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陸/傾き始める過程の線上
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◇
夕飯という時間帯でもないが、それでも愛莉が作った肉じゃがを夕飯として食してからは、各々で時間を過ごす時間がやってくる。愛莉の手には携帯が握られており、握られているそれからはシャッター音が聞こえてくる。
「携帯?」と俺がつぶやくと、愛莉は「今日暇だから取りに帰ってきたんだ」と返す。
「日中はだいたい家族は出かけてるからねぇ。だから、今のうちだーって、翔也多違いない間にいったん帰宅して、荷物を取りに行ってまいりました。ほら」
彼女がそうして指をさすのは、隅っこに置いてあったリュックサックのようなもの。愛莉にしては珍しいというべきなのか、かわいい柄を使っていない、黒の無地のリュックサックであり、機能性を重視しているような、そんな見た目をしている。そんなリュックサックはぱんぱんに膨れ上がっており、どれだけの荷物が入っているのか、ということを想像してしまう。まあ、主に着替えか何かなのだろうけれど。
「愛莉の母さんや父さんには連絡したのか?」
「んー、連絡っていうか、置手紙的なことはしてきたよ。旅に出ますって書いといた!」
「それはダメだろ……」
旅に出ます、だと普通に捜索とか、そういった大きな事態に巻き込まれるような想像が働く。だが、彼女はまたいつも通りにからかうように笑った後「嘘嘘! 友達の家にしばらく泊まりますって書いておいたから」と返事をする。その言葉に俺は胸をなでおろすと、皐のほうに視線を向ける。
彼女はもう布団の用意をしており、布団の間に挟まって、彼女の携帯を見つめている。いつも通りなら彼女は動画を見ているのだろうけれど、特に音は聞こえてこない。イヤホンとかも持っていた記憶はないので、なにか違うことをしているのだろうと思った。
そんな彼女を気にするのも悪くはないけれど、彼女なりの個人の時間の使い方について興味を持つというのも、なんか失礼だと感じてしまう。家族だから、という言い訳はあるものの、それぞれ踏み込んではいけない領域だって存在するはずなので、俺はそれを知らないふりをして、手近にあったパソコンを開いた。
「そういえば」と愛莉は言葉を吐いた。
「翔也はパソコンで何をやってるの? 履歴とか見ても、そんなに面白いことをしている印象はないし」
面白いこと、というのが何を指しているのかはわからないものの、俺はパソコンでしていることを振り返ってみる。
文章を書いている、という事柄を挙げれば、愛莉はそれを覗きに来るかもしれない。文章についてをみられるのは構わないが、俺が意図的に隠したいものを、俺がいない間に見られる可能性を考えると、それは隠したままにしておきたいような気がする。
「……適当に、映画とか?」
「なぜに疑問形だし」
愛莉はくすくすと笑う。皐は特に反応しないままだった。
「一応、サブスクとかってやつに入ってるんだよ。俺はよくわからないけれど、皐がやってくれてるんだ」
「今時ってやつだ」
興味がありそうな声で愛莉はパソコンを覗きこもうとする。俺はそれを察知して、開いたパソコンのブラウザーに『ホラー映画』と入力してみる。
……愛莉はずぞぞ、という謎の擬音を出しながら、傍のほうに視線を向けた。
「そうだな、今からホラー映画でも見るか?」
「い、いや。それはやめときませんか翔也さんや。ほら、さっちゃんだってホラー苦手だし……」
愛莉は助けを乞うような瞳で皐を見る。皐はその瞳に応えるように布団から起き上がるものの、愛莉の期待からは外れて「いいねぇ」と少し低い声を出した。
「え、え」と戸惑う愛莉の声。
「ん?」と、何に戸惑っているのかわからない俺と皐の声が重なる。
「さ、さっちゃんってホラー苦手だったじゃん……」
「あー、そういえばそうだったかも?」
「そんな時期もあったな」
……確かに、皐はホラーが苦手だった。
父親が借りてくるホラーのDVDに関して、父が見終わるまでは徹底して二階の自室から出ないほどだったし、同棲した当初にも、サブスクリプションという概念を知った俺がホラーを見ようとしたら、素足のまま逃げ出そうとしたこともあった。
無理強いはよくない、そう思って特に皐へと鑑賞を強要したことはないものの、同棲して一緒に過ごしていくうちに皐も興味をもったようで、震えながらでもホラーを見る機会が増えてきた。
その結果、誕生したのが今の皐である。
以前まで徹底してホラーは見ない、そんな彼女ではあったものの、ホラーについては見れるくらいの、そんな強い人間に彼女はなったのだ。
「あいちゃん、私、大人になったんだ」
不敵な笑みを浮かべながら、皐は愛莉ににじり寄る。四つん這いになって、愛莉に一歩一歩近づいていく。
「で、でも、ほら、夜中にホラーとか見たら目が悪くなっちゃうよ? 私、視力悪くしたくないなー」
「大丈夫だ、パソコンだから」と、以前俺が皐に言ったことのある言葉。
「大丈夫だよ、パソコンの画面って小さいから」と、重ねて皐に言ったことのある言葉を、皐が愛莉に呟く
「答えになってないよ……」
