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陸/傾き始める過程の線上
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◇
「イマリーさんの趣味とか聞いても大丈夫? というか、人と話すのが苦手だったりする?」
紗良は顔をにじりよせるように近づきながら、そうして伊万里に話題をふる。ドギマギとしている様子を隠せない伊万里は、ひたすら視線を泳がせるけれど、その様子を見ても俺には何もすることができない。
この状況を少し楽しんでいる、というのもあるけれど、彼女にはもっと他人とのかかわりを増やす必要があるはずだ。吃音症の原因だとか、そういうものを調べたわけではないからわからないし、憶測でしかないけれど、それでも人とのかかわりが彼女のこれからに不可欠なものだと思ってしまう。
「ひ、ひ、ひとと、は、なす、のはぁ、に、にがてでぇ、す……」
「そうなんだ! 大丈夫大丈夫! 昼の部のほうにもそういう子って結構多かったりする印象だし、私、大丈夫だから!」
それが根拠になるかどうかは不安要素があるものの、紗良は伊万里のことを特に不快に思う様子はない。
「それでイマリーは私の一個下? ってことでいいんだよね。いやーすごいなぁ。高校一年生で何かをしようとするなんて、みんなが見習うべき行動性だよ──」
「あ、いや、わ、私は……」
消え入りそうな声で、伊万里は声を吐く。
表立っての声ではない、俺にしか聞こえないような声音。それでも確かに聞き取れたのは「加登谷さんと同じ、です」という台詞。
え、と戸惑う俺の声。声が小さかったので、俺にしか届いていないと思ったけれど、紗良は聞き逃さなかったようで「え、じゃあイマリーも私と同い年だ!」と盛り上がっている。
「……知らなかった」
よくよく考えなくとも、彼女の情報を深く掘り下げたことは今までない。定時制高校という、少し特殊な環境の中で人に事情を聴くのもどうかと思うという気持ちが少しだけあった。だから、聞けなかったというのもあるけれど、その言葉は俺を驚かせるのに十分だった。
「え、翔也くんも知らなかったんだ! ま、そういうこともあるよね!」
顔に『仲がよさそうなのに』という意思が紗良には含まれていそうだったけれど、俺はその視線を無視して、手元にあるフラペチーノを飲む。隣にいる伊万里も俺に合わせるようにオレンジジュースを口に含んでいった。
「それでも偉いよね。私は事情の一部分しか聞かされていないから、上辺だけしか言葉がだせないけれど、行動するってすっごく勇気がいることだと思うんだ! ……ま、本題は後にしよっか! イマリーの趣味は? あっ、私はサラって読んでくれていいからね!」
うう、と窮屈そうな声を伊万里は出す。本当にさっきから彼女のペースに巻き込まれっぱなしではあるものの、だからこそ、俺の出番はないような気がして、少し息をつく暇が生まれる。まあ、この暇も紗良に話題をふられれば、あぶくのように消えてしまうものではあるが。
趣味、と聞かれて、伊万里は少し悩むようにした。露骨に悩む、というよりは、あわあわと吐き出す言葉を迷っている。数秒ほどあわただしいそんな姿を見せた後、一度深呼吸をすると「え、ええ、と。う、歌が、好きです」
落ち着きを取り戻したように、少しだけ吃音がマシになる。だが、それも一瞬のことであり、紗良に「へー! どんな歌が好きなの?!」と前のめりに聞かれると、途端にしり込みしては言葉を失う。
「こいつ、歌が上手いんだよ。マジで。どんな曲っていうと……、なんだろうな、あれ」
助け舟を出すつもりで、伊万里の言葉の思い付きを補足するようにする。
「え、ええ、と、テクノポップ、です」
「テクノポップ!」
紗良は途端に楽しそうな表情を浮かべて、さっきよりも体を伊万里のほうへと前に乗り出す。
「キーボードとか! 弾ける?!」
「い、いや……、が、楽器は……」
「でも、歌は上手いんだよね?!」
「そ、それほどでも……、ないと思いま──」
「いや、伊万里はガチで上手いだろ」
俺が伊万里の言葉に割り込むと「へ、へへ、そうですか、ね」と言葉では謙遜しながらも、あからさまに頬が緩んでいるのが視界に入る。
彼女の歌唱力は、どちらかと言えば謙遜すれば謙遜するほどに、周囲の評価をけなすことにもなりえないほどの歌声をしていると思う。そして、ここで彼女の自信を失わせるのは、あまりしたくない。
「カラオケでも行ってみたらいい、本気で上手いんだから」
「え、えへへ……」
吃ることを忘れたように、にへらと笑う彼女が、保護者的な意味で可愛いと感じてしまう。
……でも、こいつ同い年なんだよな。皐と同じ年齢だと思っていたけれど、そうではないのだ。
それならこいつに対して保護者的な視点を持ち合わせるのはどこか間違っているような気がする。気がするけれど、気持ちとは別に、彼女は保護しなければいけない危うさを感じる。
そして、思うこと。
深く掘り下げたくはないものの、それでも気になってしまうこと。
どうして、彼女は俺と同い年なのか。……というよりも、どうして俺と同じように、一年遅れでこの高校に入学することになったのか。
人のことに首を突っ込むのは野暮だというのは知っている。だけれど、それを知りたいという好奇心に似たような気持ちを抑えることは難しい。
そこに、伊万里の地雷があるとしても、それでも……。
