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陸/傾き始める過程の線上
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◇
フラペチーノの後味のある甘さに苦手意識を覚えながらも、俺は頭を整理して、吐き出す言葉を考えた。
「ええと、改めて。恭平さんから聞いていると思うけど、加登谷 翔也です。まあ、そのよろしく」
俺は無難と言える挨拶をする。それ以外の文言は思いつかなかったし、思いついても不必要な情報でしかないだろう。会話というものに無駄は省かれるものだと俺は思うので、これが最良だと考えたのだが、趣味は? と紗良に促される。そう聞かれたのだから、俺は適当に「文章を書くこと」と端的に答えた。それ以上に思いつく言葉はなかった。
「へー、文系ってやつだ」
「……どうだろう、適当にしか書いてないから」
俺の言葉に、隣にいる伊万里が「ほへぇ」と息を吐くのが聞こえてくる。そういえば伊万里に趣味の話とかをしたことがないな、ということを今更思い出した。
「なんか物語とか書いてるの?」
「書いていたり書いていなかったり……。というか、そんなことどうでもよくないか?」
俺がそういうと、彼女は「そんなことない」と両断する。
「趣味は人を表すものだと私は思うんだよね。別に趣味がない人のことを悪く言うつもりはないんだけどさ、相応に趣味があったら、ああこの人はそれに時間を使っているんだー、とか味が出てくるじゃん?」
「……なるほど」
彼女の言いたいことはわかるような気がする。
ようは、彼女が先ほど言っていた通り、俺たちは今仲良くなろうとしているのだ。そのために、どんな人間であるかを吟味するために、彼女は質問を重ねているのだろう。
でも、聞かれることが増えると、なにかで地雷を踏んでしまう可能性が頭の中に過る。対人関係の中で、いつの間にか存在する地雷を踏むかもしれない可能性は、いつだって恐怖として心の中にまとわりつく。そのせいでさっさと本題に入ってしまいたい気持ちはあるのだけれど。
「あとはそうだなぁ、彼女とかは?」
……彼女、と言葉を聞かれて、その地雷が目の前にあるような錯覚をする。いや、この場合の地雷は俺自身のものであるのだろうけれど。
「いるよ」
「おっ、リア充さんだ。……ていうか、兄貴から普通に聞いてたな。あれだっけ、翔也くんは彼女さんと一緒に暮らしているんだっけ」
翔也くん、と一瞬で距離を近づけてくる彼女の言葉にドギマギを繰り返す。ずっとペースを握られているような気持になって仕方がない。
ああ、と肯定すると「わあ、めっちゃラブラブじゃん」と紗良は返してくる。俺はそれに対して照れていいのか、どうすればいいのかわからない。だから、とりあえず苦笑で返した。
「もういいだろ? 俺についての質問は……」
「えーっ? ……まあ、そっか。さっきから私と翔也くんしか話してないし、隣の子にもいろいろお話聞きたいしね」
そうして彼女の視線は伊万里をとらえる。話題の矛先が伊万里に向かったことにより、伊万里は一瞬、え、と戸惑うような声をあげた。
「ねえねえ、君の名前は?」
「えっ、え、え、え、ええ、ええと」
初期の伊万里の吃音を思い出す。緊張という状況に囲まれると、どうしても吃ることを止めてしまうことはできないのだろう。それならば補佐をするべきなのだろうけれど、それでは彼女のためにならないかもしれないし、そもそも聞かれているのは伊万里なので、俺が口出しするべき場面ではない。
「い、い、いまりぃ……、きょ、きょう、こ、です……、よ、よろしくお願いしま──」
「イマリーちゃんね! よろしくねイマリーちゃん!」
「ち、ちがっ」
そんな英国女性のような名前ではない、と焦燥感の中にある彼女の表情が、申し訳ないが少し面白い。流石に可愛そうになったので「イマリーじゃなくて、伊万里 京子だぞ」と補足する。
「でもイマリーって名前のほうが可愛いよ?」
……その感受性については正直よくわからない。
「まあ、呼び方については俺じゃなく本人に聞いてくれた方が……」
俺がそう促すようにすると、伊万里がちらっと俺のほうを一瞥したあと、すがるように俺の服の背中辺りをつまむ。助けてほしい、という感情は伝わりはするものの、俺自身がこういうアクティブと言える人間とのかかわり方を知らないので、どうするべきか、と戸惑い続けてしまっている。
きっと、こういう人間のほうが社会に、……氷塊たる部分で生きることが容易な性質なのだろう。
人との距離感を自らのほうに持ち込むような、そんな人間性。人とかかわることを率先してやるような、そんな積極性こそが、この社会には必要とされているのかもしれない。
だが、それから乖離している俺は、……俺たちにとっては、ものすごく遠い物のように思えて仕方なくなる。言うなれば、温度感の違いだ。氷塊と、その温度感の差異で解けてしまった氷の、同じようで異なる存在感が、俺たちの戸惑いのもとになっているのだ。
いつかは、受け入れなければいけないこと。
昨日までなら、ずっと同じことを考えて、更に遠ざけようとしたのだろうけれど、今日に関しては前向きな気持ちがある。だから、それを受け入れるだけのゆとりが存在する。
なら、ここで俺は伊万里を助けるべきだろうか。
……そうではない、はずだ。それが最良とは言えないはずだ。
俺はすがるような彼女の手を無視した。少々の罪悪感はあるものの、これは必要なことであると、俺は判断したから仕方がない。
俺が諦めろ、という視線を彼女に送ると、うるうると怯えた小動物のような顔で伊万里はうなだれる。
「い、イマリーで、い、い、いい、ですぅ」
