妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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陸/傾き始める過程の線上

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 覗き見た携帯の画面には、六時過ぎの時間が表示されている。俺と伊万里を掘り下げる話題については交互に行われ、どこか面接を受けているような気分になる。だが、面接とは言っても一切の堅苦しさはない儀式のようなもの。仲が良くなるという体裁を整えるためだけの談義は、そこまで苦しかったものではなかった。

 ペースを乱されるという、あまり経験のない戸惑いこそはあったものの、それが不快感に繋がることもない。最初は動揺しか見せることがなかった伊万里でさえも、歌の一件で褒めてからは、吃りについてもマシになってきた。

「いやー、やっぱり雑談って楽しいねぇ」

「そ、そうですね!」

 褒められたことで調子に乗ってしまったのか、伊万里は五杯目になるオレンジジュースを飲み干してにこやかに答える。その様はどこか酔っ払っているようにも見えて、顔が紅潮しているのが場に酔ってしまっているのか、先の一件で照れたのが表情に出ているのか分からない。ただ、いつもと比べればハイテンションであるということくらいはわかる。

「……そろそろ、本題に入るべきでは?」

 紗良のキャラメルラテが空になるのを確認してから、彼女たちを現実に引き戻す言葉をあげる。その場の、あまり慣れてはいないが心地のいい空気に身を浸すのも悪くはないが、皐から届いた『大丈夫?』のメッセージに本来するべきことを思い出す。

 楽しい時間だという認識はあるけれど、楽しい時間だけでは過ごしていけない。そもそもの集まった目的は自然科学部の依頼についてであり、それを達成しなければ、このまま伊万里をサボらせてしまうことにもつながってしまう。そして、未だに独りで授業を受け続けている皐についても、心配の気持ちがよぎってしまう。

「そうだねぇ、そっちが本題だもんね。それはまたにしよっか」

 その今度があるのかどうかは知らないけれど、俺は彼女の言葉に安堵して息を吐く。少し有頂天気味だった伊万里の表情は「あっ」と声を漏らしてから、残念そうな表情を浮かべる。

 ……なんとなく罪悪感。いや、仕方ないことなのだけれど。





 伊万里に自然科学部のことを話してもらおうと思ったが、しゅんとなってしまった彼女の表情に申し訳なさを感じてから、俺が言葉を吐こうとした。言葉を吐こうとしたタイミングで紗良はキャラメルラテを注文する。どこまでも調子が狂う感覚はぬぐえないものの、それが彼女の性質だという受容をして、改めて言葉を紡ぐ。

 彼女に話したことは、端的に昼の植物の飼育、栽培について。飼育、という言葉を出した時に「生き物?」と彼女は言葉を出した。俺はそれにどう返事をするべきかを考えて、「植物も生き物だから」と返す。

「紗良さんにやってもらいたいのは、昼に水やりとか、そういった雑務のようなものになる。どうしても昼間については、俺は恭平さんと仕事をしているし、伊万里も夜の部だから学校に赴くことが難しい。ほら、夜に植物の飼育ってできないだろ?」

「もやしとかならいけるよ? なんならもやしについては夜中のほうが……」

「いや、俺たちはあくまで花を栽培したいわけであって……」

 俺が気まずいような感覚を覚えながら説明をすると、彼女はあからさまな揶揄いを含めた笑みを浮かべる。冗談冗談、と繰り返して「翔也くんはまじめなんだねー」と発言する。とりあえず、冗談は苦手なんだ、と返すだけした。

「とりあえず、昼の部に通っている私が植物に水やりとか、少しの栽培のお世話とかすればいいのね? どの花を育てるとかは決まってるの?」

「……特には決まっていない、かな。昼に飼育……、というか栽培してくれる人を確保してから、栽培するべきかな、って思ったから」

 コクコクと伊万里は首を縦に振る。伊万里にも何かしら言葉を吐いてほしい気持ちで彼女を見るが、視線が合った瞬間に意図が伝わったらしく、それとなく視線を逸らされる。……まあ、仕方がない。

 なるほどね、と紗良は言葉を吐いてから、どうしよっかなぁ、と迷うような言葉を吐く。

「言うなれば、自然科学部さんのお手伝いをしなければいけないんでしょ。兄貴から一部話は聞いていたけれど、それって私にメリットってないよね」

 彼女の言葉を咀嚼して、俺は息を呑む。

 それは、そうだ。こんな自然科学部の運営自体、特にメリットがあるわけでもない。運営している俺たち自身にもメリットはない。それならば、なんでやっているのか。それを頭の中で整理する。

 すべては伊万里のため。伊万里に吃りを克服してほしいという気持ちがあるからこそ、この自然科学部は存在する。伊万里は天体観測をするための部活動としか思っていないかもしれないが、本質はそこだ。

「確かにメリットはないかもしれない……、けれど、メリットなら作り出せるだろ」

 ほう、と紗良は興味深そうに反応する。

「俺はすべてのことはイーブンで運ばれるべきだと思っている。そこに相互性がなければ成立しないからこそ、俺は紗良だけが労力を働かせるような真似はしたくない」

「ふむふむ」

「……だから」

 俺は、息を呑む。

「手伝ってくれたら、何か手伝えることがあったらなんでも手伝う。それをメリットとして、この手伝いを受け入れてはくれないか?」

 メリットがないなら作り出せばいい。相互で働くメリット、それを生み出せば、俺たちと彼女の間は平等に、イーブンで過ごすことができるようになる。

「──なんでも、って今言ったよね?」

 紗良は、慎重そうな言葉でこちらを見つめる。

 こちら、というか、主に伊万里のほうに視線を向けている。

「それなら、──私が今作ってるバンドのメンバーにでもなってもらおっかな!」

「「……はい?!」」

 俺と伊万里の驚く声が重なった。
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