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陸/傾き始める過程の線上
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◇
「ど、どんな人が来るんでしょう」
伊万里の手元にあったオレンジジュースは空になった。緑色のストローと氷だけが器の中には残っている。少しばかり退屈気味になってしまった空気の中で、伊万里は絞り出すように声をあげた。俺はそれに対して首をかしげながら考えることにする。
「正直、わからないんだよな。うちの先輩の妹ってことだけれど、先輩の印象だけで妹の様子がわかるわけでもないし」
恭平の妹、それだけの情報で想像できるところは少ない。
端的に伊万里に伝わりやすい例をあげるのであれば、皐が俺の妹であるという公表をするべきなのだろうが、そんな例えを出すことは俺にはできない。だから、その場の空気を停滞させるような相槌だけを打った。
皐のことを思えば、俺とは裏のような性格をしているような気がする。陰気でしかない俺に対して光をさすような性格。そう考えるのであれば、恭平の妹はどうであるか。恭平も光を持ち込むような性格だと思うから、その場合は、陰気な女性、ということになるのかもしれないが……。結局、答えは会うまでわかるわけもない。
「……それにしても付き合ってもらって申し訳ないな」
俺はいまさらとしか言いようがない謝罪を伊万里に告げる。
彼女には告げなければいけない言葉がたくさんある。彼女の本質に付け込んで、言わなければいけない言葉を覆い隠したこと、その卑怯さについての謝罪を送らなければいけない。だが、それをここで吐き出すのは、今は違うような気がする。
「い、い、いえ! 加登谷さんがいろいろ頑張ってくれているのに、わ、私だけ何もしないっていうのはおかしいですから!」
吃りがマシになっている声で、彼女は気丈に振舞う。入学したての頃の彼女と比較すれば、どれだけ彼女が俺という存在に慣れているのか、それを理解することができるような気がする。
「……まあ、流石に学校をサボらせていることは本当に申し訳ない」
「だ、だ、大丈夫です。な、慣れているので……」
それは大丈夫なのだろうか、そんな疑問は思い浮かぶけれど、深堀をするのも悪いような気がするので、特に触れない。
伊万里の空になったグラスを眺めながら、俺も手元にあるコーヒーを口元に運ぶ。そんなときに聞こえてくるのは、人が入店したことを知らせるチャイム、俺は視線をそちらに寄せると、伊万里もそれに引き寄せられて入口の方を見る。
──見るからに、ギャルというような風貌の女性。
私服……と見まがうほどに改造された高校の指定制服、存在を周囲に誇張するような金の髪色、ポニーテールにまとめていて、首がよく見えるような気がする。彼女はポニーテールの毛先を手でくるくると撫でながら、店の中に入って周囲の状況を観察するようにする。店員にカウンターでの注文の声掛けをされるものの、彼女はそれを手で制して、そうして俺と視線が合う。
伊万里も一瞬視線があったらしいが、伊万里はすぐさま俺のほうへと視線を入れ替えた。
「……あ、あ、あ、のぉ、人、です、かね……?」
先ほどまでマシだと思っていた吃音が急に戻って、彼女の動揺を感じ取る。俺は恭平から何も聞いていないので、あのギャルが恭平の妹なのかどうかは判別がつかない。
……この場合、どうすればいいのだろう。
一応、今日の昼休憩時、恭平から妹の特徴なるものを聞こうとしたものの、彼はニヤニヤした表情を崩さないまま、会ってからのお楽しみだ、としか答えなかった。だから、ここで恭平に電話したところではぐらかされるだけだろう。
こうなると、直接声をかけるしか選択肢はないような気がする。せめて恭平から妹の連絡先を聞いておけば、電話を鳴らすなり、彼女が電話を受け取るなりで把握することはできるものの、それができるなら最初から恭平はそうしているはずだと思う。
「……声、かけるしかないか」
自身の決意を言葉に出すことで、自分がするべきことを改めて認識する。伊万里はごくりと喉を鳴らしながら頷く。その様子が面白い、というふうに思えるくらいには気持ちには余裕があるが、なぜか緊張してしまう自分がいる。
……こういうのって、ナンパにならないだろうか。もし、違う人間であるとするならば、それはだいぶと恥ずかしいことにはならないだろうか。
いや、ここで迷っていてもしょうがない。いつまでも思考で行動を鈍らせてはいけない。俺は立ち上がろうと──。
「──あなたが加登谷さん?」
──したけれど、いつの間にか彼女はそこにいて、そうして俺の名前を呼ぶ。
「あ、ああ」
少し震えた声、自分で緊張していることがわかる。
どうして緊張しているのか、俺にはわからない。女性と話すことにそこまで苦手意識はないと思っているが、上ずってしまう声を抑えることはできない。
「やば、挙動不審すぎでしょ、ウケるんだけど」
彼女は俺のそんな様子を見て、言葉の通りクスクスと笑う。俺は声を出せないまま、彼女の言葉を待つだけしかできない。
「えーと、とりあえず、どーも? でいいのかな? 恭平の妹の紗良でーす。よろしくねー」
