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肆/戸惑う視線と歪な構成
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彼に、翔也に告白したのは中学三年生の時だった。昨日、というか先ほどのことのように思い出せる事柄。季節は夏で、比呂を殺すような日射が注がれていた。その時の記憶はやはり鮮明に思い出すことができる。
視界にあふれている彩のある風景、木々の葉っぱが青空の中に緑を垂らしていた。燦燦と照る太陽については、どちらかといえば嫌悪感を覚えてしまうけれど、それでも彩があって素敵だと思う。日常の中に紛れてしまったアスファルトが焦げるような匂い。揺らめき立つ陽炎の姿に、体にまとわりついてくる湿気と汗の感覚。
そのすべてが私の記憶の中に残っている。
これは、きっと忘れることができない思い出。
確かな思い出。思い出、という言葉を使うからにはきれいであってほしいという気持ちがある。景色には彩があふれている。だから、他人から見れば、そのまま彩のあるきれいな思い出になるのかもしれない。
だけど、私にとってはきれいなものではない。
どこか仄暗い思い出、水に澱が沈んで濁っているような風景、鮮明とは言いたくないモザイクのような景色。きれいとは言いたくはない記憶の残滓。
告白というものを行うとき、きっと他の人であればタイミングというものを考えるのだろう。勢いだけで告白をするというパターンは少ないはずだ。
例えばイベントごとの最中、お祭りや花火大会、そんな中で告白をする・される、となったらロマンチックだろうな、という気持ちが沸き上がる。私がそれを望んでいるのだから、大概の人が適切に時と場所を選んで告白をするはずだ。
現実に対してフィクションを参考にするのもどうかと思うけれど、それでもドラマや漫画、アニメに小説などでよく見る光景。私はそういった恋愛ごとに関連する作品を見るのが好きで、だからこそそういったロマンチックな雰囲気が好きだった。
私が翔也に告白するときには、もしくは告白されるときにはどんな場所がいいだろうか。学校だろうか、それともデートをしている最中だろうか。そんなことを思考の中で妄想しながら、私の恋愛が成就するためにドラマチックな場面を選択したい気持ちでいた。
だけど、結局私は勢いだけでしか告白できなかったのだ。
❅
放課後の頃合いだった。
太陽の調子は絶好調というように、アスファルトを焼き続けることにいそしんでいる。その熱は下校中の私と翔也に照り返して、額に汗が生まれる。夕方という時間帯のはずなのに、どうしてか太陽が落ち着きを見せることはなかった。それでも、一応夕方であるということを証明するように、わずかながらに影が伸びていく。どこか影が降り積もるような感覚、そんな詩的な表現を私は心の中で浮かべた。
温盛とは言えない熱にほだされながら、私と翔也は歩いていた。学校からの帰り道。夏休みの真っ最中だというのに、それでも学校に行かなければならなかった日。進路相談という名目で、適切に学習に励んでいるかを確認するだけの登校日。
小学生の時であれば、こうして翔也と帰ることは珍しくないはずだった。なんなら、それは一つの日常として、何かしらの感慨を抱くことさえなかったはずだ。でも、当時の私はそれに対して違和感を覚えてしまうくらいに、どこか距離感を図りかねていた。
……どうだろう。違うかもしれない。距離感をはかりかねていたわけではない。私はいつだって積極的に翔也にかかわろうとしていた。
中学に入ってから陸上部に所属することになったけれど、それでも彼との距離を開きたくなくて、週末は彼と過ごしたりした。それでも距離感が離れていたように感じてしまうのは、翔也から一方的に離れるような演出をしていたからだと思う。そう思ってしまうのは、小学生の時と比べて、どこか私に対して熱を持ったような態度をしなくなったから。諦めのようなものを彼が抱いていたように感じてしまうから。
……実際、彼はあの時に熱は持っていなかっただろうし、そのゆとりも彼の中にはなかったのかもしれない。家族関係で不和があったのだから、私との関係について目を向けることなんて難しかったはずだ。
遊ぶだけでは距離は埋まらない。一緒に過ごすことで距離は埋まらない。距離を埋める行動とはどんなものだろう。当時の私にはそれがわからなかったけれど、それでも当時なりに頑張っていた自分がいたことは確かだった。
進路相談については午前中で終わった。それでもすぐに帰るということをしなかったのは、彼が家に帰ろうとしなかったから。
三年生になってからの彼の日常は知らないけれど、あの時から彼は図書室のほうに入り浸るようになった。家に帰りたくない、という気持ちを私にのぞかせるように。
私はそれに付き合うようにして、一緒に図書室で本を読んだ。読書については難しい本は読めないけれど、物語性にあふれているものなら好きだったから、特に苦も無く時間を過ごしていた。
そもそも、彼と過ごせる時間に苦があるはずもなかった。
