62 / 88
伍/見えない道先の概算
5-3
しおりを挟む
◇
職員室に行ったものの、特に期待していた何かがかなうようなことはなかった。そもそも職員室に中原先生はいなかった。今日は急用とのことで放課後になって早々に帰ってしまったことを、職員室に残っていた若い教師が語っていた。少し、俺たちに対して疎ましい視線を送っていたように思う。
どうせ、中原先生でないと対応できない案件だと思う。だから、俺たちは帰ることしかできなかった。
物理室に戻ってから、今後の問題点についてを整理した。花の栽培をするならば、苗や種なりを買わなければいけないこと。それを買う際には部費を使えるのかどうか。そして夜間だけでの栽培は不可能であることを加味して、昼間にお願いするべき人を探さなければいけないこと。そんなことを俺たちは話し合った。
ほかの事柄についてはどうでもよかった。科学実験については、正直に言ってしまえば、あの時の項目を埋めるために必要なものでしかなかった。天体観測についてはイベントごとだし、それらを考えることは必要ないと考えた。
そして、何より。
「部員、増やさないとな」
三人で部活動をやるのも悪くはない、悪くはないものの、それでは伊万里の成長には、吃音症の改善にはつながらない。そもそもこの部活動の運営に関して言えば、俺たちは伊万里の成長のために行われているものだ。
俺の言葉に皐は頷いた。渋々ではあるものの、伊万里もこくりと頷いた。
今後の目標として、部員を集めること。
俺たちはそれを相談し終わった後は、適当に帰宅することにした。
◆
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
◇
俺と皐、伊万里の帰路は途中までは同じである。だから、適当な会話をする。
そう、適当な会話。
そこに、本物はない。
本物はないし、偽物もない。
何もない。
思いつく限りのことを無意識的に吐いた。それ以上のことを行うことはしなかった。
伊万里は俺の会話に乗ってくれた。
伊万里は便乗するように、俺たちに話題を振ってくれた。
きっと、彼女が触れたかった話題があったはずだ。
だが、彼女がそれを選択することはない。
俺は知っている。彼女がそうすることができないことを知っている。
伊万里が話題を振ってくれる優しさは、きっと優しさに近いだけの何かかもしれない。
俺たちは打ち解けている、その証明に伊万里は言葉を交わす。吃りながらも、落ち着いて、彼女は言葉を吐いた。
俺はその言葉を飲み込んだ。
皐もそれを飲み込んだ。うんうん、と彼女の楽しそうに相槌を打つ声が聞こえた。
──だが、それは本物ではない。
世の中、偽物ばっかりだ。偽物も存在しないかもしれない。あやふやに浮ついている概念だけを見ているのだ、その真偽を問うことはできない。
俺は何もわからない。何もわからないから、どうしようもない。
安易に言葉を吐くべきではない。
この会話に嘘は孕んでいるだろうか。
この会話に嘘は含まれているだろうか。
この会話に嘘は介在しているだろうか。
言葉に裏切りはない。だが、確実に見て見ぬふりをする素振りを、互いが繰り返している。
俺が求めていた高校生活とは、こういうものだったのだろうか。
あらゆるものが、灰色になる感覚がした。
◆
俺は何を求めているのだろう。
俺はどうして高校に通っているのだろう。
俺は背中を押されるままに行動をしているのだろう。
どうして俺は自分の幸せを願えないのだろう。
どうして後ろめたさは俺の背後に纏うのだろう。
静かな世界に佇むだけでも良かったはずだ。
それ以上も以下もないだろう。
仕事、休憩、仕事、食事、仕事、休憩、仕事、帰宅、睡眠。
それでいいじゃないか。
それだけでよかったはずじゃないか。
地獄のような生活だった。だが、それはひとつの報いなのではないだろうか。
俺は幸せを願う権利があるのだろうか。
この愛を享受していいのだろうか。
この愛は、──本当に、本物だろうか。
わからない、どこまでもわからない。
一度のすれ違いがなんだ、それがどうしたって言うんだ、近親愛でなくとも変わらないはずだ。
それはわかってる。わかっているんだ。
でも、それだけでも心に暗雲がよどむのはどうしてなのだろう。
モノクロに、モノトーンに、すべては灰色に。すべては風景でしかなく、そこに俺はいない。
俺は、俺の意思を持つべきではない。
それが、正常な思考だと判断した。
