が置かれた。

 隣を見上げれば、帆理が優奈を見下ろして優しく笑んでいる。
 優奈に兄弟はいないが、兄がいたらこんな感じなのだろうかと、少し思う。

 思わず優奈も微笑み返し、

「なぁ、カラスにでも当たったのか?」

 和やかな空気を破ったのは、新の唐突な声だった。

「カラス?」

 鸚鵡返しに尋ね、帆理が新の元へ駆け寄り、手元の資料を覗き込む。優奈もそれに続いた。

「ここに羽根があるだろ」

 新が示したのは、写真に映った車の足下。タイヤ付近だった。確かに、一枚、二枚、カラスの羽根が抜け落ちている。

 あぁそれか、と帆理は言った。

「それがよく分からないんだよな。夜目は聞くけど、基本的にカラスは昼行性――夜間は動かないだろ。事故の音に驚いて近くのカラスが暴れて、羽根が偶然落ちたんじゃないかって。バードストライクにしても、車の凹み具合と全然合わないし、カラスじゃぶつかった衝撃に耐えきれなくて即死してるだろ」
「血液検査はどうだったんだ」
「人の物だったよ」

 と即答。

「ただ警察のDNAデータベースと照合したけど一致はなかった」

 その回答に、新は口元に手を当て、考え込む。けれどそれも僅か数秒の出来事だった。

「ユウ、帰るぞ」
「えっ、もう帰るんですか?」
「被害者の目星はついたからな」

「「「えっ!?」」」

 新を除く、その場の全員の声が重なる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

おっ☆パラ

うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!? 新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

MIDNIGHT

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】 「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。 三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。 未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。 ◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...