彼に、翔也に告白したのは中学三年生の時だった。昨日、というか先ほどのことのように思い出せる事柄。季節は夏で、比呂を殺すような日射が注がれていた。その時の記憶はやはり鮮明に思い出すことができる。
視界にあふれている彩のある風景、木々の葉っぱが青空の中に緑を垂らしていた。燦燦と照る太陽については、どちらかといえば嫌悪感を覚えてしまうけれど、それでも彩があって素敵だと思う。日常の中に紛れてしまったアスファルトが焦げるような匂い。揺らめき立つ陽炎の姿に、体にまとわりついてくる湿気と汗の感覚。
そのすべてが私の記憶の中に残っている。
これは、きっと忘れることができない思い出。
確かな思い出。思い出、という言葉を使うからにはきれいであってほしいという気持ちがある。景色には彩があふれている。だから、他人から見れば、そのまま彩のあるきれいな思い出になるのかもしれない。
だけど、私にとってはきれいなものではない。
どこか仄暗い思い出、水に澱が沈んで濁っているような風景、鮮明とは言いたくないモザイクのような景色。きれいとは言いたくはない記憶の残滓。
告白というものを行うとき、きっと他の人であればタイミングというものを考えるのだろう。勢いだけで告白をするというパターンは少ないはずだ。
例えばイベントごとの最中、お祭りや花火大会、そんな中で告白をする・される、となったらロマンチックだろうな、という気持ちが沸き上がる。私がそれを望んでいるのだから、大概の人が適切に時と場所を選んで告白をするはずだ。
現実に対してフィクションを参考にするのもどうかと思うけれど、それでもドラマや漫画、アニメに小説などでよく見る光景。私はそういった恋愛ごとに関連する作品を見るのが好きで、だからこそそういったロマンチックな雰囲気が好きだった。
私が翔也に告白するときには、もしくは告白されるときにはどんな場所がいいだろうか。学校だろうか、それともデートをしている最中だろうか。そんなことを思考の中で妄想しながら、私の恋愛が成就するためにドラマチックな場面を選択したい気持ちでいた。
だけど、結局私は勢いだけでしか告白できなかったのだ。
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放課後の頃合いだった。
太陽の調子は絶好調というように、アスファルトを焼き続けることにいそしんでいる。その熱は下校中の私と翔也に照り返して、額に汗が生まれる。夕方という時間帯のはずなのに、どうしてか太陽が落ち着きを見せることはなかった。それでも、一応夕方であるということを証明するように、わずかながらに影が伸びていく。どこか影が降り積もるような感覚、そんな詩的な表現を私は心の中で浮かべた。
温盛とは言えない熱にほだされながら、私と翔也は歩いていた。学校からの帰り道。夏休みの真っ最中だというのに、それでも学校に行かなければならなかった日。進路相談という名目で、適切に学習に励んでいるかを確認するだけの登校日。
小学生の時であれば、こうして翔也と帰ることは珍しくないはずだった。なんなら、それは一つの日常として、何かしらの感慨を抱くことさえなかったはずだ。でも、当時の私はそれに対して違和感を覚えてしまうくらいに、どこか距離感を図りかねていた。
……どうだろう。違うかもしれない。距離感をはかりかねていたわけではない。私はいつだって積極的に翔也にかかわろうとしていた。
中学に入ってから陸上部に所属することになったけれど、それでも彼との距離を開きたくなくて、週末は彼と過ごしたりした。それでも距離感が離れていたように感じてしまうのは、翔也から一方的に離れるような演出をしていたからだと思う。そう思ってしまうのは、小学生の時と比べて、どこか私に対して熱を持ったような態度をしなくなったから。諦めのようなものを彼が抱いていたように感じてしまうから。
……実際、彼はあの時に熱は持っていなかっただろうし、そのゆとりも彼の中にはなかったのかもしれない。家族関係で不和があったのだから、私との関係について目を向けることなんて難しかったはずだ。
遊ぶだけでは距離は埋まらない。一緒に過ごすことで距離は埋まらない。距離を埋める行動とはどんなものだろう。当時の私にはそれがわからなかったけれど、それでも当時なりに頑張っていた自分がいたことは確かだった。
進路相談については午前中で終わった。それでもすぐに帰るということをしなかったのは、彼が家に帰ろうとしなかったから。
三年生になってからの彼の日常は知らないけれど、あの時から彼は図書室のほうに入り浸るようになった。家に帰りたくない、という気持ちを私にのぞかせるように。
私はそれに付き合うようにして、一緒に図書室で本を読んだ。読書については難しい本は読めないけれど、物語性にあふれているものなら好きだったから、特に苦も無く時間を過ごしていた。
そもそも、彼と過ごせる時間に苦があるはずもなかった。
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