愛莉の悲痛に似た弱った声を合図にして、結局俺たちはホラー映画を見ることにした。
夕飯という時間帯でもないが、それでも愛莉が作った肉じゃがを夕飯として食してからは、各々で時間を過ごす時間がやってくる。愛莉の手には携帯が握られており、握られているそれからはシャッター音が聞こえてくる。
「携帯?」と俺がつぶやくと、愛莉は「今日暇だから取りに帰ってきたんだ」と返す。
「日中はだいたい家族は出かけてるからねぇ。だから、今のうちだーって、翔也多違いない間にいったん帰宅して、荷物を取りに行ってまいりました。ほら」
彼女がそうして指をさすのは、隅っこに置いてあったリュックサックのようなもの。愛莉にしては珍しいというべきなのか、かわいい柄を使っていない、黒の無地のリュックサックであり、機能性を重視しているような、そんな見た目をしている。そんなリュックサックはぱんぱんに膨れ上がっており、どれだけの荷物が入っているのか、ということを想像してしまう。まあ、主に着替えか何かなのだろうけれど。
「愛莉の母さんや父さんには連絡したのか?」
「んー、連絡っていうか、置手紙的なことはしてきたよ。旅に出ますって書いといた!」
「それはダメだろ……」
旅に出ます、だと普通に捜索とか、そういった大きな事態に巻き込まれるような想像が働く。だが、彼女はまたいつも通りにからかうように笑った後「嘘嘘! 友達の家にしばらく泊まりますって書いておいたから」と返事をする。その言葉に俺は胸をなでおろすと、皐のほうに視線を向ける。
彼女はもう布団の用意をしており、布団の間に挟まって、彼女の携帯を見つめている。いつも通りなら彼女は動画を見ているのだろうけれど、特に音は聞こえてこない。イヤホンとかも持っていた記憶はないので、なにか違うことをしているのだろうと思った。
そんな彼女を気にするのも悪くはないけれど、彼女なりの個人の時間の使い方について興味を持つというのも、なんか失礼だと感じてしまう。家族だから、という言い訳はあるものの、それぞれ踏み込んではいけない領域だって存在するはずなので、俺はそれを知らないふりをして、手近にあったパソコンを開いた。
「そういえば」と愛莉は言葉を吐いた。
「翔也はパソコンで何をやってるの? 履歴とか見ても、そんなに面白いことをしている印象はないし」
面白いこと、というのが何を指しているのかはわからないものの、俺はパソコンでしていることを振り返ってみる。
文章を書いている、という事柄を挙げれば、愛莉はそれを覗きに来るかもしれない。文章についてをみられるのは構わないが、俺が意図的に隠したいものを、俺がいない間に見られる可能性を考えると、それは隠したままにしておきたいような気がする。
「……適当に、映画とか?」
「なぜに疑問形だし」
愛莉はくすくすと笑う。皐は特に反応しないままだった。
「一応、サブスクとかってやつに入ってるんだよ。俺はよくわからないけれど、皐がやってくれてるんだ」
「今時ってやつだ」
興味がありそうな声で愛莉はパソコンを覗きこもうとする。俺はそれを察知して、開いたパソコンのブラウザーに『ホラー映画』と入力してみる。
……愛莉はずぞぞ、という謎の擬音を出しながら、傍のほうに視線を向けた。
「そうだな、今からホラー映画でも見るか?」
「い、いや。それはやめときませんか翔也さんや。ほら、さっちゃんだってホラー苦手だし……」
愛莉は助けを乞うような瞳で皐を見る。皐はその瞳に応えるように布団から起き上がるものの、愛莉の期待からは外れて「いいねぇ」と少し低い声を出した。
「え、え」と戸惑う愛莉の声。
「ん?」と、何に戸惑っているのかわからない俺と皐の声が重なる。
「さ、さっちゃんってホラー苦手だったじゃん……」
「あー、そういえばそうだったかも?」
「そんな時期もあったな」
……確かに、皐はホラーが苦手だった。
父親が借りてくるホラーのDVDに関して、父が見終わるまでは徹底して二階の自室から出ないほどだったし、同棲した当初にも、サブスクリプションという概念を知った俺がホラーを見ようとしたら、素足のまま逃げ出そうとしたこともあった。
無理強いはよくない、そう思って特に皐へと鑑賞を強要したことはないものの、同棲して一緒に過ごしていくうちに皐も興味をもったようで、震えながらでもホラーを見る機会が増えてきた。
その結果、誕生したのが今の皐である。
以前まで徹底してホラーは見ない、そんな彼女ではあったものの、ホラーについては見れるくらいの、そんな強い人間に彼女はなったのだ。
「あいちゃん、私、大人になったんだ」
不敵な笑みを浮かべながら、皐は愛莉ににじり寄る。四つん這いになって、愛莉に一歩一歩近づいていく。
「で、でも、ほら、夜中にホラーとか見たら目が悪くなっちゃうよ? 私、視力悪くしたくないなー」
「大丈夫だ、パソコンだから」と、以前俺が皐に言ったことのある言葉。
「大丈夫だよ、パソコンの画面って小さいから」と、重ねて皐に言ったことのある言葉を、皐が愛莉に呟く
「答えになってないよ……」
愛莉の悲痛に似た弱った声を合図にして、結局俺たちはホラー映画を見ることにした。
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