妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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肆/戸惑う視線と歪な構成

4-6

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 この季節の行く先を、私は知ることをしない。

 予測することはできるだろう。私という人間以外であれば、大概の人間が次に来る季節について把握することができるはずだ。把握して、その季節に感情を馳せたりするのだろう。彩られる季節を、心の中に描くのだろう。

 未来に生きる幼子だって、理解はしていなくとも、無意識のうちで把握しているはずだ。だいたいの未来というものは、自分の中にある経験則に従うように、当たり前のような一年をなぞるのだから。

 それでも私が季節を知ろうとしないのは、私の目の前にある景色が彩られることはないから。彩る季節を選ぶことなどできやしないから。季節の行く先を知ったところで、私の前には白と黒の狭間にある灰色だけしか広がらないから。

 もともと歩んで知っていた彩のある世界を見たうえで、今の世界を比較してしまえばどうしようもない気持ちになる。愕然、というべきなのだろうか、絶望と表現するb気なのか。きっと、絶望という言葉には届かない、軽い失望くらいのものなのだろうと思う。

 どれだけ私が彼を拠り所に生きていたのか、過去にしか生きることができないのか、未来を生きることができないことを理解して、どうしようもなくなってしまう。

 一年の巡りあわせというものは余程のことがあったとしても変わることはない。どれだけ干渉しようと努力をしても、すべては世界の流れに身を任せるだけ。それが不変である世界では、抵抗なんてできるわけもない。

 何か行動を起こしたところで、その行動の報いが私に到達することはない。なぜならば、目の前のこの灰色の世界こそが、あの時の行動の報いなのだから。

 衝動的に告白したことが悪いとは言わない。あの時にはきっとすべて手遅れだったに違いない。時期と場面は悪かったとは思うけれど、きっとタイミングを見計らうことができても、私の思いがかなうことはないだろう。

 私が後悔しているのは、彼の変化についてでしかない。あの時の彼は暗く澱んでいる表情を浮かべていた。小学生の時であれば気づけた変化であっただろうに、部活動を言い訳に彼とかかわることをしなかった私は、その表情に気づこうとしなかった。あの日だけ暗い表情を浮かべたわけではないだろう。ずっと前から、彼は暗闇の中に閉ざされていたのだ。

 私はそれを、彼が距離感を演出している、とそう曲解してしまった。曲解することっで、彼に対して責任を擦り付けることにした。すべて自業自得であるというのに、その言い訳が思いつかないから、彼が私を遠ざけていると、そう思うことにしてしまった。

 陸上部に入ってしまったから? そうではない。入っていてもよかったはずだ。それは関係がない。

 もっと彼と触れ合う時間を、かかわることのできる時間を増やせばよかった。そうであったのならば、私は彼が変わってしまうことに気づけたはずなのだ。

 振り返ってみても、やはり私はどこまでも愚かな存在だ。そんな報いが目の前にあるのにも納得がいく。それを心の底から肯定できないけれど、報いというのであれば仕方がない。

 すべてが終わってしまった後でも、結局彼のことを探すことはやめられない。

 毎日、放課後には彼が住んでいた家に行ってしまう。ふらりと戻ってくることに期待をしている私がいる。私が灰色に演出している世界の中で、彼という彩が戻ってくることに期待することをやめられない。そうして私が未来に生きることができるような期待を、季節が彩られることを期待してしまっている。

 それでも、彼は帰ってこない。

 後悔、後悔、後悔。取り繕うことなんて許されない後悔。後悔が、私の視界をすべて支配する。

 嗚咽が重なる。取り戻せるのならば、取り戻したい。今の私だったなら、それをすることができたのに。

 せめて、一言でもいい、会話をすることができれば。謝る言葉を彼に紡ぐことができたのなら。

 身勝手に振舞ったことを謝ることができたのならば。

 そんな気持ちで、毎日を送って──。

 ──そうして、私は彼を見つけた。





 いつも通りの日課となってしまった散歩という名目の彼探し。決まって歩く道は決まっていて、懐かしむように彼の家の前を通って、昔遊んだ公園を通る。駄菓子屋の前を通ったり、彼と出かけることができたモールに足を運んだり。

 その日も、いつもと同じような足取りで外を歩いていた。そこに彼がいれば、という期待はあったけれど、裏腹ではそれが叶わない現実感を身をもって知っていた。だから、本当に期待していたのか、と言われればそうではなかった。

 あと十数歩で、彼が住んでいた家にたどり着く。ぼうっと携帯で時間を眺めたりしながら、歩くだけの日々。彼の家が近づくたびに、視線を携帯から外して、そうして目の前の景色を見やる。

「──翔也?」

 自然、と声に出ていた。意識をすることはなく、彼の名前が口から出ていた。

 少し茶色に彩られている髪の毛、中学生の時までは耳にかかるほどに少しだけ長かった髪の長さが短く整っている。それっぽいおしゃれなのか、耳にはピアスをしていたりして、以前の彼の雰囲気とは異なってはいたけれど、顔を見ればすぐにわかる。

 翔也、翔也だ。無意識的に言葉を吐き出して、その言葉を世界に上書きするように、何度も何度も彼を視界にとどめ続ける。身長が伸びているし、どこか細かった体は相応に健康な肉体のように感じた。日焼けしていなかった肌色は褐色みを帯びている。以前の彼と比較して、どこまでも変化ばかりの彼ではあったけれど、それでも目の前にいるのはまぎれもなく彼だった。

 ──久しぶりに世界が彩られる、そんな感覚を思い出した。


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