妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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陸/傾き始める過程の線上

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 紗良と名乗ったギャルの風体をした女の子は、そうしてキャラメルラテを注文した。俺と伊万里は対面に座っていたが、流石に話をするとなると気まずいことになるので、伊万里は俺の隣の席に移動する。

 店員がキャラメルラテを持ってくるまでの間、そんな所作で時間を喰うが、特に会話のようなものは生まれることがない。席のわきを通るときに、戸惑いを抱いている伊万里の、すいません、や、紗良の、ごめんねー、というどこまでも明るい間延びした声が響くのみ。俺はそれを傍観することしかできなかった。

 しばらくしないうちに、彼女のキャラメルラテはやってくる。店員がやってくると、どうもー、と彼女は奇策に返して会釈をする。ギャル風の見た目で決めつけるのはどうかと思うが、人に対して丁寧だな、ということを俺は感じていた。

「……それじゃあ、本題の話を──」

 準備は固まった、そう思って俺が話題を振ろうとしたところで、紗良は「ちょっと待って」と声を出した。俺たちの瞳をとらえながら、真剣そうな表情に俺は息を呑む。何かやらかしただろうか、とか、そんなことを過らせるけれど、彼女の真剣な顔は途端にほぐれて「飲み物頼まないの?」とあっけらかんとした雰囲気で俺たちに言葉を続ける。

 あ、ああ、と適当な返事をする。店員にとっては二度手間にしかならない注文を繰り返すことに申し訳なさを覚えるが、店員は何も感じていない、というよりもシステマティックに対応する。俺が思っている以上に世界は容易に回転する。その無力感というか、思い過ごし感に目がくらみそうになりながらも、この場の空気が紗良に支配されていることを感じてならない。

 伊万里は続けてオレンジジュースを、俺は変わり種のようにコーヒーのフラペチーノを頼んでみる。普段通りにブラックを頼めばよかっただけなのだろうが、動揺が心に響いている中、たまたま店内の壁に飾られていたそんなメニューを、俺は口に出すことしかできなかった。そうしてやってくるのはクリームが大量に乗っているコーヒーとは言い難い甘さの塊であり、少しばかりの後悔がよぎる。

「女子力?」と紗良は言う。俺はそれに、違います、と返した。隣にいる伊万里がくすっと視線を逸らしながら笑ったのを俺は見逃さなかった。

「とりあえずさ」と紗良は言う。

「本題の話? が大事なのはわかっているけれど、ほら、私たち初対面じゃん? 仲良くなってからもお互いのためだと思うし、まずは雑談、というか自己紹介とかしようよ」

「……それもそうだ、……ですね」

 彼女に俺は同調する、不自然な敬語になってしまう自分が恥ずかしい。隅っこで伊万里もそれに頷いた。

 いきなり、見ず知らずの人間にお願い、もしくは頼みごとをするというのはハードルが高い事柄であるはずだ。だから、たいていの人は仲がいい、もしくは関わりのある人間に対してお願い事をする。それをすっ飛ばしてお願いをするのは、確かに傲慢だと思った。彼女は傲慢だとか、そういった言葉を口に出したわけではないけれど、暗にそんな意図を孕んでいそうな気がする。

「それじゃあ……」

 伊万里から、と自然科学部の部長である彼女に自己紹介をゆだねようかと思ったけれど、それは酷であることに一瞬で気づいてからは、俺が言葉を続ける。

「知ってると思いますけれど、ええと、俺の名前は加登谷 翔也って言います。恭平さんからどれくらい話を聞いているかわからないけれど──」

「それ、やめない?」

 紗良は苦笑した。

「なんか、無理に敬語とか使わなくていいよ。なんか痒くなる感じするし」

 痒くなる、と彼女は表現した。その感覚はわからないでもない。自分自身で痒く成る感覚を覚えるのだから。

「……でも」

 ひとつの礼儀として。

 彼女と俺は同い年であるはずだけれど、それでも高校の先輩という肩書が彼女には存在する。それに対して礼儀を働かせるのは当然の──。

「私、仲良くなりたいんだよね。ほら、私、あんまり友達とかいないからさ」

「いや、それは流石に嘘だろ……、じゃなくて、嘘ですよね……?」

「いちいち敬語にしなくていいんだって! 恭平から聞いたけど、私たち同い年なんでしょ? 無理に固くなる必要ないし、仲良くなるのに敬語ばっかり使われると、正直疲れるんだよね」

 彼女は呆れるような息を吐きながら、そう笑う。

 一瞬、隣にいる伊万里の表情が曇ったような気がするが、彼女には彼女の何かがあるのだろう。それを今気にするのは野暮かもしれない。

「それなら、普段通りに話すことにするか」

「うんうん、それがいいよー」

 少し気が楽になる気持ちを覚えて、俺は目の前にある飲み物を口に含むことにする。

 ……飲みづらい。そして、甘い。

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