妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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伍/見えない道先の概算

5-10

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 そうして朝はやってきた。晴れやかだと思う朝がやってきた。そんな言葉の割には、いまだに白くなり始めているだけの空しかそこにはないが、気分としては爽快な朝がやってきたのだ。

 愛莉との会話の後、なんとなく布団には潜ったものの、結局眠れるわけもなく、数分後に携帯のアラームが鳴った。そのアラームを手慣れた手つきで止めると、隣で寝ている皐から、眠たそうな声で「おはよう」と聞こえる。俺はそれに対して、おはよう、と顔を見ながら返すことができた。

 アラームを止めてから、皐は体を起こす。そのタイミングで愛莉も体を起こして、溌剌といった様子で「おはよう」とつぶやく。俺と同じで寝ることはできなかったのだろう、どこか声に元気が宿っている。その声に俺と皐は挨拶を返して、各々の朝を過ごすことになる。

 俺は俺で身支度を整える。その間に愛莉と皐は朝飯と弁当を作っているようだった。

 違和感はあるものの、悪くはない雰囲気。昨日の夜のことがなければ、こんな朝でさえも嗚咽を混じらせるような、そんな気分になっていたのかもしれない。だが、今の俺の気持ちは晴れやかだ。そんな気分でいることに皐へと感謝しながら、俺は身支度を済ませた。





「あいちゃんはどうするの?」

 昼飯をミニテーブルで囲みながら、皐は愛莉にそう言葉を吐いた。俺は日中の仕事がある、皐も同じようなものでアルバイトをしている。それだけでなく夜には高校にも行かなければならない。だから、その間の愛莉はどう過ごすべきなのか、という話をここではしなければいけなかった。

「うーん、そうだなぁ」

 愛莉は悩むような仕草をとる。だが、俺にだけはわかる嘘、というか振る舞いがそこにあることを理解する。きっと、彼女の中で行動は固まっているのだろう。

 まあなんかしてるよ、と彼女が返すと、それ以上の会話は生まれない。そっか、と皐が返した後は、そのまま黙々と朝食を食べるだけの時間。

 他愛のない会話をすればいいのかもしれない。でも、ここに気まずさはなく、心地の悪い空間というわけでもない。無理に会話をする必要はなく、ただ適切な時間を過ごすことができている。

 こんな日々なら悪くはない。

 そんなことを思いながら、俺は皐を一瞥する。

 彼女は視線を朝食に合わせて、俺と目が合うことはない。でも、それでいい。俺は彼女が安らかに過ごすことができているのなら、なんとなくそれでいいのだ。

 ごちそうさま、と愛莉が言葉を紡ぐ。それに順じて俺も同じ言葉を吐いた。愛莉は自身のものと俺の皿を手に取って、台所の方へと向かう。「お世話になってるから、こういうのは率先してやります」と言葉を吐きながら、楽しそうに食洗をしている様子。

 ……うん、これくらいの日々なら、別にいいじゃないか。

 昨日までの自分は何を怖がっていたのだろう。そんなことを思ってしまうほどに今との気分の違いに苦笑してしまう。

 目の前の現実は悪くない。悪いことは起きない。そんな気持ちでいっぱいで、気を取り直して一日を送れそうな気がした。そんな朝の風景だった。





 いってらっしゃい、の声に見送られて、俺は家から出る。朝五時近くになれば太陽も顔を出してくる。だいぶと高くなった太陽の空気は、くぐもっていた湿気の中に漂って、相応の熱気をまとわせてくる。

 夏が近づいてくる気配をここ最近は感じる。今日の太陽だってそうだ、五月になれば真夏日に到達する日もやってくるだろう。去年の夏ごろであれば、そんな日々に対して嫌気がさしていたのかもしれない。

 暑さは人の体力を奪うものだ、それに対して夏の思い出は美化されていくものだ。夏の風物詩というものに紛れていき、いろいろな思い出がきれいだと変換される。当時の気だるさを上書きして。

 一昨年の夏を忘れることはできない。俺は夏に対していい思い出を持つことはできない。そういう人生を送っている。暑さを覚えれば、どうしても過ってしまう過去がある。それを忘れることはいまだにできていない。それができるようになるのはいつのことなのかもわかっていない。過去は現在を形作るものだから、いつまでも忘れることはできないのだろう。

 だが、今年の夏はどうだろうか。今年の夏であればどうなるのだろうか。俺は楽しい夏を過ごすことができるのだろうか。

 期待はしたくない。期待をすれば、現実が裏切ってくることを俺は知っている。それで自分を責め立てることもよく知っている。だから、何も考えない方がいいことも、きちんと理解している。

 でも、それでも期待をしたい俺がいる。

 皐が隣にいてくれる。それだけでどれだけ世界がきれいに見えることだろうか。

 それだけで、いいじゃないか。

 俺は原チャリを走らせながら、肌に夏が刺さる気配を感じる。そんな感覚さえも愛おしく思えるように頑張る。

 そう、思うことにした。

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