俺は、わちゃわちゃと騒ぐ彼女らを片隅に置いて、そんなことを思ってしまった。
「イマリーさんの趣味とか聞いても大丈夫? というか、人と話すのが苦手だったりする?」
紗良は顔をにじりよせるように近づきながら、そうして伊万里に話題をふる。ドギマギとしている様子を隠せない伊万里は、ひたすら視線を泳がせるけれど、その様子を見ても俺には何もすることができない。
この状況を少し楽しんでいる、というのもあるけれど、彼女にはもっと他人とのかかわりを増やす必要があるはずだ。吃音症の原因だとか、そういうものを調べたわけではないからわからないし、憶測でしかないけれど、それでも人とのかかわりが彼女のこれからに不可欠なものだと思ってしまう。
「ひ、ひ、ひとと、は、なす、のはぁ、に、にがてでぇ、す……」
「そうなんだ! 大丈夫大丈夫! 昼の部のほうにもそういう子って結構多かったりする印象だし、私、大丈夫だから!」
それが根拠になるかどうかは不安要素があるものの、紗良は伊万里のことを特に不快に思う様子はない。
「それでイマリーは私の一個下? ってことでいいんだよね。いやーすごいなぁ。高校一年生で何かをしようとするなんて、みんなが見習うべき行動性だよ──」
「あ、いや、わ、私は……」
消え入りそうな声で、伊万里は声を吐く。
表立っての声ではない、俺にしか聞こえないような声音。それでも確かに聞き取れたのは「加登谷さんと同じ、です」という台詞。
え、と戸惑う俺の声。声が小さかったので、俺にしか届いていないと思ったけれど、紗良は聞き逃さなかったようで「え、じゃあイマリーも私と同い年だ!」と盛り上がっている。
「……知らなかった」
よくよく考えなくとも、彼女の情報を深く掘り下げたことは今までない。定時制高校という、少し特殊な環境の中で人に事情を聴くのもどうかと思うという気持ちが少しだけあった。だから、聞けなかったというのもあるけれど、その言葉は俺を驚かせるのに十分だった。
「え、翔也くんも知らなかったんだ! ま、そういうこともあるよね!」
顔に『仲がよさそうなのに』という意思が紗良には含まれていそうだったけれど、俺はその視線を無視して、手元にあるフラペチーノを飲む。隣にいる伊万里も俺に合わせるようにオレンジジュースを口に含んでいった。
「それでも偉いよね。私は事情の一部分しか聞かされていないから、上辺だけしか言葉がだせないけれど、行動するってすっごく勇気がいることだと思うんだ! ……ま、本題は後にしよっか! イマリーの趣味は? あっ、私はサラって読んでくれていいからね!」
うう、と窮屈そうな声を伊万里は出す。本当にさっきから彼女のペースに巻き込まれっぱなしではあるものの、だからこそ、俺の出番はないような気がして、少し息をつく暇が生まれる。まあ、この暇も紗良に話題をふられれば、あぶくのように消えてしまうものではあるが。
趣味、と聞かれて、伊万里は少し悩むようにした。露骨に悩む、というよりは、あわあわと吐き出す言葉を迷っている。数秒ほどあわただしいそんな姿を見せた後、一度深呼吸をすると「え、ええ、と。う、歌が、好きです」
落ち着きを取り戻したように、少しだけ吃音がマシになる。だが、それも一瞬のことであり、紗良に「へー! どんな歌が好きなの?!」と前のめりに聞かれると、途端にしり込みしては言葉を失う。
「こいつ、歌が上手いんだよ。マジで。どんな曲っていうと……、なんだろうな、あれ」
助け舟を出すつもりで、伊万里の言葉の思い付きを補足するようにする。
「え、ええ、と、テクノポップ、です」
「テクノポップ!」
紗良は途端に楽しそうな表情を浮かべて、さっきよりも体を伊万里のほうへと前に乗り出す。
「キーボードとか! 弾ける?!」
「い、いや……、が、楽器は……」
「でも、歌は上手いんだよね?!」
「そ、それほどでも……、ないと思いま──」
「いや、伊万里はガチで上手いだろ」
俺が伊万里の言葉に割り込むと「へ、へへ、そうですか、ね」と言葉では謙遜しながらも、あからさまに頬が緩んでいるのが視界に入る。
彼女の歌唱力は、どちらかと言えば謙遜すれば謙遜するほどに、周囲の評価をけなすことにもなりえないほどの歌声をしていると思う。そして、ここで彼女の自信を失わせるのは、あまりしたくない。
「カラオケでも行ってみたらいい、本気で上手いんだから」
「え、えへへ……」
吃ることを忘れたように、にへらと笑う彼女が、保護者的な意味で可愛いと感じてしまう。
……でも、こいつ同い年なんだよな。皐と同じ年齢だと思っていたけれど、そうではないのだ。
それならこいつに対して保護者的な視点を持ち合わせるのはどこか間違っているような気がする。気がするけれど、気持ちとは別に、彼女は保護しなければいけない危うさを感じる。
そして、思うこと。
深く掘り下げたくはないものの、それでも気になってしまうこと。
どうして、彼女は俺と同い年なのか。……というよりも、どうして俺と同じように、一年遅れでこの高校に入学することになったのか。
人のことに首を突っ込むのは野暮だというのは知っている。だけれど、それを知りたいという好奇心に似たような気持ちを抑えることは難しい。
そこに、伊万里の地雷があるとしても、それでも……。
俺は、わちゃわちゃと騒ぐ彼女らを片隅に置いて、そんなことを思ってしまった。
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