「イマリーがいいならそれで! よろしくねイマリー!」
……正直、御託を並べてはいたけれど、この状況が面白いだけだ。それは心の内に秘めておこう。
フラペチーノの後味のある甘さに苦手意識を覚えながらも、俺は頭を整理して、吐き出す言葉を考えた。
「ええと、改めて。恭平さんから聞いていると思うけど、加登谷 翔也です。まあ、そのよろしく」
俺は無難と言える挨拶をする。それ以外の文言は思いつかなかったし、思いついても不必要な情報でしかないだろう。会話というものに無駄は省かれるものだと俺は思うので、これが最良だと考えたのだが、趣味は? と紗良に促される。そう聞かれたのだから、俺は適当に「文章を書くこと」と端的に答えた。それ以上に思いつく言葉はなかった。
「へー、文系ってやつだ」
「……どうだろう、適当にしか書いてないから」
俺の言葉に、隣にいる伊万里が「ほへぇ」と息を吐くのが聞こえてくる。そういえば伊万里に趣味の話とかをしたことがないな、ということを今更思い出した。
「なんか物語とか書いてるの?」
「書いていたり書いていなかったり……。というか、そんなことどうでもよくないか?」
俺がそういうと、彼女は「そんなことない」と両断する。
「趣味は人を表すものだと私は思うんだよね。別に趣味がない人のことを悪く言うつもりはないんだけどさ、相応に趣味があったら、ああこの人はそれに時間を使っているんだー、とか味が出てくるじゃん?」
「……なるほど」
彼女の言いたいことはわかるような気がする。
ようは、彼女が先ほど言っていた通り、俺たちは今仲良くなろうとしているのだ。そのために、どんな人間であるかを吟味するために、彼女は質問を重ねているのだろう。
でも、聞かれることが増えると、なにかで地雷を踏んでしまう可能性が頭の中に過る。対人関係の中で、いつの間にか存在する地雷を踏むかもしれない可能性は、いつだって恐怖として心の中にまとわりつく。そのせいでさっさと本題に入ってしまいたい気持ちはあるのだけれど。
「あとはそうだなぁ、彼女とかは?」
……彼女、と言葉を聞かれて、その地雷が目の前にあるような錯覚をする。いや、この場合の地雷は俺自身のものであるのだろうけれど。
「いるよ」
「おっ、リア充さんだ。……ていうか、兄貴から普通に聞いてたな。あれだっけ、翔也くんは彼女さんと一緒に暮らしているんだっけ」
翔也くん、と一瞬で距離を近づけてくる彼女の言葉にドギマギを繰り返す。ずっとペースを握られているような気持になって仕方がない。
ああ、と肯定すると「わあ、めっちゃラブラブじゃん」と紗良は返してくる。俺はそれに対して照れていいのか、どうすればいいのかわからない。だから、とりあえず苦笑で返した。
「もういいだろ? 俺についての質問は……」
「えーっ? ……まあ、そっか。さっきから私と翔也くんしか話してないし、隣の子にもいろいろお話聞きたいしね」
そうして彼女の視線は伊万里をとらえる。話題の矛先が伊万里に向かったことにより、伊万里は一瞬、え、と戸惑うような声をあげた。
「ねえねえ、君の名前は?」
「えっ、え、え、え、ええ、ええと」
初期の伊万里の吃音を思い出す。緊張という状況に囲まれると、どうしても吃ることを止めてしまうことはできないのだろう。それならば補佐をするべきなのだろうけれど、それでは彼女のためにならないかもしれないし、そもそも聞かれているのは伊万里なので、俺が口出しするべき場面ではない。
「い、い、いまりぃ……、きょ、きょう、こ、です……、よ、よろしくお願いしま──」
「イマリーちゃんね! よろしくねイマリーちゃん!」
「ち、ちがっ」
そんな英国女性のような名前ではない、と焦燥感の中にある彼女の表情が、申し訳ないが少し面白い。流石に可愛そうになったので「イマリーじゃなくて、伊万里 京子だぞ」と補足する。
「でもイマリーって名前のほうが可愛いよ?」
……その感受性については正直よくわからない。
「まあ、呼び方については俺じゃなく本人に聞いてくれた方が……」
俺がそう促すようにすると、伊万里がちらっと俺のほうを一瞥したあと、すがるように俺の服の背中辺りをつまむ。助けてほしい、という感情は伝わりはするものの、俺自身がこういうアクティブと言える人間とのかかわり方を知らないので、どうするべきか、と戸惑い続けてしまっている。
きっと、こういう人間のほうが社会に、……氷塊たる部分で生きることが容易な性質なのだろう。
人との距離感を自らのほうに持ち込むような、そんな人間性。人とかかわることを率先してやるような、そんな積極性こそが、この社会には必要とされているのかもしれない。
だが、それから乖離している俺は、……俺たちにとっては、ものすごく遠い物のように思えて仕方なくなる。言うなれば、温度感の違いだ。氷塊と、その温度感の差異で解けてしまった氷の、同じようで異なる存在感が、俺たちの戸惑いのもとになっているのだ。
いつかは、受け入れなければいけないこと。
昨日までなら、ずっと同じことを考えて、更に遠ざけようとしたのだろうけれど、今日に関しては前向きな気持ちがある。だから、それを受け入れるだけのゆとりが存在する。
なら、ここで俺は伊万里を助けるべきだろうか。
……そうではない、はずだ。それが最良とは言えないはずだ。
俺はすがるような彼女の手を無視した。少々の罪悪感はあるものの、これは必要なことであると、俺は判断したから仕方がない。
俺が諦めろ、という視線を彼女に送ると、うるうると怯えた小動物のような顔で伊万里はうなだれる。
「い、イマリーで、い、い、いい、ですぅ」
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