妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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肆/戸惑う視線と歪な構成

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 衝動的に彼の名前を挙げて、なんとなくで彼に話しかけていたことにようやく気づいた。呆然とする意識をなんとか手繰り寄せて、何か会話をしなければいけない、そんなことを考えた。自然的な行動の中、何一つ間違えてはいけないという強迫感が私を支配する。

 ここで行動をしないという選択肢はない。ここで行動を選ばなければ、一生後悔する。それだけは焦燥感に駆られていても理解することはできる。でも、焦燥感に飲み込まれているだけでは正常な判断はできそうにない。だから、だから、泡立つ心臓の鼓動を落ち着かせながら、私はゆっくりと呼吸を繰り返す。

 後ろのほうに視線をやれば、彼の妹であるさっちゃんもそこにはいる。でも、一瞬捉えた後に、私の視線は彼に釘付けになって仕方ない。傍のほうに映っているものは私にとっては景色でしかない。オブジェクトでしかない。私にはかかわりのないものでしかない。それほどに、私は翔也に対してだけ意識を向けていた。

 どんな会話をするべきか。どんな会話をしよう。どんな会話をすればいいのだろうか。どんな会話をすることが望ましいのだろうか。どんな会話を私は今までため込んでいたのだろうか。ため込んできた感情はあるのだろうか。諦観を抱いていた私にため込んできた物はあるのだろうか。灰色の景色を宿してしまった私に彩のある感情を紡ぐことができるだろうか。思いはあるだろうか。思いをぶつけるべきだろうか。

 すべて、わからなくなる。

 失った時間はどれくらいだ。ここまでの月日を思い出してもいい。心臓を落ち着かせなければいけない。ここで焦燥感に踊らされて、この場面を不意にすることはしたくない。

 沈黙の雑音が耳に響いて仕方がない。仕方がないから言葉を出さなければいけない。

 出さなければ報われることはない。ここまでの報いの日々が始まる。それは嫌だ、それを肯定する毎日を送りたくはない。

 彼を視界に入れた時から、世界は静かに色づき始めた。その景色の中で行動をしないという選択肢はない。だから考えろ、考えなければ。

 頭がごちゃつく。思考が落ち着かない。拾っては落としている。落としては拾っている。子供の頃、遊んでいたおもちゃを片づけなかった時の感覚に似ている。片づけなかったことを怒られて、ひとつひとつを手に持って箱に戻すけれど、一つのものに関心を寄せてしまって、結局また散らかしてしまう、そんな光景に似ている。今の施行も同じようなものだ。拾っては落として、落としては拾って、手元に抱えることのできないくらいに拾い集めて、こぼして散らかる。

 何が適切なのかはわかりはしない。

 どこまでも正解が見つかることはない。

 吐くべき言葉は? 吐くべき言葉は何だろう。

 浮ついた言葉、何かを私は吐いている。吐いていて、それがどういうものなのかを認識することはできない。

 久しぶりだね、とか言葉を吐いた。さっちゃんに失礼にならないように彼女にも声をかけた。

 言葉が返ってきた。卒業式以来だな、って。

 違うよ、夏休みのあの日から話していないんだよ。私はそれを言葉に出したかったけれど、それを口にすることはしなかった。適当な相槌を打って、それだけで会話を続ける。

 引っ越したんだ、事情はわかるだろ? 彼はそう言葉を吐いた。

 知ってる、知ってるよ。そんなことを知らないで過去の私が彼にかかわっていたこと、忘れるわけがない。事情を理解せずに、彼を理解せずに言葉を吐いたこと、関係性を紡ごうとしたこと、忘れるはずがない。

 彼の名前は変わっていたはずだ。もう高原じゃない。卒業式、担任の先生に呼ばれるときに、彼は加登谷 翔也って名前で呼ばれていた。だから、そう彼を呼ばなければいけない。……いや、私は幼馴染なんだから、私は翔也って読んでもいいはずだ。呼んでいいのだ。

 彼との邂逅の言葉、それを探し続けて、吐く言葉。

 ここで会話が終わる雰囲気。ここですべてを逃すわけにはいかない。だから、言葉を吐く。吐く。

 吐く。

「とりあえず、さ。お茶、しよっか」

 ──そんな、ナンパをするような人間の台詞を、上ずった声で私は発していた。


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