妹とゆるゆる二人で同棲生活しています 〜解け落ちた氷のその行方〜

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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参/夢見の悪さとその答え

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 何も買わないままでコンビニにとどまり続けることに後ろめたさがよぎり始める。話しかけてきた皐の手元には紅茶が握られている。あとは俺が買うものを決めるだけなんだろうけれど、伊万里が挨拶以降何か行動を起こすことはないので、決めようにも決められない。俺は皐に目配せをして合図を送る。皐は、あいあい、と適当な返事をして会計に向かった。俺と伊万里はその間にいったん外にはけることにした。

 何も買っていないのに店を出ることに少しの罪悪感を覚える。入店を歓迎する音楽を出ることで耳にして、そんな気持ちを覚えてしまう。別に後で買うというだけなのだからそんなことを感じる必要はないのに、心に少しばかりの憂いが澱んでしまう。

 コンビニから出てすぐ左のほうにある喫煙所のほうに移動をする。大き目の灰皿が設置されている空間に距離が近づくたびに、喫煙者であっても不快に感じる臭いが鼻をつく。

 俺はいつも通りにポケットに忍ばせている煙草をポケットから取り出して咥える。ライターをどこに置いたか、ごそごそとポケットを漁っていると、「あ、え」と戸惑う伊万里の声が聞こえてくる。俺も彼女の声で、あっ、と口に出してしまう。

 そういえば彼女に煙草を吸っていることは伝えていなかったし、目撃をさせるようなことはなかった。伊万里にそれがバレたくない、とかそういうわけではなかったけれど、彼女の前で喫煙をする姿を店うことは今までなかったのだ。

 ……まあ、いいか。

 今更隠しても無駄だと思って、結局俺は煙草に火をつける。それよりもここで気にするべきだったのは、伊万里が煙を吸わないように配慮をすることだっただろうが。

 しばらくの沈黙。伊万里は俺が喫煙をしている姿を目撃しても、それ以降に声をあげることはない。何かしらの文句があってもいいだろうけれど、彼女はそういうことをしない。いや、できないんだろう。俺はそんな彼女に甘えるように、肺の中に煙をため込んで、ゆっくりと吐き出すのを繰り返す。そうしている間に紅茶を手に持った皐が店から出てくる。皐は俺が煙草を吸っている姿に特に動揺することはなく、ただ俺たちのことを静観している。そろそろ会話をするべきなのだろうか、そんなことを考えて俺は口を開いた。

「今日も挑戦しようとしていたのか?」

 俺は煙草の灰を落としながら、伊万里に聞いてみる。以前の彼女の言葉を振り返れば、先ほどのようにコンビニのコーナーの真ん中で立ち止まってしまうのは品物が決められない優柔不断さからではない。決めた後に待っている店員との会話についてが問題なのだ。

 吃音のある彼女にとっては見知らぬ他人でしかない店員と儀礼的な会話であっても難しい。それが彼女の大きなハードルとなって立ちはだかっているのだろう。

 伊万里は小さくうなずいた。髪に隠れている視線が俺の手元にある煙草に集中しているような気がするけれど、気にしないふりをする。

「す、少しだけ吃りもマシになってきたから、きょ、今日こそはいけるかなって……。で、で、でも、い、いざ、踏み出そうとすると……」

 伊万里はうなだれるようにそう言った。でも、彼女の気持ちはわかるような気がする。大概の物事がそんなものだろう。

 どれだけ覚悟を事前にしていたとしても、その状況に直面してしまえば、大きく要していた覚悟は泡のように弾けて消えてしまう。それで行動を起こせないことなんてざらにある。

 何も知らない幼少期や、それらを悟っている大人であるのならば容易に超えられるハードルかもしれない。だが、彼女はその領域に立っていない。例外に漏れることなく俺も。

「どうする? 買えないなら俺が……」

 伊万里の代わりに買ってこようか、と発言しようとしたところで、彼女の挑戦心を無碍にする言葉を吐き出していいのだろうか、と反芻する。俺が吐き出す言葉は彼女のためにならないし、解決する糸口でもない。

 こういったときは行動を代替するのではなく、本人の意思を尊重した支援をしなければいけない。

 いつも皐が俺に対してやってくれていること。寄り添うように、それでいて本人の意思を尊重し、否定する行動は起こさない。

 俺はそれを身をもって知っている。

「隣についていてやろうか? もし、やりとりが難しそうだなって思ったら適当に横から口を出して他づけるし、いい練習になるかもしれないだろ?」

 俺は適当だと思える案を言葉にする。きっと寄り添うというのならば、これくらいの提案が伊万里の身にもなるはずだから。

「えっ」と伊万里は戸惑う様子を見せる。いいんですか、と彼女は言葉を吐くけれど、その視線の先は俺の煙草から皐のほうへと移る。

「た、助かりはするんですけど……」

 後ろめたさを孕んだ声だと思った。おびえるような声とでもいうべきかもしれない。なぜ伊万里がそんな声音で話すのか、俺には想像がつかない。恐る恐るとつぶやく伊万里の姿に、皐は小さくため息をついた。

「気にしなくていいよ。隠れてやってたら流石に嫌な気持ちになるかもしれないけど、今目の前で話聞いていたし、何も思わないから大丈夫」

 ほっ、と胸をなでおろす伊万里の姿。それを見てようやく俺は見当がつく。

 そうか、俺と皐は恋人なのだ。

 当たり前だけれど、当たり前であってはならないこと。

 今は考えたくないこと。

 だから、俺は彼女らから視線をそらしてしまった。

 


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