妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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陸/傾き始める過程の線上

6-10

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 学校についたのは三時間目の終わりごろだった。伊万里の歩調に合わせて、急いだテンポで歩いたのが功を奏したらしい。学校に間に合ったことで少しの安ど感もあるし、別にこんな時間に合流するなら、どこかでぶらつくのも悪くはないという気持ちにはなる。だが、休み時間だった教室のドアをくぐり、皐の顔を見ると、来ないという選択肢はなかったな、とも思ってしまう。

「疲れた顔してる」

 皐は俺の表情を見た後、そんなことを苦笑しながらつぶやいた。その苦笑の中には労わるような視線も含まれていそうで、そのいたわりという甘さの中に浸りたくなる。でも、そこまで俺がやったことなど特にはなく、場の状況に流されるだけ流されていただけ、貢献したことは特にないのかもしれない。

 それでも、皐の言葉の通り、背中にのしかかる重力のようなものがあった。彼女に言葉を紡がれるまで意識はしなかったものの、なんとなくその重さが椅子までの距離を意識させる。

 乱雑に机へと鞄を置いて、椅子にどすんと座る。力が抜けて、体重のままに背もたれにかかる。その様子を見て、皐は苦笑し、伊万里も「お、お疲れさまでした」と言葉を吐いた。やはり、そこに本質の彼女たる姿は見えなかった。

「……まあ、そこそこに疲れた、かもな」

 皐と伊万里に反応するように言葉を出してみる。言葉を具体的に出せば、さらにのしかかる重力を意識してしまうような気がする。机にすべてを押し付けて寝転がりたくなる衝動。

「そんなにキツい相手だったの?」

「え、ええと、そういうわけでは……」

 皐の言葉に返事をしようと思ったけれど、間髪を入れずに伊万里が反応する。

「なんというか、す、すごいアクティビティ、という感じでした。活発でした、すごかった、でした」

 伊万里はそう言葉を重ねる。俺も机に突っ伏しながら、彼女の言葉に同調するように頷いた。

 彼女の言葉の表現は適切だ。行動に対して積極性を持ち合わせており、その場にいるだけで雰囲気をすべてつかさどるような、そんな輝きというか、熱さがある。ずっと見ていれば解けてしまうような、太陽のような要素があった。

 かといえば、夜になればその身を隠すような冷たさも孕んでいた。協力ができない、そういう状況が成り立ちそうだったとき、すべてが風景であるような、他のものでしかないという視線が怖かった。その視界の中に含まれることに戸惑いを覚えた。だから、良くも悪くも紗良は太陽のような人間だった。

 一緒に働いている恭平とは、似ても似つかないような、そんな雰囲気。恭平はこんな俺に対しても言葉をかけてくれるし、相手をしてくれる。思いやってもくれる、そこに自己犠牲は含まれている。

 ……紗良はどうだろうか。自己犠牲は一部含まれているのかもしれない。だが、すべてのことがイーブンでなければ許せない、そんな側面があったのではないか。そう思わざるを得ない。

 俺もイーブンを保ちたい気持ちはわかる。勝手に支援をされることの気持ち悪さを俺は知っている。そこに自分が介在しないだけで、周囲がそうなっているだけで不和を感じてしまうことはある。だが、彼女の中にあるイーブンは、俺の求めているものと合致していただろうか。きっと、それは違うと思った。

 ふーん、と皐は興味がないように息をついた。その息を合図にしたように、すぐにチャイムの音が空間に混ざっていく。

 そ、それでは、と伊万里は自分の席のほうへと進んでいく。俺はそれを手を軽く振りながら見送りながら、思索に耽る。

 彼女とのかかわり方を、そろそろ変えるべきなのではないか。そうすることが彼女のためなのではないか、と。





 放課後は物理室に集まることはなかった。今日あったことの諸々は、皐に帰りがてら話すことを伊万里に伝えたから、それ以上に集まる要件がなかったためだった。

 花の栽培についても、今は何もない物理室では何も意味がない。だから、俺たちは各々で帰路についた。そうすることしかできなかった。

 夕飯と言える夕飯を食べていなかったので、相応の空腹感を感じていた。俺がコンビニに寄りたいことを話すと、伊万里は先に帰ると言葉を吐いた。彼女を引き留める必要も感じなくなった俺は「また今度、カラオケに行こうな」と今日のことを思い出しながら、そう伊万里に声をかける。伊万里はそれににっこりと元気に、はい! と返事をした。

 そうしてコンビニに残るのは、俺と皐。

 夜の時間帯のコンビニに立ち寄る人は少なかった。客は俺たち以外には二人しかいない。よくよく見なくとも、その二人のうちの一人は店員だった。スーツを着ているせいで、つけていた名札を見るまで店員だということには気づかなかった。

 皐は特に何も言わずに俺についてきてくれる。夜ご飯なら作ろうか、とも声をかけてくれたけれど、どこか後ろめたさを感じて、大丈夫、と感じた。俺は何に後ろめたさを感じているのだろうと馬鹿らしくなったが、言葉を取り消すことはしなかった。

 握り飯のコーナーに行って、何かを取ろうと思った。そうしようとしたけれど、手は止まった。冷凍食品を挟んで後ろ側にあるパンのコーナーに足を運んだ。いつもなら食べないはずのもの。それでもそれを選択したい気分になったから仕方ない。

 適当に明太子とマヨネーズが入り混じったパンを購入した。皐はキャラメルティーラテというティーなのか、ラテなのかもわからないものを買っていた。彼女にしては珍しいような気もしたけれど、キャラメルという名称を見て、甘いものを選んでいるのだから、やはり彼女らしいと思った。

「珍しいね」

 会計の後、帰路の中で皐は俺にそうつぶやいた。

 そんな気分なんだ、と俺は返した。

 どこまでも何かに囚われている。

 そんなことを自覚して、惨めな気分でしかなかった。

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