妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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伍/見えない道先の概算

5-7

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 久しぶりの喫煙のように感じた。禁煙しているわけでもないし、別に昼間に吸っていないわけでもない。大した時間の経過はされていないはずで、そんな気持ちになるのはどこかおかしい。だが、喉がめくられるような一瞬の重みと、鼻に抜ける煙の香りを確かめて、ようやく今日になって煙草の味わい方を理解できたのだと感じた。久しさはそのせいだと思った。

 家の中は暑く感じた。外に出れば相応に寒さ、というよりは涼しさがある。肌着しか着ていないから、それも作用しているのだろう。そんな涼やかな世界の中、俺の煙を運ぶ風が吹く。少し寒さを感じて、鳥肌が立つ。それでも、この冷たさではまだ不足していると思った。

 ……いつまで経っても顔が熱い。思い出すたびにニヤけてしまう口角が憎い。耳も熱いし、血流が流れているせいで、鼓動が聞こえて止まらない。

 どきどき、動悸、動悸。そんなくだらないことを考える。そんなくだらないことを考えるゆとりが、今の自分の中にはある。そんなことを考えている理由はわからないし、理由なんてないのだろう。それでも今はこの感受性を大事にした気持ちがある。

 目の前には苦難が広がっている、……ような気がする。仕事についても、学校についても、日常についても。そこかしこで苦しいことは立ちはだかってくるだろう。特に、愛莉がしばらく家にいるという状況は、想像している以上の何かが待ち受けているかもしれない。

 でも、大丈夫。……大丈夫だと思う。大丈夫だと思うことにする。

 確証はない。保証はない。それらが得られることはこの先にはないのかもしれない。それが得られるという人生を送ることはできていない。これまでの経験でそれくらいは、なんとなくわかる。

 だが、俺には皐がいる。彼女がいてくれる。俺の考えとすれ違ったとしても、好意が完全に合同のものでないとしても、今の彼女は俺に対して好意を示してくれている。少なくとも、俺はそう思うことができた。

 具体的な言葉はない。具体的な言葉を出されたとしても、俺はそれを信じることが難しい。言葉ほど抽象的なものはない。それでも吐くしか道はないから、言葉は紡がれるのだろう。

 でも、皐のことはそんなものがなくても信じることができる。

 確証、保証、そんなものがなくとも、俺は彼女を信じたい。俺にそう思われていることを、言葉でなくとも彼女に伝わるように、俺が自分自身に気持ちを持ちたい。

 彼女の振る舞いでそう思った、そう思うことができているのだ。そんな彼女に、俺は報いるべきなのだ。

 どこまでも格好つけだ。格好つけた心情で、裏返って、また裏返る。気持ちの管理は自分では難しくて、整然としないままだ。だが、それでいい。どうでもいいことだ。



『私は、この道の先にあるものを知りたいから』



 皐の、そんな言葉を思い出す。

 彼女にどんな思惑があるのかはわからない。それはいつかわかるのかもしれないし、そんな日は来ないのかもしれない。俺にはわからないかもしれない。

 でも、今の俺ならそんな言葉に同調できる。安易な同調ではない。



 彼女と、この道の行く先を知りたい。

 彼女とならば、道を歩くことに恐怖を抱いても、向き合うことができるような、そんな気がする。



 きっと皐の言葉に対する俺の解釈はまだ足りないかもしれない。

 解釈とは困難なものであるはずだ。それを容易に行うことなどできるわけもない。だから、それを理解できる時期なんてどうでもいい、些細な問題でしかない。

 本物か、偽物か。

 そんなことに囚われるのは、今日で終わりにする。それですれ違ったと解釈をして、距離をとるのは、逃げるのはやめるべきなのだ。

 裏切られるのは怖い。そりゃ怖いに決まっている。怖さ以上に憤りだって抱えるかもしれない。

 だが、俺は彼女が好きだ。それでいい、それだけでいいじゃないか。俺の中にある感情が正しければそれでいいはずだ。彼女を信じる気持ちが、彼女になら裏切られてもいいという気持ちこそが、ある意味、その保障になるのだ。

 それこそが、本物だ。

 俺はそう思うことにして、煙を吸い込む。夜風に紛れるように、俺は吸い込んだものを深く吐き出した。

 これが一時のものでないことを祈りながら。





 そわそわとする感覚がぬぐえなかった。皐と布団を共にしてから、どこか浮足立つ体の心地のよさや、感情の浮遊に踊らされているような気がした。そのせいか、睡眠の質についてはどうにもよくなかったように思う。

 隣に皐がいる、ということに対する何かしらの感情もあったし、さらに違う方を向けば愛莉がいる。いつもと異なる環境に戸惑いは覚えるものの、それらを俺は苦笑することで振り払う。どこか家族、といえるような心地よさがあった。だから、大丈夫だと思った。

 すやすやと寝息を立てている皐の姿を目の前にして、俺は枕上で充電している携帯を手に取る。画面をつければ明るめに設定していた光の眩しさに目を細めてしまう。輝度を少し下げてから、表示されている時刻を眺めれば、時刻は三時半という頃合い。起きるにしても早いし、寝るにしても中途半端な頃合い。

 ……どうせ寝ることは難しい。俺は周囲にいる彼女らを起こさないように注意しながら、静かに布団から起き上がった。

 愛莉のほうに視線を向ければ、彼女も穏やかな寝息を立てている。俺はそれを確認すると、煙草を持って玄関から外に出た。

 音は立てたくなかったものの、どうしても昔づくりであるこの家のドアはきしむ音を立ててしまう。その音がなった後、後ろで寝ている二人を振り返ったけれど、特に問題はないようだった。

 外に出れば、自然と顔が上を向いた。ここ最近は地面ばかりを見ていたような気がする。天上には相応に星が見える。寝る前に体感したやんわりと涼しさのある風が頬を撫でる。世界はまだ夜のままだ。

 一人で世界にとどまっているような、そんな子供の感覚を思い出しながら煙草を取り出す。

 先ほど喫煙した時のように、味を確かめるような呼吸をする。鼻をかすめるような息の吐き方を意識して。

 そんなとき、後ろから、ぎぃ、と音が鳴る。その音に振り返れば、ニヤついた表情をした愛莉がこちらをドアから覗いている。

「……不良少年を発見」

 俺はそんな言葉に、そうでもない、と笑みを込めながら返すことができた。



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