間延びした声で、彼女はそう自己紹介をしたのであった。
「ど、どんな人が来るんでしょう」
伊万里の手元にあったオレンジジュースは空になった。緑色のストローと氷だけが器の中には残っている。少しばかり退屈気味になってしまった空気の中で、伊万里は絞り出すように声をあげた。俺はそれに対して首をかしげながら考えることにする。
「正直、わからないんだよな。うちの先輩の妹ってことだけれど、先輩の印象だけで妹の様子がわかるわけでもないし」
恭平の妹、それだけの情報で想像できるところは少ない。
端的に伊万里に伝わりやすい例をあげるのであれば、皐が俺の妹であるという公表をするべきなのだろうが、そんな例えを出すことは俺にはできない。だから、その場の空気を停滞させるような相槌だけを打った。
皐のことを思えば、俺とは裏のような性格をしているような気がする。陰気でしかない俺に対して光をさすような性格。そう考えるのであれば、恭平の妹はどうであるか。恭平も光を持ち込むような性格だと思うから、その場合は、陰気な女性、ということになるのかもしれないが……。結局、答えは会うまでわかるわけもない。
「……それにしても付き合ってもらって申し訳ないな」
俺はいまさらとしか言いようがない謝罪を伊万里に告げる。
彼女には告げなければいけない言葉がたくさんある。彼女の本質に付け込んで、言わなければいけない言葉を覆い隠したこと、その卑怯さについての謝罪を送らなければいけない。だが、それをここで吐き出すのは、今は違うような気がする。
「い、い、いえ! 加登谷さんがいろいろ頑張ってくれているのに、わ、私だけ何もしないっていうのはおかしいですから!」
吃りがマシになっている声で、彼女は気丈に振舞う。入学したての頃の彼女と比較すれば、どれだけ彼女が俺という存在に慣れているのか、それを理解することができるような気がする。
「……まあ、流石に学校をサボらせていることは本当に申し訳ない」
「だ、だ、大丈夫です。な、慣れているので……」
それは大丈夫なのだろうか、そんな疑問は思い浮かぶけれど、深堀をするのも悪いような気がするので、特に触れない。
伊万里の空になったグラスを眺めながら、俺も手元にあるコーヒーを口元に運ぶ。そんなときに聞こえてくるのは、人が入店したことを知らせるチャイム、俺は視線をそちらに寄せると、伊万里もそれに引き寄せられて入口の方を見る。
──見るからに、ギャルというような風貌の女性。
私服……と見まがうほどに改造された高校の指定制服、存在を周囲に誇張するような金の髪色、ポニーテールにまとめていて、首がよく見えるような気がする。彼女はポニーテールの毛先を手でくるくると撫でながら、店の中に入って周囲の状況を観察するようにする。店員にカウンターでの注文の声掛けをされるものの、彼女はそれを手で制して、そうして俺と視線が合う。
伊万里も一瞬視線があったらしいが、伊万里はすぐさま俺のほうへと視線を入れ替えた。
「……あ、あ、あ、のぉ、人、です、かね……?」
先ほどまでマシだと思っていた吃音が急に戻って、彼女の動揺を感じ取る。俺は恭平から何も聞いていないので、あのギャルが恭平の妹なのかどうかは判別がつかない。
……この場合、どうすればいいのだろう。
一応、今日の昼休憩時、恭平から妹の特徴なるものを聞こうとしたものの、彼はニヤニヤした表情を崩さないまま、会ってからのお楽しみだ、としか答えなかった。だから、ここで恭平に電話したところではぐらかされるだけだろう。
こうなると、直接声をかけるしか選択肢はないような気がする。せめて恭平から妹の連絡先を聞いておけば、電話を鳴らすなり、彼女が電話を受け取るなりで把握することはできるものの、それができるなら最初から恭平はそうしているはずだと思う。
「……声、かけるしかないか」
自身の決意を言葉に出すことで、自分がするべきことを改めて認識する。伊万里はごくりと喉を鳴らしながら頷く。その様子が面白い、というふうに思えるくらいには気持ちには余裕があるが、なぜか緊張してしまう自分がいる。
……こういうのって、ナンパにならないだろうか。もし、違う人間であるとするならば、それはだいぶと恥ずかしいことにはならないだろうか。
いや、ここで迷っていてもしょうがない。いつまでも思考で行動を鈍らせてはいけない。俺は立ち上がろうと──。
「──あなたが加登谷さん?」
──したけれど、いつの間にか彼女はそこにいて、そうして俺の名前を呼ぶ。
「あ、ああ」
少し震えた声、自分で緊張していることがわかる。
どうして緊張しているのか、俺にはわからない。女性と話すことにそこまで苦手意識はないと思っているが、上ずってしまう声を抑えることはできない。
「やば、挙動不審すぎでしょ、ウケるんだけど」
彼女は俺のそんな様子を見て、言葉の通りクスクスと笑う。俺は声を出せないまま、彼女の言葉を待つだけしかできない。
「えーと、とりあえず、どーも? でいいのかな? 恭平の妹の紗良でーす。よろしくねー」
間延びした声で、彼女はそう自己紹介をしたのであった。
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