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伍/見えない道先の概算

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 軽率に言葉を吐くべきではない。安易に言葉は吐かれるべきものではない。言葉を紡ぐ際には、何かしらの思考が孕んでいなければならない。含有されていなければならない。介在していなければならない。

 そうでなければ、言葉というものを吐き出すことに意味はない。

 言葉を吐く際、安易に言葉を紡ぐことは、そこに意思が含まれていないことの示しになってしまう。無意識的に吐かれる言葉も、意思は含まない。安易な言葉を、軽率な言葉は、医師が含有しないからこそ、大した重みがないから、それは嘘という概念につながってしまう。

 嘘をつくつもりがあるかどうか、きっとそんなことは関係ない。やさしい嘘だとか、人を守るための嘘だとか、そんなことは何一つ関係ない。人に対して騙る要素があるのならば、それは当人に対する裏切りだ。それは人の心を殺す材料になる。

 伊万里に対して、俺は安易に言葉を吐いた。その卑怯さは十分にわかっている。それでも、彼女は俺の言葉を飲み込んでくれた。俺は飲み込んでくれると知っていた。それを聞いていた皐はどうだっただろうか。俺の言葉を飲み込むことができたのだろうか。

 どうでもいい思考で、視界にうつる世界がどうでもよくなる。どこまでも風景のように遠ざかる。どうでもいいから、どうでもいい。どこまでも、どうでもいい。

 俺は彼女の優しさに付け入っている。それは優しさなのかはわからない。もしくは彼女の特性なのかもしれない。俺はそんな特性に突っ込んでいるのだ。そんな弱みに付け込むことをよしとしたのだ。彼女がそう選択することを知っていたから、彼女が踏み込まないことを知っていたから、俺はそれを利用したのだ。

 どこまでも、驕っているような振る舞い。自分自身で吐き気を催しそうなほどに、胃に重くのしかかる嫌悪感。

 俺は軽率に、嘘をついたのだ。

 そうする必要があっただろうか。そうする必要性はなかっただろう。別に言えないことがあるならば、そう振舞えばいいはずだっただろうに。俺はそれを選択すればよかったはずだ。

 言えない、伝えたれない、秘密だ、それらの言葉を吐くだけで、どうにかなったはずだ。

 後ろめたさが世界を暗くする。俺は、瞼を閉じた。





「今日の活動はどうしようか」

 夜の授業がすべて終わってから、自然科学部の面々は物理室のほうまで移動した。特に活動する予定は決めてはいなかったものの、部活動というものは放課後に稼働するものという印象があったから、特に言葉はなくとも、俺たちは物理室のほうへと移動した。

 物理室に行ったところで、活動内容については特に思いつかない。

 昨日くらいまではカラオケに行ったりして、楽しい時間を過ごしていたけれど、それを今日も行うわけにはいかない。部活動らしい、相応の活動をしなければいけないような気がする。

「え、ええと」と伊万里は考えるような仕草をする。だが、その考えの仕草の甲斐はなかったようで、どうするべきなんですかね、と彼女は言葉を吐く。

「昨日書いた活動内容って何があったっけ?」と皐。伊万里は彼女の言葉に反応して、ポケットに入れていたらしい形態を取り出す。携帯を取り出して何度か、スワイプをしたあと、撮っていた写真を俺たちに見せる。読み上げればいいのにとは思ったものの、それを彼女に強いるのは酷なことかもしれない。

 彼女が見せてくる写真に書かれているのは、『花の飼育』、『科学実験』、『天体観測』など。

「……全部、今だと難しいな」

 そもそも、花の飼育については日中にやるのが正直ベストなのではないか、そんな気持ちが湧いてくる。夜に水をあげたところで、これから近づく夏の気温に花が耐えられるかどうかを俺は知らない。

 そして科学実験なるものについては、顧問がいないとできなさそうな雰囲気がある。俺以外の皐と伊万里であれば科学の事情に詳しいのかもわからないけれど、俺はそういった知識が乏しいし、安全が確保されなければ難しいだろう。

 天体観測については言わずもがな。イベントとしてやるくらい、と顧問である中原先生と言っていたので、敢行することはできないだろう。

 一番できそうなのは、花の飼育、というか栽培なのではあるが、その場合は昼間に管理してくれる人が必要になる。単純に中原先生にお願いするのも悪くはないが、ここまで甘えてしまっていることを考えると、どうにも後ろめたい。

「でも、とりあえず先生に相談するしかないよね」

 皐は俺が考えていたことを見透かしたように言葉を吐く。

 その感覚に、どこか変な浮ついた感覚を覚えながらもうなずく。伊万里もそれに同調した。

「それなら、一旦職員室に行くか」

 俺が吐いた言葉を合図にして、俺たちは職員室に足を運ぶことにした。

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