妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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陸/傾き始める過程の線上

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 俺たちはそうしてホラー映画を見ることになったけれど、「明日も仕事なんでしょ?! ほら、長い時間見ちゃったら眠れなくなっちゃうかもしれないし、明日の仕事に響いちゃうよ。だからやめようよ! ね?!」という愛莉の懸命というべきか必死な言葉で、俺たちは映画を見ることをやめてしまった。

 そもそもの発端が、愛莉に揶揄われていたから仕返しに、というものでしかなかったから、俺もそこまで本意で見たかったわけではない。一方で皐が残念そうな表情を浮かべていた。それを思うと少しばかり可哀そうな気持ちになり、結局俺たちは動画サイトに上がっている適当な都市伝説のまとめを見ることにした。

 ホラーというジャンルではなくなったことに胸をなでおろす愛莉の姿があったけれど、動画が始まって数分ほどで、だんだんと瞳に涙が滲んでいく。内容は幽霊とかには関連しない未解決事件が題材だったものの、それはそれで苦手であるらしい彼女は「も、もうやめませんか?」と言葉を繰り返した。俺と皐はそれを拒否した。

 十数分ほどしかない動画を見終わったあと、愛莉は布団の中にこもって、それ以降うめき声をあげ続ける奇怪な生物へと変わり果てた。「うぅー」とか「あぁー」とか、そんなあ行の連続を繰り返していたのが個人的には面白かった。どちらかと言えば、その様子こそがホラーなのではないか、という気持ちもあったけれど、それを言葉にすれば愛莉は怒るだろう。だから、それは心の中にしまっておく。

 皐と俺は同じ布団の中に潜る。昨日と同じような構図で、少し慣れないような、くすぐったいような感覚を反芻して、彼女に体を向けることに抵抗が生まれる。だから背中を向けることで本能に従うけれど、それを嘲るかのように皐が後ろから腕を回してくる。腹部のほうに絡まっていく腕は、次第に上部にまで移動して、胸を抱き着かれるような形になる。

 電灯が消えた暗がりのなか、愛莉の視線はこちらには向いていない。彼女は布団の中に深く潜って、次第にうめき声を出すこともやめて、静かになっている。彼女には見られていないという安堵感を覚えるけれど、それでも俺たちの距離は常人からすれば、きっとありえないほどに近い。

 抵抗しなければいけない。抵抗しなければいけないけれど、そんな気が起きない。倫理はどこかに追いやってしまって、俺は彼女の体に身を任せてしまいたくなる。

 そんな中でも、どうしても頭に過ることは、日中の伊万里のこと。饒舌に、冷静に、淡々と話す氷塊のときの彼女の姿が、どうしても浮かんで消えることはない。

 その氷塊の冷たさを忘れてしまいたい。俺と、俺たちと温度差が異なることを認識したくはない。焦りを感じることをとがめてしまいたい気持ちになる。

 だから、今は皐の思うままに、その振る舞いの中に浸るだけ。

 きっと、そうすればいい夢は見られるはずだった。





 皐が寝息を立てるのに、それほど時間はかからなかった。目の位置をどこに置くべきか、舌の位置はどこに置いていたのか、いつもの眠るときの姿勢を考えてしまって、どうにも眠れない自分がいる。

 少し重たくなった瞼を開ける。このまま目を閉じていれば、きっといつかは眠ることができる。そうして夢を見ることもできるはずなのだろうが、どうにも春末に近づくこの温度感では、俺と皐の布団は暑すぎるような気がした。

 愛莉からも寝息が聞こえてくる。こもっていた布団からは顔を出していて、すやすやと寝息を立てていることに安堵を覚える。

 寝る前に申し訳ないことをしたかな。そんな気持ちを覚えないでもないけれど、結局寝ることができているのならば、幸せなのだろう。

 夜に眠れないことがあるのはいつものこと。昨日だって、中途半端にしか睡眠をとることはできていない。いつも頭の中で騒ぐノイズのようなものが、あらゆることの倫理観や、感情を整理しようとして、物音を立てて睡眠を妨害する。

 きっと、今日も眠れない日だ。どれだけ心に安らぎを照らしていたとしても、それでも眠れない日はある。

 隣には皐がいる。皐がいてくれる。俺にはそれだけでいいはずだ。それだけでいいはずだけれど、眠れないということは何かしらの不安を抱いているに違いない。それを言葉で表現することを選びたくない。選んでしまえば、それを認識してどうしようもなくなるから。

 皐から絡む腕を、彼女が起きないようにそっとほどいてみる。腕の位置が自然なものになるように意識をして、その角度が間違っていないかを確認して、俺はゆっくりと起き上がる。

 起き上がった拍子に外を見てみれば、言うまでもなく外は暗闇に閉ざされている。

 煙草を吸う気分でもない。吸いたいような気もするけれど、そこまでほしいものでもない。でも、何かしらの行動をして、視線をそらしていたいような気もする。

 そんな気持ちを抱いたから、俺は物音を立てないように立ち上がって、玄関のほうへと向かう。歩いた拍子に、古びた床が少しだけ軋むものの、その音で起きるものはここにはいない。

 散歩にでも行こう。

 格好は寝巻のままではあるものの、そんな姿を見てほくそ笑む輩もいないだろう。

 夜が降っている、そんな真夜中だからこそできること。

 俺は、扉を開けた。

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