職員室に行ったものの、特に期待していた何かがかなうようなことはなかった。そもそも職員室に中原先生はいなかった。今日は急用とのことで放課後になって早々に帰ってしまったことを、職員室に残っていた若い教師が語っていた。少し、俺たちに対して疎ましい視線を送っていたように思う。
どうせ、中原先生でないと対応できない案件だと思う。だから、俺たちは帰ることしかできなかった。
物理室に戻ってから、今後の問題点についてを整理した。花の栽培をするならば、苗や種なりを買わなければいけないこと。それを買う際には部費を使えるのかどうか。そして夜間だけでの栽培は不可能であることを加味して、昼間にお願いするべき人を探さなければいけないこと。そんなことを俺たちは話し合った。
ほかの事柄についてはどうでもよかった。科学実験については、正直に言ってしまえば、あの時の項目を埋めるために必要なものでしかなかった。天体観測についてはイベントごとだし、それらを考えることは必要ないと考えた。
そして、何より。
「部員、増やさないとな」
三人で部活動をやるのも悪くはない、悪くはないものの、それでは伊万里の成長には、吃音症の改善にはつながらない。そもそもこの部活動の運営に関して言えば、俺たちは伊万里の成長のために行われているものだ。
俺の言葉に皐は頷いた。渋々ではあるものの、伊万里もこくりと頷いた。
今後の目標として、部員を集めること。
俺たちはそれを相談し終わった後は、適当に帰宅することにした。
◆
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
帰りたくない。
◇
俺と皐、伊万里の帰路は途中までは同じである。だから、適当な会話をする。
そう、適当な会話。
そこに、本物はない。
本物はないし、偽物もない。
何もない。
思いつく限りのことを無意識的に吐いた。それ以上のことを行うことはしなかった。
伊万里は俺の会話に乗ってくれた。
伊万里は便乗するように、俺たちに話題を振ってくれた。
きっと、彼女が触れたかった話題があったはずだ。
だが、彼女がそれを選択することはない。
俺は知っている。彼女がそうすることができないことを知っている。
伊万里が話題を振ってくれる優しさは、きっと優しさに近いだけの何かかもしれない。
俺たちは打ち解けている、その証明に伊万里は言葉を交わす。吃りながらも、落ち着いて、彼女は言葉を吐いた。
俺はその言葉を飲み込んだ。
皐もそれを飲み込んだ。うんうん、と彼女の楽しそうに相槌を打つ声が聞こえた。
──だが、それは本物ではない。
世の中、偽物ばっかりだ。偽物も存在しないかもしれない。あやふやに浮ついている概念だけを見ているのだ、その真偽を問うことはできない。
俺は何もわからない。何もわからないから、どうしようもない。
安易に言葉を吐くべきではない。
この会話に嘘は孕んでいるだろうか。
この会話に嘘は含まれているだろうか。
この会話に嘘は介在しているだろうか。
言葉に裏切りはない。だが、確実に見て見ぬふりをする素振りを、互いが繰り返している。
俺が求めていた高校生活とは、こういうものだったのだろうか。
あらゆるものが、灰色になる感覚がした。
◆
俺は何を求めているのだろう。
俺はどうして高校に通っているのだろう。
俺は背中を押されるままに行動をしているのだろう。
どうして俺は自分の幸せを願えないのだろう。
どうして後ろめたさは俺の背後に纏うのだろう。
静かな世界に佇むだけでも良かったはずだ。
それ以上も以下もないだろう。
仕事、休憩、仕事、食事、仕事、休憩、仕事、帰宅、睡眠。
それでいいじゃないか。
それだけでよかったはずじゃないか。
地獄のような生活だった。だが、それはひとつの報いなのではないだろうか。
俺は幸せを願う権利があるのだろうか。
この愛を享受していいのだろうか。
この愛は、──本当に、本物だろうか。
わからない、どこまでもわからない。
一度のすれ違いがなんだ、それがどうしたって言うんだ、近親愛でなくとも変わらないはずだ。
それはわかってる。わかっているんだ。
でも、それだけでも心に暗雲がよどむのはどうしてなのだろう。
モノクロに、モノトーンに、すべては灰色に。すべては風景でしかなく、そこに俺はいない。
俺は、俺の意思を持つべきではない。
それが、正常な思考だと判断した。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる